第93話 協力者

「あ、イサク君!」


 レギオが事件を起こした翌日。

 影の中のイリュファ達と共に朝早くから補導員事務局に入ると、サンダーバードの少女化魔物ロリータである事務局員のルトアさんが嬉しそうな笑顔と声と共に迎えてくれた。

 が、彼女はハッとしたような顔をすると、慌て気味に再び口を開く。


「じゃなかった。イサクさん! すみません!」

「ルトアさん、別にイサク君でもいいですよ?」


 その様子に少し苦笑しながら言う。


「いえ、駄目です! 公私混同しちゃ!」


 しかし、ルトアさんは真面目な顔で力説した。

 まあ、職務に忠実であろうとする彼女を、余り誘惑するものではないか。

 よくよく考えると、受付という立場ながら割と気安い態度も普通にあったような気もするが……恐らく、呼び方がルトアさんの中で一つの線引きになっているのだろう。

 基本的にプライベートでも丁寧語のままみたいだしな。

 それはともかく――。


「えっと、トリリス様から伝言とかありました?」

「はい! とりあえず、そのままお伝えしますね!」

「ええ。お願いします」


 俺が軽く頭を下げながら言うと、ルトアさんはもう一度「はい!!」と気持ちのいい程に溌剌とした返事をしてから口を開いた。

 うん。やっぱり彼女のそんな声を聞いていると元気になるな。


「ええと、今日の午後一時から例の件を実行に移していいゾ、とのことでした! それと指定の協力者もその時間にここに来るとのことです!」


 そして、ちょっとだけトリリス様の真似をするルトアさん。

 微妙に似ていないところと、いつもの彼女の口調と微妙に違うイントネーションの差が面白く、また何とも可愛らしい。と言うか、あざとい。

 素でやっているようだから尚のこと。

 っと、今は呑気に彼女を評している場面じゃないな。シリアスに行こう。


「午後一時か……分かりました。なら、また来ます」

「え? そう、ですか。その、何か依頼を見たりとかは」


 補導員事務局に来て早々、少し言葉を交わしただけで踵を返そうとする俺に、心なしか寂しげな表情を浮かべながらルトアさんが言う。

 いつも元気な彼女にそんな風な態度を取られると後ろ髪を引かれるが、今日ばかりは仕方がない。優先しなければならない仕事がある。

 そもそも、いくらまだ所定の時刻まで数時間あるとは言え、その半端な時間で補導をするのは余りにも慌ただし過ぎる。

 人外ロリコンとして、少女化魔物相手にそんな雑な仕事はしたくない。

 何より――。


「今日は不測の事態に備え、体力を温存しておかなければならないので」


 それが決して断るための便でないことを示すために、表情を引き締めて告げる。


「あ、もしかして、例の調査に関わる話ですか?」


 対して、ルトアさんは俺の言動から諸々察したらしく、別に周りに人がいる訳でもないのに俺に顔を寄せて声を微妙に潜めるようにしながら尋ねてきた。

 そんなルトアさんに合わせ、俺もまた(たとえ周りに人がいても)彼女にだけ伝わるように小さく首肯する。


「成程。そう言うことであれば」


 と、ルトアさんは残念そうにしながらも納得した様子を見せてくれた。

 声の調子も戻ってきている。ちょっとホッとする。


 まあ、何にせよ、刻限までここでぼんやりしていても仕方がない。

 とりあえず今は職員寮に戻って待機するとしよう。


「では、ルトアさん。午後一時にまた」

「はい! またお越し下さい!!」


 そうして元通り元気なルトアさんに見送られ、俺達は補導員事務局を出た。

 そのまま一旦自室に戻り、念入りにイリュファ達と作戦の段取りを確認する。

 それから昼食を取り、約束の時間の少し前に俺達は再び補導員事務局に戻ってきた。

 すると――。


「よお。久し振りだな」


 そこには俺の嘱託補導員の研修を担当してくれたシニッドさんと、真性少女契約ロリータコントラクト相手である亜人(ライカン)の少女化魔物のウルさんとルーさん。

 それからルトアさんと調査に赴いた居酒屋ミズホで話を聞いたガイオさんと、同じく真性少女契約相手である亜人(ウェアタイガー)の少女化魔物のタイルさんがいた。

 この五人は、作戦内容を伝える過程でトリリス様にお願いしておいた協力者だ。


「本当に嘱託補導員だったんだな」

「ちゃんと身分証を見せて、私も保証したのに信じてなかったんですか!?」


 感心するように呟いたガイオさんに、ルトアさんが不満そうに唇を尖らせた。


「いや、そういうことじゃなくて、だな……」


 そんな彼女の勢いに、ばつが悪そうにガイオさんが視線を逸らす。

 まあ、言葉の綾という奴だろう。


「そ、それより、今日は例の事件の捜査を行うって聞いたが」


 彼は誤魔化し気味にやや早口で言った。

 さすがにそこを突っつき回しても仕方がないので、早速本題に入ろう。

 ルトアさんに軽く睨まれていることを差し引いても、自身の汚名をそそぐチャンスと捉えれているだろうガイオさんにとってはその方がいいはずだしな。


「これまでの調査とガイオさんから提供された情報を基に、犯人の居場所を探し出す方法を考えました。そのやり方で犯人ないし、潜伏先を見つけ出せたなら――」

「犯人を確保する。俺達の出番ってことだな」

「ええ。皆さんなら第六位階の身体強化をお持ちなので、恐らく犯人が持つと思われる複合発露エクスコンプレックス、認識の書き換えに対抗できるはずです」


 俺の言葉に頷くシニッドさん達とガイオさん達。

 第六位階の身体強化を持たない俺だけでは、正直に言って犯人確保は心許ない。

 救世の転生者という肩書きが廃るような気もするが、彼らの協力は必須だ。

 事件解決のためならば、余計なプライドなど犬に食わせてしまった方がいい。


 まあ、欲を言えば、もっと人数を集めたかったが……それは時間がかかり過ぎる。

 これ以上、犯行を重ねさせないためにも、なるべく早く解決しなければならない。

 それに、人員を増やした余り、犯人に気取られてしまっても意味がない。

 少数精鋭。顔見知りの彼らに頼むのが妥当なところだろう。


「しかし、どうやって探し出すつもりなんだ?」

「俺達が複合発露を使って街を練り歩く訳にもいかないだろ? 目立ち過ぎる」

「そこは任せて下さい。俺の考えが正しければ、うまく行くはずです。……まあ、失敗したら、皆さんには無駄足を踏ませることになってしまいますが」

「いや、それは別に構わねえが……」

「なら、早速やりましょう。実行は早い方がいい」


 若干訝しむシニッドさんの言葉を遮るように、半ば強引に話を進める。

 現状、その方法は机の上の理屈でしかない。

 論より証拠。言葉を重ねて説明するよりも、やって見せた方が手っ取り早い。

 だから、シニッドさん達を促すように、俺は補導員事務局の出口へと歩き出した。


「イサクさん、皆さん! お気をつけて!」


 そうして俺達は、ルトアさんの快活な声を背に一連の事件を解決すべく補導員事務局を後にしたのだった。

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