第30話 魔炎竜と勇者

「い、いや、父さんと母さんは、昨日仕事で都市に行ったばかりだろ!?」


 二人が帰ってきたなどと言い出したイリュファに、少し怒り気味に反論する。

 一応、割と交通手段は発達しているらしく、昨日の今日で帰ってくることはできる。

 無理をすれば日帰りも不可能ではない。

 だが、仕事の工程は三泊四日だった。まだ二人共都市にいるはずだ。

 その辺りの事実を改めて突き付けようとした正にその瞬間――。


「な、何だ!?」


 周囲に被害を出さないようにと戦場を区切っていた結界が突如として砕け散り、かと思えば付近に暴風が吹き荒れた。


「何が起こった!?」


 砂塵を飛ばすそれから顔を守るように右手をかざしつつ、風邪の音に負けないように半ば怒鳴るように問う。


 襲撃者の暴走パラ複合発露エクスコンプレックスによって第五位階に弱体化しながらも、その影響力を内部に留め、俺達を守ってくれていた結界。

 内側から破られてしまったのかと一瞬思うが、違う。

 その砕け方は、外部からの衝撃によって破壊されたようにしか見えなかった。


「イサク!」


 と、聞き覚えのある声が俺の名を呼び、俺達に大きな影がかかった。

 何ごとかと空を見上げると、そこにいたのは真紅の鱗を纏った巨大な竜。

 一瞬遅れて、それは俺達の前に地響きと土埃を上げながら四点で着地した。

 ファンタジーにおけるスライム以上の王道モンスター。

 物語によっては最強の魔物とも謳われる存在。

 初めて見るその威容に圧倒される。


「無事か!?」

「も、もしかして、母さん? その姿は――」

「ファイム様の複合発露〈火竜転身レッドドラゴナイズ〉です」


 俺の問いかけに、母さんの代わりにイリュファが答える。

 半竜人みたいになるだけの俺とは比べものにならない。

 母さんの複合発露は本物の竜になるものだったようだ。


「命に別状はないようじゃな。セトはどうした?」

「か、会堂の中。大人達に任せてる」


 迫力ある姿に動揺しながら告げた俺の言葉に、母さんはホッとしたように息を吐く。

 安堵の吐息のはずなのに熱風のようだ。少し火も出ている。

 この形態では加減して尚、これなのだろう。


「そうか。ならば、妾達は下がるぞ」


 と、母さんは視線で会堂を示しながら告げた。

 同時に複合発露を解き、普段通りの幼げな少女の姿に戻る。


「で、でも、あっちが劣勢だって」

「心配いらぬ。後はお前の父に任せておくがよい」


 イリュファの言った通り、本当に二人共戻ってきてくれたらしい。

 どうやったのかは分からないが。


「けど、あの襲撃者は複合発露を弱体化させるってイリュファが」


 どれだけ強大に見える複合発露を有していても、位階の差は絶対だ。

 位階を一つ下げられてしまったら、いくら父さんでも……。


「ふ。それは我があるじを、お前の父を見縊り過ぎじゃな。妾が何故複合発露を解いたと思う?」


 しかし、母さんはそんな俺の懸念を笑い飛ばしながら問う。

 そこには絶対的な信頼が感じ取れた。


「よい機会じゃ。魔炎竜などと恐れられていた妾を調伏し、勇者とも謳われたことのある男の力を見るがよい」


 更にそう告げた母さんは、結界が砕かれて完全な地続きとなった戦場を指差した。

 促されるまま、指の先へと視線を向けると――。


「父さん……」


 セイレーンの少女化魔物と思われる一人を中心に陣形を整えている十人の少女化魔物の前に単身、無手で構えながら牽制している父さんの姿。その背中が目に映った。

 母さんの複合発露を制御して使用しているのか、俺と似て俺よりも少し竜に近い竜人のような変化をしているが、即座に父さんと分かる。


 それまで少女化魔物達と戦っていた大人達はと言うと、まるで父さんの邪魔になることを避けようとしているかのように戦場から遠ざかろうとしていた。

 あの少女化魔物達の相手は一人で十分と言わんばかりだ。

 そして相応に大人達との間に距離ができた直後。


「え?」


 突如として父さんの姿が掻き消え、かと思えば一人の少女化魔物の眼前に現れる。

 次の瞬間、反応できない彼女から的確に隷属の矢を引き抜く。

 更に、その首元に流れるような動作で正面から打撃を加えて意識を奪うと、流れるような動作で彼女を退避した大人達の方へと投げた。

 と同時に再び姿が一瞬だけ消え去り、また別の少女化魔物の前に出現すると同じことを繰り返していく。

 瞬く間にそれを三人、四人、五人と続け――。


「あっ」


 そこで残る五人は動きを変え、三人が父さんを避けて後方の大人達へと突っ込むような軌道で駆け出した。

 それと同時に残る二人。中心にいたセイレーン(仮)の少女化魔物ともう一人は、後者の複合発露によるものによってか姿を消してしまった。

 戦況は不利と見て、三人を囮に逃げを打ったようだ。

 最も厄介な力を持つ少女化魔物の逃亡に、父さんの表情が歪む。

 舌打ちが聞こえてくるようだった。


 しかし、消耗し切った大人達と暴走したままの三人の少女化魔物を放置することはできない。消えた二人の出現先を特定することは無理だ。

 だから、父さんは即座に意識を切り替え、残る三人の処理を優先させた。

 そして程なく、父さんは三度消失と出現を繰り返し……。

 呆気ない程速やかに、この場に残った少女化魔物達は全員、無力化されたのだった。


「どうじゃ? 心配なかったじゃろう」

「う、うん」


 事態が収束したと見てか、母さんが誇らしそうに平らな胸を張る。

 確かに凄かった。威力とかそういうことではなく、戦い方が。

 効率がいい。極まっている。

 俺を鍛えてくれていた時などは相当手加減してくれていたのだろう。

 複合発露を使いこなしたリクルと一緒に挑んだとしても、瞬殺されるに違いない。

 しかし、あれだけ父さんが強く、あの少女化魔物達を圧倒できていたのなら……。


「で、でも、その、もし母さんも戦ってたらセイレーンみたいな少女化魔物も逃がさずに済んだんじゃないの?」

「むう。そ、それは、じゃな……」

「……母さんにはイサク達を守って貰っていたんだ。俺が安心して戦えるようにな」


 と、いつの間にか傍に来ていた父さんが、軽く息を切らしながらフォローを入れる。

 既に複合発露を解き、いつもの姿に戻った状態で。


「それに、母さんは余り細かい戦い方が得意じゃないんだよ」

「うむ……恥ずかしい話じゃが、妾がやると少女化魔物をどれだけ傷つけてしまうか分からん。下手をすれば消し炭にしておったかもしれん」


 確かに母さんはそれっぽい。

 人間の形態は小柄で今一近接戦闘には向かなそうだし、竜の形態は大き過ぎる。

 基本的に重機のように蹂躙するタイプなのだろう。


「って、そうだ。父さんも母さんも、一体どうやってここに? 仕事は?」

「ああ……実はその仕事、嘘の依頼だったらしい。指定の時間をいくら過ぎても依頼人が現れなくてな。恐らく、俺達を村から引き離すためだったんだろう」

「けど、それで引き返すにしても……」


 時間的にも距離的にも常識的に考えれば不可能だ。


「うむ。当初は諸々調べておこうという話になったのじゃが……」

「突然イリュファとの契約が切れてな。誰かと契約したのか、命を失ったのか。いずれにせよ、只ならぬ事態になったのだろうと俺とファイムだけ先行して戻ってきたんだ」

「どうやってこんな早く?」

「そこはそれ。俺の母さん、つまり、お前から見れば祖母さんから受け継いだ複合発露の力を使ったんだ」


 種族は分からないが、光属性の力を持つ少女化魔物のラインさんか。


「それって?」

「〈擬光転移デミライトナイズ〉。体を光の如く変化させて、光の速度で動くことができるようになる複合発露だ。これと〈火竜転身〉を使って、まあ、生身で空を飛んできたんだ」

「ひ、光の速度!?」


 何か凄いチート臭い力じゃないか?

 俺より父さんが救世の転生者になるべきだったのではなかろうか。


「言っても俺自身の反応速度もあるから、実際に出せる速度には限界があるけどな。父さん、お前の祖父さんが死んだ原因も、格上の敵に制御できない全速力を出して相討ちになったからだし」


 ああ。光の速度と言っても人間の認識がついていかないか。

 一瞬の判断を誤れば、それこそ宇宙にも飛び出しかねないし。

 しかし、本当に主人公みたいなスペックだな。父さん。


「母さんは?」

「ファイムは祈念魔法で俺の影に入って一緒に来たんだ」


 訓練で幾度となく使った祈念魔法。そういう使い道もあるようだ。


「それよりも、その腕の治療じゃ。イサクよ、妾に癒やさせてくれ。命の根源に我は希う。『代謝』『促進』の概念を伴い、第三の力を示せ。〈煉獄〉之〈促療〉」


 と、母さんが俺の左肩に触れて祈念魔法を使用する。

 一周回って感覚がなくなっていたのが徐々に治ってきて、何だか痛みが帰ってくる。

 更に治療が進むとその痛みもなくなるが、ほんの一瞬顔をしかめてしまう。


「全く無茶しおって」


 そんな俺の姿に、少し疲れた様子を見せながらも呆れたように言う母さん。


「だけど、よく頑張ったな。さすが俺の息子だ」


 続いて、俺の頭をポンポンと軽く叩くように撫でながら笑う父さん。

 それを見て、ようやく俺も緊張を解くことができた。


「ママ! パパ!」


 と、いつの間にかイリュファが会堂からセトを連れてきたらしく、今にも泣き出しそうな顔で二人に体当たりするように抱き着く。

 その光景を見て自然と笑みが浮かび、俺は完全に気が抜けて地面に座り込んだ。

 少し離れたところでは、いつの間にかリクルが涎を垂らしながら眠っている。

 これで本当に一段落だな。

 そう思うと急激に眠気が襲いかかってくる。


「お疲れさまでした。イサク様」

「……ああ」


 そうして、そんなイリュファの言葉に頷いて、俺もまた意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る