第三十三話 現実

①六色対六色

 金色の鎧を身に纏った少女が襲いかかってくる。

 装甲の細部をよく見ると、ところどころ女性的、と言うよりも女の子的な意匠が施されていて可愛らしいが、一撃一撃は全く以って可愛らしさの欠片もない。

 間違いなく、一般人がその攻撃をまともに受ければ、血飛沫を撒き散らすように弾け飛ぶことだろう。変身した雄也とて危うい。


「えい!」


 そして彼女、ツナギは愛らしいかけ声と共に右手を振り抜いた。

 軽い声色とは裏腹に、空気を砕く衝撃波を撒き散らしながらそれは迫り来る。

 雄也と同じく、しかし、雄也の白色とは異なる金色の手甲。

 それには更に一つ特異な部分があった。

 拳の延長となるように備えられている短剣だ。


「くっ」


 簡素な刃ながら、そこに込められた魔力は絶大。

 防御のことを全く考えていないかのように、一点に集中している。

 その直撃を受ければ、危ういどころではなく間違いなく致命となるだろう。

 掠っただけでも容易く装甲をはがされそうだ。

 故に、受け止めて防ぐのではなく、全てギリギリで避けていく。


「今日は必死だね。いい感じ。けど――」


 速度は以前とは比べものにならない。

 しかし前回、変身前のものではあるものの、彼女の動きを見ることができた。

 そのおかげで、専念すれば回避は不可能ではなかった。

 加えて、金色の装甲を身に纏った全力全開の戦いは彼女にとって初めてらしく、若干持て余し気味な部分もあるようだ。動きが粗い。

 それでも尚、避けるためには極めて高い集中力を維持しなければならず、前回よりも遥かに消耗は激しいが。


「まだまだ!」


 対してツナギは疲労など少しも見えず、溌剌として更に殴打を繰り出してくる。

 その攻撃は全体的な動きと同様に雑だ。

 見る者が見れば隙はいくらでもあるだろうし、雄也でさえカウンターのタイミングは何度かあったことを認識していた。

 前回以上の恐るべきスピードのために総じて回避は紙一重だったが、時折全く以ってちぐはぐな攻撃も混じっているが故に。


(って、おいおいっ!)


 直後、己の全力に振り回され、勢い込み過ぎて足並みを乱すツナギ。

 今までで最も大きな隙を前に、しかし、大き過ぎるが故に雄也は手を出せなかった。

 それ以前に、無辜なる相手を傷つけることへの躊躇いが未だに残っているせいで。


「必死だと思ったのに、また余裕ぶって!」


 前回同様、馬鹿にされたとツナギは怒り始める。

 そして彼女は更に苛烈に攻めてきた。

 相変わらず、防御への意識は薄い。

 雄也の中の逡巡に気づいている訳ではないだろう。

 単に、反撃をまともにその身に受ける可能性を全く考慮していないのだ。

 これまでのでは、一度たりとも回避に失敗したことなどなかったに違いない。

 以前会った時、まるで痛覚がないかの如き発言をしていたことを考えても、恐れという感情すらもなさそうだ。僅かたりとも。

 ひたすら攻勢を保ち続ける彼女の姿は、正に捨て身としか思えない。


(くそ、無茶苦茶な!)


 強い心で乗り越えた訳でもないのだから紛いものだが、恐れを知らぬ戦士の如き姿はその外見の幼さと相まって余りにも歪だった。

 二次元に限らず、特撮の敵幹部辺りにも、無邪気で残虐なロリっ娘はよく配置されるもの。ある意味、見知った性質だ。

 しかし、実際に対峙すると、理解の及ばない存在への恐怖のようなものが湧き上がる。


(けど、それでも……)


 ツナギはまだ誰かの自由を奪っていない。

 今正に雄也の自由を奪おうとしていても。

 他人にそれをしようというのなら問答無用で倒すべきだろう。

 とは言え、自分に対してならば、ギリギリまで許容できる。

 救えるものなら救いたい。


(今は、何とか殺さず無力化を)


 そのためにも、どうにかして対話を重ねたいところだ。

 が、正直そこまでの余裕はこの戦いにはない。

 何よりもアイリス達も一対一を強いられている以上、時間が惜しい。

 それ以上に――。


「やはり無辜の敵を傷つけられないか?」


 雄也とツナギの戦いと呼ぶには互いに手際の悪過ぎる争いを、それまで静かに傍観していたドクター・ワイルドの存在もある。

 今はそうやって手を出して来ないし、恐らくツナギとの戦いが決着を迎えるまで動かないだろうが、完全に無視することもできない。

 ツナギとの戦いで余り消耗してしまうのもまずい。

 だから、雄也は彼の呆れの色濃い言葉を黙殺し、意識的に彼女の挙動に集中した。

 隙の前兆も大まかに把握できるようになってきている。

 彼女がこれ以上自身の力を使いこなす前に、拘束してしまうべきだ。


「貴様に、ツナギを傷つけずに無力化などできるかな?」


 と、ドクター・ワイルドは雄也の頭の中を見透かしたように煽ってくる。

 実力的なところだけを言っているのではないだろう。

 彼女を傷つけること程ではないが、雄也の心に拘束という自由を奪う方法に対する抵抗感があることを見透かしているのだ。

 しかし、そこはもう覚悟して、後で彼女に謝るしかない。

 償いもいくらでもしよう。


「やるさ。貴様のような男から引き離さなければ、いずれ彼女は誰かを殺すだろう。そうなれば、他者の自由を奪い尽くした存在として殺さなければならなくなる」


 そうなるぐらいなら、多少自分の信条に泥を塗っても仕方がない。

 ツナギから目を逸らさないまま、そう自分に言い聞かせるように告げる。


「〈ヒートヘイズフィギュア〉」


 それから雄也はツナギを拘束するため、魔法の使用を解禁した。

 対するツナギは、やはり経験が不足しているのだろう。

 突如として背後に現れた人型の魔力の気配に気を取られ、彼女は歪な制動をかけた。

 更に後方を意識して振り向きかけるような動きも見せる。


《Chain Gauntlet Assault》


 雄也は、その機を逃さずツナギの武装に倣ってミトンガントレットを変形させ、手の甲の辺りから鎖をツナギへと射出した。

 隙を晒した彼女はそれを避けることができず、鎖はその全身に巻きついていく。


(これなら……)


 そしてガチガチに拘束されたツナギは、なす術もなく地面に倒れ伏した。


「こ、のおっ」


 彼女は苛立ちを声色に滲ませて、鎖を千切ろうと力を込める。

 しかし、可動域が狭過ぎて上手く力が入らないようだ。

 動きを封じることができたと見てよさそうだ。


(よし。今度はドクター・ワイルドを――)


「まだ終わってはいないぞ?」


 ドクター・ワイルドは、視線を向けてきた雄也に対し、小馬鹿にするように言う。


《Pile Armor Assault》


 そして、彼の言葉を証明するように電子音が鳴り響き――。


「何っ!?」


 次の瞬間、ツナギの全身を覆う金色の鎧が一回り肥大化し、更に全身から杭のようなものが無数に飛び出てきた。

 それに伴って、力学的なものではなく概念的な優先順位で上書きされるように、彼女を拘束していた鎖が全て千切れ飛んでしまう。


「もう。詰まらないやり方はやめてよね」


 ツナギは幼く無邪気に怒っている風に言うが、その外見は僅かな女の子らしい意匠では誤魔化せない程に禍々しいものになっていた。


《Sword Gauntlet Assault》


 とは言え、全身に杭を生やした状態では、まともに戦えるはずもない。

 彼女は即座に肥大化した鎧ごとそれらを消し、再び構えを取る。


「もっと楽しく遊ぼうよ」


 そのままそう告げた直後、ツナギは戦いを再開せんと突っ込んできた。


「くっ」


 そんな彼女に応じて、雄也もまた構え直して待ち構える。


(どうすればいい。あの調子じゃ動きを封じるのは……)


 次なる一手を必死に考えながら。

 同じように鎖かそれに類する何かで拘束したとしても、それこそ同じ結果に終わるだけだろう。他の手段を思いつけなければどうしようもない。


「せい! やあ!」


 気が抜けるようなかけ声から、目が覚めるような攻撃を繰り出す様は相変わらずだ。

 そのギャップは余りにも歪で、僅かに判断を鈍らせられる。厄介だ。

 何よりツナギも己の強大な力に慣れてきたようで、明らかに隙が少なくなってきていた。

 雄也側もまた彼女の戦闘パターンに慣れつつあることを差し引いても、正直厳しい。


(このままツナギを無傷で捕縛するのは……無理か)


 余りにも、この憐れな少女に配慮し過ぎていたかもしれない。

 こうなれば、骨の一本や二本は我慢して貰わなければ、もはやツナギをドクター・ワイルドから引き離す以前の問題になってしまう。


(ダメージを負わせて動けなくする。あるいは、ツナギ自身の心を一度圧し折る。もうそうするしかないか)


 そのために雄也は大きく深呼吸して、眼前にいるいたいけな少女に暴力を振るうという悪行をなす覚悟を決めた。


「〈チェインスツール〉〈エアリアルライド〉!」


 基本的に地に足をつけて武装と粗い格闘術で攻めてくるツナギを前に、複数の足場を周囲に発生させると共に空力制御を用いて三次元的に挑む。


「え?」


 ツナギは突然変わった挙動に即座に対応できず、一瞬戸惑ったように動きを鈍らせた。

 その隙に一度背後に回って膝の裏に蹴りを入れ、無理矢理彼女の体勢を崩す。

 それから今度は正面から懐に入り、脳を揺らして戦闘不能の状態に追い込まんと、雄也は顎を狙ってアッパー気味に右の掌打を放った。


(これで!)


 互いの間に遮るものはない。確実に彼女に打撃を加えられる。

 そう確信し、僅かな罪悪感を抱きつつも振り抜かんとするが――。


《Final Multiple Shield Assault》


 ツナギは、互いの間に魔力収束状態の力を帯びた盾を重ねるように配置した。

 それでも単に空間にものがある程度では、それごと相手にぶつければいいだけだ。

 しかし、魔力の作用によってか盾は物理法則を歪めて空間に固定され、雄也の攻撃の威力を全て受け止めると砕け散ってしまった。


「ちっ」


 咄嗟に左の拳で同様にツナギの顎を狙うが、空を切ってしまう。

 彼女はその前に体勢を立て直し、後方に大きく飛び退っていた。


(急速魔力収束……俺達にできることは自分達にもできるってことか)


 電子音が鳴らない分、たちが悪い。


(それはそれとして、今の防御は自動か? それとも、そういう意識が芽生えたか)


 どちらにせよ、またやりにくくなったのは確かだ。


「やっと、ホントのホントに本気になってくれた」


 と、ツナギはやたらと楽しげに、喜色の滲んだ声を出す。


「面白い戦い方。わたしもするね! 〈チェインスツール〉〈エアリアルライド〉!」


 そして彼女は直前の雄也の戦い方を真似て、立体的な動きで迫ってきた。


「くっ、〈マルチストーンアローヘッド〉!」


 対して雄也は巨大な石の鏃を射出して、彼女の足場のいくつかを撃ち落とす。


「〈チェインスツール〉!」


 と同時に、死角に回り込まんと装って魔法を発動させた。


「〈マルチストーンアローヘッド〉!」


 すると、ツナギはまたもや真似をして、雄也が作り出した足場を撃ち落としてしまう。

 が、彼女がそうすることは雄也には予期できていた。

 だから、最初から足場になど目もくれずに、床を蹴ってツナギへと真っ直ぐ駆ける。

 正面から間合いを詰めていく。


《Convergence》


 更に雄也は魔力収束を行いながら彼女の眼前に迫り、再び掌打を繰り出した。

 足場に意識を向けていた彼女はそれに対応できず――。


《Final Multiple Shield Assault》


 しかし、当然と言うべきか、先程の繰り返しとなって防がれてしまう。

 視覚で捉えられていては、機動で上回っても仕方がないようだ。


「〈フラッシュバン〉!」


 故に、雄也はまずその視覚を奪うために、盾を破壊した直後に強烈な閃光を生み出して彼女の眼を眩ませんとした。


「あうっ」


 それによって、少なくとも移動を妨げることはできたらしい。

 一歩か二歩の後退のみに留められた。

 間合いを保つために、一つ大きく踏み込む。


《Final Arts Assault》

「レゾナントアサルトブレイク!」


 そして雄也は、全ての魔力を手甲の拳に集めて殴打を放った。


《Final Multiple Shield Assault》


 間髪容れずに盾が作り出されるが、空間に配置するような形だからだろう。

 魔力収束をした一撃を防ぎ切るには至らない。

 威力を削られながらも、盾を砕きつつ完全に拳を振り抜く。

 だが、僅かなり速度を殺されたことで、一瞬早く体勢を立て直されてしまっていた。

 ツナギは形振り構わず大きく後退し、しかし、飛び退った勢いを殺し切れずに後転しながらも、逆にその勢いを利用して立ち上がった。


「はあ、危なかったあ」


 スリルを楽しむ遊戯でもしているかのように、弾んだ声でそう言いながら。


(……どんどん動きがよくなってる)


 単純に己の全力に慣れているだけでなく、雄也の戦い方を見て力の応用の仕方を学んでいるかのようだ。まるで乾いた大地が水を吸うように。


(多分基本スペックはこの子の方が上だ。早く決着をつけないと、まずい)


 全てにおいて上回られるのも時間の問題かもしれない。冷や汗が出る。

 焦燥感で胸がざわつく。アイリス達への心配から来るそれと同等に。


「もっと、もっと楽しく、激しく遊ぼ?」


 そして、尚も遊びという名の戦いを求め続けるツナギの姿に言い知れぬ恐れを強めながら、それでも雄也は彼女の命を奪わず無力化せんと身構えた。

 それこそが自分を自分たらしめる信条を貫くことだから。

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