虚構エッセイ第1集「大鉱脈」編

高階經啓@J_for_Joker

【嘘から出たまこと】SFPエッセイ001

 今年最大のニュースとしては、やはり国際連盟軍のモリアーティ大公国への侵攻を挙げないわけにいかない。国際連盟の軍備縮小委員会の若き女性委員マリア・ハイムリヒが「人類虐殺兵器はあります!」と訴えて、対モリアーティ大公国戦争が決まったのだ。「人類虐殺兵器など存在するわけがない」という穏健派の反対から、「兵器があろうがなかろうがモリアーティ大公は撲滅すべき世界の癌だ」という過激な意見まで議論は百出したが、結局はマリアの美貌が全てを決めた。まるで喪服のような黒一色の衣裳に身を包み、涙まで浮かべての名演技に、中高年男性だらけの委員たちはころりとひっかかったのだ。

 

 秋の初めに始まった侵攻でモリアーティ大公国は口ほどもなくあっけなく崩壊した。世界を相手に大口を叩いて挑発し続けてきた大公は脱出して行方不明となったが、去る12月14日に炭焼き小屋に隠れているところを発見され、即座に首をはねられ処刑された。その後3ヶ月間にわたってマリア率いる調査団が“魂魄の限りを尽くして”調べたが、人類虐殺兵器は見つからなかった。「見つからないからと言って、ないということにはならない」というのが調査団の最終結論だった。

 

 ここまではみなさんよくご承知のことと思う。ここからが、いささか取扱注意な話となる。


 国際連盟事務次官のホルム・フルヨリフセン(スカトロフィア連邦の湖沼軍元帥でもある)は、極秘情報だと前置きした上で、「実際には、常任理事国のうちの少なくとも一国が人類虐殺兵器を発見し密かに持ち出し自国で研究している」と会議後の懇親会の席上で明かした。しかも兵器の種類について「人類虐殺兵器は、たった一発で一つの都市を壊滅せしめ、十万人単位の命を奪い、爆発後も長期にわたって人々の健康を蝕むおそるべき兵器だ」と克明に描写している。

 

 我々はいま、マリアの「人類虐殺兵器はあります!」発言が嘘であったろうと判断している。意図した嘘ではなく、本人は心から信じていたのかもしれないが、1600箇所に及ぶ徹底した調査でも裏付けられない程度の、つまり根拠の薄弱な発言だったことは間違いない。では、ホルム事務次官の発言はどうか。これも嘘なのか。まことなのか。嘘であることを願うばかりである。もしくは「嘘から出たまこと」なんてことにならないことを。

 

(「嘘から出たまこと」ordered by Shiro Kawai-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・兵器などとは一切関係ありません。

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