AR35 積極介入へ

「救世の転生者が生きる時代は正に動乱の時代と言っていい。それでも、救世という大事業でさえ幾度か回数を重ねれば、事前にある程度障害の芽を潰して状況に流されないようにすることができるし、実際にこれまではできていた。

 けれど、今回は明らかに趣が違う。今の君が置かれている状況もそうだし、過去に対処できた問題が想定を超えて再び襲いかかってきたこともそう。そして――」


***


「それでアマラ。アレの分析はどうなりましたか?」


 険しい顔と共に尋ねるヒメの言葉に、私達の視線はアマラに集中した。

 場所はホウゲツ学園の地下深くにある秘密の空間。

 その中でも最も機密性が高く、私達の特別な会合に使用される部屋だ。

 今回もまた、イサクと面識のないチサを含めた全員が一堂に会している。

 いくら救世の転生者が活動している時期だとしても、こうも何度も全員が揃うのは珍しい。まるで、ほとんどが手探りだった五百年前のあの頃のようだ。


「……結論から言うぞ」


 ヒメの問いを受け、腕を組んで瞑目していたアマラがそのまま口を開く。

 議題は、昨日フレギウス王国に不法入国して即座に戻ってきたイサクがかの国から持ち帰ってきた情報と、その証拠となるかもしれない物品について。

 不法入国に関しては、状況が状況なので後回しだ。

 アマラの答え如何では、対処方法も大きく変わってしまう。

 場合によっては、面倒な小理屈をつけて誤魔化すことなく、超法規的措置の一言で押し通すことすらできる可能性もあるぐらいだ。

 それ程の重要な案件であるだけに、アマラもまた眉間にしわを寄せてヒメ以上に厳しい表情を浮かべながら続けた。


「これは、間違いなく第六位階オリジナル祈望之器ディザイア―ド、クピドの金の矢そのものから直接、そして新たに複製されたものじゃな」

「直接、新たに、ですか……」


 その答えを受けて、忌々しげに眉をひそめるヒメ。

 私達も全員、全く以って同じ気持ちだ。

 私の複合発露エクスコンプレックス命歌残響アカシックレコード〉を使わずとも分かる。

 アマラが口にした事実は即ち、かつて全て破壊されたはずのクピドの金の矢がフレギウス王国に現存していることの証明に他ならないのだから。


「……まさか、どこかの遺構から再び発掘されたのでしょうか」


 自問するように呟くヒメがどこか自信なさげな理由は、当時の状況にある。

 かの祈望之器が救世の転生者によって尽く破壊された後、私達は事実を喧伝することで思念を人為的に蓄積させ、それを世界から排除しようとした。

 結果、それ以降は遺構から出土することはなくなっていたのだ。

 彼女が口にしたようなことは、中々考えにくい。


 だが、思念によってそうなるのなら、同じく思念によってクピドの金の矢が再び生じるようになってしまっても何らおかしくはない。

 特にクピドの金の矢が破壊されたのは、かなり早い段階でのこと。

 いくら救世の転生者が直々にそうした話が伝えられていても、世代が変わっていけば思念の蓄積が薄れることも十分あり得る。

 ましてや、かの矢の複製品、狂化の矢、狂化隷属の矢が世に蔓延っているのだ。

 大本のそれがどこかに現存する。そう考える者が増えても不思議ではない。

 ……とは言え、これはあくまでも想像に過ぎない。むしろ――。


「今の今まで隠し持っていたのかもしれないけれどね」


 その可能性の方が高いだろう。

 あるいは、正にその当時のドサクサに紛れて、国内にあるどこかの遺構から出土した事実を届け出ることなく掠め取っていたのか。

 思念の蓄積までには当然ながらタイムラグというものがある訳だし、その手段を取った直後のことであれば十分にあり得る。

 全知全能の神ならぬ身である以上、私達も救世の転生者も万能ではないのだ。

 どこかで見逃してしまっている可能性は否定できない。


「とは言え、重要なのは何故存在するのかではなかろう。クピドの金の矢が現存することそれ自体じゃ。そして、問題となるのはそれだけではない」

「……どういうことです?」

「こいつはただ一度限りじゃが、クピドの金の矢と全く同じ効果を発揮することができるようじゃ。つまり――」

「人口増加に伴い……強大化した人形化魔物ピグマリオン……それを……排除するために……公開した概念が……用いられている……という訳か」


 引き継ぐように告げたチサの言葉にアマラが頷く。

 一度使えば砕け散る。それを代償に複製元と同じ位階の力を行使できる。

 救世の転生者たるイサクの負担を軽減するために、この思想を基にして改良された複製品を現物支給の形で少女征服者ロリコン達に渡したこと。

 それが今回の件に繋がっていることは明白だ。

 勿論、支給した祈望之器そのものは一度でも使用すればその場で砕け散ってしまうし、使用しなかったものに関しても全て回収してきた。漏れはない。


 とは言え、そういった祈望之器が存在する事実を隠し通すことはできない。

 少女征服者の口止めはしているが、それも確実とは言えないし、目撃者全てというところまで行ってしまうと把握は困難になる。

 いずれにしても、正にその設計思想が流出してしまえば、他国の複製師が真似ようとするのは必然というものだ。

 一回だけにせよ、第六位階の力を容易くコピーすることができるのだから。

 当然、あくまでも複製の範疇なので、オリジナルの祈望之器が手元に存在することが大前提ではあるけれども。


「…………厄介なことになりましたね」

「けど、まあ、知らないままでいるよりはマシなんじゃないかな」

「それは間違いありませんが」


 私の言葉を肯定しながら、ヒメは複雑な感情を声に滲ませる。

 気持ちは分からなくもない。

 一先ずイサクの不法入国にだけ対応すればいいかと思っていたところに、このような重要性の高い問題が突如として転がり込んできた訳だから。


「いずれにしても、こうなっては仕方がないのだゾ」

「早急にクピドの金の矢を見つけ出して破壊しなければならないのです……」

「加えて、一度限りとは言え、同等の真似ができる複製品もナ」


 後者は間違いなく長期戦になるだろう。だが、必ずやり遂げなければならない。

 少女化魔物ロリータの尊厳を一人でも多く守るために。

 それに加えて、再発防止のために改めて共通認識を作り上げる必要もある。

 もっとも、全て破壊したはずのものが再び現れてしまった以上、同じような形で思念を蓄積しようとしても脆いものとなってしまうだろう。

 となると、今度は問答無用で破壊してしまうよりも、隠匿されていた最後の一本をホウゲツで回収、管理することにした、という形にした方がいいかもしれない。

 そこに思念を集約させて唯一無二の一本としてしまうのだ。

 とは言え、それも全てはオリジナルのクピドの金の矢を見つけ出してからだが。


「……どういう手段を取るにせよ、イサクに助けを乞う必要が、あるかもね」


 このようなことにまでイサク救世の転生者に負担をかけたくはないが、ことがことだ。

 国家ぐるみの所業である可能性が高い以上、穏便に行くとは思えない。

 生半可な少女征服者では目的を達成できないばかりか、無駄に問題が大きくなって無用な被害が出てしまいかねない。

 干渉は最小限に留めたい。

 何せ、あちらは半ば戦争状態。矛先がこちらに向く可能性だってある。

 ただ――。


「ですが、現在。フレギウス王国では【終末を告げる音】が暗躍しています。それも考慮に入れねばなりません」


 ヒメが難しい顔で告げた通り、別の部分にも問題が存在する。

 それを受け、トリリスが困ったように口を開く。


「イサクには干渉しないように要請したばかりだからナ」


 まあ、その上でイサクはフレギウス王国に不法入国してきた訳だが。

 ことは妹のため。彼の今生の第一目標である親孝行のためでもある訳だから、理解できなくもない部分はある。

 そうなるに違いないと、トリリスも即座に根回しを始めていたぐらいだ。

 魔炎竜ファイムの娘となれば、イサクが居場所を把握できた時には確実に切迫した事態にあるだろうし、その状況を認識して平静でいることは極めて難しい。

 諸々の忠告を無視して妹の下へと向かうことは想像に容易い。


 加えてイサク自身、少なくとも使命を成し遂げるまでは、ある程度世界が帳尻を合わせてくれるという救世の転生者の特性をどこかで頼みにしている感もある。

 しかし、意識的にせよ、無意識的にせよ。

 それについては確実とは言えないし、少し注意を促しておきたいところだ。

 もっとも、救世の転生者を使命に縛りつけている私達には、彼らが心から望んだ行動をとめる意思も、権利もないのだが。

 …………それはそれとして、今はフレギウス王国の問題だ。


「さて、どうしたものかナ」


 いくら悪戯好きのトリリスでも、今回は特に重大な案件であるだけに、いきなり手の平を返すように逆を言うのは躊躇われるだろう。

【終末を告げる音】が危険な人形化魔物であることに嘘偽りはないし、こちらには二国間の戦争に干渉して欲しくない別の思惑もあっただけに尚更のことだ。

 その部分を隠すなら、うまいこと言い訳をして取り繕わなければならない。

 だから――。


「何にせよ、皆で最善の形を考えましょう」


 私達はヒメの言葉に頷き、一先ず情報と状況の整理から始めたのだった。


***


「フレギウス王国とアクエリアル帝国との戦争もまたそう。状況が複雑に絡み合った結果、以前までのそれとは大きく様変わりすることになってしまった。それは間違いなく、次代以降にも深い爪痕を残すことになるだろう。けれど、それは私達が負うべきものだ。だから、あの結末を君が気にする必要はない……なんて、これも酷いおためごかしだね」

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