【ペットとしての昆虫】SFPエッセイ056

 よく考えれば当たり前のことなのだが、日本古典文学の短編物語はほとんどがSudden Fictionと言っていい。有名なところでは『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』などの説話文学、それに『堤中納言物語』などはサイズといい、内容といい、まさしくSudden Fiction Project(以下SFP)の作品群と似ている。

 

 いや、順番から言えば逆である。「SFPは日本文学史における先祖返りである」と位置付ければ良いのかもしれない。その段で言うならば、『枕草子』などはさしずめSFPエッセイである。エッセイの源流とも呼ぶべき日本三大随筆の一つをつかまえて、虚構呼ばわりもないものだが、以前にも述べた通り、小説もドキュメンタリーも含めてテキストはすべからくフィクションと見なすことができる。

 

 『堤中納言物語』中の一編、「虫愛づる姫君」などはその奇想といい唐突な話の終わり方といい、SFPの傑作と称賛したい。舞台はおそらく平安時代の京で、とある貴族の姫君がヒロインだ。知的で頭の回転も早く、器量もそんなに悪くないが、毛虫を中心にいろいろな虫を集めて、その変態の様子を観察するのが大好きという変わり者なのだ。姫君に仕える侍女たちには大顰蹙で、何かと陰口ばかり言っている。このあたりの描写など、まんま「給湯室の女子社員の陰口大会」みたいで生き生きとしていてとても面白い。

 

 毛虫大好きな姫君、というぶっ飛んだ設定を持ち込んで、以降はその設定と大真面目に取り組んでいるのがいい。一つの大嘘を持ち込んで、ディテール部分は丁寧に書き込んでいく。巧みな語りの技である。読み物としても刺激的だ。困惑する親、毒づく侍女たち、そして姫君本人の才気煥発なことばにリアリティがあって引き込まれる。姫君が眉毛さえも整えないのでまるで毛虫みたいだ、なんてひどい描写をしつつ、まるで身なりに気を使わないのにどことなく気品がある、などと書いて読者の想像力をかきたてる。

 

 展開もテンポ感がある。話を聞きつけたイケメンの若い貴族があれこれちょっかい出してくる。蛇のロボットを作って送り付けておどかしてみたり、姫君を家の外から覗き見てからんでみたり。二人が歌を送りあったところで話は唐突に終わる。「話は2巻に続く」と書いていながら第2巻は存在しない。どうです、Sudden Fiction感満点でしょう?(もっとも「第2巻」についてはある時期実際に存在したものが、失われてしまったのかもしれない)

 

 さて、この姫君、真偽の程は定かでないが、『風の谷のナウシカ』のヒロイン、ナウシカの設定の原案とも称されている。でもまあそれはどうかなと思う。むろん、宮崎駿が「虫愛づる姫君」を知らなかったはずはないが、だからといって姫君がナウシカのモデルというのは飛躍が過ぎる。本人がそう言っているのなら別だが、共通点と言えば虫(特に昆虫の幼虫っぽいやつ)が好きってことだけだ。姫君は悪い大人たちに隠れて幼虫をかくまっていたわけでもない。ましてや、だいだらぼっちが暴れ巨大な幼虫の群れが暴走する戦乱の地に命がけで乗り込んで平和をもたらしたわけでもない(当たり前だ)。

 

 相違点を挙げるなら、むしろ違う点のほうが目立つ。ナウシカはもっぱら巨大昆虫とその幼虫と交流していて、その他はキツネリスみたいな誰が見ても可愛い哺乳類を連れ回している。人間を相手にするように話しかけたりしている。ペットというよりコンパニオンアニマルめいている。一方、姫君の方はというと、毛虫を筆頭に、カマキリ、イナゴ、カタツムリ、ヒキガエルなどなど奇怪さを競い合うような小動物を集めていて、その目的はというと成長ぶりを観察するためだ。コレクターであり実験者気質なのだ。ナウシカが文学少女的なら、姫君は理系少女、いわゆるリケジョだ。

 

 強いて共通点を挙げるなら、「女子というものは普通虫嫌いと相場が決まっているが、外見の醜い嫌悪感を催す毛虫だのなんだのがひどく好きな女子がいたら意外でしょ?」という着想が似ているだけだ。これはキャラクターそのものの類似点ではなく、物語の作者の発想が似ているというだけの話だ。

 

   *   *   *

 

 というような解説をかれこれ20年ほど前、つまり映画版『風の谷のナウシカ』公開30周年記念の祭り状態が地球規模で巻き起こった当時に書いたことがある。ところが近年になって新たな発見があった。そしてここに書いた内容がことごとく覆されてしまった。この数年来、故・宮崎駿監督の遺した膨大な資料の整理が続いているが、その中から国宝級の文書が出てきたのである。

 

 『堤中納言物語 二ノ巻』である。真贋の鑑定の結果、ほぼ本物と考えて間違いないとされた。なんと「第2巻」は存在したのである。オリジナルの『堤中納言物語』と同様、ここには作者不明の短い物語と断片が収められている。その中の一編がまさに「虫愛づる姫君」の後日談なのだ。「姫君谷に果つること」と題された物語の中、姫君は若い貴族にさらわれ山中に連れて行かれる。ところが姫君を慕う虫が大挙して現れ、みたこともない巨大な幼虫に仰天しイケメン貴族はほうほうのていで逃げ出す。虫たちは単なるリケジョの観察対象ではなく、姫君を慕う気持ちがあったのだ。

 

 さらに物語は急展開する。その騒ぎに目覚めた「やまをとこ」と呼ばれる巨人が暴れ出し、大ぶりな毛虫の群れに襲いかかる。「やまをとこ」は誰であろうと山を荒らすものを容赦しないのだ。王蟲を思わせる幼虫の群れと、巨神兵を連想させる巨人が対決する中、姫君はあわれ命を落としてしまう。こうなると、いやがうえにも『風の谷のナウシカ』の筋書きと重ねずにはいられない。

 

 ただ、「姫君谷に果つること」では姫君は復活はしない。青い服も着ないし、金色の野も登場しない。大ババも出てこない。姫君は落命したままだ。エンディングで、反省した若い貴族は姫君の家族に詫びを入れ、姫君を偲んで虫を愛づる催しを開く。それが「すずむし、まつむしを愛づるならひのはじまりなり」というのである。ペットとしての昆虫にまつわる縁起話なのだ。ということで20年前の原稿の誤りを訂正し、ここにお詫びさせていただく。

 

(「【ペットとしての昆虫】」ordered by 阿久津 東眞-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・同名の古典文学やアニメや映画監督などとは一切関係ありません。

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