AR03 襲撃者の末路

「彼女がどうして彼のところにいたのかって? まあ、百聞は一見に如かず。いつものように私の力で見せて上げるよ」


***


「馬鹿な。何だ、あの出鱈目は! あの短い間に八体も!」


 ヨスキ村襲撃の目的を果たすことができず、逃げ帰ってきた男。

 確か名前はバイス・レイショナー。


「無様だな」


 己の立てた策が失敗に終わり、狂乱している男の姿に俺は小さく呟いた。

 その近くには隷属状態にある少女化魔物ロリータ二人が控えている。

 一人は第六位階に至る狂化隷属に成功したセイレーンの少女化魔物。

 複合発露エクスコンプレックスを弱体化させ、祈念魔法を無効化する複合発露を持つ。

 もう一人は狂化なしの隷属状態にある悪魔(バティン)の少女化魔物。

 こちらは距離に一定の限度はあるものの対象を空間転移させる複合発露を持つ。

 あの村で捕らえられることなく連れ帰ることができたのは、この二人だけのようだ。

 かつて魔炎竜ファイムを打ち倒した勇者と名高いジャスターと対峙したことを考えると、二人残っただけマシな結果と言えないこともないが……。


「失態だな、バイス」

「き、貴様は、テネシス! テネシス・コンヴェルト! 何故貴様がここに!?」


 潜伏先に現れた俺に、彼は焦ったように叫んだ。


「落ち目の男にいつまでも付き従う義理堅い人間など多くあるまい」

「ま、まさか裏切り者が……」


 愕然と呟くバイスについては黙殺する。


「それ程の有用な複合発露。しかも第六位階にまで至った少女化魔物を報告もせずに占有し、あまつさえ無断で行った襲撃は死者の一人も出せない失敗に終わった」

「ぐ、ぐう」


 更に冷たく告げた俺の言葉に、反論もできずに呻くバイス。

 全ての準備が無駄に終わった自覚があるのだろう。

 実に愚かな男だ。

 組織の内部抗争の末に主流から逸れてしまった急進派。その中でも一際過激だった彼は、一部の仲間や隷属させた少女化魔物達と共に身を隠した。

 その結果がこれだ。

 これでますます急進派の力は弱まることだろう。

 利用価値のあるあの村を襲撃したと聞いた時は冷やりとしたが、結果としては俺にとって都合のいい形に収まってくれたようだ。


「黙れ! 貴様は生温い! 少女化魔物は殲滅する! それに与する者も! それが俺達スプレマシーの理想ではなかったのか!?」

「俺は合理的な判断をしているだけだ。いずれ少女化魔物を滅ぼすとしても、現実問題として少女化魔物の力は不可欠だ。少なくとも、それが不要となるまでは利用しなければならない。それが分からないのか?」


 人間至上主義に傾倒する者は、少なからず少女化魔物の被害を受けている。

 彼もまた両親を殺され、弟と共に組織に加入した経緯がある。

 それ故に、感情がそうした合理的な判断を妨げているのも分かる。

 しかし、ただ感情のまま少女化魔物を排斥しても、現状では無意味に力を失うだけだ。

 何かを成し遂げたいのなら力がいる。

 たとえ気に食わなくとも、少女化魔物は必要不可欠なのだ。


 今回の襲撃にしても、結局少女化魔物の力を借りている矛盾。

 それを無視して理念ばかり語る荒唐無稽さ。

 これだから感情のみに支配された者は性質たちが悪い。


「まあ、分からないからこそ無様を晒しているのだろう。いずれにしても、俺が組織の代表となったからには勝手な真似は許さん。……やれ」


 そう告げた瞬間、俺の影から一人の少女が現れ、指先を男に向けた。


「な、ま、まさか、俺を――」


 すると、バイスの体は端の方から急速に石化していく。

 彼は咄嗟に傍にいた少女化魔物に指示を出そうとするが、時既に遅し。

 顔も口も全てが石と化し、必死に声を出そうとしている姿で完全に固まる。

 俺が隷属させている少女化魔物、ファルン・ロリータの複合発露〈身命バイオ石変ペトリファイアー〉の効果によって。


 そもそも、一種の政敵である俺を前に悠長に話をしていた時点で愚かだったのだ。

 所詮、襲撃においても一人安全圏にいた臆病者でしかない男。面と向かい合った時点で負けは決まっていたようなものだ。

 ……とは言え、組織の人間は少女化魔物の被害を受ける前は戦いなどとは無縁に生きていた者が大半なのだから、仕方がない部分もある。

 しかし、誰かの命を奪わんと言うのなら、相応の覚悟を持って然るべきだ。

 自らもまた敵意に晒され、命を奪われる覚悟も。

 もっとも〈身命石変〉はあくまでも石化であって、命を奪っている訳ではないが。


「さて……」


 傍に佇む二人の少女化魔物に視線を向ける。

 隷属した人間が意識を断絶させられ、ぼんやりと虚空を見詰めるばかりだ。

 もしバイスが死んでいたら、枷が外れ、暴走していただろうが……。


「今この時からは俺に従って貰うぞ」


 そんな彼女達を前に、俺は祈念魔法によって影の中に収納しておいた隷属の矢を取り出し、狂化隷属の矢が刺さった方とは逆の腕に突き刺した。

 この隷属の矢はバイスが使用していた狂化隷属の矢よりも位階が高い。

 後から刺そうとも、こちらの指示が優先される。


「すまないが、俺の目的を果たすため、その力を貸して貰う」


 この少女化魔物達だけではない。

 組織も、主義主張すらも、全てはそのための道具に過ぎない。

 たとえ誰に悪と罵られようとも、俺にはやるべきことがあるのだ。


「行くぞ」


 そして俺は過激派達への牽制の道具とするためにバイスの石像を影の中に収納し、新たな二人の少女化魔物を引き連れて、その場を去ったのだった。


***


「まあ、こういうことさ。政争の中の粛清。特に珍しくもない話だろう。けれど、彼だったからこそ彼女は首の皮一枚繋がって未来に辿り着けたのだろうね」

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