第四十八話 女神
①進む終末時計
雄也の力を示し、対立した考えを持つ相談役達への牽制とする。
そのために行うこととなったアレスとの一騎打ちから数日後。
女神アリュシーダの出現に一層備えるために、フォーティアを中心にいつもの訓練場でいつも以上に激しい鍛錬をしているさ中。
『ユウヤ、すまない。まずい状況になってしまった』
酷く緊迫したようなアレスの声が脳裏に響いた。
『すぐに
雄也は、その内容に思わず少し身構えてしまった。
またぞろ相談役が妙なことを画策し始めたのだろうか、と。
友人としてアレスには悪いと思うが、前回のこともあるので即座には了承できない。
もう少し情報がなければ判断できないし、アイリス達とも相談しなければならない。
さすがに前回黙って動いたのは油断が過ぎた。もっとも――。
「……ユウヤ、また呼び出し?」
今回は周りに皆がいて、既にアイリス達全員、雄也が〈テレパス〉を受け取っていることに気づいている。
独断専行など、そもそも不可能だ。
「ああ。アレスからだ」
だから、こちらの様子をジッと窺う皆を代表して尋ねてきたアイリスに頷きながら肯定し、とりあえず誰からのものか補足しておく。
そうしながら雄也は、一先ず状況を明瞭にするため、アレスへと意識を戻した。
『すぐに来いって、一体何があったんだ?』
それから無意識に緊張を声に滲ませながら問う。
少し前回のことを引っ張り過ぎているかもしれない。
何にせよ、無駄に警戒心が伝わってしまっていることは確かだろう。
『ああ、実は……』
しかし、アレスは僅かたりとも気に留めていないかのように切り出す。
そんなことは今、全く以って重要な問題ではないとでも言わんばかりに。
そして実際に。
『つい先程ネメシスが現れ…………対処に出た者達は全員やられてしまったようだ』
彼の言葉が真実ならば、それどころではない予想外の状況だった。
『なっ!?』
それだけに一瞬信じられず、驚愕で言葉を失う。
『勿論、やられたと言っても死んだ訳じゃないが……』
人格と進化の因子を奪われ、戦う意思も失ってしまったのだろう。
(それはもう……死んだも同然だ)
女神アリュシーダの尖兵たるネメシス。
それに関してはオヤングレン達と協議の上、万全の態勢で対応していたはずだ。
己を倒した相手と同等の強さを持って再び現れるという特性。
これを発揮させないために、出現したネメシスと同程度かそれ以下の力しか持たない者に複数で相対させるという方法を以って封じ込めてきた。
それを続ける限り、アレスが言うような事態になるはずがない。
そう。それを続ける限りは。
言い換えれば、何か異なる行動を取れば十分あり得るということ。
何かイレギュラーがあったとしか考えられない。
「ユウヤ、どうしたんだい?」
眉間に深く寄ったしわに異常事態の気配を感じたのか、フォーティアが問いかけてくる。
「あ、ああ、いや、ちょっと待って」
『アレス、一体何があったんだ?』
そんな彼女を一先ず制し、アレスに改めて問いかける。
もう少し詳細な情報が欲しいところだが――。
『すまないが、それは俺もまだ把握していない。これから事態収束のため、俺は現場に向かう。万が一の時のために、お前は協会で待機していて欲しい』
どうやらアレスも完全には状況を理解できていないようだ。
『……分かった』
そういうことであれば仕方がない。アレスの要請を了承する。
当然ながら情報が最初に入るのは
雄也としてもなるべく早く新たな情報を得たいし、緊急事態に即応するためにはそこにいた方がいい。
とにかく、こんな半端な状態で放置することはできない。
「皆」
だから、アレスからの〈テレパス〉を終えた後、雄也はその旨を彼女達に伝えた。
「むぅ。誰か、功を焦ってネメシスを倒してしまったのか?」
と、概要を聞いてラディアが首を傾げる。
「とにかく、
不確かな情報を基にした推論は意味がないとメルが言い、「そうだな」とラディアが頷く。
そして何があっても万全の対応ができるように、全員で
(…………少し雰囲気が違うな)
転移してポータルルームを出て周囲を見回し、雄也はそう感じた。
ドクター・ワイルド関連で事件が起き、その対応に追われている時とも異なる。
全体的に慌ただしいのではなく、極一部だけがピリピリしている。
その様子を不思議がっている低位の
一部情報が統制されているのだろう。
「一先ず協会長殿のところに行くとしよう」
受付で連絡して貰い、協会長室に通して貰う。
当然と言うべきか、さすがに責任者であるオヤングレンまではネメシスの対処に出ていなかった。
「オヤッさん、状況は?」
「ああ。一応事態は収束した。アレスがネメシスを倒したからな」
その報告に一先ず安堵する。しかし――。
「つまり……次に現れるネメシスは、彼と同等の力を持つという訳ですわね」
プルトナが懸念するように、状況は悪化してしまったと言う他ない。
勿論、アレスや対処を命じたオヤングレンが悪い訳ではないが。
「そうなるな」
当然オヤングレンもそれは理解していて、難しい顔をしながら頷く。
とは言え、そこは今更突っついても仕方がない。
それを覆すことなど、時間跳躍でもしない限り、できはしないのだから。
現時点では、それを前提として考えていくしかない。
「とりあえず、その問題は置いておくとして……結局のところ原因は何だったんですか?」
こちらも今更明らかにしたところで事態の解決に繋がりはしない。
少なくとも、この時間軸では。
だが、考えたくはないが、あるいは次の周回が必要になった時にその情報が重要になってくるかもしれない。
それに備えて尋ねておく。
「ああ――」
対してオヤングレンは苦々しく口を開いた。
「正直、俺達も何が原因なのか分からなかったんだが……ついさっき連絡があってな。女神アリュシーダ出現を早めるために、
「なっ!?」
その内容に驚愕すると共に、そこまでするかと呆れる。
女神アリュシーダの支配を受け入れんとする一派の息がかかった
「折角得た力を放り出すような真似に賛同するなんて、馬鹿なのかい?」
理解できないと吐き捨てるように言うフォーティア。
MPリングを受け取っておきながら、と考えるとその反応も分からなくもない。
結局捨ててしまうのなら、最初から拒否すればいいだろうに。
彼女もそう考えているに違いない。
「成長の限界が取り払われたことで、目先の目標を見失っちまったんだろうよ」
そんなフォーティアに、オヤングレンが静かに告げる。
「そんで顔を上げてみれば、道に果ては見えねえ。いや、明確な道もねえ。遥か先を行ってる奴はいても、そいつらさえ終点に辿り着ける気配すらねえ」
目を閉じて淡々と言う様は、どことなく実感が伴っているように見えた。
「終わりの見えない旅路に恐れをなしたんだろうよ」
「……何か、自分のことを言ってるみたい」
彼の話し振りについて、アイリスもまた同じように感じたらしい。
だが、欠片も遠慮することなく、そうやって言葉にしてぶつけてしまう辺りは身内ならではの率直さと言うべきか。
勿論、マイペースな性格による部分も大きいだろうが。
「まあ、な。目の前に遥か先を言ってる奴の実例があるし、そいつが勝てるかも分からねえような女神アリュシーダなんてのもいる」
姪の率直な言葉を否定せずに頷いて返すオヤングレン。
「俺はお前らに比べりゃ少しばかり歳も食ってるし、協会長っつう役職なんて重荷だってある。ここからどこまで強くなれるのか、焦りだってなくはねえ」
そういった自己分析を冷静に口にできる辺りは、それこそ年の功という奴だろうか。
「……けれど、おじさんは違う。放り出したりしてない」
「そりゃあ、な。気持ちが分かることと、実際に逃げるかどうかは別の話だ。果ての見えない旅路への恐れ? 上等じゃねえか。それを楽しんでこその人生ってもんだろうがよ」
不敵に笑いながらオヤングレンは言う。
その姿には年長者としての格好のよさが確かに感じ取れた。
「つっても、女神アリュシーダの相手はお前達に任せにゃならんのが情けないとこだがな」
彼は決まりが悪そうに嘆息するが、心意気は伝わっている。
無論、そうした感じ方は雄也達が彼と同じ意見だからに他ならない。
むしろストイックに終わりのない鍛錬に打ち込めるメンタルは非常に珍しい。
当然ながら、そんな求道者のような人間だけでは社会は回らない。
個人的に全く正解とは思えなくとも、異なる考え方も尊重すべきではある。本来は。
ただ、今回はその考えの先にあるのが不自由極まりない支配でしかないから、雄也達は反感を抱いているだけだ。
「ん?」
そうこう考えていると協会長室の内線のような魔動器が鳴り、オヤングレンが出る。
「ああ、分かった。通してくれ」
彼はそう言うと魔動器を置き、それから雄也達に顔を向けて口を開いた。
「アレスが戻ってきた。怪我もないようだ」
その報告に安堵しつつも、敵の特性を思って気を引き締める。
ドクター・ワイルドの記憶によるとネメシスの強さには上限があった。
プルトナが言った通り、アレスと同等まで強化されたかは実際には分からない。
記憶の中にあるドクター・ワイルドやネメシスと現在のアレス。
その力を正確に比較することは中々難しいところだから。
(いや、いずれにしても……)
上限に至ったのなら、もう時間稼ぎをすることはできない。
もはや
逆に、アレスと同等に強化されたとしても、この世界でその状態のネメシスと安全に戦うことができるのは雄也達ぐらいのもの。
結局、雄也達が対処しなければならない。同じことだ。
「失礼します」
と、アレスが戻ってきたらしく、彼はそう言って扉を叩いてから協会長室に入ってくる。
そして……彼の口から詳細な報告が伝えられた。
どうやら、一体のネメシスからの被害としては最大規模となってしまったようだが、被害者はほぼ
一般人を守るため、積極的に挑みかかったからだろう。
その強さは通常時のアレスに近く、
「……やっぱり、次からは俺達が戦うべきだな」
その話を受けて、改めてそう結論する。
もっとも、次からと言う程、そう何度も戦うことにはならないだろうが。
「しかし――」
「アレスまで人格を失ったら困るだろ? リスクは可能な限り避けるべきだ。勿論、他の有能な
「………………分かった」
アレスは短くない間、雄也の言葉を思案するように時間を置いてから応じた。
「すまない。俺達がお前達の強さに追いつけなかったばかりに」
「そればかりは時機と時間の問題だ。仕方ないさ」
後は運か。
性格的に考えても、戦いのセンスを取っても、鍛錬の時間があれば最終的にはアレスの方が強くなる気がする。少なくとも雄也はそう思う。
だが、それを女神アリュシーダが待ってくれることは決してないし、そうなることを許しはしないだろう。
是非もないことなのだ。
「前にも言った通り、女神アリュシーダを倒した先の世界ではアレスに頑張って貰わないといけないんだ。それに備えてくれ。……オヤッさんも」
確実に世界は混乱に向かう。
それを力技で抑えつけることは信条に反すること。
故に二人と、この世界の人々に頑張って貰うしかない。
その思いを込めて、雄也はアレス、オヤングレンと視線を移しながら言った。
「「ああ」」
対して二人共いつになく真剣な表情で頷き、オヤングレンが更に続ける。
「何にせよ、時計の針が一気に進んだことは事実。後は……任せたぞ」
「はい。任せて下さい」
雄也はオヤングレンにそう応じ、それからアイリス達を見回して互いに頷き合った。
そして……最後にどこか不安そうにしながら腰にくっついていたツナギに微笑みかけつつ頭を撫でて、皆と共に協会長室を出たのだった。
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