②ドクター・ワイルドの正体

(い、一体、何が)


 今正に敵の首魁へと決め技を叩き込もうとした瞬間に受けた衝撃。

 完全に意識の外から食らってしまった攻撃であるが故に、雄也は全くなす術もなく吹き飛ばされてしまった。


「く、そ」


 何者の仕業かは分からないが、とにかく今は体勢を立て直さなければならない。

 遅れてきた痛みと急激に移り変わる視界、そして、その原因の正体に対する疑問に心を激しく乱されながらも、今はそれだけに集中する。


「エ、〈エアリアルライド〉〈スツール〉!」


 雄也は、空力制御で制動をかけつつ、作り出した足場を踏んで何とか地面に降り立った。

 そして顔を上げ、全てが終わるはずだった一撃を妨害した存在を探す。

 その正体は――。


「ツナギッ!?」


 驚きの声を上げつつ、考えれば当たり前のことだと思い直す。

 仲間達は命を奪われ、六大英雄達は砂となって崩れ去った今、雄也とドクター・ワイルドを除けばこの場に存在するのは唯一人。

 ドクター・ワイルドの娘ツナギ。彼女以外にはいない。


「どうして邪魔を!?」


 後一歩のところだったがために、咄嗟に強く問い質してしまうが……。


(……いや、当然か)


 すぐに考えを改める。

 幼い彼女だ。

 つい先程、父親と思っていた男に道具の如き扱いを受けたとは言え、目の前で肉親が殺されようとしているのを黙って見てはいられないはずだ。

 本来ツナギは素直で優しい子なのだろうから。

 部分的に歪な性格となるように、ドクター・ワイルドが仕向けたとは言え。


(だから、これは仕方のないことだ)


 ツナギの生い立ちを思い、そう自分に言い聞かせる。

 しかし、現実は雄也の想像とはかけ離れ、歪んでいた。


「か、体が……勝手に」


 ツナギの口から漏れ出てくる言葉は、雄也の思考を呆気なく否定する。

 彼女の独断だと真っ先に考えるような、情に重きを置いた価値観を冒涜するが如く。


「や、嫌っ」


 恐怖に慄く声とは裏腹に構えを取るツナギ。

 だが、彼女の発言を裏づけるように、雄也と戦った時のものとは大きく異なる形になっていた。ドクター・ワイルドと全く同じ構えに。

 その事実に一つの結論を出し、その彼を睨みつける。


「言っただろう。ツナギにはまだ役割があると」


 すると、ドクター・ワイルドはそう応じ、暗に雄也の考えが正解だと告げる。

 思った通り、彼が今正にツナギの体を操っているようだ。


「余所見していていいのか?」


 ドクター・ワイルドは絶対的な優位を確信しているのだろう。

 彼女を再び襲いかからせながら、それを知らせるように彼は続けた。


(速いっ!)


 その速度は雄也やドクター・ワイルドと同等かそれ以上。

 つい先程、この世界アリュシーダの人類において最強となったと思われる今の雄也でさえ、彼女に意識を残していなければ視界に捉えることなどできなかっただろう。

 遊びと称して戦っていた時とは、当然ながら比べものにならない。


「〈オーバーエアリアルライド〉!」


 雄也は迫り来る彼女を、魔法の力を用いて初速から全速力を出すことによって何とか回避し、そのまま大きく距離を取った。


(くっ)


 急激な加速によって全身にかかった負荷に耐え、敵に弱みを見せないように息の乱れを無理矢理飲み込む。


「〈オーバーエアリアルサーチ〉」


 同時に魔力でツナギの動きを把握しながら、雄也は必然的に離れてしまったドクター・ワイルドを再び見据えた。


「貴様、この子に何をした!?」


 前の戦いでは手加減していた、などということはあり得ない。

 どう想像を巡らしても、ろくな状態とは思えない。


「予測はつくだろう?」


 雄也の問いに対し、ドクター・ワイルドは試すような答え方をした。


「過剰な身体強化魔法を、無理矢理使わせてるのか」


 最初に思い浮かんだ可能性を、吐き捨てるように口にする。

 己の身を顧みない身体強化は雄也自身にも経験があった。

 しかし、戦闘後のダメージは酷いものだった。

 自らの意思でそれをなすならまだしも、強制するなど鬼畜の所業だ。

 この男の邪悪さは今に始まったことではないが。


「まあ、当たらずとも遠からず、というところか」


 と、ドクター・ワイルドは意味ありげに含み笑いをする。

 どうやら、ここにもまた雄也の想像を超えた悪辣さが潜んでいるようだ。


「身体に負荷のかかる強化魔法だけではない。今のツナギは、体内の魔力吸石が過剰進化オーバーイヴォルヴに近い状態で暴走している。それ故に生命力、魔力共に大きく向上している訳だ」

過剰進化オーバーイヴォルヴに近い暴走、だと?」


 その単語を耳にして、雄也は思わず眉をひそめてしまった。

 これまで、過剰進化オーバーイヴォルヴには色々な意味で散々苦しめられてきた。

 何度救うことができずに見殺しにしてきたか分からない。

 過去の罪悪感が胸の内に渦巻くが、今は蓋をしておく以外にない。


「そんな状態で、限界を超えた身体強化なんか続けていたら……」


「当然、いずれは体が耐えられなくなり、死に至る。だが、そうでもなければ、今のお前を超える力を生み出せないからな」


 単なる過剰進化オーバーイヴォルヴであれば、一応は真超越人ハイイヴォルヴァーなら耐えられるはずだが――。


「もっとも相応に体を変化、巨大化させれば、多少は緩和できたがな」


 ドクター・ワイルドの言葉を聞く限り、異形化あってこそ真超越人ハイイヴォルヴァーは安定的に過剰進化オーバーイヴォルヴの力を振るうことができたのだろう。己の意思はともかくとして。

 ツナギの場合はそれを姿形を維持したまま、更には過剰な身体強化まで施している。

 それでは、どう考えても無事で済むはずがない。

 女の子には酷な話だが、まだ異形化していた方がよかったかもしれない。


「まあ、巨大化は敗北フラグだからな」


 と、ドクター・ワイルドはこの期に及んで冗談めかして言う。挑発するように。


「……そんな理由でツナギの負担を増やしたのか」


 今までの経験から、それが彼の常套手段だと分かってはいる。

 だが、庇護すべき女の子への仕打ちは許せず、堪え切れずに怒りで声が震える。


「勿論、それだけではないさ。同情心を煽れば、戦いにくくなるだろう?」


 対するドクター・ワイルドの言葉に雄也は、先のツナギとの戦いを終えた時、彼が「殺しにくかろう」と口にした理由を理解した。

 実際、どうしてもその甘さは捨てられない。

 こればかりは己の信条にも関わることだから。


「これで全てだ。これで区切りがつく」

「…………これのどこが女神アリュシーダを殺すためになるのかは知らないが、俺はお前を殺す。そして、ツナギを救う」

「ふ。その二つは両立できないぞ?」


 そしてドクター・ワイルドの嘲笑を合図に、紹介の時間は終わりだと告げるように操られたツナギが再度攻めてくる。


「くっ」


 身体への負担を全く無視されているが故に、速度はほぼ彼女の方が上。

 それだけでなく、振るわれる拳の威力もまた間違いなく雄也より強い。


(……俺も我が身大事で戦ってる場合じゃないな)


 視覚と探知魔法を併用し、一撃目を避けながら過剰な身体強化を己の施す覚悟を決める。

 この戦いの後でこの身がどうなろうとも、今はドクター・ワイルドを倒せればいい。

 そのために、彼女の体をほんの僅かでも傷つけることになったとしても、彼を攻撃するための時間を作らなければならない。


「〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス――」


 だから雄也は魔法を発動させようとしたが……。


「苦しい、よ。気持ち、悪いよお」


 耳にツナギの辛そうな声が届き、思わず躊躇ってしまう。

 痛覚を遮断されているが、体の変調は他の感覚から情報として受け取ってはいるのだろう。雄也との戦いでもそうだった。

 声の調子から言って、あの時よりも明らかに今の方が苦痛の程度は上のようだが。


「助け、て」


 ツナギの救いを求める言葉に、尚のこと体の動きが鈍る。が、雄也の戦意が陰ろうとドクター・ワイルドに操られた彼女の体が止まるはずもない。


「がはっ」


 雄也は逡巡の隙を突かれ、二撃目の殴打をまともに食らってしまった。

 更に続けて蹴りを受け、広間の壁面に背中から叩きつけられる。

 遅れて全身を痛みが駆け巡り、雄也は一瞬意識が飛びそうになった。


「く、そ」


 何とか体勢を立て直そうとするが、僅か二発の直撃によるダメージは生命力を大きく乱していた。愚かにも躊躇した雄也を嘲笑うように膝が笑っている。


「最初から分かっていたことだ。この状況に陥れば、お前がまともに戦えないことはな」


 その様子を眺めながら、ドクター・ワイルドがどこか憐れむように言う。


「俺は誰よりもお前を分かっている」


 そして彼はそう続けるのに合わせて、ツナギは容赦なく追撃を仕かけてきた。


「〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉!」


 対して、雄也は今度こそ己の体に限界を超えた身体強化を付与した。

 その力を以って迫り来る彼女を迎え撃つ。しかし――。


「く、うう」


 既に負ってしまっているダメージは大きかった。

 加えてドクター・ワイルドの操作はタイムラグが欠片もなく、淀みもない。

 そうした要因によってツナギの攻撃を避け切れず、肩の装甲を砕かれてしまう。


「お、おおおおおおっ!」


 この状態では綺麗な勝利など望めない。そう自覚する。

 だから雄也は次の殴打を避けずに左腕で受け、生き残った右の拳を叩き込まんとした。

 肉を切らせて骨を断つ。

 完全に左は攻撃の衝撃で犠牲になってしまったが、この一撃が決まればツナギもまた雄也と同様に腕の一つや二つ機能を失うことになるはずだ。


「ひっ」


 と、吼えながら殴りかかる雄也を前にしてツナギは小さく悲鳴を上げる。

 しかし、今度は歯を食い縛り、攻撃を止めないで拳を振り抜くが……。


「甘いな」


 それはドクター・ワイルドが操るツナギの手によって、容易く受け止められていた。

 ツナギ本人とは違い、身体能力だけではない。

 彼の技量がそのまま加えられ、力も技も完全に上回られてしまっている。

 何とか振り払おうとするが、ビクともしない。


「そして、これで終わりだ」


 次の瞬間、掴まれた手を腕ごと捻り上げられてしまった。

 それは単なる拘束に留まらず、痛みと共に体が軋んでいく。


「ぐ、ううああ!!」


 直後、何かが砕ける音が全身を貫いた。


(力任せに、骨をっ)


 右手を圧し折られ、その激痛に耐えることに意識を取られる。

 そこで晒した隙を見逃されるはずもなく、気づいた時には既に痺れて動かない左腕を取られ――。


「あぐ、うっ」


 今度は伸ばされた肘の関節に膝を叩き込まれて逆方向に曲げられた上、背中を蹴り飛ばされて顔面から床に転ばされてしまった。

 骨折の影響によって両腕がまともに動かず、うまく立ち上がれない。

 だが、だからと言って、敵が同情して攻撃と止めてくれるはずもない。

 続けて右膝、左膝と踏みつけられて骨を砕かれ、雄也は完全に芋虫のように床に這うことしかできなくなってしまった。


「オ、〈オーバーヒーリン――」

「残念だが、もはや悪足掻きもさせるつもりはない」


 咄嗟に回復魔法で応急処置を施そうとするが、ツナギに引き起こされた上に羽交い絞めにされ、更には仮面の下部を砕かれて口を塞がれてしまう。


「む、ぐ」


 必死に振り解こうとするが、ビクともしない。

 そうこうしている間に、ドクター・ワイルド自身が目の前に歩み寄ってきた。

 絶体絶命の危機。

 それでも挽回の手を探さんと思考を巡らせるが――。


「諦めが悪いと言うべきか、楽観が過ぎると言うべきか」


 そんな雄也を見透かすように、ドクター・ワイルドは嘆息する。


「特撮の主人公のような心持ちでここまで来たのだろう。だが、お前の戦いはここまでだ」


 その声色には、真実雄也を理解しているような気配が漂っていた。


(ふ、ざけるな。諦められるか!)


 そうしたドクター・ワイルドの口調に気圧されるが、己の命を見捨てられるはずもない。

 まだ仲間達を奪われた事実を悲しんでも、受け止め切ってもいないのだから。

 それだけではない。

 この男に彼女達の命を奪った償いもさせていないし、今正にいいように操られている少女を救うこともできていないのだ。

 ここで屈することなどできる訳がない。


「使命を強く抱いて、心を奮起させる、か? 成程、主人公の如き理屈だな。しかし、お前はただの脇役だ。何故なら……」

《Return to Anthrope》《Armor Release》


 と、またもや雄也の考えを読んだように言うと、ドクター・ワイルドはその身を覆っていた黄金の鎧を取り払った。

 現れるのは、いつもの白衣の男だろう。

 何故か顔のイメージは曖昧だが、条件反射的に大まかな姿が先んじて頭の中に生じる。


(なっ!?)


 しかし、その予測は大きく裏切られた。


「そう何故なら」


 確かに白衣は纏っている。

 だが、どういう訳か初めて視界にハッキリと映った顔は――。


「俺こそが真実の六間雄也だからだ」


 見紛うはずもない。

 自分自身と同じものだった。

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