第6話 ロリコン村と人間原理と祈念魔法の初歩

 散歩という名目でイリュファと共に家を出、二歳児らしく彼女と手を繋いで村を歩く。

 この村の名はヨスキ村。

 村の外ではロリコン村などと呼ばれているらしい。

 と言うのも、この村の男は皆、真性少女征服者ロリコンだからだ。

 必然、女は皆、少女化魔物ロリータである。

 基本、真性少女契約ロリータコントラクト済みだ。

 例外はイリュファだけらしい。


 正式名称であるヨスキ村。

 その由来は過去の偉大な英雄にして転移者であるショウジ・ヨスキから。

 彼が作った最初の村だからヨスキ村だ。


 村民全員が彼の子孫であり、そのため、皆ファミリーネームはヨスキ。

 名前と少女化魔物の母親の名前から貰うミドルネームで区別するらしい。

 俺の氏名はイサク・ファイム・ヨスキとなる。

 父親の氏名はジャスター・ライン・ヨスキなので、ラインという名前の少女化魔物が彼の母親で俺の祖母だ。祖父共々既に亡くなっているそうだが。

 ちなみに少女化魔物はミドルネームにロリータが入り、ファミリーネームは真性少女契約を結んだ場合のみ、その相手のものを貰う。

 つまり母親の氏名はファイム・ロリータ・ヨスキ。

 イリュファの氏名は真性少女契約を結んだ経験がないのでイリュファ・ロリータだ。

 そう教えてくれて、自分の名前を改めて名乗った時の彼女の表情は複雑なものだった。

 気になってその理由を尋ねたら「今の私はしがない少女化魔物ですから」と今一よく分からない答えを返されただけだった。


 閑話休題。

 今日の散歩の目的は、人気のない場所に行くためだ。

 別に後ろ暗いことをするつもりはない。

 魔法についてイリュファから教わるためだ。


「この辺りでいいでしょう」

「この辺りでいいって言ったって、留守にしてるアベルさんの家の裏手じゃないか」


 多分に漏れず真性少女征服者である彼は今、仕事で村を出ている。

 内容は、悪さをしている少女化魔物の退治だ。

 今世の父親ジャスターもそれを生業にしているそうだ。

 彼はかなり有能らしく、引く手数多で余り家にいないが、これもまた余談だ。


「……こんなとこでやるのか?」

「正直どこでも大丈夫ですので。私が昨日やったように何かの影の中に入れば、ほぼ感知されませんし」


 二歳児らしくない発言を聞かれ、転生者だとばれた時の魔法か。

 影から出てきた彼女には心底驚いた。


「家じゃ駄目だったのか?」

「何も言わずに姿を消すとファイム様に諸々気づかれてしまうかもしれません。散歩という名目で外に出て、家からそれなりに離れてからでないと」

「それは……まあ、そうだな」


 転生者云々の事実に気づかれずとも、無駄に心配されてしまうかもしれない。

 孝行息子も目指している手前、それは避けたい。


「さて、周囲の目もありませんし。影に入りましょう」

「よし……どんと来い」

「はい。こほん……闇の根源に我はこいねがう。『陰影』『結界』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈冥府〉之〈影界〉」


 そしてイリュファが詠唱のような言葉を告げた瞬間、彼女と手を繋いだままアベルさん宅の影の中にずぶずぶと沈み込んでいく。

 何とも妙な感覚だが、やがて完全に影の中に入って真っ暗闇に包まれてしまった。


「うお……」


 暗所恐怖症ならヤバいかもしれない。

 俺もイリュファの手の温もりがなければパニックになっていただろう。


「イサク様、少々お待ちを。悠なる根源に我は希う。『光明』『圧縮』の概念を伴い、第三の力を示せ。〈永続〉之〈灯火〉」


 更に彼女が何やら唱えると、今度は闇の中に光が生まれて俺達を照らし始めた。


「おお!」

「影の外に光は漏れませんので、これで気づかれることはありません。ご安心を」


 かなり魔法らしさが強い魔法の連続に意識を取られ、正直そんなところにまで心配は及んでいなかったが、とりあえず頷いておく。


「では、イサク様。魔法、正式名称祈念魔法について説明致しますね」

「ああ。よろしく頼む」


 今この時から立派な少女征服者となるための訓練が本格的に始まるのだ。

 とは言え、所詮は二歳児の体。

 身体能力を鍛えるにはもう少し体ができてこないと成長に問題が出かねないので、しばらくの間は魔法だけだが。

 まあ、俺的にはむしろ魔法だけでいいって感じだが。

 痛い訓練とか好んでしたくないし。……そういう訳にはいかないんだろうけど。


「まずは概要から」


 余計なことを考えている間にイリュファが説明を始めたため、思考を打ち切る。


「祈念魔法とは五百年以上前、異世界人ショウジ・ヨスキによって体系化された技術です。いえ、いっそ開発された、と言っても過言ではないかもしれません」

「開発された? それ以前はなかったのか?」

「祈念魔法を不完全に発動させたような特殊能力があったぐらいですね。極一部の人間しか扱えないものだったため、魔物の脅威は今よりも遥かに大きかったと聞いています」

「…………それでよく魔法が開発されるまで生きてたな、人類」

「お忘れですか? 魔物は人間の思念の集積体です。なので人間が減少すれば魔物の発生確率も減りますし、強さも大幅に減退します」


 ああ、そう言えばそうだったか。

 しかし、生態ピラミッドみたいな話だな。中身は全く別物だけど。

 人間の感情由来のせいで、何だか自作自演染みた脅威に思えて微妙な気持ちになる。

 そんなルールのある世界が悪い、としておいた方が精神衛生上いいかもしれない。


「もっとも、後者の制限については魔物の知能が高ければ、多少緩和されますが」

「ん? 何でだ?」

「一定の自我と知能を持った存在は、世界の観測者だからです。最上位の観測者たる人間に近い特権を得ることができ、それにより己の強さをある程度維持できるのです」


 イリュファは一旦そこで区切り、どこか自嘲するように言葉を続ける。


「とは言え、所詮は魔物。人間なしに単独で存在を維持できる程ではありません。観測者としての格が極めて低いので」


「観測者? 特権?」

「はい。……前提から説明致します。まず大前提として、観測され得ないものは存在しないも同然です。故に世界は必ず観測者を生み出します。その筆頭が人間なのです」


 どっかで聞いた話だな。確か人間原理って考え方だったか。

 何故人間が、もとい知的生命体が生まれるに足る法則を宇宙が持つのか。

 その解答の一つ。

 今イリュファが言った通り、世界がと言えるためには必ず観測者が必要。だから、世界は知的生命体が誕生するような構造を取る、というものだ。

 随分と人間本位な考え方な気もするが、俺は割と嫌いではない。

 正にその人間だからだろう。


「世界は観測者が滅ぶことをよしとしません。故に、観測者足り得る存在に特権を与えているのです。即ち、願望の実現です」

「ず、随分と大それた特権だな」


 何だこの世界。過保護なのか?


「けど、そんな実感ないぞ?」

「勿論、圧倒的多数が共通に思い描いたものでなければ叶いません。実例を言うなら、ネガティブな例ですが、魔物の発生がそうですね」


 あー、成程。

 魔物。人間の感情の集積体。

 理性に阻まれて実行できない欲望の代行者という訳だ。

 悪魔の契約みたいに捻じ曲がって願いが叶ってしまってる感じだな。


 恐らくこれは、世界さんサイドも想定外だったに違いない。

 まさか己の観測者となった存在が、負の感情に振り回されるような不完全な生き物だとは想定しないだろうし。……って、それはさすがに世界を擬人的に扱い過ぎか。


「若干話が逸れてしまいました。祈念魔法の話に戻りますね」

「ああ、うん。悪い」

「いえ、関連はありますので問題ありませんよ。異世界人ショウジ・ヨスキは、魔物や少女化魔物の発生の仕方から観測者の願望を叶えるシステムが存在することを読み取り、それを利用して祈念魔法という体系を作り出したのですから」

「え、ええっと、どうやって?」

「国の協力の下、手品という手法で大多数の人間に祈念魔法の存在を誤認させ、承認させたそうです」


 全員が見間違えれば、枯れ尾花も幽霊になるって寸法か。

 確かに魔法と見紛う手品はいくらでもあるし、科学的な思考が行き渡っていない時代であれば、本当に魔法があると思い込ませることは不可能じゃないかもしれない。

 特に、この世界には実際に特殊能力を持つ人間が実在したそうだから、信じ込ませることは極めて容易だっただろう。


 しかし、その時点で国を動かせる立場にあった訳だな、ご先祖様。

 一体何をしたのやら。

 いずれにせよ、ちょっと頑張り過ぎじゃないですかね。

 元異世界の人間として変なプレッシャーを感じるぞ。


「一先ず成り立ちは以上です。次に祈念魔法の使い方に入ります」


 おっと。来たか!

 実技となると興奮せざるを得ないな。


「まず、祈念魔法の扱いに必要なのは一定の自意識と体系に沿った知識です。前世の人格と知識、言語を引き継ぎ、既にこの世界の共通語プレバラル語をも習得しておられるイサク様であれば、現時点で祈念魔法習得の下地はほとんどできていると言っていいでしょう」

「え、マジか? 魔力とか、そういう奴はないのか?」

「ありません。しっかりとイメージをし、規定に従って言葉を連ね、現象の発現を強く願うことによって祈念魔法は勝手に発動します。……では、お手本を。まずは火系統最下級の祈念魔法からです。火の根源に我は希う。第一の無垢なる力を示せ。〈烈火〉」


 掌を上に向けてイリュファが告げた瞬間、空中に炎が揺らめく。

 ちなみに〈烈火〉は日本語的な発音だった。

 この影に入り込んだ魔法や明りを作った魔法の『陰影』『結界』〈冥府〉〈影界〉『光明』『圧縮』〈持続〉〈灯火〉もそうだった。ご先祖様の仕業だな。

 思い返せば、母親や父親が魔法を使っていた時もそうだった気がする。

 イントネーションが変で気づかなかったけど。

 それはともかくだ。早速試してみよう。


「火の根源に我は希う。第一の無垢なる力を示せ。〈烈火〉」


 炎のイメージを脳裏に思い浮かべながら、前方に掌を向けて願ってみる。

 すると、イリュファのものよりも大きくハッキリとした炎が現れた。


「おおう!?」


 割と本気でビビった。すぐに消す。

 思わず首を竦めながら無意味に辺りをキョロキョロすると、驚愕で目を見開いていたイリュファと視線がぶつかった。


「…………転生者の力量。見誤っておりました。まさか、これ程までとは」

「え、えーっと、問題ないのか?」


 イリュファは俺の問いに答えず、少しの間考え込むように目を閉じた。

 ちょっと不安になる。


「……イサク様。少し小さめに炎を出すことはできますか?」

「うん? ん、やってみる。火の根源に我は希う。第一の無垢なる力を示せ。〈烈火〉」


 人差し指を立て、言われた通りライター程度の火をイメージしながら告げる。

 今度は指先に小さな火が浮かぶ。


「ありがとうございます。問題ありません。素晴らしい制御力です。初歩の祈念魔法ではありますが、最大威力も制御力も私より遥かに優れています。既に基礎的な段階を大きく超えていると言っていいでしょう」

「そっか。よかった」


 世界規模の脅威に立ち向かえってのに、才能がないんじゃ目も当てられないからな。

 正直ホッとした。……のだが、イリュファの反応は芳しくないように思える。

 感情を抑え込むような淡々とした口調だったし、何だか痛ましそうな顔をしている。


「…………制御力とか威力って、どこで差が出るんだ?」


 何となく直接聞くのは憚られ、そんな反応をした直前の会話の中に理由が隠されているのではないかと探りを入れる。


「イメージの確かさ、ですね。イサク様は、少なくとも火の属性に関しては確固たるイメージを持っておられるようです。前世の知識のおかげでしょうか」

「成程」


 それは間違いなく前世のおかげだろう。

 俺もオタクとして一通り主要なファンタジー作品は嗜んでもきたつもりだ。

 その中で、物理法則から逸脱した現象を引き起こす魔法を数多く目にしてきた。

 特に最近のゲームなんかじゃ無駄にリアルなエフェクトも当たり前だったし。

 魔法に対するイメージが固まるのも当然だ。

 才能ってよりは、知ってるからできるって言った方が正しいかもしれない。

 だが、これは表情を曇らせる理由にはならないはずだが……。


「つまり、これまでの転生者も……にもかかわらず、最後には……」


 更には俯いて、よく意味の分からない独り言をぶつぶつと呟くイリュファ。

 不安は増すばかりだ。


「イサク様、申し訳ありませんが、今日は一先ずこの辺にしておきましょう。学習計画を大幅に見直さなければならなくなりましたので」


 と、彼女は硬い口調で切り出した。


「……何かまずい状況なのか?」

「いえ…………むしろ喜ばしいことですよ」


 埒が明かないのでダイレクトに聞くが、一変した笑顔の言葉でかわされてしまう。


「本当に?」

「本当に。私自身がイサク様の才能についていけるか少し心配になっただけです。不安にさせてしまい、申し訳ありません」


 ちょっと困ったように謝るイリュファ。

 その顔を見る限り、他意はないように見えるが……。


「しかし、イサク様の才能に恥じぬよう、この命を懸けて指導致します。ですから、イサク様も歴史上最強の少女征服者を目指して下さいませ」

「お、おう」


 何か目標が一段階どころじゃなく上がっている気がする。


「まあ、分かったよ」


 しかし、心の内に残った一抹の不安故に俺は、歴史上最強になれるかはともかく強くなろうとは強く思った。

 ……ん? まさか、やる気を促すための演技ではあるまいな。

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