④アテウスの塔完全起動

    ***


(さて、次だ)


 一つの区切りはついた。

 とは言え、幾度もの繰り返しを経験してきた身としては、その程度のことで一々感慨にふけることはない。

 煽る相手がいるのであれば、そうしてもいいが。

 今は淡々となすべきことをなすだけだ。


「ツナギ。離れろ」


 そして、ドクター・ワイルド改め、別の時間を生きてきた『雄也』は彼女に次の指示を出した。

 それに伴い、拘束を解かれたこの時間軸の雄也が顔から床に倒れ込む。

〈ブレインクラッシュ〉によって人格を傷つけられ、しかし、その生命力と魔力のおかげで完全には崩壊に至らず、まだ意識を失うに留まっている。

 だが、それも次で終わりだ。

 ここまで鍛え上げた肉体を我がものとする。

 これを以って、再び女神アリュシーダに挑む下準備が整うのだ。


「ツナギ、その身を燃やせ」


 限界を超えた身体強化の負担によって、もはや息も絶え絶えという状態になっている彼女に最後の命令を下す。欠片も躊躇うことなく。

 己の生命力どころか存在の一片までも魔力へと変換しろ、と。


「あ、や、あああああああああっ!!」


 正にその直後、絶叫が広間に響き渡った。

 もはや立っていることもままならず、力なく膝から崩れ落ちる。

 そのまま本格的に体が崩壊を始め、『雄也』によって無理矢理生命力が剥奪されていく。

 全身を襲っているであろうその苦痛は、先程まで彼女が抱いてきたものと比べものにならないに違いない。


「ああ、あ、ああああ……」


 余りにも強く叫び過ぎたようで、涙混じりの声は急激にかすれていく。

 存在の全てが魔力と変わるまで数秒というところか。

 そろそろ『雄也』も準備をしなければならない。


「〈過剰進化オーバーイヴォルヴ〉〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉」

《MP Driver Limiter Cut》


 その言葉に従って電子音が鳴り、ツナギと同様に体を魔力へと変換していく。


「ぐっ……」


 当然ながらツナギが抱いたものと同じだけの苦痛が全身を苛むが、これもまた何度となく味わってきたことだ。

 彼女のように取り乱すことはない。


(よし……準備完了だ)


 女神アリュシーダを除けば、この世界で三本指に入る強者。

 その内の二人が全存在を賭けた魔力を以って発動した魔法ならば、たとえこの体を上回る力を持たせたこの時間軸の雄也が対象であれ、精神に完全に干渉することができる。

 繰り返しの中での経験則と魔力探知でシミュレート済みだ。


「〈オーバースワップソウル〉」


 そして『雄也』は前回奪った己の体が崩壊し切る前に精神干渉の魔法を使用し、目の前に転がる新たな肉体と精神を入れ替えた。


「……く、はっ!」


 散々ツナギに痛めつけさせていた影響と、精神を繋ぐ際の違和感で一瞬息が乱れる。

 が、これもまた慣れた苦しみだ。


「はあ、はあ、ふー……」


 うつ伏せの状態から何とか仰向けになり、何度か呼吸を繰り返して息を整える。


「〈ペインキラー〉〈ハイヒーリング〉」


 それから全身に残る痛みを一時的に消し、『雄也』は負傷の回復に努めた。

 高い魔力のおかげで、しっかりと魔法の名を口にして発動させれば、折れた骨を即座に繋げることは不可能ではない。

 しかし、生命力が乱れているため、安定するまでまともに動くことはできないだろう。

 この時間軸の雄也は起死回生のチャンスを待っていたようだが、四肢を圧し折られた時点で既に詰んでいたのだ。


(まあ、しばらくは次への準備期間だ。戦闘の予定がない以上、俺にとっては問題ないが)


『雄也』は一つ大きく息を吐き、それから気だるさの残る体に力を込めて立ち上がった。

 そして直前まで己の精神が宿っていた肉体へと視線を向ける。

 それは生命力も魔力も全てが枯渇し、命を維持できずにボロボロと崩壊し始めていた。

 傍に倒れ伏していたツナギもまた同様に、しかし、先に限界を超えていたため、『雄也』の元の肉体よりも先に急速に崩れ落ちていく。


「お、父……さ…………」


 最後の力を振り絞ったと思しき言葉を残し、彼女は完全に砂と化してしまった。

 これもまた飽きる程見た光景故に、特段心を動かされることはない。

『雄也』はそれを一瞥だけして目線を戻した。

 更に少しして、己の古き体も同じように崩れ去る。呆気なく。

 それに伴い、〈オーバースワップソウル〉によって『雄也』の代わりにその体へ閉じ込められた今回の雄也は、意識を取り戻すことなくこの世から完全に消滅したのだった。


「〈テレポート〉」


 それを見届ければ、もはやこの場に用はない。

『雄也』は重苦しい体に負担をかけないように、一時的に転移妨害を解除した上で、転移魔法を発動させて移動した。

 目的地は巨大構造物型魔動器アテウスの塔の管制室。

 次なる一手を打つための場所だ。

 その部屋の中心、コントロールパネルの目の前に転移する。

 そして『雄也』はそこに手を伸ばし、音声入力をオンにした。


「アテウスの塔、完全起動せよ」


 同時に口を開いて指示を出す。

 それを受け――。


《命令、受諾シマシタ。アテウスノ塔、完全起動シマス》


 今まで待機状態にあったアテウスの塔は、電子音で応えると共に再起動を開始した。


《システム及ビ各部動作チェック中………………魔力圧縮用第二チャンバーニ衝撃ニヨルト思ワレル破損ガ見ラレマス。修復シマスカ?》

「やれ」

《命令、受諾シマシタ。全人類ヨリ魔力ヲ収集シタ後、各部ノ修復ヲ行イマス》


 その電子音を合図に、管制室近辺に駆動音が鳴り響き始める。

 世界の法則にすら干渉できると伝説に謳われたアテウスの塔。

 その機能を十全と発揮するため、正に電子音が告げた通り、全世界の人間から少しずつ魔力を集めると共に蓄えているのだ。

 ただ、安定稼働に速やかに入るため、最初だけは『雄也』がほとんどの魔力を賄っているが。


《〈フルリペア〉》


 アテウスの塔は一先ずその魔力を利用して、先程のこの時間軸の雄也達との戦いによって破損した部分を一気に修復した。

 この塔は管制室さえ無事ならば、いくらでも再生することができるのだ。

 こうして塔内部では様々な変化が起こっているものの、それを外から眺めていても異変を察知することは不可能だ。

 外観的には何ら変わっていないし、全人類規模の魔力収集にしても、魔力クラスに応じて自覚できない程度の割合でしかないのだから。


(ここから先は、目立つ行動は必要ない。派手な演出も不要だ)


 標的は唯一つであり、それ以外は有象無象でしかない。

 後は粛々と進行していくのみだ。


《修復完了。システムオールグリーン。新タナ指示ヲドウゾ》


 そして、次なる段階への準備が整ったことを電子音が告げる。

 女神アリュシーダ打倒のため、宣戦布告を行わなければならない。


「では、アテウスの塔よ。適正者へ進化の因子を付与すると共に、女神アリュシーダによる干渉を妨害。付与した進化の因子を維持せよ」

《命令、受諾シマシタ。魔力消費量ノ計算、及ビ、進化ノ因子ノ付与対象ノ選別完了後、実行シマス》

「……よし」


『雄也』の指示に応えた電子音に満足し、小さく呟いて頷く。

 これで後は放っておけば、ことは進んでいく。

 統計的には一ヶ月程度で次の段階に入ることができるはずだ。


「さて、行くとするか」


 今ここでやるべきことはもう何もない。

 後はアテウスの塔が勝手にやってくれる。


「〈テレポート〉」


 だから『雄也』は一度屋上へ転移すると、再び転移妨害を管制室に限定して施した。

 魔力の収集を行う関係で塔全体に転移妨害を適用することはできないが、管制室にはその機構はなく、各部への指示は有線を介した電気的な信号で行っている。

 そのため、魔力を遮断しても何ら問題はない。

 管制室は重要な操作を行う関係上、空間転移でしか行くことができないようになっているため、そうすれば解除手段を持つ『雄也』以外誰も入れなくなる。

 また、転移で塔の内部に入り込まれたとしても迷うばかりで中心付近には辿り着けないし、壁を破壊しようにも対衝撃の防御機構は常に働いている。

『雄也』がここを離れても何ら問題はない。


「〈エアリアルライド〉」


 そして『雄也』は屋上から飛び降り、空力制御を用いて地上に降り立った。


「ユウヤ」


 と、そこにはこの時間軸の雄也達の情報を受け、不測の事態に備えて出向いてきていたのだろうアレスが待ち構えていた。

 周りには超越人イヴォルヴァー対策班の姿がちらほらと見られる。


「大丈夫か?」


 そんな中でアレスが『雄也』と相対しながら発した言葉の通り、彼は眼前の存在が今までドクター・ワイルドと呼ばれていた男だと気づいていない。


「俺は、大丈夫だ」


 単純な容姿は完全に同じだし、顔の認識を狂わせる精神干渉の代わりに、表情の僅かな差異を誤魔化す精神干渉の魔法を降下中に発動してある。

 反応を見ても分かることだが、アレスが真実に至ることは不可能だ。

 それは周回の中で既に判明している事実だ。。

 MPリングを持つ彼でさえそうなのだから、もはやこの世界の誰一人として見抜くことなどできはしないだろう。


「撤退してきたのか? アイリス達はどうした?」


 とは言え、さすがに一人しかいないことには疑問を持たれる。

 こればかりは認識操作も中々に面倒だ。不可能ではないが。

 アレス一人を誤魔化せばいい訳ではないし、この場は彼女らが存在することにしたとしても、ずっとそのままではいられない。


「……ドクター・ワイルドと、六大英雄は倒すことができた。けど――」


 だから、『雄也』は神妙さを装って彼の問いかけに答えた。


「アイリス達は六大英雄と相討ちになって……」


 悔しさを滲ませるようにしながら続け、同時に精神干渉によってその言葉を受け入れるように強く促す。


「………………そうか」


 アレスはそこまで彼女達と親密な関わりを持っていないため、どちらかと言うと友人である雄也を労る気持ちの方が強い。

 対照的に、現在の賞金稼ぎバウンティハンター協会長オヤングレンなどはアイリスの近しい親戚であるが故に、酷く感情を乱すことが予想される。いや、実際にそうなった時間軸もある。

 しかし、精神干渉で時間をかけて少しずつその事実を受け入れさせれば、互いの間に無用の拗れを生む心配はない。

 既に対立を煽るような段階は過ぎ去っているし、彼らに歪な受容の仕方を強制したところで『雄也』にとってはどうでもいい話だ。


「すまない。今日は、帰らせてくれ」


 そうして弱り切った様子を演じながら、アレスとの話を切り上げる。

 彼に限らず、このタイミングでの対話から得られるものは特段ない。


「ああ、分かった。…………何と言えばいいか分からないが、余り気を落とすなよ。気休めにもならないだろうが、相談には乗る」


 精神干渉によって淡泊な受け答えになりながらも、友人として心配を表すアレス。

『雄也』としては興味はないが、額面通りの状態の雄也ならば感謝の念も抱くだろう。

 だから、辛さを隠すような曖昧ながらも微かな笑顔で小さく頷く素振りを見せてから、『雄也』は彼に背を向けて歩き出した。

 目的地は雄也の住処。魔法学院学院長たるラディアの家。

 当面はそこに滞在し、街の動向を探ることとなる。

 変化が現れる一ヶ月後までは、MPドライバーの更なる改良を行う予定だ。

 今回で倒すことができると信じたいが、念のために。


「……待っているがいい。アリュシーダ」


 そして『雄也』はアテウスの塔に背中を向けて歩き去りながら、小さくも力強く呟いた。


「全ては、貴様に奪われた進化の因子を、人類の自由を取り戻すために」


 自分を鼓舞するように、世界に対して宣言するように。




 それから。

『雄也』が雄也の振りをすることで、ドクター・ワイルドや六大英雄の死と悪の組織エクセリクシスの崩壊が世界的に知れ渡っていった。

 それと同時に、伝わった事実だけを見れば常識外れの力を唯一人持つ形となった『雄也』を危険視する動きも生じ始めるが、やがてそれどころではなくなることとなる。

 そうした不穏な気配を知らない一般市民も、全てが終わったように見えても尚聳え立ち続けるアテウスの塔に、先行きを察するように一抹の不安を抱いていた。

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