第282話 王城襲撃開始
来た時とは逆に、リクウィス宮殿の中庭の一つに面したベランダから飛び立った俺は、一先ず北へ向かって海岸まで出てから海沿いに西へと進んだ。
目指すはフレギウス王国の王都バーンデイト。
そこは元の世界で言うところのオランダのアムステルダムに位置するため、帝都ヴァルナークに比べると遥かに地形から当たりをつけ易い。
ファイーリア城にしても、質実剛健なリクウィス宮殿とは対照的に自己顕示欲が極めて強い外観であるらしく、ある程度まで近づけば一目瞭然という話。
なので、帝都ヴァルナークを訪れた時のように目指すべきマーカーを特に用意していなくても、迷わずに辿り着くことは十分に可能だろう。
そんな、経路はハッキリとした道行のさ中。
「ふんふんふーん」
俺の腕の中で、緊迫感の欠片もなく鼻歌を歌っている少女が一人。
これから一国家の本拠地を襲撃しようとしている者とは思えない呑気な様相だ。
いや、まあ、当然のことながら。無駄に緊張感を高めたからと言って、それで必ず上手くいくようになるとは限らないけれども。
「レンリちゃん、機嫌よさそうだね」
と、サユキが影の中から、俺にお姫様抱っこの形で抱きかかえられた状態で何とも締まりのない顔をしているレンリへと言葉を投げかける。
「はい。旦那様と寝所を共にできましたから」
対するレンリは否定することも誤魔化すこともせず、照れたように答えた。
「そう言えばレンリちゃん。イサクと同じ布団で寝たことはなかったっけ?」
「ええ。結局、合宿の時も男女別でしたし、眠り病の時も別のベッドでした。寮も少しぐらいなら抜け出せますが、いくら何でも朝帰りは難しいですからね」
サユキの問いかけに答えながら、レンリは少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
それでも、そういった場面場面では常識をかなぐり捨てて強行したりはしない辺り、俺が眉をひそめないラインを彼女は弁えているとも言える。
しかし昨夜は、部屋からなるべく出ないようにすべきというレンリの主張に俺も納得したし、ベッドは一つしかないしで、彼女と一緒に寝ることになったのだ。
一応、最初は床で寝ると言ったのだが……。
この絶好の機会だけは逃さないとばかりに、レンリが「旦那様が床で寝るなら私も床で寝ます」と頑なに譲らなかったので折れる以外になかった。
まあ、勿論、第二次性徴前のこの体で一線を超えるつもりは更々ないので、本当にただ単に一緒に寝て抱き枕にされただけだが。
「たまにはこれぐらいの役得があってもバチは当たらないでしょう」
そんなことでそうも喜んでくれる辺り、彼女の想いの強さと確かさを感じて取ることができるが……出発からの経過時間的にもう少しで目的地だ。
そろそろ意識を切り替えて貰うとしよう。
彼女はそのお気楽なノリでも何の問題もないのかもしれないが、俺は精神的には小市民なので一定程度緊張感がないと大ポカをする確率が高くなるからな。
「レンリ、時間は大丈夫か?」
「あ、はい。問題ありません。誤差の範囲です」
俺の問いかけに対し、レンリは懐中時計とコンパスを確認しながら答える。
最短距離を〈
更にはレンリを抱きかかえていて速度は抑え気味だし、余り陸に近いところで雷光を撒き散らしていては奇襲も何もない。
なので、陸地に近づいたら〈
加えて、余裕を持ち過ぎてフレギウス王国の領空をふらふらしていては補足されてしまう可能性もあるからと割とギリギリの出発でもあった。
それに、マーカーがなくてもいいとは言っても、下手に遠回りして時間的な帳尻を合わせようとすると地形からの判断がつかなくなって迷いかねないからな。
「……後、三分というところですね」
しかし、レンリが地図上で正確に計算してくれていたのと、気が抜けているようでしっかり運航管理はしてくれていたので、予定通り無駄なく到着できそうだ。
「けど、こっから先は大分大雑把なんだよな」
「それは仕方がないことです。クピドの金の矢の正確な位置が分からない以上は」
嘆息気味に言った俺に、彼女は若干フォローするように返す。
ファイーリア城に侵入してからは、二手に分かれることになっている。
レンリの役目は派手に暴れて警備の目を釘づけにすること。
対照的に俺はそんな彼女の陰に地味に隠れて、クピドの金の矢捜索のために城内を隈なく探索しなければならない。
とりあえずは氷の粒子や風を広域に展開して怪しいところを探していく形になるだろうが、行き当たりばったり感が否めないのが正直なところだ。
まあ、現フレギウス王国国王ジーグは不在なので、客観的に見て俺とレンリが脅威に思うような危険な相手はそういないはずだが……。
「不安なのは、クピドの金の矢がそもそも王城になかったり、転移の
「私が表立って暴れ回れば、アクエリアル帝国の破れかぶれの反撃だと思うでしょうから、少なくとも後者のような事態になる可能性は低いかと」
まあ、今回のこちらの目的がクピドの金の矢だとフレギウス王国側が予測するのは、あちらはあちらで情報がなさ過ぎて難しいだろうからな。
アコさんがいればホウゲツ内のスパイなどは即座に見破れるし、アクエリアル帝国側でも王城襲撃に関してはレンリと父親ぐらいしか知らないという話だし。
襲撃を受けて真っ先にそれを隠すという思考に至ることはないと見ていい。
「
「……そうだな」
余り手荒なことはしたくないが、少女化魔物達にああも惨い真似をしている相手だ。強めの尋問ぐらいならば、多少は構わないだろう。
俺は正義の味方ではなく、単なる人外ロリコンに過ぎないのだから。
「まあ、私はフレギウス王国を落とすつもりで行きますので、たとえ見つからなくても国に管理されている限りは見つけ出せます。別の組織が動いている場合でも手がかりぐらいは得られるでしょう。無駄足にはなりません」
「ああ、うん。それはいいけど……余り無茶はするなよ?」
クピドの金の矢については最悪でもレンリの言う通り何かしら進展があるはずだが、別の部分でやる気があり過ぎる彼女は少し心配だ。
アクエリアル帝国が不利な現状を均衡状態まで持っていくことで二国間の戦争による被害を拡大させ、人口を調整しようと言う一部(?)ホウゲツの思惑。
その中でレンリは、逆にフレギウス王国を一気に叩いてアクエリアル帝国勝利で戦争を早期終結させようという腹積もりらしい。
その果てに、次代の救世を立ち行かなくし、現行の方法に重大な瑕疵があることを浮き彫りにして問題を多くに知らしめるために。
救世の転生者に依らない救世を第一の目的に据えている彼女だ。
らしいと言えばらしい試みではある。
それだけにやり過ぎて何か別の問題を生じさせなければいいが……。
「はい。この場では無茶はしません。やれる限りのことをやるのみです」
まあ、彼女がそう言うのなら信じよう。
そう結論していると、丁度襲撃開始予定の時刻が近づいたようで――。
「見えてきました。あれがファイーリア城です」
視線で示された目的地を、僅かな星明りと身体強化による暗視で確認する。
見れば分かると教わった通り、権力を誇示するかのように金色の割合が多い絢爛豪華な外観だが、形状自体は如何にもヨーロッパ的なお城という雰囲気。
夜だからいい塩梅になっているが、昼に見たら趣味が悪いと感じそうだ。
……観光に来た訳ではないのだから、見た目の印象なんてどうでもいいか。
もう懐中時計が指定の時間を指し示している。
「さて、じゃあ、始めようか。レンリ」
「はい、旦那様。行って参ります」
「…………気をつけてな」
「はい!」
そして、俺の呼びかけに嬉しそうに返事をしたレンリが、眼下のファイーリア城へと真正面から突っ込んでいく。
その裏で俺は、音を立てないように人の気配のない窓から侵入し、複合発露の副産物である探知を駆使しながら王城の廊下を進み出したのだった。
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