6A ケダモノ狩る悪
第24話
「……やはり殺すべき者は、殺せる時に殺すべきだな」
互いに光を放ち合い、地球側の感覚では未だ非常識な、魔法合戦の様相を呈し始めた戦場を見詰めながら戒厳は呟いた。
僅かな迷いから逃がした挙句がこれだ。
一応あれだけ痛めつけておいたにもかかわらず、カリダは身の程も知らず亜人の真実からも目を逸らし、その果てにアエルの母親を殺した。
亜人を侮蔑した瞬間から彼女を見逃すつもりはなかったし、あの瞬間までは本気で「アエルの目の前で殺してやる」と決めていた。
だから、最終的な結果は変わっていないとも言えるかもしれない。
しかし、何と言うか獲物を横からかっさらわれた気分だ。
(まあ、おかげで面白いものが見られたけどな)
母親の仇への憎悪と、直前に告げた理想の狭間で苦しむアエルの姿。
それを前に「私は貴方を許す」などと告げられた時に抱いた、意味の分からない敗北感は僅かに和らいでいた。
(なのに――)
どうしてか別の苛立ちが生じてきて、あの瞬間思わず口を出してしまった。
(あれで揺れる程度の奴の
そう自己分析しつつ、戒厳は三ヶ所から発せられる思念波を追って視線を動かした。それに合わせるようにアエルがそれぞれの方向へと光を撃つ。
しかし、そのどれに対しても照準が甘い。
本命がどれか識別できていない上、命を奪うことを忌避しているが故に、彼女の命中精度では牽制するにも牽制にならない程に大幅に外す必要があるのだろう。
(弱いな。その程度では理想など貫けはしないぞ、アエル)
いっそ無様とでも言うべき攻防に戒厳は深く溜息をついた。
(……まあ、今の内にそれを突きつけてやるのが、慈悲というものだろうな。その上でお前が何を選択するのか。見せて貰おうか)
そして、そう心の中で呟きながら、迷いなく一つの思念波へと近づいていく。
理術師は無意識に思念波によって反響定位を行っている。コウモリやクジラ、潜水艦と同じように波の反射を利用し、周囲の位置関係を把握しているのだ。
相手の思念波自体も常に感知しており、近距離であれば相手が使おうとしている理術の大まかな傾向も掴むことができる。
とは言え、それだけだ。
機器に頼らず相手の位置を把握できるのは強みと言えるが、今回のように全く同じ波形の思念波が複数個所で発生していては本命を絞れない。
「……さて、そろそろ終わらせるとしようか、この茶番を」
功を一人占めしようとしているらしくカリダ一人の姿しかないが、長時間戦闘を続けていればどうなるか分かったものじゃない。
何より、時間のリミットは作戦上決まっているのだから。
戒厳は機械の右目の焦点をカリダに合わせ、機械の右手を露出させた。
暗視機能、望遠機能、赤外線カメラ。あらゆる探知機能を用いれば、カリダの居場所など物理的に一目瞭然だ。
実のところ彼がこの場に現れた瞬間から、戒厳はその位置を把握していた。
「お前は自分の利益のために人を殺した。それは紛うことなき悪だ。その上ケダモノとくれば、殺さない訳にはいかない」
呟きながら右の拳を回転させ、絶命の威力を作る。
それが最高回転に到達した頃、アエルのいる辺りから天を貫く光が伸びた。
『間を、断ち切るっ!』
光は刀を繰るように空間を走り、レグナの糸を全て切り裂いていった。
「頃合いだな」
そう告げて戒厳は不活性化結界を解いた。
これで居場所を把握されてしまうが、カリダは既に戒厳のことなど失念していることだろう。
だから、遠慮なく理術のプログラムをフルで稼働させ、空を駆け上がっていく。
『この、いい加減に――』
『残念だが、タイムオーバーだ』
二人に声が通るように、理術を利用して冷たく言い放つ。
アエルは苦虫を噛み潰したような表情で、間に合わないことを理解しながらも空を翔けて戒厳を止めようとしていた。
「な、何っ!?」
まだいくらか冷静な彼女に対し、カリダは亜人に真後ろを取られていた事実を知って驚愕を顔に張りつかせていた。
「ひっ――」
そして、彼の視線は唸りを上げる右手に向き、そこに漂う死の気配にか細く無様な悲鳴を上げる。
『相手に殺意を向けるなら、殺意を返されることぐらい覚悟しておけ』
『戒厳、待っ――』
『死ね』
アエルの制止を黙殺し、無慈悲に拳をカリダの腹部に叩き込む。
瞬間、超高速の回転の勢いによって彼の下半身は千切れ飛び、カリダは声にならない悲鳴を上げた。
そして、その激痛を引き金に動揺が憎悪に塗り替えられたのか、燃え立つような憎しみがその目を彩る。
「心配するな。万が一お前を愛する者がどこかにいて、俺に復讐しようと刃を向けてきたら、しっかりと殺してお前のところに送ってやる」
アエルには届かないように小さく告げると、戒厳は空間に足場を作り、もう一度回転する拳を振り下ろした。
「それが俺の、悪としての責任の取り方だ」
仇討ちを果たした自分は棚に上げ、自分への敵討ちは許さない。
罪を悔やんで大人しく殺される。
そんな形での死は、これまでの全てに対する逃げでしかないのだから。
己の選択した道を全うするために、他者の選択した道を潰そうとも構わない。
(……実に悪党らしい思考だな)
原形も留めずに無惨に落ちていくカリダだったものを一瞥し、それから落下地点から少し離れたところへと足場を作りながら降りていく。
「戒厳……」
地面に降り立つと同時にかけられた言葉に振り返ると、アエルが五歩程離れたところから強張った表情で睨みつけてきていた。
その手には杖が固く握られている。
「貴方は――」
「言ったはずだぞ。俺より先に無効化しろ、とな。まさかレグナの糸を断ち切った程度で満足した訳じゃないだろうな?」
「それは、でも――」
「これから先も俺は決して変わらない。もし俺をとめたければ、殺してとめることだな。もっとも、お前の父親やさっきの男のように無惨な姿になっても知らないが」
未だ回転させていた右手をわざとらしく見せつけてから制動をかける。
「私は……」
アエルは少しの間目を瞑り、それから一つ頷いて目を開く。
「言った、でしょ。私は貴方を殺さない」
その瞳には強い決意が滲んでいた。
「そして、今は、今は無理みたいだけど、いつか貴方を殺さずに止めて見せる!」
「レクトゥスの外を知らず、力も未熟なお前に、それができるとでも?」
「知らないなら知ればいい。未熟なら学べばいい。私は、諦めないわ」
「……そうか。まあ、勝手にするといい」
結局理想を捨てなかったアエルを少しだけ憐れに思いながら、同時に心のどこかでその選択をした彼女を羨む気持ちを僅かに抱く。
(無垢でなければ目指せない道もある。どこまで行けるものか見せて貰おう)
そう思いつつ、ふと時計に目を落とす。
「――っ! しまった」
「え? ど、どうしたの?」
「カリダに余計な時間を取られた。作戦完了時刻まで後十五分しかない」
「作戦? 後十五分って――?」
「説明は後だ。アエル、レクトゥスを出ると言ったのは本気だな?」
「も、勿論よ! 今更後戻りはしないわ」
「なら、少しの間我慢しろ」
素早くアエルに近づき、手早く抱き上げる。
右手は彼女の肩を抱き、左手は膝の下を支えている。
俗に言うお姫様抱っこの形だ。
「ちょ、か、戒厳!?」
「ここから直線距離にして四〇キロ離れた港まで行く。そこに船が迎えに来ることになっている。右手を離すから、しっかり掴まっていてくれ」
「え? 待っ――」
宣言通りに右手を離し、後方へと向ける。と、支えを失った彼女は慌てたように戒厳の首に手を回してしがみついた。
「あ、危ないでしょ!?」
顔を赤くしながら文句を言うアエルを無視し、理術を以って右手と両足を高速移動用に作り替え、三ヶ所の推進器を全て作動させる。
「ちょっと、まだ準備が――」
戒厳はアエルのために加速を多少抑えたつもりだったが、彼女はどうやら舌を軽く噛んでしまったらしく、顔をしかめて涙を溜めていた。
「な、何するのよ!? こんな恥ずかしい真似しなくても、空を飛んでいけば――」
「現在北海道はアシハラ軍が海上に不活性化結界を張りつつ包囲している。空を行けば撃ち落とされるだけだ。あるいは、不活性化結界で海に落とされるか」
「アシハラ軍って、どうして」
「さっきの答えだ。後十五分で北海道全土をゲートが包む」
「ゲートって、世界を繋ぐ?」
「そうだ。北海道に降り立ったレクトゥスの人間全てをテラへと送り返す。……そのための障害を排除するのが俺の仕事だった。フォルテもその障害の一人だった」
そう告げた瞬間、アエルの手に僅かな力が入った。
「……そのちょくちょく私を怒らせようとするの、やめてくれない?」
「まあ、善処しよう」
曖昧な答えに溜息をついたアエルは、首にかかる力を緩めた。
「ともかく、お前がアシハラに向かいたいのなら、俺が脱出するための船に乗るしかない。説得が大変そうだが、一番現実的なのはそれだ」
「そ、そう。仕方ないわね」
本当に渋々という感じで告げるアエル。
どうも半端に羞恥心の強さが邪魔をして今の体勢を納得し切るには至っていないようだが、少なくとも理解はしてくれたらしい。
別にギリギリの距離までは空を飛んで貰っても構わないのだが、場所が分からないアエルは結局戒厳に速度を合わせなければいけない訳で完全に力の無駄遣いだ。
勿論、場所が分かっていても、戒厳より先に着けば面倒なことになってしまうのは間違いないが。
何にせよ、いざという時のために消耗は抑えておくに越したことはない。
向かう先は苫小牧の港。
真っ先に道央自動車道へと出て、そこから更にスピードを上げる。
加速と減速を行う度に、アエルの体が押しつけられたり、彼女自身がしがみついてきたりと、互いに精神衛生上よろしくない感じだがこればかりは仕方がない。
「ね、ねえ、戒厳――」
しばらく無言の時が過ぎ、気まずげに何かを言いかけたアエルだったが、突然戒厳の後方に視線を向けた。
どうやら、いざという時はすぐに訪れてしまったらしい。
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