【外国人参政権】SFPエッセイ088

 取り上げるにはいささか遅きに失した感もあるが、やはりこの問題に触れないわけにはいかない。というのも、先日、仕事上の先輩から聞かされた話で、問題の根の深さを痛感したからだ。ネット上で隠然たる影響力を持つ先輩は、自前でメディアを持っていて、数百万ともいわれるフォロワーを相手にひっきりなしにアンケートをとっている。勘のいい方ならわかるだろう。そう、彼女である。

 

 先輩の人柄もあって、あるいは日頃の発言や主張の影響もあって、当然のことながらそのフォロワーにはあらかじめスクリーニングがかかっている。従ってその属性はやや偏っている。どう偏っているかというと、比較的穏健で、個人の自由を尊重し、規制や規律を嫌悪し、権力の暴走を警戒し、経済成長やテクノロジーの安全神話には冷笑的で、ローカリズムを志向する傾向にある。

 

 なぜそんなことがわかるかって? 何も一人一人に聞いて回るまでもない。たいていのアンケートへの回答を見ればそれははっきりしている。

 

 選挙の透明性、公共放送のあり方、隣国との緊張、安全保障、エネルギー政策など、これまでとりあげたどの設問でも、いずれも回答の傾向はシンプルに「リベラル」「分権主義的」と言っていい。世界規模のスポーツ大会や、ゆるキャラ、人気のタブレット端末に関するゆるい質問に対する回答でさえ、フォロワーの傾向を感じ取るには十分だった。

 

 ところが、こと外国人参政権に関する回答だけは、そのリベラルさや分権主義的な傾向が影を潜め、あたかも現政権の支持者の集まりのような内容になってしまうのだという。早速サイトをのぞいたところ、なるほど他の設問の時とは明らかに回答の傾向が違っている。

 

 通称「アファネガTV」と呼ばれるこのサイトは、オンラインTV形式で世界に配信され、常時なにがしかのアンケートをとっている。同時通訳で日英中韓西亜の6カ国語で視聴できるため、フォロワーは80カ国に及んでいるという。しかしながら、外国人参政権についてはあくまでも日本国内の問題なので、回答もほとんどは国内からのものだったそうだ。

 

 設問はいつも通りシンプルで「外国人参政権についてあなたはAffirmative? Negative?」というものだった。定番の質問形式「Affirmative?(肯定的ですか?) Negative?(否定的ですか?)」は「アファネガTV」というネーミングの理由にもなっている。これをお読みの皆さんはどう答えるだろう?

 

 さて、このあたりからが悩ましい部分だ。

 

 筆者は事前に「リベラルで分権主義的な人なら当然こう答えるだろう」と考えていた。しかし、サイトを見てその予想は覆された。筆者が「当然」と考えたことはどうやら偏狭な思い込みに過ぎなかったらしい。それでも信じられず、その後、身近な人にも同様な質問をしてみて、どうやらこの問題は親しい友人と話していても意見が分かれることがわかった。だから書き方は慎重にならざるを得ない。この稿では筆者の考えはできるだけ押し付けないようにしたい。

 

 ただ、素直な感想を漏らせば、なぜこの問題で現政権であるオダシマ内閣が支持されているのか、筆者には不思議でならない。確かにオダシマエイコは日本初の女性首相として、しかもリベラルで分権主義の旗手と見なされ人気を集めていた。前政権を打倒して与党の筆頭代表として首相の地位につくまでは。

 

 オダシマエイコがなぜ変節したのか、あれは変節だったのか。いまなお議論の分かれるところだ。自然災害と人的災害、そして国内外での交戦の勃発による緊急事態へのやむを得ない対応だったという意見もある。そしてそれはある程度まで共有されてもいる。しかし事実として起きたことは、続く緊急事態宣言による実質的な戒厳令、徴兵制の導入、核兵器の所有、オダシマ首相を軍部の最高司令官とする事実上の独裁体制だった。

 

 「リベラル」とも「分権主義」とも180度真逆の体制がわずか2年のうちに完成してしまった。

 

 全ては富士山の神明大噴火に始まった。2ヶ月後に起きた南海トラフ巨大地震と太平洋沿岸大津波。そして「想定内」だった原発事故、さらには新種感染症のパンデミックによる複合汚染によって、国土が東西に分断された。一連の非常事態に対するオダシマ政権の対応は迅速で、こういう事態を招いたのはひとえに前政権までの無策故だと見なされ内閣支持率は一時空前の9割に達した。

 

 問題は、戒厳令状態のまま一気に日本が軍事独裁国家になってしまったことだ。オダシマ人気の中で、ほとんど何の抵抗にもあわずにさまざまな法案が通過し、英ガーディアン紙の表現によれば「正当な民主的手続きによって軍事独裁国家が誕生した」わけだ。この状態になって、まもなく5年に及ぼうとしている。しかし、ここに来てオダシマ政権もいよいよ命運が尽きた感がある。西日本が独立するという話も信憑性が高まってもはや噂のレベルではない。

 

 外国・人参・政権。

  

 目の先にニンジンをぶら下げられて、それを食べようとして懸命に走り続けるが決して追いつくことがない。しかもそのニンジンはどうしたわけか外国産で、走れば走るほどどこか他所の大国の国益を利することになる──「外国人参政権」と揶揄されたオダシマ政権はこの冬瓦解するわけだが、続くリーダーの顔も見えない。

 

 粛清や拷問、エネルギー産業との癒着などの噂にもかかわらず、「アファネガTV」に見られるように、アンケートをとればオダシマ首相は相変わらずの人気だ。この国の未来はどこに向かおうとしているのか。誰に託すべきなのか。あるいはもう、誰にも託すべきではないのか。お読みの皆さんはどうお考えになるだろうか。

 

(「【外国人参政権】」ordered by 手島 将彦-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・ガイコクジンサンセイケンなどとは一切関係ありません。

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