魔王5
……でも、正直好きでもないわ。
「そう。まあ、その辺りは個人の自由な考えってやつよね」
「そうだな」
「私はそうは思わない。だから、ハーヴェイ。私、貴方の事はちょっと嫌いよ」
「……そうか。まあ、すぐに理解してもらえるとも思っていない」
すぐにっていうか……。
「その辺りは、ゆっくり分かり合っていこうではないか。なに、問題はない。互いに同じ意見でなくとも、分かり合えるとも。社会とはそうして成り立つものなのだからな」
「ええ……? 互いに致命的な見解の相違だったと思うのだけれど」
「そんなもの、味覚の差と大して変わりはない。理解せずとも、尊重することは出来るのだからな」
「かなり違うと思うけど!?」
生き死にを味覚と同列に語るんじゃないわよ!
どっかズレてんじゃないのコイツ!
「同じだとも。たとえば初代魔王や当時の魔族は、モンスターと同じ棚に命を並べられた。モンスターの首魁、魔王死すべし。当時の人間どもや勇者の主張は記録に残っている」
「む」
「悪しき魔族、滅ぶべし。これは人間愛と共存した考え方だ。そして別に、この考え方は魔族と人間に分けずとも成立する」
「……それは、そうかもだけど」
「ゆっくり分かり合おう。お前もこの国に暮らすのであれば、余がどういう考えの下に行動しているかを知るべきだ」
「それって命令?」
「いいや、提案だとも。余とて、好きでこんな嫌われそうな事を言っているのではない」
……まあ、そうなの……かしら?
どうにも、この魔王ハーヴェイという魔族のことが掴めない。
アルヴァは大分分かりやすいんだけど。
「アリス。お前が真っすぐな人間である事は理解できる。だが、それは融通の利かなさの証明でもある」
「結構ひん曲がってるつもりなんだけど」
私がそう反論すると、ハーヴェイは面白そうに笑う。
「ハハハ! ひん曲がっているというのは余みたいな者の事を言うのだ!」
「自分で言うのもどうなのよ」
「まさにな! ハハハ!」
うーむむ、今のそんな笑うとこだったかしら?
でも、今の会話で分かる事も……ある。
「……結局のところ、貴方は私と好意的な付き合いを考えてるってことなのよね」
「その通りだが、何故そう思うか一応聞いても?」
「何故って。1度も命令って言わないし。さっきから私貴方に逆らってるけど、それを咎めるわけでもないし」
そのつもりなら、いつでもチャンスもタイミングもあった。
それをしないってことは、つまりそういうこと……なんだと思う。
「まあ、そういうことだな。余はお前と良い付き合い方をしたいと考えている。それは、お前が『色』に染まっていないからでもある」
「色? 純粋がどうのこうのみたいな?」
「そうではない。お前の考え方は、良くも悪くも中立だ。人間にも魔族にも、どちらにも好意とも悪意ともとれない感情を抱いているのが理解できるからな」
……まあ、それはその通りかしらね。
魔族は今のところ悪い人はそんなに居ないし。私も一応人間だし。
「余はその天秤を、魔族側に傾けたい。魔族を理解させ、情を移させたいと考えている」
「本人の目の前で言う事じゃないと思うけど!?」
「こっそり画策するよりは誠実だろう? こうして聞かされれば、実際されても『仕方ないなあ』ですます。お前はそういう人間だ」
「ちょっと!」
否定はできないけど! 本人の前で言うんじゃないわよ!
「性格わっる……! ますます嫌いだわ」
「別に構わんとも。最初に取り繕って後から下がるよりは好スタートと言えよう」
「何処がよ」
「下がりきった後は、上がるしかないだろう?」
「雨の中のヤンキー理論じゃないの」
「ヤンキー? 学者の名前か?」
そんな突っ張った学者が居てたまるもんですか。
「あー、もう! いいから今日は帰りなさいよ! 塩撒くわよ!?」
「塩を撒いて何が変わるのだ?」
「うっさい、帰れ帰れ!」
私がバタバタと手を振ると、ハーヴェイは肩を軽くすくめる。
「……まあ、仕方ないな。今日は余の側の体制にも非があった。明日は改善してから来るとしよう」
そう言うと、ハーヴェイは懐から丸めた紙を取り出し手渡してくる。
「それが登録書類だ。家の中にでも仕舞っておくといい。ではな」
「へ? あ、うん」
飛び去っていくハーヴェイを見送って……私は、あいつが「明日」と言った事にようやく気付く。
「……王都来たの、失敗だったかしら」
今更であるけど、本当にそう思う。
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