魔王

「ちょっと、そこの人! 人の家の上空で騒ぐのはやめてよね!」

「お前か! 余を焦がした不敬者は!」

「……自分の魔法で焦げたんじゃない」

「お前の結界が原因だろーが!」


 うーん、関わりたくない。大事になって回収して貰った方が良かった気がしてきたわ。


「普通に正面から訪ねて来ればいいじゃない。なんで魔法でぶち破ろうとするのよ」

「決まっている! 余が魔王であるからだ!」


 胸を張ってえっへん、というような態度の魔王。

 私はもうこの時点で帰りたいんだけど……我慢我慢。


「魔王様がこの国で偉いってのは知ってるけど……」

「む? ちょっと待て」


 私の言葉を遮ると、魔王様はフワリと浮かんで私の近くに着地する。

 そのまま目の前に立つと……私の髪に触れて「ふむ」と頷く。


「……魔人でも亜人でもないな。人間か。だがこの魔力……」

「ちょっと、失礼よ」


 私が魔王様の手を振り払うと、魔王様は気にした様子もなく私をじっと見ていた。


「お前……名前は?」

「アリスよ」

「そうか、アリス。お前……勇者か?」

「違うわ」


 それはハッキリしている。勇者は別の人だもの。

 私が迷う様子もなく答えたのを剥て、魔王様は少し当てが外れた、といったような表情をしつつも「そうか」と答えてくる。


「これ程の魔力であればもしや、と思ったのだが……まあ、今代の勇者は男だと聞くしな」

「ちょっと、それなら私は明らかに違うじゃないの」


 どう見ても男には見えないと思うんだけど?

 そんな抗議の意思を籠めて睨むと、魔王様は肩をすくめてみせる。


「まあ、今どき格好で男女を判定するのも少々古いしな……万が一ということもある」

「それで私が男だったらどうしたのよ」

「余の性癖が増えるかもしれんな」

「うわキモッ」

「お前っ! 流石に初対面の相手に言われたのは初めてだぞ!?」

「え、他の人にも言われてるの?」

「およそ7割といったところか」

「ええ……最悪じゃない……」

「フン! 性的嗜好の多様化の進む現代において、そんな古い考えでやっていけると思うか!?」

「別に魔王が先駆者である必要はないじゃない」

「理解者であってもいいとは思わんか?」

「知らないわよ、そんなの……」


 私が距離をとると、魔王は「ふむ」と頷いてみせる。


「そういえば自己紹介をしていなかったな。余は魔王。魔王ハーヴェイだ」

「えーっと……うん、よろしく」

「こうして自己紹介をしても敬語を使わんとは、中々にハジけた奴だが……まあ、嫌いではない。余もフランクな魔王を目指している故にな」


 あー……そういえば忘れてたわ、敬語。

 だって初見から尊敬できるところが微塵もなかったし……。


「それで魔王様」

「ハーヴェイでいい」

「そう? じゃあハーヴェイ、何しに来たの? 此処を確認しに来ただけ?」

「そうだな。驚いたぞ。突然時空間を揺るがすような大魔力の波動を感知したからな。勇者でも攻めて来たかと思って来てみれば、あんなものが建っている」


 言いながら私の家を見るハーヴェイ。うーん、反論できない。


「あー、えっと。勇者が攻めてくるって。今、勇者とはそういう関係なの?」

「さて、な。今代の勇者がどういうつもりかは、まだ分からん。だが楽観主義ではないつもりだ」


 完全に否定はしない、か。やっぱり人間と魔族の関係って、単純に皆仲良くって風にはいかないのね。


「そこにきて、お前のような存在の登場だ」

「え、私?」

「そうだ。聞けば勇者でもないというし、余の顔を知らんところからしても王都外から来た余所者だろう」


 ええ……そんな王都中に顔を認知されてるの?

 まあ、王様だから不思議じゃないのかしら。


「まあ、今日来たばかりだけど」

「ふむ。今日来たばかりで余を動かすほどの騒動を引き起こすとは。中々に今後が楽しみだな!」


 くっ、真正面から皮肉ぶつけてくるわね!?


「まあ、それはいい。お前のような者が余の目に届く場所に居てくれるのは、手間が省けていい」

「……ん?」

「喜べ。此処を余が手ずからお前の住所として登録してくれる。急ぎ戻り書類を準備する故……それまで何処にも出かけぬように」


 ……んん?

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