1-7

 望月にパス送った先輩只者じゃないな。

「瀬野、もう少し上がってても大丈夫。俺、守備側に回るわ」

 牧田さんはそう言うけど、俺は戻りながらの守備は得意じゃない。

 どちらかと言えば、敵を視界に入れてパスコースを潰しに行く方法と予測によってボールを奪いに行くタイプだ。

 それに、そんなに高い位置を取ったら中盤のパス回しに支障が出ないかな。

 そんなことを考えていると、

「瀬野、そんなに上がらなくてもいい。そのかわりこば(小林)のマークついてて」

「こば?」

「あぁ、小林な」

 後ろから嶺井先輩が、相手の背番号8番を指差しながら教えてくれる。

「牧田、もっとビルドアップ(攻撃の際の組み立て)の時にパスもらえる位置を取れよ。ちょっとポジション取りが遅いし、出しにくいとこ立ってる」

「うす」

 どうやら、センターバックの嶺井先輩は司令塔の役目を果たしているようだ。

「そんなんでいいの?」

 前を歩く、8番のビブスをつけた小林先輩がニヤリと笑う。

 その小林先輩にボールが入った。慌てて、距離を詰める。前は向かせない。

 えっ、スルー? 小林先輩は、ボールに触らずに反転。その動きは完全に予想外だった。

 ボールは呆気に取られて刹那的に固まった俺の股下を通過していく。

 やられた。急いで振り返って追うも、すでに小林先輩は回り込んで完全に前を向いてしまっている。

「ほら、一年坊決めてこい」

 完全に釣り出されたセンターバックの嶺井先輩を嘲笑うかのように、ふわりとしたパスを望月に送る。

 ボールは、キーパーには届かない絶妙な位置に落ちる。

 抜け出していた、望月がボールを収める。

 キーパーが前に飛び出してくる、嶺井先輩も必死に戻るも、ワンバウンドしたボールを望月は冷静にサイドキックでゴールに流し込んだ。

「オッケー、ナイシュー」

 何でもないことのように、軽い口調で望月に声を掛けると、俺の方もチラッと見ながら小林先輩が自陣に戻っていく。

 クソ、俺のミスだ。安易に距離を詰めすぎた。

 もうちょっと、じっくり行くべきだったか。

「すまん、瀬野。カバーリングが中途半端になってしまった」

「いえ、すみません。俺が簡単に抜かれたから……」

 嶺井先輩が後ろから声を掛けてくれる。

「切り替えましょう」

 牧田先輩は手を叩きながらそう言う。

「まっきー、そうは言ってもね……」

 小林先輩がホイッスルを咥える松山コーチを見やる。

「時間だよ」

 ホイッスルが吹かれる。

「はい、今日はここまで」

 試合は終わってしまった。何とも後味の悪い終わりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る