②蜘蛛の糸
「いい感じ、いい感じ!」
互いに無数の足場を空間に浮かべ、広間の空間全てを余すところなく利用して戦う。
その様子は、
しかし、厳密には同じものではない。
白色の鎧を纏った雄也と、金色の鎧で身を包んだツナギ。
風属性の空力制御を用い、火属性の爆発力で加速し、光と闇の属性で身体能力を強化。
更に、それらの負荷による発熱を水属性の魔法で冷却している。
その証拠に、互いの攻撃がぶつかる度に六色の魔力光が舞い散っていた。
ともすればメルヘンチックな光景とも言えるが、それを生み出している当の本人達には傍から見た美しさなど全く関係のない話だ。
雄也はそんなものに気を取られている余裕などないし、ツナギもまたそんなものよりも目の前の遊びを楽しむことしか頭にないのが言動から見て取れる。
「凄い凄い! こんなに楽しいの初めて!」
人形とばかり遊びという名の稽古をして、それ以外ではドクター・ワイルドとも手合わせしたことがないのなら、その感想は理解できる。
互いに全ての属性を同時使用しているため、単一属性である六大英雄ではもはや届かない領域にあると言っていいのだから。
同様に、アイリス達もまた遥か格下になってしまっているのが事実だ。
この場にいる人間以外で可能性があるとすればアレスだけ。
そうした現状を思うと、アイリス達に変な罪悪感のようなものを抱くが――。
「くっ」
今はそこを気にしている場合ではない。
既に彼女は己の力を我がものとしており、持て余したような歪な挙動はなくなっている。
故に身体能力はツナギの方が上。それを技量の差で何とか均衡を保っている状態だ。
そこらにいる単なる特オタ大学生だった雄也が、技で身体能力の差を埋める側の人間になるなど冗談染みている。
余りにも不自然過ぎて笑えない。
しかし、その技量にしても、魔法を応用した雄也の戦い方は片っ端から吸収されているし、体術の部分でも少しずつ迫ってきている。
僅かでも気を抜けば、間違いなく一方的に攻められる展開となることだろう。
「ええい!!」
動きが洗練されても防御の意識は薄く、ツナギはかけ声と共に短剣を備えた右の拳を真っ直ぐに打ってきた。
「こ、の」
咄嗟にそれを払い除けるように左手を振るって軌道を逸らす。
「まだまだ!」
すると、ツナギはそうはしゃぐように言いながら、続いて左で殴りかかってきた。
雄也がそれを今度は右手を当てて防ぐと、彼女は間髪容れずに上段回し蹴りを繰り出してくる。調子に乗って、久々に隙の大きな攻撃を仕かけてきたようだ。
これならば、姿勢を低くするだけでやり過ごすことができる。
そして、これ程の大振りであれば、彼女が更に攻撃を続けるには必ず小さくないタイムラグが生じるはずだ。
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!」
だから、雄也は腰を低く落とした状態からバネのように一気に伸び上がり、収束させた魔力を湛えた右手を突き上げた。
相手の無力化を狙って執拗に顎を狙う一撃。
このパターンは既に何度か繰り返しているが、結果は全て同じだった。
盾を互いの間に幾重にも重ね、威力を減じる。
当然、その前例に倣って今回もそうしてくるだろうと雄也は想定していたが……。
「っと、危ない!」
ツナギは盾を生み出すことも魔力の急速収束もすることなく、ただ体を僅かに逸らすだけで絶大な威力を有していたはずのそれを回避してしまった。
(……とうとう)
彼女の中の認識と体の動きが完全にマッチしただけでなく、そこに雄也から学んだ技を加え、総合的な力において上回った形だ。
それでも力量差はまだ小さいので、もう少しの間は均衡を保つことも可能なはず。
まだ奇策も何種類か頭の中にある。
とは言え、それを用いたとしても同格以上の相手を生きたまま拘束するのは困難を極めるだろうし、時間が経てば経つ程不可能に近くなっていく。
(早く、何とかしないと。……けど――)
内心の焦りは増すばかりだが、即座に解決策が思いつくはずもない。
最初の攻防で決着をつけられなかった時点で、敗北に突き進んでいたとしか言えない。
そもそも徹頭徹尾ドクター・ワイルドに主導権を握られている以上、どう足掻いても不利なのは分かり切っていたことではある。
それでも挽回のチャンスはどこかにあるはず、という期待に縋って戦いを挑んだのだ。
しかし、結局そんな余地はどこにもなかったのかもしれない。
(いや、自分で放棄したって言った方がいいのか)
殺そうと思えば、ツナギを殺すことは不可能ではなかった。
だが、それをしてしまったら自分の全てを否定することになる。
それは勝利などではない。
だから、できなかった。
ドクター・ワイルドは、そうした雄也の選択を見越してツナギを配置したのだろう。
もっとも、ならばと唾棄すべき罪を犯したところで、彼が残っている以上結果は変わらなかったに違いない。
彼女も救えずして、彼を倒すことなど不可能だ。
(……敵が有能ならこんなもの、なのかもしれない)
昔の特撮の敵は、番組の都合で頻繁に無能になるものだった。
戦力の逐次投入は当たり前。
ヒーローのスペックもまともに分析せず、前回の失敗を繰り返す。
うまく捕まえることに成功しても何故か即座には殺さない。
それこそ自分が悪の組織側の人間なら、いくらでもやりようがあると馬鹿にしていたこともある。
この状況はそのしっぺ返しなのかもしれない。
「どうしたの? もっと遊ぼうよ」
そうした思考に囚われて動きを止めてしまった雄也を前にして、不思議そうに小首を傾げてから不満そうに促すツナギ。
そこで攻撃を仕かけてこない辺り、彼女の感覚はどこまでいっても遊びの域を出ていないことがありありと分かる。
雄也の攻撃に何度かヒヤリとしていたとしても、命の危機とまでは感じていないのだ。
一時的に雄也が押していた時すら、カタルシスを得るためのスパイス程度のものとしか認識していなかったのだろう。
そういう風に育てられ、彼女は今ここに立っている訳だ。
(負けそうになってる俺が憐れとか思うのは、おこがましいな)
同情心を抑え込み、構えを取り直す。
いずれにせよ、やれるかどうかなど差し置いて、やるべきことを貫く以外にない。
今更選択を後悔するなど間抜けにも程がある。
心の自由を奪うような閉塞感もまた、挑むべき敵なのだから。
とは言え、力の差が大きくなりつつある中で一人戦い続けるのは、心を強く持とうとしても精神的に厳しいものがあるのは否定できない。
無意識に頼る気持ちが現れ、ドクター・ワイルドによって未だに空間に浮かべられている仲間達の映像に視線を吸い寄せられてしまう。
(皆……)
その中では、それぞれが同じ属性の六大英雄と一対一で戦っている。
(アイリスは、互角に渡り合えてるみたいだけど……)
他の皆は均衡を保ちつつも、劣勢であることが分かる。
少し見ただけでも打開できそうな気配も乏しい。
戦況は芳しくなさそうだ。
そんな状態では、当然ながら助力など望めるはずもない。
雄也が耐えていれば何とかなるという雰囲気も、全く感じられない。
それだけに、以前
彼女達との距離を感じる。
位置関係的には、あの時よりも近くにいるはずなのに。
「もう! 余所見しないで!」
そうこうしていると、さすがに焦れたようで、ツナギがそう不満を顕にした声で叫びながら突っ込んでくる。
この辺は幼さの現れというべきか、図らずも挑発のような形になったようだ。
技が冴えていた先程の攻防とは違い、また一撃一撃が粗くなっている。
これならば回避は不可能ではない。
少しだけ余裕ができ、ならば更に怒らせるのが得策かと再び映像を横目で見る。
と、当然この短期間で挽回できるはずもなく、それどころかアイリス以外は窮地と言った方が正しい状態にまで追い込まれていた。
(あのままじゃ……)
そんな彼女達の姿に心を乱されるが、一つ疑問も生じる。
何故アイリスだけ六大英雄とまともに戦うことができているのか、だ。
よくよく見ると、分断される前の彼女よりも遥かに動きがいい。
かと言って〈エクセスアクセラレート〉を使用して、自滅覚悟の過剰な身体強化を施しているようにも見えない。
(そう言えば――)
「もーっ!! いい加減にしてよ!!」
《Final Sword Gauntlet Assault》
ツナギは苛立ちが頂点に達したように叫ぶと、急速収束させた魔力を手甲から伸びる短剣に束ねて殴りかかってきた。
単純なテレフォンパンチだが、単純故に恐ろしい速度と絶大な威力と共に迫り来る。
「〈オーバーアクセラレート〉」
対して雄也は、足場を作るために確保しておいた分の土属性の魔力も全て身体強化に回し、その腕を取って下手糞な背負い投げのような歪な形で無理矢理放り投げた。
彼女はそのまま受け身も取れずに背中から床に叩きつけられる。
「あぐっ」
激情していた分、全く対応が取れなかったようだ。
肺の中の空気を吐き出す声が聞こえてくる。
(上手い下手はともかく、今の動き、ちょっとだけよかった)
自分の掌を一瞥し、それから映像の中のアイリスへと視線を移す。
(やっぱり、どういう訳か土属性の調子がいいみたいだ)
アテウスの塔にそうした要因があるのか他に原因があるのか、それは分からないが。
と、突然アイリス達の映像は止まり、昔のテレビの砂嵐のようなものに変わるとすぐに消え去ってしまった。
その犯人は明らかで、ドクター・ワイルドを睨みつける。
ツナギに不利なギミックとなったから消したのだろう、と。
「そんなものに頼っているようでは、この戦いの結末は決まったようなものだな」
対してドクター・ワイルドは呆れるようにそう告げる。
確かに元々はこの男が施した仕かけ。どうしようが彼の勝手だ。
実際、それを利用してツナギに勝利しても、ドクター・ワイルドに届くとは思えない。
(そうだ。後はもう、この戦いで何かを掴むしかない)
今までのように、それで力量差を埋める以外にないのだ。
「けほ、けほ」
と、ツナギが咳き込みながら立ち上がる。
雄也は彼女へと視線を戻しながら構えを取った。
「むー……」
対してツナギは胸の辺りの装甲を撫でながら困惑したように首を傾げ、それから気を取り直すように構え直した。
痛みもなく、生命力の高さですぐ回復したようだが、苦しさはあったようだ。
(やっぱり身体構造は、同じなんだよな)
そういう前提で脳を揺さぶろうと顎を狙っていたが、少し単調過ぎたかもしれない。
(とは言え、締め落とすには装甲が邪魔だし……)
そもそも加減が分からない。鎧の上からとなると尚更だ。
下手をすれば首を圧し折って殺してしまいかねない。
(となると、体にダメージを蓄積させるしかないか)
繰り返し、先程のように体内に衝撃を与えていく以外なさそうだ。
勿論、隙があれば顎への打撃を試みてもいい。
「今度はさっきみたいにいかないからね! 〈チェインスツール〉!」
そう方針を検討していると、再びツナギが足場を作って立体的な軌道で迫ってくる。
「貴方はわたしとだけ遊んでればいいんだから!」
そして拳を振るう彼女を前に、雄也はギリギリまで動かずにその場で攻撃を回避した。
「このっ!」
ツナギは足場を利用して方向転換しながら、今度は蹴りを放ってくる。
雄也はそれも地に足をつけたまま避けると、その足を掴み取って再び投げ飛ばした。
「かはっ……けほ、ごほ」
またもや床に背中から落ちた彼女は、苦しげに呼吸をする。
自分から始めたことだが、やはり
何らかの要因で土属性の魔力が活性化しているのなら、それは全て身体強化に回すべきだ。そうしながらカウンター主体で戦えば、まだやれる。
「もう、何なの!? その戦い方!」
その効果の程を証明するように、ツナギの苛立ちがまた大きくなっている。
そんな彼女の様子にようやく僅かながら手応えを感じ、焦燥に乱れた心が少し落ち着く。
(この子も救って勝つ。最後まで、諦めない)
そして不安で揺らいでいた己を鼓舞するように、頭の中で自分に言い聞かせると――。
「終わりか? ツナギ!」
雄也はわざとらしく彼女を煽った。
慎重になるのを妨げ、捨て身のような攻勢を続けさせんと。
「そんな訳、ないでしょ!」
案の定と言うべきか、幼いツナギは挑発に乗せられて同じように突っ込んでくる。
ほんの少しだけ消耗したかのように、微かに動きを鈍らせながら。
(よし、このまま)
対して雄也は自らの信条を守り抜くために立てた方針を違えることなく、迫り来る彼女をジッと待ち構えたのだった。
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