④妖精の国

 妖星テアステリ王国。妖精人テオトロープ達が住まう国。

 六大英雄の封印の楔たる大樹アルブマテルを守る光の巫女が指導者的な立場を取る、やや宗教国家の雰囲気を持つ国。(王は王で別にいるらしい)

 雄也の認識はその程度で、それ以上のことは知識としても持っていなかった。

 とりあえず、妖星テアステリ王国の首都たる聖都アストラプステを訪れた感想としては、木造建築と緑が多い、というところか。

 レンガ造りの七星ヘプタステリ王国とは大分印象が違う。

 森の中、という感じを抱くまではいかない程ではあるものの、家々の間にスペースがあればほとんどに木が植えられている。

 道も大体並木道だ。大樹アルブマテルを中心に放射線状に広がっているらしい。


(そこまでなら元の世界でもありそうな光景だけど……)


 進む先に聳え立つ大樹アルブマテルによって、街全体に神秘的な印象が伝播している。

 何せ数百メートル級のあり得ない高さを持つ木にも関わらず、枝は重力に逆らって広がり、青々と茂っているのだ。元の世界最大の樹高を誇るセコイアではあり得ない。

 見た目的には、この木は何の木と歌で問われそうなモンキーポッドのようだ。

 異世界にあって更に異世界に入り込んだかのように感じる。

 特に他の国の人間と違い、体の成長が遅く、かつ若い(と言うか幼い見た目の)時代が長い妖精人テオトロープがほとんどであるが故に子供の国に来たみたいだ。

 いや、総じて美形だから妖精の国とでも言うべきか。


「実のところ妖星テアステリ王国はかなり保守的な国なのだ。やや排他的な嫌いもある」


 いつもの学院長としての堂々とした態度とは打って変わって雄也の背中にやや隠れ気味になりながら、しかし、いつもの口調でラディアが言う。

 確かに周囲を歩く妖精人テオトロープ達との距離は不自然に遠い。

 間違いなく避けられている。

 視線も好意的なものは感じられない。

 ラディアの言葉は正しいのだろう。


(それにしても――)


 そんな同胞の目から逃れるように右、左と雄也の後ろで動く彼女を振り返る。


(これは何と言うか、ギャップが凄まじいな)


 以前、光の巫女ルキアが七星ヘプタステリ王国を訪れた際にも感じたことではある。

 あの妖精人テオトロープのいけ好かなさを差し引いても、酷い狼狽え方だった。

 それも今の状態に加味すれば尚のこと、妖星テアステリ王国に相当強い引け目があることが分かる。

 しかし、妖精人テオトロープの例に漏れず幼い外見のラディアが、親に怒られて隠れる子供のような動きをしているのを見ると、妖星テアステリ王国に連れてきたことを少々申し訳なくも思う。


(首輪をつけて引っ張ってきた訳ではないけど……)


 言葉の上では問いかけではあったが、態度で強制した形になってしまっていたかもしれない。妖精人テオトロープは微妙に感情を読めるという話だから特に。

 自由を信条とする身としては少々罪悪感が募る。

 とは言え、だからと慰撫しようにも相手は年上。

 たとえ小学生のような外見であっても、さすがにメルやクリアにするのと同じように頭を撫でたりするのは躊躇われる。

 仕方がないので雄也は彼女の話を拾って自分達との会話に集中させ、余り周囲に意識を向けないように促そうと口を開いた。


「そう言えば、七星ヘプタステリ王国でも妖精人テオトロープは余り見かけませんね」


 実際、つき合いのある面々を思い浮かべても、ラディア以外にはいない。

 少し範囲を広げて、印象に残っている人間の中で考えてみても、名前が出てくるのはドクター・ワイルドによって殺害された前の光の巫女ルキアぐらいのものだ。

 勿論、魔法学院や街中で妖精人テオトロープを見かけるぐらいのことは何度かあったが、同種族での行動が基本で拒絶のオーラが出ていた気がするし。


「うむ。一部の妖精人テオトロープが魔法学院に入学し、少しの間だけ七星ヘプタステリ王国で過ごすぐらいのものだ。王国の役職にでも就かない限りは妖星テアステリ王国に戻るのが常であるが故に、他の国で見かけることはまずない」

「何か理由があるんですか? それとも単なる妖精人テオトロープの特徴とか」

「……千年前の戦争でのことだ。戦乱の中にあっては回復魔法が一際重要でな。様々な種族から幼い妖精人テオトロープが連れ去られ、奴隷の如く扱われたということがあったそうだ」

妖精人テオトロープだけですか?」


 回復魔法に長けた属性としては、光属性の他にも土属性と闇属性があるはずだが。


「如何に物体と相性がいいとは言え、他の二属性に比べれば土属性は若干劣る。そして魔人サタナントロープは早熟故に拉致しにくかったのだろう。狙われたのは妖精人テオトロープがほとんどだ」


 ラディアの言葉に成程と納得しつつ、プルトナを見る。

 実際、同い年の面々の中では明らかに大人びた姿だ。

 それこそ雄也やフォーティアと同い年と言われても全く違和感がない。


「まあ、魔人サタナントロープなら十歳にもなれば他の種族の大人と十二分に戦うことができるぐらいになりますからね。ですが、回復力の強さという点で考えるなら、幼い妖精人テオトロープを連れ去るのは非効率的ではありませんの?」


 と、プルトナが補足を入れつつも疑問を呈する。

 確かに、幼い妖精人テオトロープを使えるレベルまで一々育てるのはコストが大きい気がするが……。


「回復魔法の強さと戦闘力は比例するからな。精神干渉への耐性もまたそうだ」


 対してラディアから返ってきたのは正答ではなくヒントだった。

 教育者としての性という奴かもしれない。


「……それってつまり――」

「幼く力が弱い内に精神干渉で洗脳して、操り人形にするってことですか?」


 ユウヤの言葉を引き継いで、イクティナが確認気味に答える。


「反抗される危険性を極力排除しようという訳ですわね」


 続いてプルトナが眉をひそめながら呟いた。


「その通りだ」


 彼女達の答えを正解と告げるラディア。

 だが、たとえ最終的な労力が少なかろうと随分と長期的な計画のように思う。

 それだけ過去の戦争は長きにわたって続いていた、ということなのかもしれない。


「そうした話を幼い頃から聞かされ続けているからな。必然、他種族との関わりも薄くなろうというものだ。勿論、時代が違うことも理解はしているだろうが……」


 長く続いた因習はそう変わるものではない。

 進化の因子を失った人間ならば尚のこと変化は乏しいだろう。


【それは理解したけれど、そんな格好で言われても色々と説得力がない】


 と、恐らく皆が思っていたことを、率直に文字にしてしまうアイリス。

 まあ、慣れ合いで誤魔化さずにしっかりと問題を解決しようと言うのであれば、そうした素直さは必要不可欠ではあるが……。

 チラッとラディアに目を向けると、彼女は未だに周囲の妖精人テオトロープから隠れるように雄也の背中についてきていた。


【凄く目立ってる】


 遠巻きに見られているのは、そのせいもあるのかもしれない。

 正直非常に居心地が悪い。


「それは……済まん。だが、当代の光の巫女、イルミノ様に会うと思うと、どうしても体が竦んでしまってな」

「そんなに恐ろしい人なんですか?」

「う、うむ。以前の光の巫女、ルキア様の補佐をしていた方でな。戦闘力こそルキア様に敵わないものの政務に長け、常に民を第一に考えている妖精人テオトロープらしい妖精人テオトロープだ。それだけに私が国を出た際には激怒していたと聞く」


 一度も妖星テアステリ王国に帰っていないという話だから、それは七星ヘプタステリ王国にいた妖精人テオトロープからの伝聞なのだろう。

 それでこの怯えようなのだから、イルミノとやらは相当厳格な人間に違いない。


「……幻滅しただろう。こんななりでも年長者だというのにな」


 ラディアはそう続けると、自嘲の色濃い嘆息をした。


【私達はもう魔法学院をやめたんだから、別に保護者として責任を感じる必要はない。それに、前に見たから今更取り繕う必要もない】

「それも情けない話だがな」


 尚のこと深く息を吐くラディア。

 だが、妖精人テオトロープは数字の上での年齢は当てにならない上に、そもそも彼女は妖星テアステリ王国では未成年なのだ。

 本来はそこまで気負う必要はない。大人のように振る舞わなくていい。

 むしろ子供のように己の意思を優先していいはずだ。

 とは言え、役目柄そうする訳にもいかないだろうが。


「でも、俺は少しだけ安心しましたよ」


 何だか普通の女の子っぽくて。

 ラディア本人にとってみれば忸怩たるものがあるかもしれないが、弱っている彼女は外見そのままに幼く感じられる。普段は凛としていて美しさの方が先立つ感じだが、今の彼女は何となく親近感があって可愛らしい。


「な、何故そうなる」


 ラディアは雄也の言葉に戸惑ったように視線を逸らした。


「…………ラディアさん。アイリスの言う通り、俺達にはそんなに気を遣わなくていいですからね。まあ、居候の身で言うのも何ですけど」


 そんな彼女につけ足した言葉で照れ臭さを隠しつつ言う。

 たまにはアイリスを見習って思ったことを口にするのもいい。


「か、考えておこう。と、ともかく、今はイルミノ様のところへ行かなければ」


 対して、ラディアはやや誤魔化すように顔を背けながら前に出た。

 変に弄られ続けるぐらいならば、避けられない光の巫女との面会に向かってしまった方がいい、というところだろうか。

 そんなこんなで街の中を、妖精人テオトロープ達に露骨に道を開けられながら進んでいく。

 やがて大樹アルブマテルの根元にある妖星テアステリ王国の中枢に到達した。

 そこは木造の神殿のような建物で、何となく日本の大社が思い出される。

 勿論、文化が全く違うので実際の様式は全く異なっているが。

 木造という一点でそう感じただけだ。


「イルミノ様に、ラディアが参りましたとお取り次ぎ下さい」


 入口で門番にラディアが普段とは違うへりくだった口調でそう伝えると、彼らにも話が通っていたのかすんなりと通してくれた。

 当然アポイントは彼女が取っていた訳だが、もたもたしていた上に大分蔑ろに扱われていた龍星ドラカステリ王国の時とは対応の速さが全く以て対照的だ。

 イルミノとやらは、その辺りだけはキッチリしているらしい。

 そうして木造神殿に入ると、即座に従者と思しき妖精人テオトロープの女性が現れて先導してくれる。

 姿恰好は従者と言うより巫女、いや、エスニックな感じのシャーマンと言った方がいいかもしれない。やはり宗教色が少々強い感がある。


「……来ましたか。ラディア」


 そうして神殿の最奥に至ると、ラディアよりもやや大人びた少女が待っていた。

 妖精人テオトロープらしく美しくも幼い面立ちながら視線は氷のように冷たく、背丈程もありそうな長い銀髪と白い肌も相まって氷像のように見える。

 彼女の美しさは恐ろしさを感じる類のものだ。


「イルミノ様……」


 ラディアの呟きの通り、彼女こそが当代の光の巫女イルミノらしい。

 まあ、それがなくとも一段高いところから見下ろしてきているのだから、お偉方であることに間違いはなかろうが。


「大樹アルブマテルを狙う輩がいるとのことでしたね。そして、その彼らに対抗するための力があるとか。MPリング、でしたか」

「は、はい」


 早速話を切り出したイルミノの言葉に、恐縮したように返事をするラディア。

 相変わらず妖星テアステリ王国の人間には頭が上がらないようだ。


(しかし……あの目、何だか気に入らないな)


 そんなラディアを見るイルミノのそれは、以前のルキアのものと同じ。

 でき損ないと決めつけて、道を正してやろうとか上から目線で考えているような、余計なお世話にも程がある意思が滲み出た目だ。


「持ってきているのでしょうね?」

「も、勿論です」


 雄也がイルミノに反感を抱いている間にも話は進み、ラディアが懐から箱を取り出した。

 その中には話題に出たMPリングが入っている。

 対応した属性かつ魔力Sクラス以外の者が触れたら空間に固定されて持ち運べないはずのそれだが、実のところ直接肌で触れていなければ動かすことは可能だった。

 そもそも郵便で配達されてきた以上は、加えて家の中にそれを普通に持ち込むことができた以上は、持ち運ぶ手段がないはずがない。

 その辺りはメルクリアがすぐに解明してくれていた。


「こちらが、MPリングです」


 そしてラディアは箱を開けて中身をイルミノに示しながら言う。


「……よく、自ら身に着けようとしませんでしたね。愚かにも己のものにしようなどと考えるかと思いましたが」


 対してイルミノは少し感心するような声を出した。

 もっとも、彼女の意思はどうであれ馬鹿にしているようにしか聞こえないが。


「滅相も、ありません。私よりも相応しい方がいらっしゃると思いましたので」


 妖精人テオトロープであれば、よりダイレクトに相手の感情が伝わってくるのだろう。

 ラディアは耐えるように表情を僅かに歪めながら返す。

 彼女とて蔑ろにされて快く思うはずがない。


「貴方にしては賢明な判断です。魔力は成長したようですが、それでも光の巫女たる私や先代に匹敵する程ではありませんからね」

「……はい」


 ラディアが頷くからには、イルミノの言葉は真実と考えて間違いない。

 即ち彼女が腕輪を身に着ければ、即座にその力を解放できるということだ。

 言わば制御も完璧なイクティナといったところか。

 光の巫女というご大層な肩書は伊達ではないらしい。


(これじゃ、今日の戦いには間に合わないからと否定することもできないか)


 心の中で舌打ちしつつ、イルミノを睨む。

 しかし、彼女は最初からラディア以外は眼中にないようで何の反応も示さなかった。

 雄也の反感は、種族としての特性で丸分かりのはずだが。


妖精人テオトロープの力は妖精人テオトロープのために使われなければなりません」


 イルミノはそのまま話を進め、更に続ける。


「そして国を、封印の楔を守るため、最も相応しき妖精人テオトロープが力を用いるべきでしょう」


(……妖精人テオトロープのために、ねえ)


 その力を得るということは妖精人テオトロープの代表者となること。そうラディアは言っていた。

 当然イルミノも似たような考えなのだろう。いや、間違いなくラディアよりも頑なであるはずだ。保守的な妖精人テオトロープの頂点に位置するような存在なのだから。

 しかし、正直その種族の代表という考え方は違和感が強い。


(職業ヒーローっぽいのはどうもな。ちゃんと自分の意思で選択してればいいんだけど)


 やらされている感や社会に束縛されている感があるのは嫌だ。

 そうやって雄也が引っかかりを覚えている間も、彼女の言葉は尚続く。


「つまり光の巫女たる私が手にするのが最も正しいということです。さあ、ラディア。それをこちらに渡しなさい」

「お、お待ち下さい。その前に条件があります」

「条件? ……随分と偉くなったものですね、ラディア」


 慌てたように切り出したラディアに、イルミノは飼い犬に噛みつかれたとでも言いたげに僅かながら眉をひそめる。


「す、すみません。ですが、事前にお伝えした通り、危機に陥っている私の教え子を救うためにどうしても腕輪の力が必要なのです」

「封印の楔を狙う輩を救えと言うのですか?」


 不満そうな声色も含め、徐々に苛立ちが表に出てきている。

 基本、保守的な国の中でお山の大将をしていれば周囲はイエスマンしかいないだろうし、ラディアのちょっとした意見でさえ気に食わないのだろう。

 冷徹そうな顔をして、その実、煽り耐性が全く鍛えられていない訳だ。


「ティアは、彼女はドクター・ワイルドに操られているだけなのです」

「救える確証もない者のために、父祖の時代より受け継がれてきた母なる大樹を危険に晒せと言うのですか? 妖精人テオトロープがどちらを優先すべきか自明でしょう」

「救うことはできます。それに、失礼ながら封印の楔を守り切ることは不可能です。敵の主戦力は六大英雄。如何にイルミノ様が腕輪の力を使用したとしても抑えきれないでしょう。狙われた時点で負けなのです」


 ラディアの言う通り、今日一時的に凌げたとしても未来永劫守り切れるとはとても思えない。であれば、救えるものを救うべきだが……その論理は通用しないだろう。


「よくもそのような戯けたことを言えますね。だから黙って大樹アルブマテルが破壊されるのを見ていろとでも?」


 案の定、イルミノは苛立ちを一際強め、ラディアの言葉を否定する。


「話になりません。とにかく、それを渡しなさい」


 そして彼女は手を差し出しながら、声に怒気を滲ませて言った。


「ですが……」


 妖星テアステリ王国のお偉方に頭が上がらないラディアも、それこそ話にならないイルミノが相手ではさすがに躊躇する様子を見せた。


「ラディア!!」


 しかし、恫喝するように声を荒げられては、長年の引け目が顔を出してしまう。


「は、はい……」


 ラディアは弱々しく返事をすると、MPリングをイルミノに渡さんと進み出ようとした。


「待って下さい」


 さすがにもう口出しせずにいられないと、そんな彼女の肩に手を置いて制止する。

 そこで初めてイルミノがこちらを見た。


「何のつもりですか? 基人アントロープ


 その問いを雄也は先程の意趣返しとばかりに無視し、ラディアの前に立ち塞がるように回り込んだ。そして片膝を突いて視線を合わせながら口を開く。


「ユウヤ……」

「ラディアさんは、本当にそれでいいんですか? ティアは貴方の教え子でしょう?」

「し、しかし、やはり腕輪の力は妖精人テオトロープの代表となるべき者が持たなければ――」

「俺は、それは違うと思います」


 狼狽して激しく視線を揺らすラディアに、ゆっくりと言い聞かせるように告げる。

 彼女に言われた時から違和感があったが、二人の対話を聞いてハッキリと分かった。


「あの力を持つべきは、全人類の代表となる大義を持つ者。あるいは己の信念に殉じることができる者のどちらかだと俺は思います」


 とは言え、前者は人類を守護する装置の如き存在であり、自由を信条とする者としては余り好ましい状態とは思えないが。それはともかく――。


「間違っても役割や因習に縛られた人間が持つべきものじゃありません。それじゃあ単なる国の兵士、それか兵器に成り果てるだけです」


 特定種族を守り、その種族の敵対者を排除する。

 そんなものをヒーローとは呼ばないのだから。


『それに、ことは俺の好みだけの問題じゃありません』


 更に雄也はラディアにのみ伝わるように〈クローズテレパス〉を用いて言葉を続けた。

 確実にイルミノが激昂するだろう内容故に。


『聞いた限り、この女は同族たる妖精人テオトロープのためにしか力を振るわないでしょう。それはドクター・ワイルドの意図から外れてるはず。なら、間違いなく排除されてしまいます。あるいは妖星テアステリ王国を壊滅に追い込んで意識を矯正するか』


 何度も闘争ゲームに巻き込まれてきた身として、誠に遺憾ながら彼がそうするだろうということにある種の信用のようなものがある。

 それを基に考えれば、どちらにせよ無駄に犠牲が出るだけ。

 フォーティアも救えないとなれば、いいところは一つもない。


『それは……』


 そうした雄也の指摘に説得力を感じてか、ラディアは俯いてしまった。


基人アントロープの戯言など聞く必要はありません!」


 すると、とうとう耐えられなくなったのか、苛立ち交じりにイルミノが声を荒げる。


「早くそれをこちらに――」

「お兄ちゃん! ティアお姉ちゃんが!!」


 しかし、その直後、続く言葉を遮ってメルが切羽詰まった様子で叫んだ。

 どうやら、また絶妙に面倒臭いタイミングを狙われたようだ。

 脚本家のつもりか、と内心で悪態をつく。

 そうしながらも戦いに赴く前に、雄也はもう一度ラディアと目を合わせた。

 彼女には二言三言伝えておきたいことがある。


「ラディアさん。柵に囚われず、自分がどうしたいのかを第一に考えて下さい」


 そして、彼女に背中を向けて少し後ろにいたメル達のところへ戻りながら続ける。


「最後は貴方の意思に任せます。けど、俺は貴方以上に信頼できる妖精人テオトロープはいないと思っています。最後の一人に最も相応しいのは貴方だと思っています」


 ラディアが保護者のような立場になってくれなかったら、今の雄也はないのだから。

 彼女には本当に感謝しているし、妖星テアステリ王国との件を差し引いても尊敬しているのだ。


「自信を持って下さい。もっと我儘になって下さい。自由に伴う責任を恐れないで下さい。それは俺も背負いますから。だから、貴方の望むことにつき合わせて下さい。それがきっと俺達のためになります」


 そう最後につけ加え、それから返事を聞かずに雄也はメル達と共にフォーティアの元へと転移したのだった。

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