魔王2

「では、待っていろ!」


 何処かへと飛んでいく魔王を見送って、私は首を傾げる。

 ……なんかこう、ナチュラルに監視対象宣言された気がするんだけど、気のせいじゃないわよね。

 首を傾げながら家の中へ転移すると、すぐ目の前にアルヴァが居て「わっ」と声をあげる。


「ど、どうしたの?」

「気に入られたようだな」

「は?」

「アレは一見ただの馬鹿に見えるが、かなりの道化だぞ」

「えーと……?」


 意味が分からなくて私が頬を掻くと、アルヴァはあからさまに大きな溜息をついてみせる。

 ……何よもう。遠回しに言われても分かんないんだってば。


「傍から聞いていると耳を削ぎ落したくなるくらいに頭の悪い会話だったが」

「私のせいじゃないでしょ、それは」

「全て……かどうかは分からないが、アレは貴様の反応を測っていた。その結果、貴様を手元から逃がさんと思う程度には気に入ったようだ……ということだ。理解できたか」

「え、分かんない」

「とことん馬鹿だな」


 言いながら、アルヴァは私の額をビスビスと指でつつく。

 く、くそう。なんなのよ!


「だって、その反応を測っただけでどうして『気に入ったから逃がさん』になるのよ! ヤンデレにも程があるわよ!」

「ヤンデレ? わけの分からん単語を使うな。気に入られた理由なら簡単だぞ」

「……何よ、その理由って」

「貴様は魔族に偏見がなく、媚びず、自由だ。それは激しく無礼な阿呆にも映るが、見る者によってはひどく魅力的……という」

「ほほーん?」


 なるほど、なるほど?


「……なんだ、その不快な目つきは」

「てことはアレかしら。アルヴァも私に魅力を感じていてて」


 ぐにっと私の頬を摘まむアルヴァ。何すんのよコラ!

 ベシッと手を払うと、アルヴァは極めて不快そうに唾を吐く素振りをする。


「あまりにも不快だ。気分を著しく害したぞ」

「今の流れだとそうだったでしょうが!」

「何が流れだ。ともかく、あの今代魔王はゲテモノ好きの気があるということだ」

「酷い纏め方するんじゃないわよ! これ以上ないくらい美少女でしょ、私は!」

「救いようのないナルシストめ」

 

 こ、こんにゃろう……味方じゃなかったらフッ飛ばしてるところよ。


「だがまあ、これは悪い流れではない」

「気に入られたからってこと?」

「そうだ。この国で暮らしていこうというのであれば、魔王に嫌われていない事は重要だ」

「まあ、王様だものね」

「ああ」

 

 ……その理屈は分かる。分かるけど……。


「なんかそれ、聞かなかった方が良かった気がするわ」

「どういう意味だ?」

「……だってさ。魔王様に……ハーヴェイに気に入られてた方がいいってのは、普通の事よね」

「当然だ」

「それを念頭に入れたりしたら、なんか、こう……上手く動けない気がするのよね」


 私がそう言うと、アルヴァは少し意外そうな「ほう」という声をあげる。


「なるほど、貴様は馬鹿だが愚か者ではないようだ」

「似たような意味じゃないの、それ」

「違う。貴様は頭に脳の代わりにオガクズの詰まっているスッカラカンではあるが、唾棄すべき者ではないと言っている」


 うわあ、凄くぶっ飛ばしたい。たぶん褒められてるんでしょうけど、全く褒められてる気がしないわ。


「さっさと結論言わないと、スッカラカンの何も考えてない拳がクリーンヒットするわよ」


 私がなんちゃってボクシングのストレートの練習をし始めると、アルヴァは慌てたような咳払いをする。


「今代魔王は、恐らくだが自分に媚びる者を嫌うだろう。貴様は、知らずのうちにそれをクリアしていたということだ」

「……うーん……」

「なんだ。まだ何か理解できないのか?」

「いや、理屈は分かるんだけど」


 なんていうか、うーん。


「それって、危なくない? だって要するに『誰も恐れず偏見を持たず、素直な人が好き』ってことでしょ?」

「まあ、そうだな」

「私がそういう人間かは疑問の余地があるし……もしその通りの人間が居たとしたら、なんか、こう。立場ある人に近づけちゃいけないタイプだと思う」


 そう考えると、私のさっきの態度もかなりヤバかったわよね。

 初見の「変な奴」感が強すぎて敬語が出てこなかったけど、よく考えなくても王様には敬語使うべきだもの。

 うーん……モヤモヤする。やっぱり何も聞かなきゃよかったかも。


「……まあ、貴様の懸念は理解するが」

「うん」

「その直感が正しく働いている限りは、悪い方向には転がらんだろう。どうせ考える頭などないのだから、気楽にいけ」


 ……なんでこう、コイツは……。励ましてるのか貶してるのか分からないのはやめてくれないかしら。

 でも、まあ……ちょっと気楽にはなったかな?


「くっ、門が開かんではないか! おーい、余が来たぞ!」


 あ、もう戻ってきた。

 ……ええい、仕方ない。覚悟決めますか!

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