④真なる終わりへ

 それまで発展を堰き止めていた壁が砕かれた時、一気に進歩していく。

 ブレイクスルー。

 その事例は元の世界にも多々あるが、今正にこの世界においても起きつつあった。

 特にその先触れとも言える出来事は目の前で。


《Transcend Over-Anthrope》


 ドクター・ワイルドとの決戦から三週間後。

 いつもの訓練場に響き渡る電子音。

 それは基人アントロープ超越基人オーバーアントロープへと至ったことを示すものだ。

 しかし、それは雄也のMPドライバーから鳴ったものではなかった。


「俺の時はあれだけ苦労したのにな」


 本気ではないが、少し愚痴るように言う。


「……私達も似た気持ち」


 それを受けてアイリスの口から出た言葉に、同じく苦痛に苛まれながら力を得た他の皆も同意するように頷いた。

 眼前の状況を見れば、恐らくドクター・ワイルドも愕然とすることだろう。

 勿論、これまで彼が繰り返してきた周回なくしてあり得ない光景ではあるが。


「お父様? お母様?」


 微妙な反応をしてしまったからか、不安そうに首を傾げて見上げてくるツナギ。

 だが、その全身は変身した雄也に似た六つの色で彩られた白基調の鎧に覆われているため、大分可愛らしさは相殺されてしまっている。

 一応、意匠は女性らしいを通り越して女の子らしいものになっているから他に比べるとマシだが、雄也に匹敵する力の気配を撒き散らしていては威圧感が凄い。


《Return to Anthrope》《Armor Release》

「あの、わたし、何か間違えましたか?」


 と、ツナギは身に纏っていた鎧を脱ぎ、おずおずと問いかけてきた。

 微妙に緊張で体を強張らせながら。

 あれからまた時間を重ねて生活にも更に慣れ、言動に自然な彼女の部分が出てきた感もある。が、まだ時折卑屈と言うか、相手の顔色を窺うような態度を取ることがあった。


(まあ、境遇を考えれば仕方ないけど)


 根本の部分に植えつけられてしまったトラウマ。

 こればかりは少しずつ少しずつ癒やしていくしかない。


「いや、ツナギは何も悪くないよ」


 だから、この場は一先ず微笑と共に優しくそう言い、絹のように白く美しい髪を撫でる。

 それで彼女はホッとしたように体の力を抜いた。

 そうした様子に少しもどかしさを抱くが、今度はその微妙な気持ちが表情に出ないように気をつけながら雄也は視線を横にずらした。


「けど、まさかツナギまで超越基人オーバーアントロープになれると思わなかったな」


 そして、その最たる功労者である(と雄也は思う)メルとクリアへと言う。


「わたしとクリアちゃんが大幅に改良したMPドライバーとLinkageSystemデバイス。それと進化した皆の力の賜物だよ!」


 対して、メルが胸を張りながら応じ――。


『それとアテウスの塔の機能を解析したおかげね』


 クリアが〈テレパス〉で若干呆れ気味につけ加えた。


『と言うか、厳密に言えば、そっちが大部分じゃないかしら。ツナギが超越基人オーバーアントロープになれたことに対する貢献度に限って言えば』


 更に、調子に乗ったのを窘めるように妹にそう続けられ、誇らしげだったメルは少し凹んでしまったように軽く項垂れてしまう。


「しかし、実際、メルとクリアが行動に移さなければできなかったことではあるからな」

「そ、そうですよね!」


 と、ラディアにフォローされ、メルは勢いを取り戻して言った。

 褒めて欲しいと言う気持ちを抑え切れない辺りは、歳相応の反応というところか。


「それに、大前提として皆で力を合わせてアテウスの塔を奪取できなければ、その機能を利用するなんてこともできなかったですし。だよね? クリアちゃん」

『まあ、ね。あの戦いを潜り抜けて得た力。それを最大限効率よく伝達できる新しい機構の魔動器を作れたのも、成長した魔力のおかげでもある。そこを否定するつもりはないわ』


 クリアは姉の問いかけにそう渋々答える。

 それについては確かな事実だ。が……。


『その辺りの構想のほとんどをアテウスの塔を解析した時に得たとは言え、ね』


 それから彼女はそう呟くように続けた。

 どうも魔法技師としてのプライドが邪魔をして、折角の新たな魔動器の成果も素直に手柄として受け入れられないようだ。

 勿論、そこで満足していては更なる進歩を目指すことなどできない訳で、その点においてクリアのスタンスは決して間違いではない。

 もう少し素直に自分の功績の部分を誇ってもいいのではないかと思うメルの気持ちも。

 いずれにしても、客観的に見て戦力が増えたのは収穫と言っていいだろう。

 正直なところ、ツナギをもう戦いの場に立たせたくなどないが。


(自衛のためにも力はいるからな……)


 それでも、雄也達の時のように肉体に大きな負荷がかかるなら実行しなかった。

 今回のこれは、数週間かけて徐々に徐々に体を作り変えることで負荷を最小限にし、痛みなく成長させることができると双子に保証されたからこそ行ったのだ。


(女神アリュシーダとの衝突は避けられないし)


 その時、ツナギがどのような状況に陥るか予測することはできない。

 敵の強大さを思えば、雄也が全ての脅威から守るということも難しい。

 万が一の時に備え、可能ならば雄也達と同等の力を持たせておいて損はない。


「それでラディアさん。各国の様子はどうですか?」


 アテウスの塔が人類へ進化の因子を付与し始めてから三週間が経つ。

 そろそろ各所で予兆、と言うか、明確な影響が出てくる頃のはずだが……。


「うむ。水星イクタステリ王国……妖星テアステリ王国。それから龍星ドラカステリ王国辺りは少々キナ臭くなってきているようだ。特に水星イクタステリ王国などは水棲人イクトロープへの帰国命令すら出ている」


 雄也の問いに、ラディアは自身の国を挙げる時に複雑な表情を見せながらも答えた。


「……しかし、こうも変わってしまうとはな」

「女神アリュシーダの祝福、もとい呪い。恐ろしいものですね」


 フォーティアの言葉に、余り分かっていない風のツナギ以外皆一様に頷く。

 千年前の記憶を鑑みても、この世界の人間はどうにも闘争心が強い。

 女神の加護への抵抗力を持つ(直接干渉されれば消し飛ぶ程度だが、それでも)進化の因子が増えれば、再び種族間の争いが増えていくことは避けられないことだ。

 たとえ同族であっても小競り合いが頻発することだろう。


(それでいて、戦いの場に出る人間は総じて身体能力が元の世界の人間よりも遥かに高いし、その上魔法なんて力まであるからな)


 そのせいか争いの形態が中々変わっていかない。

 いつまでも生身の人間同士の戦いのままだ。

 あるいは、その辺りが千年前いつまでも国家間の戦争が終わらず、冷戦状態すら生じなかった要因なのかもしれない。

 そこは恐らく、今後魔動器の発展によって変化していくはずだとは思うが。

 しかし、そのためにはまず女神アリュシーダを抑制しなければならない。

 そうしなければ自由の乏しい平和。ある種のディストピア染みた世界に逆戻りだ。


(まあ……それでもいい、その方がいいって人もいるかもだけど)


 少なくとも雄也の近辺では余り人形の如き人間は見られなかったので、人類の真の自由のために、見せかけでも平和ではある状態を打ち砕こうとすることには少し躊躇いがある。

 だが、それも、雄也が闘争ゲームへと挑むモチベーションとするために、人々を虐げる邪悪なドクター・ワイルドを憎ませるためとして、彼自身に遠ざけられていたからに他ならない。

 当然ながら単純な生命力や魔力の高さもまた、進化の因子の有無に比べると微々たるものではあるが、女神アリュシーダの支配に対する抵抗力になる訳で……。

 これまで余り接してこなかった力なき人々を改めて見ると、引っかかりを覚える程度には歪な部分があった。

 女神アリュシーダが顕現すれば、正に人形の如くなるのだろうと思える程度には。

 勿論、だからと言ってドクター・ワイルドの主張を肯定するつもりはないが。

 そうした抗う力なき彼らは、あるいは正常な状態でも支配を受け入れようとするかもしれない。結果として混乱を招くこととなる雄也を否定するかもしれない。

 しかし、それでも――。


(やっぱり人は自由を求め続けるべきだ)


 あくまでも個人的な考えとして、雄也はそう思う。

 たとえ現実には数多の枷があり、それを完全に解き放つことなど不可能なのだとしても。

 心の自由だけは決して手放したくない。

 もしそれすらも奪おうとする者がいるならば、己の全てを賭してでも抵抗しなければならない。そして、それこそが人類の自由を守ることに繋がるだろう。


「そう言えば、他の魔動器の具合はどうなのだ?」


 そうこう考えていると、ラディアがメルとクリアにそう問いかけた。

 当たり前だが、依怙贔屓的にツナギの力のみを成長させた訳ではない。

 とは言え、女神アリュシーダとの直接対決には影響を及ぼさないだろうが……とりあえずネメシス対策としてメルとクリアは色々と魔動器を主に賞金稼ぎバウンティハンター協会に提供している。

 そこから七星ヘプタステリ王国の騎士団や各国に流れていっているはずだ。

 その中でも特に世界に大きな影響を与えるものは二つ。


「改良型と量産型のMPリングのことですか?」


 この場で話題にしているのはそれらだろうと問い返すメルに、ラディアが頷く。


「ああ。主だった人間には先行して提供していたはずだが、やはり戦力には数えられんか?」


 期待はできないと分かっていても尚、藁にも縋るという感じで更に彼女は尋ねる。

 女神アリュシーダの力に世界規模で囚われていた事実を改めて認識し、一つでも多く対抗する術を得なければならないと思わされたのだろう。


「うーん……」

『あれもあくまでも成長を補助する魔動器ですし、アテウスの塔の戦いを経て変質し、今も尚変化を続けている私達のものと比べると数段劣りますからね……』


 対してメルは困ったように唸り、クリアが申し訳なさそうに答える。

 以前はドクター・ワイルドしか作れなかったそれを、現在の雄也達のものと比べて数段劣るぐらいのレベルで作れるだけでも本来称賛すべきことのはずだ。

 しかし、眼前に迫る脅威が大き過ぎて力不足扱いになってしまうのが辛いところだ。


「改良型MPリングの効果の程を把握したいなら」

『兄さんの友達のアレスさんや賞金稼ぎバウンティハンター協会現協会長のオヤングレンさん、元協会長で現七星ヘプタステリ王国相談役のランドさん辺りの状態を見ればいいと思います』

「ふむ……まあ、その中ならアレスが最も妥当なところか。他の二人は役務に時間を取られ、中々鍛錬もままならないだろうからな」


 一時的にドクター・ワイルドの駒とされ、その後も真超越人ハイイヴォルヴァーとして一定の強さを得ていたアレス。彼ならば確かに試金石としては申し分ない。


「ユウヤ。連絡は取れるか?」

「あ、はい」


 ラディアに尋ねられ、早速〈テレパス〉を試みる。


「あれ? 通じないですね」


 だが、返答がないどころか、繋がった感覚すらもなかった。

 魔力が断絶した空間にでもいなければ、そうはならないはずだ。

 思わず首を傾げる。


「あ、多分。魔力淀みで修行してるんじゃないかな。それ用に魔力を逃がさない空間を作る魔動器も提供したから」


 と、思い出したようにメルが言った。

 確かにアレスなら、そうした機器を与えられたら黙々と修行していそうだ。


「では、協会長殿に居場所を聞くとしよう」


 そうして賞金稼ぎバウンティハンター協会に向かうこととなった訳だが……。

 まず発案者のラディアは当然として魔動器の状態を確かめるためにメルとクリア、そしてアレスの友人として雄也も同行することとなり――。


「……わたしも行く。最近おじさんに会ってないし、近況を報告しろとも言われてたから」


 更にアイリスがそう言って加わったところでツナギもついていきたいと言い出し、それに合わせるように結局全員で向かうこととなった。


「……娘ができたなんて言ったら、どう反応するか楽しみ」


 そして、そんなことをツナギの肩に手を置きながら悪巧みするような顔で言うアイリスに皆苦笑しつつ、〈テレポート〉で賞金稼ぎバウンティハンター協会に転移する。

 それから、協会のポータルルームを出てすぐ。


「っと、何だか、慌ただしいね」


 目に映った光景を前に、フォーティアが少し戸惑ったように言った。

 実際、普段に比べると人の動きが活発な気がする。


「む。協会長殿から連絡が入った」


 タイミングよく、と言うべきか、どうやらラディアに〈テレパス〉が来たらしく、彼女はオヤングレンへの応答に集中して黙り込んだ。

 状況が状況だけに予感めいたものを感じ、ラディアとツナギを除いて顔を見合わせる。


「皆、協会長室に行くぞ」


 少しして〈テレパス〉を終えたのか、そう言って返事を待たずに歩き出したラディアに雄也達は頷いて後に続いた。

 そのまま真っ直ぐにオヤングレンが待っているだろう協会長室の前に向かい、ラディアが代表して二度ノックをしてから中に入ると――。


「全員で来てくれていて丁度よかった。実はつい先程連絡が入った」


 挨拶もそこそこにオヤングレンはそう切り出した。

 緊張感の見られる表情と声色。協会内の様子。

 こうなると薄々何が起きたのか想像がつく。


「それはもしや……」

「ああ」


 雄也の問い気味の言葉に、オヤングレンは首を縦に振って続けた。


「ある賞金稼ぎバウンティハンターからの情報によると、得体の知れない化け物が現れたとのことだ。まず間違いなく、お前らの言っていたネメシスとやらだろう」


 告げられたその内容に、雄也達の間にも緊張が走る。

 ついにその時が来たのだ、と。


「では、協会長殿。手筈通りに」


 その事態を前に、普段通りの冷静さを意識的に保とうとするように簡潔に言うラディア。


「ああ。我がもの顔でちょっかいかけてくる神様に、目にもの見せてやるとしよう」


 それに応じ、己を鼓舞するように言うオヤングレン。

 そんな彼らのやり取りを前に、雄也は一人強い不安を抱いていた。


(ドクター・ワイルドですら最後まで届かなかった至高。本当に俺達に倒せるのか)


 彼の記憶に積み重なった敗北の経験。

 それが心に重くのしかかってくる。


「……大丈夫」


 と、いつの間にか触れ合うぐらいの距離にいたアイリスがそう小さく告げると、極々自然な動作で手をそっと握ってきた。

 その確かな温もりに、僅かながら心の淀みが取り除かれる。


「……何があろうと私達が傍にいるから」


 そして見上げるようにしながら微笑む彼女に頷き、表情を引き締める。

 所詮は特撮オタクな大学生に過ぎないこの身。

 いつまで経っても己一人では強くあり続けることは難しい。

 それでもアイリス達がいたからこそ、ここまで来ることができたのだ。

 限界を超えたドクター・ワイルドをも乗り越えた、彼にはない繋がり。

 それが神の摂理を覆す力になると信じ、雄也は彼女の柔らかな手を握り返した。

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