トレーニングルーム

―トレーニングルームが解放されました!―


 リターンホームで戻ると、そんなメッセージが私の頭の中に流れる。

 それと同時に、地下へと繋がる扉の鍵がガチャリと開く音。

 

「……そっか。レベル20はトレーニングルームだったわね」


 そっちはあまり気にしてなかったから、ちょっとだけビックリした。

 トレーニングルームは名前の通りで、「破滅世界のファンタジア」では本来はチュートリアル機能の1つとして最初から解放されていたものだ。

 どれだけ失敗してもゲームオーバーにはならない安心仕様の練習ステージで、目的に合わせて色々な操作練習が出来る……というだけの機能。

 出てくるモンスターがちょっと特殊で「ナイト」とかいう名前の連中だけ。

 どういう立ち位置か、最後まで説明なかったなあ……。


「……」


 ちょっと気になって、私は疲れた身体を引きずりながらトレーニングルームのドアノブに触れる。

 そうすると、浮かび上がるウインドウ。


「モードを選んでください……?」


 イージー、ノーマル、ハード。

 

 とりあえずイージーを選択してドアを開けると、その先には地下への階段。

 謎の明かりの照らす階段を降りていくと、その先には見覚えのある草原が広がってる。


「ゲームと同じ、ね」


 私が装備してるのは、鉄の剣と鎧。

 試しにスペードソードとダイヤアーマーに切り替えてみると一瞬で換装したし、もう1度やると鉄の装備に戻す事も出来た。

 ……とりあえずは鉄の装備でいいかしら。


「……」


 視界の先、草原の向こうからガシャン、ガシャンと歩いてくるフルフェイスの鎧騎士。

 剣と盾を構えた鎧騎士……「ナイト」について考えても、ノイズはない。

 つまり、ナイトはモンスターとは違う存在ということだけは分かる。

 なら、現実になったトレーニングルームは……どんな場所なの?

 ナイトがモンスターではないというのなら、もしかして。


「ねえ! ちょっといいかしら!」

「集中なさいませ」

「え、嘘! お話しできるの!?」

「……」


 無言で斬りかかってくるナイトの攻撃を、私は鉄の剣で受け止める。

 あっぶな……問答無用なの!?


「アリス様。トレーニングを始めた以上、容赦はしませぬ。レベルに相応しいトレーニングを」


 言いながら剣を押し込んでくるナイトの兜の奥には、何もない。

 なるほど、人間じゃないってわけね……!?


「そう、それなら……遠慮なく!」


 剣を弾き返すと、私は真正面からナイトを斬り裂く。

 そうするとナイトは僅かに後ずさり、そのままポンと音をたてて消える。

 ……なんか気が抜けるわ。

 そんな事を思った私の頭を狙って飛んできた「何か」を、私は首を軽く動かして避ける。

 今のは、何。すぐに気付く。あれは矢。

 離れた木の枝の上に、弓を構えた別のナイトがいるのが見える。

 それだけじゃない、奥から剣のナイトがガシャガシャと音をたてて歩いてくるのが見える。


「なるほど……確かにイージーではあるわね」


 まさに戦闘の練習みたいなものだと分かる。

 走って、ジャンプ斬りで弓のナイトを斬り裂いて。そのまま落下しながらの一撃で剣のナイトを撃破。

 私の前に「そのままゴールを目指せ!」というウインドウが浮かんで消える。


「……調べたい事が増えたけど……載ってるかしらね?」


 本棚の事を思い浮かべながら、私は走り出す。

 見え見えの落とし穴をジャンプで回避し、一定時間で上下に開閉を繰り返す門をダッシュからのスライディングで抜ける。


「次、ボス戦!」


 砦の奥に佇む、ちょっと立派な装備のナイトに私は襲い掛かる。

 一気に距離を詰めて一撃、二撃、三撃。

 くっ、盾で防がれた!? カウンターのように放たれた剣の一撃が私を斬り裂いて……あれ?


「……斬れて、ない?」


 痛みはあったけど、斬られた場所には傷がない。

 疑問符を浮かべる私に、ナイトは動きを止めて「それがハートの加護です」と教えてくれる。


「ハートのって……ライフオブハート?」

「ハートの力は貴方を守ります。如何なる致命の攻撃も、9度までであれば貴方の命を救うでしょう」

「……」


 ゲームではそうだった。どんな攻撃も、10回くらうまでは大丈夫。

 そして、それを補うのが防具の存在。

 ダイヤアーマーを手に入れれば、最初のステージの敵の攻撃なんか、いくら受けても無敵だった。


「また、ハートは時間の経過で回復します。よく考えて戦闘を組み立ててください」


 聞いていて、私は思わず笑ってしまう。

 そうか、私は分かってるつもりで分かってなかった。

 アリスの能力が……「破滅世界のファンタジア」のシステムが、現実に反映されるということ。

 今の話を聞く限り、私の想像通りなら。


「あの、ね。たとえば、そのー……毒とか、即死魔法とか、そういうのでも1回にカウントされるの?」

「それが、貴方の防御とダイヤの力を上回るのであれば」


 つまり、それって。


「……防御できるって事?」

「はい」


 ああ、そうか。どうやら……私は、この世界で一番「死」から遠いところにいるみたい。

 9回までは、連続で致命的なミスをしても許される。

 たとえば溶岩の中とかに叩き落とされたら即座に使い切るのかもしれないけど、これは大きなアドバンテージと言っていいはず。


「分かったわ、ありがとう」

「では、トレーニングを続けましょうアリス」

「ええ……いくわよ!」


 ナイトと斬り合い、私の「イージー」なトレーニングは何事もなく終了する。

 ……思ってたより、ずっと勉強になったわね。

 そんな事を考えながら、私はシャワーを浴びてぐっすりと眠る。

 油断は出来ない。

 出来ないけど……ちょっと安心できた、そんな夜だった。

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