目が覚めたら、結婚予定の彼女の子供でした。

no.name

第1話 プロローグ的な何か。

 灰色の雪が降り注ぐ。細胞を壊死させる咆哮を浴び、息も絶え絶えの中、拳聖の称号を得た男は世界の滅びを止められなかった。


「ああ!まだだ!まだ死ねない!まだ、俺は!この戦いが終わったら、俺はシャルと結婚するんだから!」


「あ、エルさん。それ、死亡フラグですよ」


 後ろから声がした。


 振り返ると国が派遣したパーティーメンバーの[キューブ]がいた。他メンバーは黒い煤になっている。キューブは錬成術師らしい。らしいと言うのは本人もよく分からないかららしい。色々な分野に手を出しすぎて、こいつ独りで大概、何でも出来る。もう、賢者とかでいんじゃねと言った事もあるが、今一つピンとこないと言って却下された。


 とまあ、そんな事はどうでもいいんだ。マジ今、死にそうなのだから。なのにこいつときたら、自分だけにシールドを張ったポイ。一人だけ店で服仕立てて来ました的に小綺麗でいやがる。しかも俺達の回復もしやがる気配すら無い!


「おい!キューブ!回復すらしてくれんのか」


 じと目で抗議してみたが、帰って来た答えが


「はあ。無駄な事はしない主義なので。ところで、エルさん。どうします?ここで安らかに眠っておきます?それとも永眠します?」


 だ!!


「ふざけんな!どっちも同じ意味だろうが!俺はまだやれる!あいつらに、いや!シャルに平穏な生活させる為に此処で倒れる訳にはいかねぇーんだよ!」


「はぁ。なるほど成る程。ですが、エルさんの細胞が9割方、死滅しておりますので回復しても死にます。一応生きる?方法はあるのですが」


「なんで疑問系なんだよ!助かるなら早くやれよ!俺があの狼のミュータントを殺らなきゃ国は終わりだ!死の雪を降らせ続けるアイツを!」


「はあ、でもエルさんには倒せないですよ。この方法を使えば、貴方は赤子になる。成長してまた立ち向かう前にこの国は滅びるでしょうね」


「な、なにをいってやがる」


「で、どうします?永眠しますか?それとも安らかに眠ります?」


「だからそれどっちもおんなじ…がはっ!」


 血を吐くと同時に身体中から血が滲み出す。


「あー。もう手遅れですね。御愁傷様でした」


「ふ、ざけん、な!テメー、生まれ変わってでもテメーをぶっ飛ばす……かん……な」


 事切れた。


「ふー。まあ、確かにある意味生まれ変わりになるのでしょうか?しょうがないですねー。面倒くさいたらありぁしない。……サーチ。生き残っている細胞を隔離。細胞から染色体をコピー確保」


《パージ完了》


「脳細胞からの記憶データ抽出。動体データ抽出。基本構成データ抽出」


《ラージ。有線からの接続は汚染の恐れ有り。無線LANの使用を推奨》


「任せる」


《ラージ。ダウンロード開始。0.5…40.0…80.9…99.5…100.0。ダウンロード完了しました。有機クリスタルコアに保存……完了しました》


「さてと、次はこっちか。たく、殺して殺してと喧しい」


 そして見上げる。鉛色の異形の狼。


「サーチ。細胞構成種核断定」


《ラージ。検索。確定しました。分離を開始。分離完了。細胞種核パージ完了。XX染色体です。及び各記憶コア、マテリアルをコンバート。有機クリスタルコアに保存。……完了しました》


「ん。……ん?何番のコア?」


《指定がありません。01番コアにて保存。融合しました。》


「あ、融合しちゃたんだ。……ま、いっか。うんうん。生まれ変わり生まれ変わり。さてと、帰りますか。エルさん。貴方の望み叶えておきましたよ。」


 キューブが歩き始めると、後ろの鉛色の異形の狼は砂のように崩れていく。もう、そこに死を振り撒くものはいない。


 ―――――――――――――――






(う、ん、ここは。頭が重い。寝すぎたのか?ここは、何処だ)


 ガチャ。


「あら、エル。起きたのかしら」


「(シャル!ああ、シャル!俺は帰って来たのか!ああ、シャル!愛してる!シャル!結婚しよう。絶対に幸せにする!)ああ~だぁ~。ああ~だぁだぁだぁ~」


「あらあら。エルったら。今日はご機嫌ね。エル。うぅ」


「シャルロット奥様。どうぞ。ハンカチです」


「ああ、ありがとう。ケイト。ふふ。エルの死をいつまでも引きずってはダメね。エルは私に、いえ、私達に希望を残してくれた」


「はい。奥様。あの方は命を賭して私達の世界を救ってくださったのですから」


「そうね。そうね。エル。エルネスティ。大きくなったら貴女にも貴女の父がどれだけ凄い人だったか沢山お話してあげるわね」


「ふふ。奥様。エルネスティお嬢様は私が見ておきます。どうぞ、お休み下さい」


「そうね。ケイト。ありがとう。そうさせてもらうわ。お休みケイト。お休みエル」


「はい。お休みなさいませ。奥様」


(どうなっているんだ。俺は一体)


 そして、睡魔に襲われてゆく。


 ◇


 ここはレイスティンガー王国。レイスティンガーエバル城。その謁見の間。


「キューブ殿。報告をお願い出来るか」


「かしこまりました。国王陛下」


「何をかしこまる事がある。我々の仲ではないか。ここにいる者達は皆、キューブ殿の立場を存じておる。気にする者は一人もおらん。さあ、話てくれんか」


「左様でございますか。では、手短に。死の雪を降らす鉛色の獣は討伐されました。もう、この国を脅かすものはございません」


「おお。なんと。では、我々は助かったのだな」


「まあ、そうですね。例えそれが、延命処置だとしても」


「ならば、後は後世に託すのみ」


「まあ、そうなりますね」


「いかばかりかでも、時間を稼げたならば行幸。それを覆す為の土台たることが我々に出来る唯一の贖罪よ」


「はあ、ですが、貴方の用いた駒は全滅しましたよ」


「あれらにはすまぬ事をしたな。結果は解っていたが、やはり誰も残れんかったか。家族には謝罪と慰謝料を工面せねばな。しかし、拳聖でも無理であったか」


「まあ、そうでしたね」


「また、そなたに借りを作ってしまったな。後始末なぞ。すまぬ。嫌な役を押し付けてしまった」


「まあ、それが今回の僕の仕事でしたから。しゃーなしですよ」


「しゃーなし……か」


「はい。しゃーなしです」


「そうか。……そうか。はは。………なあ、キューブ殿。そなたは、これからどうなさる」


「そうですね。ちょっと野暮用を済ませた後に又、別の世界に飛びますよ」


「……そうか。寂しくなるのう」


「そういって下さるとお世辞でも嬉しいですね。まあ、国王もご自愛ください」


「ああ、感謝する」


 ◇


 (あれから月日は巡り、私は今、15歳になった。そして今日、ようやく……ようやーーーく、この淑女養成牢獄を出所…おっと、まずいまずい、余りに過酷な9年間だったので、つい本音が。こほん。レイスティンガー淑女院を晴れて卒業となる。


 長かった。実に長かった。今でもあの時の失敗がなければと後悔しか先に立たない。


 しかし、この9年の間に叩き込まれた淑女に成るためのありとあらゆる作法、言葉遣い、教養の数々。


 この私の中に積み上げてきたもので、この後の人生を左右するであろう、あの関門を乗り切る為に全てを出しきってみせる!完璧に演じきってみせる。でないとあの地獄に逆戻りだ。


 3年事に行われる卒業試験。お気づきの方もおられるでしょうが、そう私はもう2度も卒業試験に落ちている。


 それもこれもこの前世の記憶?が邪魔するのだ!だが、落ちつけ俺。いや!私!そう私はエルネスティ・ラングレン。ラングレン辺境伯家の長女なのだから)


{何が「なのだから」なんだか。だいたい9年も拘束されてたの全部あんたの責任じゃ無い!それに付き合わされたアタシに一言あって然るべきなんじゃないの?}


(出たな!灰色狼め!お前何なんだよ!この体は俺のだぞ!いつまで付きまとうつもりだ!)


{よく言うよ!だいたい狼はこの子だしぃー。灰色じゃなくて銀色ですぅー。ねー。えるふー}


〈がうがう〉


(な!エルとウルフでエルフとか、安直すぎだぞ!)


{うるさいわね!この子も気にいってんだから関係ないでしょ!だいたい安直安直って座学関連はアタシが担当してたんですけど!あんた、体動かすのばっかジャン!この脳筋頭!拳聖が聞いて呆れるわよ。}


(だ、だが、作法やダンスは俺の成果だ!これは譲れんぞ!)


〈がうがう〉


{そんな事はどーでもいいんだよ!あんたのその脳筋頭のせいでどれだけ苦労したのかって話よ!あんたにまかせてたら一生卒業出来なかったわよ!トラブル起きるとすぐ拳術で解決しようとするし、気を抜くとすぐに俺口調になるし、頭のなかでも一人称を私にしときなさいよ。すぐ口にでるんだから!


 あんたの体、女の子なんだよ!もっと自覚しなさいよ!だいたい、絶対あれのせいだよ!校期延びたの!スカート捲り上げて立ちションとか!馬鹿じゃないの!}


〈がうがう〉


「あ、あれは、しかたかなかったんだ!緊急事態というか。昔の癖でつい」


{声に出てる!また独り言の多い不思議ちゃんに見られるわよ}


(うっ)


{全く、なんであんたが主人格してるのかしら。頭痛いわ。はー}


〈がうがう〉


(ううっ)


 涙目で意気を挫かれるエルネスティ。

 彼女の明日はどっちだ!


〈がうがう。あおーん〉

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