【恐竜返しの技】SFPエッセイ077

 うちは代々忍者の家系で、江戸時代、戦国時代はもちろんのこと、まだ忍者や忍び、間者、細作というような表現が生まれる以前から続いている。記録をたどると飛鳥時代にまでさかのぼる。ちなみに平安時代初期には「悪党」などと呼ばれていたようだ。

 

 悪党などというとんだ札付きのワルのように聞こえるが、当時は、荘園制度など中央による支配を嫌ってこれに従わないものがまとめて悪党と呼ばれたそうだ。体制に従わない者、くらいの意味だったのだろう。しかし悪党が取締りの対象となるに従って、徐々に法の外の存在のように見なされ、無法者、乱暴者という現在の意味に近づいてくる。とはいえ、悪党には悪党なりに使い道があったようで、法に外れた仕事、公にはできない企みなどを受け持つようになる。それが忍者の起源だ。

 

 我が梨方氏は、現在の奈良県北部、ほぼ京都府と接するあたりを隠然と支配していた悪党の一族で、平安期には特定の貴族の下働きをしていたようだが確かなことはわからない。鎌倉・室町時代には武家と近づき、密偵や暗殺、敵地に忍びこんで内側から撹乱するなどの諜報活動などでめざましい成果を挙げたと推察される。ただしはっきりとした文書は何も残っていないのであくまでも推察だ。

 

 梨方氏一族の仕事ぶりは、あまりにも巧妙で誰にも不審がられない完璧なものだったため、また一族も決してそのことを口外しなかったため、歴史上は一切名前が出てこない。究極の忍者一族なのだ。そのおかげで今となってはこうやって言葉を尽くして説明しても、梨方氏という忍者一族がいたことさえ信じてもらえない。難儀な話である。

 

 付記しておくと、歴史上名前が出てくる有名な忍者やその家系は、武家に取り立てられて役職などをもらった者たちである。それは、現場仕事をしなくなった管理職に過ぎない。本当に現場で活躍した者どもは、梨方氏に限らず一切表には名前が出ていないということは知っておいてほしい。無名だから無能なのではなく、有能な者ほど名を残さない世界なのだ。これもまたなかなか理解されにくいのだが、そういう世界があるということくらいは知っておいてほしい。

 

 さて、ここまでは他の忍びの一族とさほど違いはないのだが、梨方氏には一つだけ特異な秘技が伝えられている。それが表題に掲げた「恐竜返し」の技である。

 

 一般に、恐竜という言葉は、英語のdinosaurを訳したものとされている。dinosaurは1842年にリチャード・オーウェンがギリシャ語のdeinos(恐ろしい)とsauros(とかげ)を組み合わせて命名したものらしい。他方「恐竜返し」という言葉は一族の最初期から使われてきたものだ。dinosaurの輸入よりも遥か昔の話だ。従って、梨方氏に伝わる「恐竜返し」の「恐竜」が、現在使われている「恐竜」と同じ定義の言葉だとは考えにくい。むしろもっと何か別なものを指していた可能性もある。

 

 しかし実際問題として、この秘技は長い一族の歴史でただの一度も実際に使われた記録がないのである。

 

 秘技中の秘技なので詳述は避けるが、かいつまんで説明すると、人力ではとうてい太刀打ちできない「恐竜」に対して、たった一人で、しかも最低限の労力でこれを倒すことができるというものである。3歳の頃にはその訓練が始まり15歳までかけて修得し、修得しえなかった者は一人前の忍びとしては認められないという非常に厳しい掟が定められている。ただの一度も実際に使われた記録がないのに、一族における最終試験として1300年伝えられてきたのだ。かねがね私はそれが不思議でならなかった。

 

 先日ふと思うところがあって一族の記録に目を通し、あるいは答えがわかったかもしれないのでそれを記すことにする。

 

 梨方氏には忍びに関する記録は一切ないが、家系図が残されていてそこには生年と没年が記されている。一族の者は異常な長寿でだいたい130年から150年くらい生きた者が多い。その中で3人だけ若くして亡くなっている者がいるのだ。1人目は7世紀の終わり頃、40代で亡くなっている。2人目は9世紀の後半。50代で亡くなっているがこれは一族としては非常に若い。3人目は18世紀初め。なんと当主になったばかりの若干18歳で亡くなっている。

 

 1人目が亡くなったのは飛鳥時代の白鳳地震に始まり、伊豆大島、浅間山、焼岳の噴火が続いた時期のことで、2人目は平安初期の貞観地震とそれに続く鳥海山の大噴火の後に亡くなっている。3人目は名高い宝永地震と富士山の大噴火、続く浅間山、阿蘇山、岩木山、三宅島の噴火の後。

 

 もうお気づきだと思うが「恐竜」の正体は絶滅した爬虫類ではなかったのだ。

 

 さて、今まで忍びに関する記録を一切残してこなかった梨方氏の末裔がなぜこんなものを書いているかというと、一種のセンチメンタリズムであり、一族の哲学に反する虚栄心のためと言われても仕方がない。私には子供がいないし、妻には先立たれ、一族の後継者もいない。だから私自身は心残りはない。けれど、これで一族は絶えることが間違いなく、私がこれを書かなければ一族の果たした役割が知られないままになってしまうからだ。

 

 過去の3人に比べると70代の私はいささか歳をくっているが、それは自分で選べることではないので仕方がない。そう。私は「恐竜返し」を行うことに決めた。あの大災害に始まって、いまや日本列島のあちらこちらで大地が揺れ、山は火を噴き、あるいは山体が崩れ落ちている。またしても「恐竜」が暴れ始めたのである。いまこそ「恐竜返し」をすべき時が来たのだ。残念ながら、この秘技を伝承することはできないが、かつて梨方という一族がいて、歴史の要所要所で恐竜を返してきたということを覚えていていただければと願う。そしてそういう技があったということを知って研究していただければと祈る。禁を破って一族の秘密を明かす、それが、理由である。

 

(「【恐竜返しの技】」ordered by 山口 三重子-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・天災や人災などとは一切関係ありません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る