第3話
気がつくと朔耶は学校の敷地内、それも、部活に入っていないため体育の時以外ほとんど用はないはずのグラウンドに立っていた。
何故こんな場所にいるのか、という疑問が脳裏に浮かぶ。が、それはすぐに氷解した。
何てことはない。今日は何となく思い立って散歩をしに来たのではないか。
何故そんなことも忘れているのか、と自分自身に苦笑してしまう。
校舎の壁に備えられた時計を見ると午前九時丁度。
日曜日の、この時間帯の学校は何とも寂しく感じられる。
ミッションスクールである聖アフェシス学院では日曜日の、特に午前中の間は部活動が原則禁止されているためだ。
その理由は教会で行われている日曜礼拝に参加することを勧めているため。
もっとも、キリスト教徒でもない限り、真面目にそこまでしている生徒はほとんどいないのだが。
どちらにせよ、一般の生徒はこの時間学校に用はない。
だから、この閑散とした雰囲気はいつものことのはずなのだ。しかし、今日はそれに加えて冷たい風が吹いていて、それが全体に漂う寂しさを強めている気がする。
五月中旬にしては肌寒い。こんな日に散歩とは自分も相当物好きだ。
朔耶はそう自分に呆れながら深く溜息をついた。
「……帰るか」
グラウンド脇の空き地にほんの微かな違和感を抱きながら。
その感覚に別れを告げるように呟いて歩き出す。
一瞬、その視界の端に凛とした立ち姿の少女が映ったような気がしたが、朔耶はそれ以上気に留めることなく校門を潜り抜けた。
***
歩き出した後輩の後姿を物陰から眺めながら、己刃は大きく嘆息した。
それに合わせるように視線も地面に向いてしまう。
「また、守れなかった、か」
彼が気づいていたかは分からないが、あの場にはもう一人男性がいた。
「本当に、野良はたちが悪い」
己刃が現場に到着した時には、既にその男性はタナトスによって蹂躙され、もはや助かる見込みがない状態にあった。少々特殊なタナトスに目をつけられたのが運の尽きとしか言いようがない。
もう少し早く辿り着いたところで間に合わなかったに違いない。
だが、やはり後悔の念が胸に押し寄せてくる。
そのことを言えば、割り切りが必要だ、と自分も全く割り切れていない悲しげな口調で仲間に言われるだろうが、彼女同様これは慣れるものではないし、きっと慣れてはいけないものだ。
助けた後輩の手前、彼を不安にさせないようにそんな素振りは見せなかったつもりだが。
はあ、ともう一度だけ深く息を吐いてから、己刃は小さくなっていく彼の背中に視線を向け直した。
アノミアが終わりを告げた瞬間こそ不思議そうに首を捻っていたが、記憶が都合よく改竄されたのだろう。彼はすぐに納得したような表情を浮かべていた。
これで、そのまま日常の中へと帰ることができるはずだ。
そのことについては安堵しながら、去っていく後輩を見送る。
「君はもう、あんな世界には来ちゃ駄目だよ」
今日を切り抜けても、また明日。死の瞬間まで続く非日常。つまりは己刃の日常。
そんな世界に足を踏み入れるべきではない。踏み入れて欲しくない。
己刃は何事もなくアノミアから解放された彼の幸運を祝福しつつ、また次に訪れるだろう迷い子達に思いを馳せた。
今度は誰一人死なせない。そう強く思いながら。
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