第15話 最終目標と一つの新たな目標
「結論から言う。アロンは行方不明。だが、生きている可能性は高い」
「……どういうことじゃ?」
帰って早々、全員を居間に集めて告げた父さんに対し、母さんが訝しげに問う。
俺も首を傾げた。
まさか金目的の誘拐だったのか?
いや、それなら第一報があんな形の訳がない。
「アロンと共に村を出て、
「ガラテア、じゃと!?」
「成程……」
父さんの言葉に母さんは驚愕を顕にし、イリュファは強い敵意を表情に滲ませる。
ガラテア。元の世界で聞いたことのある名前だ。
確かギリシャ神話で人間の女性になった彫像の名前だったはず。
とは言え、この世界におけるその言葉は、それそのものを示すものではないだろう。
「リクル。知ってる?」
「い、いえ。知りません、です」
シリアスなイリュファに聞くのは躊躇われ、リクルに尋ねるが案の定。
首をブンブンと横に振って否定される。
「ガラテアは最強の人形化魔物と言われておる存在じゃ。人形化魔物というのは――」
「そこは先日説明致しました。最初の手紙が来た際に」
長々説明を始めようとした母さんに、しれっと微妙な嘘をつくイリュファ。
まあ、説得力があれば問題あるまい。
「む? そうか。では、そこは省く。……ガラテアの出現は凶兆と言われ、事実、人間同士の争いや人形化魔物の大量発生など禍事が続くようになるらしいのじゃ」
「野放しにすれば間違いなく人間社会を滅ぼす最悪の人形化魔物だな」
母さんの言葉に父さんがそう補足を入れる。
「あのう。何でガラテアがそういうものだと分かってるんです?」
経験則から告げる二人に当然の疑問をリクルが口にする。
「ああ、それは……って、君は誰だ!?」
流れで自然と答えようとして、本当に今正に彼女の存在に気づいたかのように驚きのリアクションを取る父さん。
どうやら母さんに正しい情報を与えることに集中する余り、すぐ近くにいたリクルの姿が全く目に入っていなかったらしい。
認識されなかったリクルは可哀想だが、ある意味それは父さんの母さんに対する愛情の深さを証明するものでもある。
彼女には悪いが、健全に息子としての自意識を持った今の俺としては少しだけ嬉しい。
「彼女はイサク様が拾ってきた少女化魔物です。説明は後程致しますので話の続きを」
「あ、ああ、そうか。……ん? いや、まあ、いいか。ええと、何故ガラテアの性質が分かっているか、だったな」
イリュファの言葉に父さんは若干戸惑いながら、話を元に戻した。
とりあえずリクルの質問にも答えてくれるようだ。
「その理由は、過去に現れたことがあるからだ。おおよそ百年周期でな」
百年周期? 何か別の話でも似たようなスパンのものがあった気がするな。
「えっと、その時はどうしたの?」
人間社会が滅んでいない以上、野放しにはしていないはずだが……。
「救世の転生者様が倒して下さったんだ。現れる度にな」
やっぱり! 今回の奴は俺が倒さなきゃならないんじゃないか!
そう声を上げそうになるが、何とか口の中に押し留める。
「救世の転生者が現れる最大の理由と言われています。同時に最後の敵であるとも」
つまりラスボスということか。転生者という責務を果たす上での。
……名前的に人形のような女の子を思い描いてしまったが、できれば幼げな女の子だったりしないといいな。人外ロリとは戦いにくいから。
「けど、どうしてガラテアが相手だと兄さんが生きてる可能性が高くなるの?」
「ガラテアは他の人形化魔物とは違い、
「直接は?」
そこを強調した理由を、首を傾げながら問う。
間接的には命を奪うと言っているようにしか聞こえない。
「人形化魔物もまた少女化魔物と同じく
「人間を、操る……」
父さんの代わりに答えるイリュファは、相変わらず表情が険しい。
人形化魔物に思うところがあることには気づいていたが、ガラテアにはひとしおだ。
「人間を操り、人間に人間を殺させる。見ようによっては、ただ人間を殺すだけの他の人形化魔物よりも
人形の名を与えられた存在が人間を人形の如く扱う訳だ。
皮肉にも程があるな。
「しかし、だからこそアロンに生存の可能性が出てくる訳だ。他の誰でもないガラテアだからこそ、即座に殺すような真似はしない」
「二十年以上ガラテアの操り人形として生かされていた記録も過去にはあります。人形化魔物の尖兵として人間に殺されなければ、生きている可能性は高いでしょう」
「うむ。その通りじゃ」
イリュファの言葉に強い肯定と共に頷く母さんを、俺は静かに盗み見た。
父さんの話を聞くまでは峠を越えて尚、空元気のような感じだった。
しかし今は、瞳に確かな意思の強さが感じられる。
必ず息子を取り戻すと決めた目だ。
……とは言え、それは困難な道だろう。
「ガラテアってどこにいるの?」
ほぼ答えは予想できていながら尋ねる。
居場所が分かっているのなら、父さんが何も行動せずに帰ってくるはずがない。
「現時点では分からない」
「現時点では?」
案の定だが、頭についた言葉に首を傾げる。
「過去のガラテアの場合は、発生してすぐは世界を転々としていたようだ。そして一定の戦力を集めた後、近隣の国へと侵攻を開始する。が、拠点の場所はマチマチだ」
つまり、その時になって初めて確実な居場所が分かるということか。
「発生から侵攻開始まで、これまでのガラテアを平均すると十五年というところですね」
と、イリュファが補足を入れる。
転生者としてそれと対峙する運命にある俺に向けてだろう。
十五年前後か。
「勿論、俺達もそれまで黙っているつもりはない。伝手を最大限利用して、アロンの行方を追う。そして必ず見つけ出し、助け出してみせる」
拳を硬く握り締め、父さんもまた強く決意を示す。
しかし、救世の転生者を要するとされる敵。
如何にあの母さんと真性
「僕も手伝う。兄さんを探し出して、連れて帰る」
だから、俺は二人にそう告げた。
母さんを慰めるために言った時とは違い、必ずなすべき新たな一つの目標として。
「そうじゃな。一人前になったら頼むとしよう。じゃが、イサクが大人になる前に妾達の手で解決してみせようぞ」
俺の真剣な様子がより一層の慰めにもなり、やる気を出させる一助ともなったのか、母さんが表情を和らげながら活力溢れる口調で言う。
父さんもまた深く頷きながら、何だか誇らしそうにしている。
この二人が早期に解決してくれるなら、それに越したことはないが……。
しかし、救世の転生者とガラテアの運命を考えると、そううまくことが運ぶことはないだろう。そんな確信めいた予感がある。
何にせよ、強くならなければならない理由が増えたな。
「ところで――」
と、一通り話し終えたと言うように、視線をリクルへと向ける父さん。
「イサクが拾ってきたって言ってたけど、この子は一体……」
どうやら彼女の存在がかなり気になっていたらしい。
勿論、母さんに一途だと聞く父さんだ。
ロリコン的な興味ではないだろう。
単純に俺を心配してのことに違いない。
「ええと」
そんな父さんには真摯に答えることが望ましいが……この急な話題転換を前に、割とシリアスな思考状態にあった俺が受け答えをするとボロが出かねない。
転生者その人だから尚のこと。
そう考えてイリュファを見る。
対して、彼女は苦笑気味に頷いた。
よし。説明は任せた!
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