④全てが終わったら
転移するアレスを見送ってから、雄也は小さく嘆息しながらアイリス達を見回した。
「まさか女神アリュシーダの支配を受け入れる奴がいるなんてね」
と、フォーティアが呆れ果てたように言う。
これまで「昨日の自分よりも強くなる」を座右の銘として生きてきた彼女にとっては、信じられない話なのだろう。
「まあ、アレスも言ってたけど、誰もが強い訳じゃないから。そもそも女神アリュシーダの支配のあり方を完全に理解してるとは限らないし」
形はどうあれ一応平和にはなるし、恐怖も憂いもなくなる。
そこだけ切り取れば、ポジティブに捉える者がいても不思議ではない。
元の世界だって頭がお花畑の人間はいたものだ。
「それにしたってね」
「気持ちは分かりますわ。それでも、そういう人がいるという視点は必要なものです。特に民を統べる役目を負う者にとっては」
不満げなフォーティアに、プルトナが同意を示しつつも王族としての意見を口にする。
「プルトナお母様、王様と神様は何が違うんですか? 同じ支配者じゃないんですか?」
「え!? ええと、そ、それは、ですわね……」
突然ツナギから純粋な疑問をぶつけられ、返答に困った様子を見せるプルトナ。
「……私の感覚では大分違うと思う。ただ、それはツナギの言う神様がどの程度の存在かによって変わってくるだろうけれど」
そんな彼女に代わり、アイリスが答える。
すぐに返答を用意できたのは、既に前に自分の中でそうした疑問を抱いていて、一定の答えを得ていたからだろう。
プルトナと同じく王族ではあるものの傍流も傍流の如き酷い扱いを受けていたため、一歩引いた視点で王というものを捉えていたに違いない。
「よく、分かんないです」
「……少なくとも王様は、悪い統治をしてしまえば反逆されて、支配を覆される可能性がある。けれど、いわゆる神様なら、本来その可能性はない」
「そ、そうですわ。長く安定して続く統治は、国民の潜在的な承認あってこそです。そして、その統治は強権的な支配ではなく、秩序だった管理の嘱託ですわ」
アイリスの捕捉にプルトナが同調して続ける。
元の世界の歴史を振り返ってみても、悪政の果てに弑逆された者は数多い。
この世界では千年の間そうしたことはなかったようだが、今後は分からない。
いずれにしても、民に不自由を過剰に強いた王にはしっぺ返しがある訳だ。
(今の俺達程の力があれば反逆者も無理矢理抑え込めるかもしれないけど――)
いずれ死に至る人間が永遠に統治し続けることは不可能。
人の自由を奪い続ける邪悪な王が蔓延ることはない。
だが……人間たる王とは異なり、本当の意味で全知全能である神が支配者としてあるのなら、その支配から解放される可能性は皆無だ。
「もし私達の手で女神アリュシーダを倒せれば、王様と同じようなものになりますね」
と、イクティナが二人の言葉を受けて言う。
彼女の仮定が成り立てば、構造的にはその通りとなる。
『つまり、これは女神アリュシーダを神とは名ばかりの、単に大きな力を持っただけの存在へと貶めるための戦いでもあるってことね』
「そこまですれば皆、それが言いなりになるべき偉い存在じゃなくて、わたし達に害をなす侵略者みたいなものだって気づくかな」
更にそうメルとクリアが続く。
実際、女神アリュシーダが絶対者として考えられていることが、それによる支配が受け入れられようとしている原因の一つでもあるだろう。
ドクター・ワイルドが反抗し続けることができた以上、アレが決して全知全能の存在などではないことは確定的にもかかわらず。
もっとも、今となってはその事実を客観的に証明する手段はないが。
しかし、女神アリュシーダを討つことができれば一つの確かな証拠となり、メルの期待も実現してくれる可能性は高い。
「逆に、私達が神と同格の存在と扱われることもあり得るがな。無論、悪い意味で」
それに対し、ラディアが冷静に別の可能性を提示する。
「恐れられて蛇蝎の如く敵視されるか、あるいは畏れられて神の如く崇め奉られるか」
「……どちらにせよ、ぞっとしない話」
小さく嘆息するアイリスに、全くだと雄也は内心同意した。
自由意思の観点から言えば、いずれも悪影響を生むばかりだろう。
そういう意味でも、雄也達は女神アリュシーダと相討ちになったということにして、その影響力をできるだけ減らすことは重要だ。
そんな風に考えながら話の発端になったツナギに視線を向けると、今一理解できていないような困った顔の彼女と目が合った。
「……むずかしい、です」
ツナギは正に表情通りの言葉を口にする。
「まあ、大分屁理屈臭い話だったから仕方ない。要は王様も色々。神様も色々。簡単には白黒つけられないってことだ」
そんな彼女に、とりあえず質問に対する答えをザックリと告げる。
王は王でも王権神授説の時代の王と近代の王とではまた話が違うだろうし、神と一口に言っても一神教の神や多神教の神がいる。
その辺は最初に定義を決めておかないと、屁理屈大会になって滅茶苦茶になるだけだ。
「けど、そういうところも含めて勉強していかないとな。全てが終わったら」
我がことながらまるで子供を教育する親の如き言い様に若干むず痒さを抱きつつも、雄也はツナギの頭を優しく撫でながら諭すように言った。
「はい。お父様」
対してツナギは、くすぐったそうな笑みを見せながら頷く。
人生経験が少な過ぎる彼女のためにも迫る問題をさっさと解決して、真っ当でない特殊過ぎる経験ばかり重ねさせないようにしなければならない。
ラスボスを倒しても人生は続くのだ。
「全てが終わったら、か。無事に女神アリュシーダを討ち果たすことができたら、ユウヤはどうするつもりなんだい?」
そうした雄也の思考をも読み取ったかのように、フォーティアが問いかけてくる。
「……私はユウヤについていく。どこまでも」
「アイリスには聞いてない上に、それは予想がつくよ。と言うか、アタシもそうだよ」
横から即答するアイリスに、呆れ果てたように嘆息するフォーティア。
「勿論ワタクシもですわ!」
「対抗しなくていいから! 他の皆も!」
プルトナに続いてパッと手を上げて口を開こうとしていたメルクリア。
おずおずと手を上げかけていたイクティナ。
発言は躊躇って明後日の方向を見上げつつも、微妙に顔を赤くしているラディア。
急な展開についていけずに戸惑いながら雄也の腕にくっついたツナギ。
最後はともかくとして、他の彼女達を制するようにフォーティアは言い、それから改めて雄也に視線で尋ねかけてきた。
「そうだなあ」
そして、ふと気づく。
「……そう言えば、余り考えてなかったな」
思えば、ドクター・ワイルドのあれやこれやに巻き込まれ続けた結果、それの対処に追われるばかりで未来のことなど考える余裕がなかった。
しかし、ツナギに対して心の中で思ったように、雄也達の人生もまた続くのだ。
女神アリュシーダとの最終決戦が迫る中、先のことを考えるのは死亡フラグになりかねないが、逆に危機に際して立ち上がる強さとなってくれる可能性もある。
だから、雄也は少し意識して自分の心に問いかけてみた。
「……ああ、そうだ。一度ぐらいは元の世界に帰りたいな」
この世界に来て早々ラディアから帰る手段はないと言われて諦めていたが、常識外の力を得た今なら取れる手段もあるかもしれない。
会えるものなら家族にも会いたいし、今期の特撮ヒーロー番組の確認もしたい。
勿論、この世界でできた大切な仲間達と別れるつもりはないが。
「うーん、新しい魔動器を作れば異世界に行くことはできるかもだけど、お兄ちゃんの世界に狙い撃ちで転移するのは難しいと思う」
『マーカーになる魔動器を総当たりで送り込み、それらしい世界だと分かったら実際に転移して確かめる。不可能って訳じゃないけど、多分、天文学的な確率になるわ』
異世界の数などそれこそ無限にあるだろう。
砂漠で米粒を探すよりも厳しそうだ。
「まあ、でも、可能性が零じゃないなら、やるだけやっておきたい」
可能性があるのに何もしないのは、元の世界の全てに対する不義理な気もするし。
「うん、分かった」
『兄さんのお願いなら。そもそも新しい魔動器作りなら望むところでもあるしね』
問題点を指摘こそすれど、双子は全く嫌がりもしない。
「ありがとう、二人共」
魔動器開発を行うことが好きなのも勿論だが、それ以上に強い思慕の念が感じられる。
本当に、自分には勿体ない妹分だ。そう思うと自然と感謝の言葉が漏れる。
これまでもこれからも、メルとクリアの頭脳と天真爛漫さに助けられていくに違いない。
「お礼なんていいよ」
『好きでやってることだもの』
微苦笑と共にそう言われると、つい再度感謝を口にしそうになる。
が、飲み込んで頷くに留めておく。
「けど、異世界に行くことは普通にできるなら、異世界探訪とかしたいな」
それから、代わりに興味を引いた部分を取り上げる。
元の世界に帰る試みの中、それができればいい気晴らしになるだろう。
「異世界探訪ですか! いいと思います! 異世界の風はどんなでしょうか」
と、雄也の言葉にイクティナが反応して身を乗り出す。
彼女の両親は例外中の例外として、本来自由な気質の強い
こことは違う世界というものは魅力的に違いない。
雄也としても浪漫を感じる。
「うん。悪くないね」
そんなイクティナにフォーティアもまた同意を示す。
「きっと今のアタシ達でも歯が立たないような敵がいる世界とかもありそうだし。違う理の世界なら新しい力を得られるかもしれないし」
そして彼女は、軽くシャドーボクシングをするような素振りを見せた。
強者でいられる場所から出ていくことに忌避を抱く様子は全くない。
明日の自分の糧になるならそれも望むところ、というところか。
「さすがに生死をかけた戦いになるような敵は、もう御免被りたいけどな」
「まあ、それはアタシもそうだよ。技を磨きたいだけだからね」
とは言え、彼女はその時が来れば迷うことなく戦うだろうが。
その
「ふむ。身を隠すにも丁度いいかもしれんな」
ラディアも異世界探訪には賛成のようだ。
実際、相討ちになったとする情報操作もやり易くなるはずだ。
「あの、お父様。お母様」
と、そうした話を黙って聞いていたツナギが、首を傾げながら声を上げる。
「別の世界に行く方法を作れるのなら、女神アリュシーダなんかと戦わないで、皆で逃げた方がいいんじゃないですか?」
その問いかけに一瞬場が静寂に包まれ、ツナギは戸惑ったように皆を見回した。
「あー、そうか。そういう考えもあるか」
目から鱗という風にフォーティアが感心する。
正直、雄也も同じ気持ちだった。
「全く考えてなかった」
フォーティア以外の皆も目を丸くして、雄也の言葉に頷いていた。
「えっと……」
そんな反応は予想外だったのか、更に困ったようにしながらツナギが再び口を開く。
「女神アリュシーダの支配を望んでる人がたくさんいて、お父様の邪魔をするなら、そんな人達のためにお父様達が命を懸ける意味なんてないです!」
言いながら興奮してしまったのか、少し怒り気味の声になる。
とは言え、今一怒り慣れていないのか、子供の癇癪のようだ。
「そんなことで今の、大好きなお父様やお母様達が死んでしまったら嫌です」
かと思えば、それを想像してしまったのか今にも泣き出しそうな顔になってしまった。
そして雄也の腰にギュッと抱き着いて顔を埋めてくる。
「……気持ちは分からないでもないけどな」
そんな彼女の頭を撫でながら、その言葉を改めて咀嚼する。
彼女の言う通り、別に逃げられるものなら逃げてもいい。
ドクター・ワイルドのように大切な人の願いを引き継いだ訳でもないのだから。
この周回の雄也には、それ程因縁がある訳でもない。
現地民であるアイリス達なら、この世界に愛着もあるだろうが……。
「……少なくとも私は、この世界やこの世界の誰かのために戦うつもりはない」
視線を向けた雄也の内心を読んだように言うアイリス。
「アタシも自分のためだね」
「わたしはお兄ちゃんのため」『同じく』
「わ、私もユウヤさんのため、です。それが自分のためですけど」
フォーティア、メルとクリア、イクティナも続く。
「私は…………私は両親のような目に遭う者をもう見たくないからだ。だが、それもまた別に被害者を想ってのことではない。結局のところ私個人の好悪でしかないな」
「ワタクシもですわ。女神アリュシーダはお父様の尊厳を穢したドクター・ワイルドと同じ。彼の行動の全てが女神打倒のためだったのであれば、仇も同然ですもの」
目を閉じながら淡々と告げるラディアに同意しつつも、一瞬雄也に申し訳なさそうな視線を向けながら告げるプルトナ。
ドクター・ワイルドが雄也と由来を同じくする存在ではありながらも、全く違う存在であることは既に互いに納得済みの話だ。
頷いて、問題ないと彼女に返しておく。
それから雄也もまたツナギの問いに答えるために口を開いた。
「人間の自由を奪う者は許さない。それは俺が俺である証だ。目の前に人間の自由を奪い去ろうとしている者がいるのに、それを見過ごしたらそれはもう俺じゃない」
憧れた特撮ヒーロー達にも顔向けできない。
二度と特撮ヒーロー番組を楽しむこともできなくなるだろう。
「俺は俺であるために、女神アリュシーダを討たなければならないんだ」
「……よく分かんないです」
「まあ、自分らしく、自由に考えればいいさ」
押しつけられた考えで行動しても仕方がない。
自分のこと、相手のことを考えた上で何をすべきか決めればいい。
そんな気持ちを込めて、抱きついたままの彼女に微笑みかける。
「さ、帰ろうか」
「………………はい」
まだ思い悩んでいる様子のツナギだが、それも彼女にとっては大切な学びだろう。
だから、敢えてそれ以上何も言うことなく、雄也達は転移魔法を使用して自宅へと戻ったのだった。
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