序章 第一節

  アレイナの隣に行きます マチアのデノリス養成学校日誌 序章 第一節



 私はモーラスに住むマチア、刃渡り三十五アドルの短剣を腰後ろに刺している十五歳の普通の女の子。魔法刀と魔法を使う戦士マガルハを目指している。愛するアレイナの横に立つために。


 リリアナの家で勉強して家に帰ると、母はマガルハの養成学校デノリスからの手紙を私に渡してくれた。


 「マチア、考え直してくれない。魔法汚染で子供が産めなくなるんだよ」

 「結婚するつもりは無いから。それに首席で合格して特待生にならないと、うちじゃ授業料も生活費も出せないでしょ」


 マガルハの適性があると分かってから、アレイナが残した本で必死に勉強した。アレイナは侯爵のもとにいる強力な女性のマガルハだ。十一年前デノリスを首席で卒業した。一年前侯爵のもとにくだり、貴族となった。

 私は手紙の封を切る。特待生になれないなら、あきらめよう。リリアナみたいに何か手に職をつけて、一人で暮らそう。


 リリアナは宿屋の受付をしている。文字が書ける女性だからだ。リリアナの知識はそれ以上に深いのだが、モーラスには知識を必要とする職はない。


 手紙は二重封筒になっている。

 内側の封筒をかまどの火にかざす。母はびっくりした。燃えなければ本当だ。

 本当は氷の魔法による検査方法もあるのだが、家ではやらない方がいいだろう。


 内側の封筒を開ける。

 『モーラスのマチアの入学を認める 次席 必要なら特待生として遇する』

 私は絶望した。首席じゃないと、生活費扶助は出ない。


 私の家の家計では、デノリスの六年間の仕送りは無理だ。ただでさえマガルハの資質は少ないのに、何故デノリスはここまで金銭的に厳しいのだろうか。


 私はアレイナにあと一歩届かなかった。

 悔しかった。アレイナは首席入学だ。私は泣き出した。

 人が泣いているというのに、母はその顔を明るくした。


 マギもそうだが、魔法を行使すると魔法汚染という症状が進行する。症状の例は、加齢が遅くなり寿命が延びる。一方で生殖能力を失う。他にも髪の色が白くなるなどの多くの症状がある。母はそれを心配している。結婚するつもりの無い私には関係のない話だ。


 私は家を飛び出すと、リリアナの元に行く。

 「ちょっと、夕食は」

 母は慌てた。


 「リリアナの所で食べる」

 リリアナは今日は早番だ。もう帰っている頃だ。例の仕事の予約も入っていない。


 *


 リリアナの家はもともとアレイナのものだ。一年前侯爵の家臣になる際にリリアナに譲った。アレイナの残した本がリリアナの家にあるのはそういう理由だ。

 合鍵で家に入ると、リリアナが洗濯物の片付けをしていた。

 「マチア、どうしたの」

 「アレイナの元に行けない」


 アレイナは私の思い人だ。私はその神秘的な容姿に惹かれた。白い髪、黄金の瞳、若い時のままの美しい容貌。いずれも魔法汚染の影響だ。

 私はアレイナに何度も抱いて貰った。

 アレイナの大切な人はリリアナだっただろうし、今は侯爵の家臣で貴族だ。

 それでも私はアレイナの元に行きたい。共に侯爵の横に立ちたいのだ。


 「次席だった」

私は涙ぐむ

 「一年の勉強でそれはすごいよ」

 「アレイナは十六の時に合格したの、マチアは今十五、来年があるよ」

 「合格者の連続受験は許されていない」

 正直、私は急ぎ過ぎたのかも知れない。それでも一刻も早くアレイナの元に行きたかった。


 「取りあえず、ご飯を作ろうか」

 リリアナは、ジャガイモとタマネギを数個台所に持ってくる。


 私は、腰後ろの短剣を引き抜くとジャガイモをむき始めた。デノリスを首席で卒業すると記念品は魔法短刀だ。極めて高価な魔法刀を得るためにアレイナも苦労した。

 私一人でそれだけの資金を得られる当ては無い。取りあえず魔法短刀を目指さねばならない。首席卒業は必須だ。

 この短剣は魔法短刀を得た時のための訓練だ。人を威嚇するこの装備も今日で終わりかも知れない。


 リリアナと一緒にシチューを作り、パンと共に食べる。

 リリアナの家のシチューは味が濃いめだ。徐々に味覚を失っていくアレイナのため調整していくうち、そうなったらしい。

 ほぼ味覚を失って、これでも薄くした方だという。


 私はアレイナからもらった銀のチャームを胸から取り出す。

 「それに捕らわれてしまったのなら、アレイナも罪作りね」

 リリアナが遠くを見る。彼女も寂しいのだ。後ろに束ねた髪にはアレイナから贈られた金の髪飾りが輝いてる。

 「卑怯です。好きにもなります」

 私はこのチャームでアレイナへの思いが憧れでは無く、明確に恋愛だと気が付いてしまった。


 「アレイナに取り次いでもらって、侯爵閣下に頼むとかはどう」

 リリアナは意外な提案をする。

 「恥ずかしいですし、迷惑掛かるし、恐れ多い」

 私は赤面して、支離滅裂な言い訳をする。


 「貴族となってアレイナの横に立ちたいのでしょう。ならば、家臣になる代わりに援助を頂くという取引は十分成り立つんじゃない」

 リリアナの提案に間違いは無い。その身を差し出す以上、対価は貰うべきだ。


 *


 私はリリアナを通じてアレイナに手紙を書き、侯爵との謁見の約束を取り付けた。

 親が心配するのを押しとどめて、一人で侯爵の館に行く。


 モーラスは今は侯爵領だ。一年前アレイナが無主の兵士から侯爵の家臣になると、恐れた無主の兵士はモーラスから去った。

 モラリア王は身の危険を感じてカラト城に撤退して、モーラス城は廃墟となった。モーラスの住民は、ついこの前、侯爵への初めての税金を納めたばかりだ。


 モーラスから侯爵の館に通じる峠道を進む。この道は血まみれ峠と言われている。アレイナが一人で百人以上殺したからだ。アレイナはそれほど強いマガルハだ。


 モーラスから館まで四分の一日ほどかかる。最後の小高い丘を越えると、眼下に侯爵の館が見えてきた。

 「休もう」

 トトノアの木の下で弁当を広げる。花びらが舞い散り綺麗だ。

 太陽を望む。真上にある。時間には間に合いそうだ。


 モラリア王がモーラスに城を構えていたのと対照的に、侯爵はあくまで館だ。

 大魔法の前ではどのような城構えも役に立たないとの思想だ。

 少なくとも勉強した本にはそのように書いてあった。


 弁当を食べ終えると、腰を上げワンピースの裾をはたいて侯爵の館に向かった。


 *


 門から内部に案内されると、私は突然抱き上げられた。

 「アレイナ!」

 「マチア久しぶり」

 アレイナに抱きしめられる。あの頃の甘美な思い出が頭に浮かぶ。今はベッドの上で抱かれるのは適わない。それでも幸せだ。


 抱かれたまま、謁見の間に連れて行かれる。

 「アレイナ、恥ずかしい」

 「マチアほど年若い娘が一人で謁見するのは珍しい。後見して上げる」


 アレイナは侯爵の御前で、やっと降ろしてくれた。アレイナはそのまま侯爵の後ろにつく。

 アレイナは、青を基調にしたマガルハの服を着ている。白さを増した髪色によく映える。


 「モーラスのマチア」

 名が告げられる。


 「本日は侯爵閣下に、デノリスの養成学校における生活費を援助していただきたく参りました」

 私は、用件を告げる。


 「合格証書を見せてくれないか」

 侯爵メライアは、金の長髪を後ろに結い上げ、薄緑色の目で微笑む凜とした美人だ。

 侯爵も女性のマガルハであり、その強さはアレイナと双璧をなす。

 年齢は魔法汚染により分からないが、外見上は三十代前半だ。


 取次役に合格証書を手渡す。侯爵はそれをそのままアレイナに渡し、アレイナはそれに火と氷の魔法を行使する。本物の合格証書は火と氷には毀損きそんされない。

 「閣下、次席合格です。次席合格の特待生だと生活費までは出ません」

 アレイナはそう言って侯爵の手許に返す。


 「マチア、代償は何を」

 「我が身を、侯爵閣下」


 「よかろう、我が家臣としよう。アレイナの客だと聞いた、憧れているのだな」

 私は顔が真っ赤になった。アレイナは侯爵にそんな事まで話していたなんて。

 「アレイナ殿同様、首席合格を狙っていたのですが至りませんでした」

 私はなんとか話題をそらそうとする。


 「一体幾ら必要なのだ」

 「申し訳ありません。わかりません」

 家ではあがなえないのは分かっていたが、帝国中央部でどれだけの生活費が必要なのか分からなかった。


 「アレイナ、首席合格の特待生はどれだけ貰っていた」

 「月に二と五分の三のアウレスを」

 「足りたか」

 「苦しかったです」

 侯爵とアレイナは相談をしている。


 「では、四アウレスを支給しよう」

 「いえ、それほどは」

 私は慌てた。モラリア王国だったモーラスでも帝国通貨は流通していたが、アウレス金貨なんて見たことがない。


 「まあ聞け、マチア。優秀なマギやマガルハの学生を援助するのは領主の責務だ。モラリア王は帝国に学生を送るのを躊躇ちゅうちょしていたようだが、私は帝国の領主だ。首席や次席で無くとも援助はするが、特待生待遇を目指して勉強した苦労は報われよう。よくやった」

 「ありがとうございます」

 徒労感は無くは無い。


 「その上で、領主間にも見栄というものがある。だが問題を起こした先輩も多い。貴族と常民では違うが生活費の援助額は紳士協定で決まっている。少し多いかと思うが身を持ち崩すな」

侯爵は大人の事情を打ち明ける。侯爵とアレイナは芝居を打ったのだ。

 「はい侯爵閣下、必ず魔法短刀を持ち帰ります」

 「そなたの望む地位は保証しよう。アレイナの横に立ちたいのであろう」

 「はい」

 考えていることは、何もかも読まれていた。


 侯爵は突然、椅子の肘掛けに置いた魔法短剣を抜くと頭上にかざした。

 「アレイナも抜け」

 二本の首席卒業記念品の刀身に光が当たり、虹の影を作る。

 「三本目を持ち帰れ」



  続く

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アレイナの隣に行きます マチアのデノリス養成学校日誌 しーしい @shesee7

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