魔王4

「……余は、やめろと言ったはずだが?」


 振り返った先に居たのは、今までの緩い雰囲気とは全く違うハーヴェイ。

 怒気が具現化したかのようにゆらりと景色が歪むのは、魔力のせいなんだろうか?


「ぐ、くっ……し、しかし」

「しかし、ではない。余の配下が余の決定に逆らう。これが何を意味するか理解できないか」


 ミシミシと響く音と、苦悶の声。

 怖い。正直、そう思う。


「魔王の部下は命令に従わず独自の判断で動く。これが『魔王』に対しどういうイメージを加える事になるか。お前は理解できていないのだな?」

「ま、魔王さま……っ!」

「逆らう奴に限って余の為を口にする。それが『悪しき魔王』のイメージを作り出すと理解しないからだ。暴走する忠義ほど厄介なものはないし、余はそれを矯正できるものではないとも考えている」


 魔力が強まっていく。黒ずくめが、血を吐く。


「……故にな。余はこう思う。お前はここで処分するべきだと。此処から先、お前は高い確率で再度の暴走をする。その時、余がお前を事前に処分できる場所にいるとは限らんからだ」


 ハーヴェイが、死刑宣告と共に手を下ろそうとする。

「死ね」と、そんな言葉と共に下げられる手を、私は思わず止めていた。


「何故止める?」

「何故って……目の前で死刑とかやり始めたら、そりゃ止めるでしょ!」

「この件に関しては、お前は被害者だ。むしろ殺されかけた事を加味すれば『そんな奴殺してやれ』と言うべきところではないか?」

「そんなハードな生き方してないわよ!」


 なんで修羅みたいな事言わなきゃいけないのよ。別に目には目を、歯には歯をみたいな考えも持ってないし。


「ふむ」


 私をじっと見ていたハーヴェイは、やがてポツリと「甘いな」と呟く。


「持っている力の割には、随分と甘い。まるで苦労知らずの子供だ」

「……殺意には死で報いを、みたいな単純論よりはいいと思うけど?」

「くくっ、そうかもしれんな。殺そうとしたから殺す。これは汚泥の道を自ら選ぶ行為だ。もっとも、余はそれを厭うつもりはないが」

「言ってる意味がよく分からないんだけど」

「玉座とは血の山河の上に安置されるもの、ということだ」


 そう言うと、周囲に満ちていた魔力がフッと消え去る。

 黒ずくめは……うん。動けないみたいだけど死んでない。


「だがまあ、お前にそれを強制する趣味もない。その道にいずれ来るとしても、猶予を与えられるべきではあるだろうしな」

「なんで私がそういう道に行く前提なのよ」

「決まっている。力は意味なく与えられるものではなく、役目無く生きる者は居ない。力ある者は、その力によって、いずれ何かを為さねばならない定めにある」

「……定めなんてフワッとしたものなんか、知らないわよ。私は自分で生き方を決めるわ」

「それもまた定めだ。いずれお前の運命には、他の力ある何かが交差する。余が、今此処にいるようにな」


 ……むう。確かにハーヴェイ……もそうだけど、アルヴァもいるし。

 完全には否定できない部分はあるけど。


「運命は切り開くものよ」

「然り。故にぶつかり合うのだ。たとえ知恵を手に入れ文明を謳おうと、こればかりは変えられん。争わずには何者も生きられん。違うのは、流れる血の量だけだ」

「革命にだって無血革命みたいなのはあるのよ」

「たとえ無血であったとしても、それは革命という争いの結末だろう。既存の何かを倒したという事実はどれ程化粧しようと変えられん」


 そこまで言って、ハーヴェイは暗い笑みを浮かべる。


「いや、むしろ……より醜悪かもしれんな? それを善であると誇る事で、何を守ろうというのか。いっそ悪であると誇ればまだ潔いものを」

「……そんな難しい事は分かんないわ。でも生きてこそ咲く花もあるって言葉もあるわよ」

「それを否定する気はない。肯定する気も無いが」


 むー、なるほど。確かにアルヴァの言う通りこいつ、ただの馬鹿じゃないわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る