忍び寄るもの
そういえば奴隷といえば、最近そんな感じの話を聞いたような。
そんな事を考えて……私は「あっ」と声をあげる。
『なんだ? いきなりどうした』
甘い話を囁くような者には注意してください。近頃、違法な奴隷商人の手によると思われる、子供を狙った誘拐事件が発生しています。人間の子供も被害にあっています。
そう、確かにグレイがそう言ってた。
「甘い話を囁くような者……」
振り返ると、さっきの男はもう居ない。
いや、でもまさか……。
『ねえ、アルヴァ』
『なんだ』
『もしかして……さっきの、誘拐犯なんじゃないの?』
『たった今、怪しいという話をしていたはずだが。貴様の記憶領域はどうなっている?』
『そういう事じゃなくて! 今の話、この街に来る前に聞いたことあんのよ!』
『……ほう?』
私は念話で、グレイたちから聞いた内容をアルヴァに伝えて……やがてアルヴァは私の腕輪に変化していた偽装を解いて私の隣に出現した。
「わ、ちょっと何!?」
「飛ぶぞ」
「はあ!? ってひゃあああ!」
突如空を飛んだアルヴァに抱えられ、私は宙を舞う。
ひえええ、こ、こわっ! 自分で跳ぶのとは全然違う感覚なんだけど!
「なんなのよ……って、あっ」
私が抱えられて空中へと行った直後……路地から出てきて周囲を見回している、明らかにカタギじゃないっぽい風体の男達の姿が見える。
「えーと……もしかして、私たちのこと見えてなかったり?」
「その通りだ。貴様のあまり上質ではない頭にも理解できるように言うと、周囲から俺達は認識できないようになっている。そして連中は、貴様がギルドを出た後からつけてきていたぞ」
「ええー……全然気づかなかったんだけど」
「貴様が鈍感なだけだ」
「そうかなあ」
なんか別の理由がある気もするけど……まあ、いいや。
とにかく、これで理解できることはあるわよね。
「まあ、連中が噂の誘拐犯……ってことでいいのかしらね」
「そうだろうな。『あんな金になる奴、逃がしましたじゃすまねえぞ』か。よかったな、何処かの好事家に高く買ってもらえるらしいぞ」
「本気で言ってる?」
私がアルヴァを見上げると、アルヴァはハッと息を吐く。
「貴様が金で取引する程度で手に入るなら、すでに俺が買っている。あまり嘗めるな」
「うーん……それはどういう反応返せばいいのか、ちょっと審議が必要そうね」
結構ギルティ寄りな気はする。ていうかこいつにとって、私って何なのかしら。
「ま、いいわ。それでアルヴァ、これってどうすべき場面かしら」
「どうすべき、とは?」
「1.正義のスーパーヒロインなアリスちゃんは下に降りてアイツらをぶっ飛ばしてアジトも華麗に攻め落とす」
「なんだ貴様、目立ちたかったのか。よかったな、きっと大陸全土で有名になれるぞ」
「よし却下。2.最寄りの衛兵とかに報告する。官憲パワーでなんか解決」
「無難だが、それで解決するならとっくに解決しているだろう」
「なら3。ていうか、これに選択肢が限定された気もする」
「ああ、俺もだ」
言いながら、私は「とある方向」にアルヴァと共に視線を向ける。
そこにいるのは……この前会ったばかりの、この国で一番偉い人。
「おいアリス……」
浮いてるその偉い人……もといハーヴェイは、私とアルヴァを厳しい表情で睨みつけている。
「……ねえ、見えないんじゃなかったっけ?」
「遺憾だが、隠蔽の魔法を看破されている。恐らくは魔王の固有能力か何かだろう」
「うわあ……流石魔王。ずっるいわあ、チートだわ」
「チートとはなんだ?」
「えー……なんて説明すればいいのかしら」
私が上手い説明を考えていると、なんかプルプル震えていたハーヴェイが私たちを指さす。
「アリス! なんだその男は! 何処で引っ掛けた、そんな怪しげな奴!」
「何処って。ていうか、貴方は私の何なのよ……」
「うるさい! 自分色に染めようとしていた女に変な虫がついてた男の気持ちが分かるか!」
「うわキモッ」
「なんだその罵倒は!」
「シンプルに気持ち悪い。ていうか貴方、実はそういう性格だったの?」
「余は何も変わっていない! おい虫! アリスに近づきたくば身分と思想信条を明らかにしてからにしてもらおうか!」
「めんどくさい父親目線じゃないの」
どうアルヴァが答えるのかと見上げてみれば……うーわ、すっごいめんどくさそうな顔してる。
「今代の魔王は実に気持ち悪いな」
「フン、隠蔽魔法をかけて婦女子を空中で抱きかかえている男の台詞とは思えんな」
「本意ではない。というか、俺はコレを女に分類していない」
なんだとこのやろう。あ、待てよ。
「そっか。私は女という分類に留まらず美少女という概念であるから……ってことね!?」
「ふむ……」
「え、まさか正解?」
「いや。どういう風に笑えばその巨大な幻想を砕けるか考えていたところだ」
「アルヴァ。もう1回クローバーボム撃てば綺麗なアルヴァになれる?」
「やめろ。おい、ボムマテリアルを出そうとするんじゃない」
手を開こうとする私をどうにかしようとするアルヴァ。そんな風にジタバタする私たちを、すっと息を吸ったハーヴェイが一喝する。
「余を無視するんじゃない! 寂しいだろうが!」
……一喝の内容、それでいいの?
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