第二十五話 脱却

①論理的で感情的な結論

 場所は妖星テアステリ王国の首都たる聖都アストラプステの外郭の外側。

 聖都中心から十キロ以上離れているここからでは、さすがに雄也達が先程までいた神殿は見えないものの大樹アルブマテルの姿は確認できる。

 東京タワーとて条件さえ揃えば数十キロ先から見えるのだから、ビル群もない上に空気も澄んでいるこの世界アリュシーダならば、ハッキリ見えても不思議ではない。

 それでも元の世界とのスケールの違いは、今更ながら見ていて驚かされる。


(それだけに……)


 これ程までに巨大な存在は、いい的だ。

 こんなものを守って戦うことなどできはしない。

 それこそ無理ゲーという奴だろう。闘争ゲームだけに。


(防衛側の不利が実感させられるな)


 ラディアの言葉通り、これでは狙われた時点で負けだ。

 にもかかわらず、彼女達はこれ見よがしにここにいる。

 操られたフォーティアと、六大英雄の一人たる真龍人ハイドラクトロープラケルトゥス。

 それぞれ既に真紅の鎧を纏いながら、しかし、余裕を見せつけるようにゆっくりと近づいてきている。


(これ見よがしに)


 その様子を前に、心の内で舌打ちする。

 直接聖都アストラプステ中枢に転移して破壊工作を行えば、それ以前に予告などしなければ、六大英雄最後の一人を復活させることなど容易いはず。

 だが、それをしない。

 あくまでも闘争ゲームという体裁を守っているのは、全て雄也達に戦わせるためだ。

 防衛対象が健在ならば、無意味だからと放置することなどできない。

 救い出せる可能性が僅かでも残っているのなら、諦めることなどできない。

 それは、ヒーローを名乗らんとする者の強さであると同時に弱点だ。


(分かってても、だからって簡単に見過ごす訳にはいかない。ヒーローに憧れるだけの俺でも。やれるだけのことはやらないと)


 弱点であり強さでもあるそれを張り続けなければ、ドクター・ワイルドへの反撃のチャンスを得るまでもなく消されてしまうだろうから。


「……アサルトオン!」


 だから、雄也は己を鼓舞するように構えを取って静かに告げた。


《Change Drakthrope》


 そして電子音に続き、真紅の装甲が全身を覆っていく。


《Evolve High-Therionthrope》


 と同時に、隣でアイリスもまた琥珀色の鎧を身に着けた。


【ティアは私が抑える】


 彼女はそう文字を浮かべると、右手に嵌めた無色透明の腕輪を掲げる。

 それはこの三日の間にメルとクリアが何とか一つだけ完成させることができた、魔力無効化を突破する魔動器だ。

 これがあれば直接攻撃に限り、本来の威力を出すことができる。

 雄也でなくとも魔力無効化を越えてダメージを与える術が得られる訳だ。

 とは言え、メルとクリアでは属性の相性的にリスクが高い。

 遠距離中心のイクティナでは十二分に効果を発揮できない。

 そうなると近接中心のアイリスとプルトナの二者択一になるが、属性魔法的に土属性の方が色々と応用が効く。そういう訳でアイリスが使用する運びとなっていた。


【ユウヤはラケルトゥスを】

「ああ。分かってる」


 改められたアイリスの文字に頷く。

 作戦と呼べるものはない。彼女の言葉通りだ。

 時間を稼ぎ、ラディアの選択を待つのみ。

 それ如何では、あるいは前回の如く、フォーティアに痛みに耐えることを強いるような無茶な真似をしなければならなくなるかもしれない。

 正直そうならないことを祈るばかりだ。


「……ティアを頼んだ」

【任せて】


 そして最後にそう言葉を交わし、二人同時に地面を蹴って別れる。


「さあ、成果を見せて貰おうか」


 そんな雄也達を前にラケルトゥスは悠然と告げると、その言葉を開戦の合図とするように彼もまた一気にこちらへと駆けてきた。

 一歩遅れてフォーティアが、雄也達のやり取りに応じたかのようにアイリスへと向かう。

 それを一瞥し、それから雄也は己の方へと突っ込んでくるラケルトゥスを見据えた。


(最初から全力だ)


 そして、互いの間合いに入るか否かのタイミングで左手の黄金の腕輪RCリングを起動させた。


《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》

《Change Therionthrope》《Convergence》

《Change Drakthrope》《Convergence》

《Change Phtheranthrope》《Convergence》

《Change Ichthrope》《Convergence》

《Change Satananthrope》《Convergence》

《Change Anthrope》《Maximize Potential》

「〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉」


 電子音が刹那の内に連続で鳴った直後、口の中で呟いて魔力を解放する。

 六大英雄クラスが相手なら、この状態でなければ均衡を保つことも難しい。

 その上で、格上相手には常に先手を取っていかなければならない。


《Gauntlet Assault》


 だから雄也は両腕に手甲を作り出すと――。


「〈チェインスツール〉」


 火属性単体の真龍人ハイドラクトロープでは作り得ない足場を土属性魔法で複数作り出し、三次元的な軌道を以って自らラケルトゥスへと襲いかかった。


「小賢しい」

《Greataxe Assault》


 対して彼は巨大な斧を両手に構え、周囲の全てを砕かんばかりにその大斧を振り回した。


「ちっ」


 絶大な威力を持った一撃に、備えもなく正面から突っ込むのは無謀にも程がある。

 雄也は舌打ちしつつも風を切って迫る刃の軌道を見極め、今は回避を優先して一旦後ろに下がった。

 大振り故に、避けることにのみ集中すれば避けられないことはない。

 それでも、その単なる余波によって二手三手先のために配置しておいた足場が容易く消し飛ばされてしまった辺りは、敵の攻撃の重さが知れるというものだ。


(けど……初めて武器を使ったな)


 嘲るような台詞とは裏腹に、油断は一切ないと見るべきだろう。

 それだけ雄也が強くなったとも言えるが、戦いがより苛烈になっていく証でもある。

 だが、だからこそ目新しい武器だけに意識を囚われてはいけない。

 ラケルトゥスの強さは、身体能力の高さや武技だけではないのだから。


「〈ヒートヘイズフィギュア〉」


 と、引き下がった雄也に合わせたように、突然背後に彼の魔力の気配が発生した。

 以前の雄也であれば、間違いなく気を取られて隙を晒してしまっていたことだろう。


「同じ手を食うか!」


 しかし、前の戦いで経験がある上、雄也自身この魔法を使って戦ったこともある。

 故に、雄也は惑わされずに真っ直ぐラケルトゥスを見据えて再び間合いを詰めた。


《Sledgehammer Assault》


 そうしながら武装を手甲から巨大な鎚へと変更する。

 重量武器を防ぐにはガントレットや他の軽量武器では心許ない。

 万が一にもそれらで受けてしまえば間違いなく体勢を崩される。

 必然、回避以外の選択肢が消え去ってしまう。であれば、重量武器の方が適切だ。

 オルタネイトなら武器を使い捨てることも可能だから尚のこと。

 そうした理屈で選んだ大型のハンマーを雄也が構えた正にその瞬間――。


「〈エクスプロード〉」


 ラケルトゥスは再びいつかの再現の如く、爆発を起こして視界を遮ろうとしてきた。

 ほぼ間髪容れず、目の前に爆炎が迫る。

 こればかりは確かに、放置すれば一時的にせよ視覚を潰されかねない。

 それは致命的な隙だ。


「はあっ!!」


 だから、雄也は手にした鎚を素早く振り上げると一気に振り下ろした。

 その勢いで正面から来る分を散らしつつ、そのまま大地を叩く。

 それによって生み出された衝撃は瞬時に視界を晴らした。

 そのまま目に映ったラケルトゥスの姿目がけて突っ込む。


「せいやあああああっ!!」


 更に力と気合いを込め、雄也は上段に構え直した大鎚を叩き込まんとした。


「むっ!!」


 対してラケルトゥスは大下段から大斧で応じる。

 二つの重量武器は何にも阻まれずに交錯し、先の魔法による爆発音よりも遥かに大きな音を響かせた。


「ぐ、くっ」


 腕に痺れが走らんばかりの衝撃を残し、互いの力が釣り合う。

 だが、こちらは重力を十二分に乗せた振り下ろしであるのに対し、彼の一撃は剣術で言う逆袈裟の形。重量武器で重力に反した軌道を描いて互角の結果となった辺り、改めて実力の差を実感させられる。


「工夫が見られんな」


 そんな状態を前に、ラケルトゥスは落胆したように息を吐いた。


「変わったのは、あの小娘が多少なり戦えるようになったぐらいか。しかし、その程度では無意味だ。どうやら与えた時間は全くの無駄だったようだな」


 それから彼はもはや怒りとでも言うべき色を声に湛えて、こちらを睨みつけてくる。

 仮面があってもそうと分かる。

 その視線から受ける圧迫感は、さすが六大英雄と言うべきか凄まじい。


「それは、どうかな」


 そんな相手に対し、しかし、不敵な笑いを滲ませて告げてやる。

 虚勢と言うよりも、ある種の確信を持って。


「はったりか」

「さあ、な」


 そして雄也は、苛立ったように言うラケルトゥスに軽くとぼけてやり――。


「まあ、答えはもうすぐ出るさ」


 そうとだけ続けると、再び大鎚を構えて前に出た。


    ***


 フォーティアが現れたことを察知し、ユウヤ達が彼女の元へ向かった後。


「……随分と無礼な基人アントロープがいたものですね」


 イルミノは少しの間不快げに眉間にしわを寄せ、彼らが去った方を見ていた。


「まあ、いいでしょう」


 が、やがて意識を切り替えるように一つ息を吐くと、こちらに視線を向けた。


「ラディア。あのような者の戯言に惑わされず妖精人テオトロープとして正しい選択をしなさい」


 そして再び射抜くように眼光を鋭くしながら、彼女は己の決定を押しつけんとするように重々しく告げた。

 一般的な妖精人テオトロープであれば、光の巫女にこのような目で見据えられ、このような声色で命ぜられては拒否することなどできはしないだろう。

 即座に屈服し、指示された通りにすること確実だ。

 事実、つい先程のラディアは反射的にイルミノの言いなりになろうとしていた。


「わ、私、は……」


 今も尚、それこそ条件反射の如く強制されるような感覚があり、それに付随した緊張から口の中が乾いてどもってしまう。

 それでも心の内にはそれ以上に強い躊躇いが生じていた。ユウヤの言葉によって。


「どうしました?」


 更に圧力をかけるように一段低い声で問われるが、以前よりも圧迫感は小さい。

 あくまでも比較の問題ではあるものの、それでもそのおかげでラディアはイルミノの意に反して手の中の箱を引き戻し、胸に抱くことができた。


「……何の、つもりですか?」


 そんなラディアの態度に苛立ちがぶり返したかのように、固い口調で問うイルミノ。

 彼女に怯える心は未だにある。

 が、それでも必死に気丈を装って口を開く。


「私、は……ティアを、ひいては他種族を見捨て、己の種族のためにのみ力を振るうことを容認できません」

「何を馬鹿なことを。貴方に認めて貰う必要などありません。それは妖精人テオトロープであれば当たり前の選択です」


 そうした頑ななイルミノの返答を聞き、ラディアは唐突にある考えを抱いた。

 ある意味で妖精人テオトロープから逸脱しているこの感覚こそが、あるいは必要とされていたのかもしれない、と。そして、過去の全ての出来事も、今日この場で躊躇いを抱くラディアを作るためだったのではないか、と。

 もしかしたら両親があのような目に遭ったのも……。


「さあ、早く渡しなさい」


 そんな思考を遮るようにイルミノは言い、怒りも頂点に達したとばかりに遂にはこちらに歩み寄ってくる。


「……それは、できません」


 対してラディアは、やや後退りしながらそう返した。


「あの基人アントロープに感化されましたか。やはり妖精人テオトロープは外に出るべきではありませんね」


 確かに、ユウヤにあそこまで言われて胸が熱くならない訳がない。

 実際それもまたイルミノに反抗する原動力の一つではある。

 しかし、それだけでは妖精人テオトロープとしての自意識や両親への罪の意識、光の巫女への畏れを超えて、このような行動を取ることなどできなかっただろう。


「そんな考えでこれを手に取れば、確実に妖星テアステリ王国に害が及びます」


 腕輪の力を得るということは、ある意味でドクター・ワイルドの言う闘争ゲームの駒になるということだ。

 しかし、イルミノはまず間違いなく自国の民を優先させ、他国の問題に干渉しない。

 それはドクター・ワイルドの望むところではない。

 であれば、ユウヤが言った通りになるだろう。

 意にそぐわない駒は無用と判断されて消されてしまう。

 あるいはイルミノだけを残し、妖星テアステリ王国の方が滅ぼされてしまうか。


「何を馬鹿なことを。だとすれば、一体どうすると言うのですか。まさか貴方如きがそれを使うとでも? それこそ妖星テアステリ王国の益にならないでしょう!」


 イルミノは不快げに表情を歪めて言いながら、尚のこと迫ってくる。

 そんな彼女から距離を取りながら、ラディアは箱を開けて腕輪を取り出した。


「どのような選択をしようとも、多かれ少なかれ害はあるものです」


 誰がどうしようとも恐らく、いや、確実に大樹アルブマテルは破壊され、六大英雄の封印は解かれるだろう。

 そして今ラディアが腕輪を身に着ければ、その責を一身に負わされるに違いない。

 そうでなくとも、己の意思を以って行動すれば責任を課せられるのは必然のことだ。


「貴方はその害を贖えると言うのですか!?」


 恫喝するような問いに、長年染みついた条件反射によって一瞬体が竦む。

 が、ラディアは唇を噛んでそれを抑えつけ、イルミノを真っ直ぐに見据えた。


「分かりません。それ以前に、私一人ではその重さに耐えられないでしょう。ですが、私には共に背負うと言ってくれる仲間がいます。だから――」


 ユウヤの支え。ティアを救いたいという己の本当の気持ち。感情。

 加えて論理的に導き出した国の益、不益。

 それらを根拠にラディアは歯を食い縛り、イルミノの問いへの返答として腕輪をはめた。


《Now Activating……Complete》


 と同時にその機能が発現され、電子音を鳴らし始める。


《Current Value of Light 100%》

「アサルト、オン」

《Evolve High-Theothrope》


 そしてユウヤを真似た言葉を合図にラディアの体は光そのものと化していき、その上から人型を保たんとするように白銀の装甲が覆っていく。


真妖精人ハイテオトロープ……」


 その様を見て、イルミノは愕然と目を見開いて呟いた。

 かつて存在したと謳われる、妖精人テオトロープを超えた存在の名を。

 そんな彼女の言葉と、眼前に掲げた両手を見て、ラディアは己が変質したことを実感した。力とその分だけの責任を背負ったことも。

 その事実を心に刻むように拳を固く握る。


「では……イルミノ様。失礼致します」


 そしてラディアはイルミノが呆けている間にそう言って頭を下げると、彼女の返答を待たずにユウヤ達の元へと駆け出していったのだった。

 己の純粋な意思に従って。


    ***

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