アルヴァ

 振り返った先に居たのは、恐らく冒険者と思われる何人かの男達。

 1人は、大きな斧を持って金属鎧を着込んだ巨漢の戦士らしいサルの獣魔人。

 1人は、小柄の犬のマジシャン。

 1人は、アリみたいな兜……違う、頭部を持つ革鎧の男。グレイから聞いた通りなら、蟲人っていう種族だと思う。

 さっきの声をあげたのはサルの戦士らしく、周囲を見回した後……ようやくといった風に私に視線を向ける。


「オーク共の死体と……ありゃ魔人か?」


 そんな疑問の声に答えたのは、犬のマジシャン。


「違うね。ありゃあ人間だよ」

「人間……オークの集団を皆殺しに出来る人間、か? 少し現実離れしてるんじゃねえか」

「確かにな。誰かが倒したオークを見つけた……といったあたりだろう」


 サルの戦士とアリの……たぶんシーフがそんな事を言いながら、私を上から下までジロジロと眺め回す。うーん、ちょっと視線が不快かも。

 でもまあ、私から波風を起こす事もないと黙っていると、やがてサルの戦士が「おい」と声をかけてくる。


「人間。お前、コレを倒した奴……見たか?」

「……私だって言ったら、信じるの?」


 試しにそう聞いてみると、サルの戦士はクッと笑う。


「いや、信じねえな。お前だって、信じてもらえるとは思ってねえだろ?」

「……そうね」


 嘘だけどね。ほんとは、ちょっと期待した。

 グレイ達みたいに、友好的な関係になれるんじゃないかって。

 でも、違う。アレは私を完全に見下してる笑み。

 

「ま、とにかくだ。お前みたいのがこんな所ウロチョロしてんじゃねえぜ。俺等みたいに強ぇ奴じゃなきゃ……」

「ほう。すると、コレをやったのは貴様等か?」


 響いたのは、この3人とは別の声。

 私からも3人の冒険者からも離れた場所……木々の陰。1人の男が、立っている。


「誰だ!」


 武器を構えた冒険者達に、男は小さく笑いながら進み出てくる。

 少し短めに切り揃えた紫色の髪からは角のようなものが生えている。

 赤い目は妖しく煌めき、冒険者達を静かに見据えている。

 全体的に白い肌は何処となく不健康で、けれど不思議と肌艶はいい。

 ローブを纏った男の手には、一冊の怪しげな本。


「まったく、余計な事をしてくれる……これだから冒険者という連中は」

「答えねえってこたぁ、敵でいいんだな!」


 大斧を構え走るサルの戦士に、紫の男は「フン」と鼻を鳴らすとサルの戦士へと掌を向ける。


「俺はアルヴァ。覚えておく必要はないぞ」

「なっ……」

「ディメンション」


 大斧を叩きつけようとしていたサルの戦士の姿が一瞬で何処かへ消えて、残された犬のマジシャンとアリのシーフが驚愕の表情になる。


「ア、アルヴァだと……!? まさか『ブラックメイガス』アルヴァか!?」

「アルヴァって……あのアルヴァか!? 人間の町を20以上滅ぼしたっていう……」

「ああ、そのアルヴァで間違いない」

「嘘だ! アルヴァは……アルヴァはもう100年以上も昔に死んだはずだ!」


 叫びながらアリのシーフが短剣を構えて飛び出し、一気に距離を詰めて斬り付ける。

 だが、斬ったはずのアルヴァの姿はゆらりと消え……その背後に立っていたアルヴァの「ディメンション」の一言でアリのシーフは何処かへと消えてしまう。


「あ、あ、あ……うわあああああ! 死ね! ファイアーボール!」

「ハッ」


 放たれた火球が腕の一振りで簡単に掻き消されたのを見て犬のマジシャンは身を翻して逃げ出すけれど……再びアルヴァの姿は消えて、犬のマジシャンの逃げた方角から絶叫が聞こえてくる。

 ……そして、それから少しもたたないうちに私の目の前にアルヴァの姿がゆらりと現れる。


「……あの程度ではな。となると信じ難いが……貴様か?」

「あの人達に何したの」

「殺した、と言ったら?」

「殺してないわよね。そんな事するなら、もっと簡単な魔法使えるんでしょ?」

「なら、お前はどんな魔法だと思うんだ?」


 消えたり出たりするアルヴァ。そして、何処かに消え去った冒険者達。

 たぶんだけど、答えはきっと見たまま。


「……空間移動魔法。そうでしょ?」

「ああ、正解だ。邪魔されても困るからな、遠くへ旅立ってもらった」


 面白そうに笑うアルヴァを睨んでいると、やがて彼は私を見下ろすように視線を向けてくる。


「質問には答えた。次はお前の番だと思うが?」


 ……意外と律儀なのかしら。

 良い人でないのは確かそうだけど……極悪人でもなさそうだし、このくらいは答えても問題ないとは思う。


「ええ、そうよ。此処に居たオークは私が倒したわ」

「……魔人ではないな。ただの人間だ。だが……ふむ、強大な魔力を感じる」


 魔人。確かグレイに聞いた知識だと「見た目は人間に似ている」種族だったはず。

 なるほど、確かに似てるわ。でも違う。人間には、あんな角はないもの。

 睨みつける私の顎を、アルヴァは指でクイッと持ち上げる。


「名前はアリス。レベル31、ソードマン。能力が……オール1? 有り得ん。有り得んが……」


 こいつ、私のステータスを何かの方法で見てる!?

 完全に見られてるわけじゃない、バグってる表示の方を見られてるみたいだけど……!


「覗き見は良くないんじゃない!?」


 アルヴァの手を払い距離を取る私に、アルヴァは一瞬呆気にとられたような表情になって……「俺の魅了を破った……いや、防いだのか?」と聞き捨てならない事を呟く。


「魅了って……なんか変な魔法かけようとしたのね!?」


 呆然としたような表情のアルヴァは……私の問いには答えないまま、ニヤリと笑う。


「……人間。いや、アリス」


 アルヴァは両手を広げ、私に思わずゾワリとするような視線を向けてくる。

 欲望を叩きつけるような目。相手の事を欠片も考えていないような目。

 私の、一番嫌いな目。


「俺は、お前が欲しい。その身体、その魔力、その魂……全て、俺に捧げてもらおう」

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