【叛 雨 伝】 はんうでん(青春歴史大河文芸ロマン・家康長女「亀姫」の愛と叛心)
嵯峨嶋 掌
序 章 (慈雨 Ⅰ)
兄の
すぐに
『……
季節の変わり目ごとに届く京の商人、茶屋
『お亀、おまえ、もう女に、なったのか?』
そんなことばが兄の口から飛び出たのは、いつのことだったろうか。最初、何を云われているのか、皆目
『お亀は、とつぎのわざを教わったか?』
兄より一つ年下のわたしは、十三を過ぎて初潮を迎え、
それだけでなく、親元を離れ、嫁として敵陣に乗り込む覚悟というものを何度も云い聴かされた。たとえば、
ひとかどの武家のもとに産まれた女人には当然のことで、兄嫁もまた
『お亀、来いや!』
このように
このような日頃の兄の
『三郎
これは兄への礼儀というもので、わたしなりの想いを添えたことばだ。
三郎とは、兄の名で、岡崎三郎と
わたしたちの祖父も曾祖父も、三郎を名乗っていた。
もっともその頃には、兄には新しい名があった。岡崎三郎
わたしたち兄妹の父は、徳川家康である。
兄、三郎は永禄二年に産まれた。翌年に産まれたわたしは、〈亀〉と名づけられた。
わたしたちは物心つく前に、一度、父から
今川家で人質生活を過ごし、
もっともいまは、母は
わたしが産まれた年、永禄三年は天変地異とでも形容すべき事変が起こった。
五月、
このとき父は、わたしたちがいた
父が十九歳のときである。
戦国の世の
駿府に残されたわたしたちは、即時処刑されたとしても仕方なかったのだから。
けれど父は、わたしたちを棄てることを迷うことなく決断したのだ。もっとも、のちに双方の人質交換によって、母とわたしたち兄妹三人は救出されたのだけれど、物心ついて一連の
(・・・父は、わたしたちを、見殺しにする道を選んだ・・・)
べつに父のことを怨むとか
黒い焔のことは、ただの妄想かもしれない。けれど嫡男として産まれた兄は、過去のこのような経緯をどのように見つめ、どのように処理してきたのだろう。そのことを察するたびに、兄のこころの奥底深く刻まれたにちがいない亀裂の大きさに思いを
このような共通の体験が、兄の存在というものを、より特別で、そうしてより複雑にさせていたのかもしれない。
今川家からの独立を果たした父は、信長様と盟約した。
永禄九年十二月、
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