②双子の魔法技師
「しかし、早かったな」
ラディア宅の玄関口。そこに並ぶ二人の愛らしい少女を前に、ラディアは親しげに微笑みながら言った。親戚の子を前にしているような感じだ。
「他ならぬ先生のお願いですから!」
ツインテールの方の少女が元気よく、太陽のように笑う。
「だからって姉さんは慌て過ぎですけどね。準備も何もしてないですよ」
続けてセミショートの子が苦笑気味に言い、「まあ、道具は後から〈テレポート〉で戻って取ってくればいいだけですけど」とつけ加えた。
そんな彼女の妹に対する評価に、ラディアは少し困ったような笑みを見せる。同意しつつも、それをハッキリ表に出すのは姉の方に悪い、という感じだ。
ラディアはそれから誤魔化すようにコホンと一つ咳払いをして、再び口を開いた。
「ここで話していても何だ。とりあえず、中に入れ」
「「はい!」」
そうして少女二人を連れたラディアの後に雄也達も続き、全員で談話室に戻る。
「ええっと、どっちがメルちゃんで、どっちがクリアちゃんなのかな?」
その途中、雄也がそう問いかけると、メルとクリアはクルリと振り返った。
「わたしがメルです!」
ツインテールの女の子が手を上げながら言う。
「私がクリアです。一応私の方が妹です。よろしくお願いします」
続いてセミショートの女の子が丁寧に自己紹介する。性格は大分違うようだ。
(好対照な双子ロリか。テンプレだな。だが、悪くない)
「うん。よろしくね」
雄也はオタク的な若干危うい思考を巡らせながら、表面上は柔らかい表情で好青年を演じておいた。しかし、アイリスには筒抜けだったのか腕を軽く抓られる。
フォーティアやプルトナの時より反応が過敏なのは、彼女達の時とは違って色々と危ないと心配してのことだろう。規制的な意味で。
「二人は何歳なの?」
「「十二歳です」」
続いたフォーティアの質問に、二人がシンクロして答える。
さすがは双子と言うところか。
「その年齢で魔法技師ですの!?」
二人の返答を受け、プルトナが驚きを顕にした。
魔法技師になるには資格試験がある。
受験資格に年齢の項目はないが、魔法学院の三年コースを卒業する程度の知識と実力が必要な難易度であるため、十八歳以上で取得するのが通例だ。
それを十二歳で、となると破格と言える。
「とても優秀なのですわね」
「そ、そんなことは……」
プルトナの称賛に対し、恐縮したようにメルが小さくなった。
「姉さん、そこは謙遜しちゃ駄目よ。指導してくれた先生に失礼だわ」
クリアの呆れたような言葉に、メルは「そ、そうだね」と焦ったように頷いた。
「ってことは、魔法研究所に勤めてる訳?」
「あ、い、いえ……」
フォーティアの軽い問いに、しかし、メルは視線を伏して横に逸らした。
「私達は小さなお店を開いててオーダーメイドの魔動器を販売したり、修理したりしています。まあ、お客さんはほとんど来ませんけど」
メルのフォローをするように、クリアが淡々と告げる。
しかし、やはり年齢相応の幼さから内心を隠し切るには至らないようで、姉と同じように目線が僅かに揺らいでいた。
「ちゃんと腕を見て貰えれば客も殺到するはずなのだがな」
メルとクリアがそんな反応をした理由を理解しているからか、ラディアが誤魔化すように少しわざとらしい口調でクリアの話を拾う。
そうした意図に気づいてしまうと気になってしまうのが人情というものだ。が、初対面で事情を追求するのはさすがに躊躇われる。
「やはり見た目で二の足を踏んでしまうのかもしれん」
「まあ、ありますよねえ。そういう先入観って奴」
フォーティア達も三人の空気を読んでか、この場は流すことにしたようだ。
「でも、先生の依頼もありますし、お店はわたし達二人だけなので丁度いいぐらいです」
「ラディアさんの依頼?」
「ああ……いや、それより話を戻そう」
露骨に話を逸らしながら、ラディアが談話室の扉を開ける。
彼女が誤魔化した内容も気にはなるが、確かに今はあの腕輪の調査を優先すべきだろう。
そうして全員で再び箱を取り囲み、その中身に視線を集中させる。
「これ、ですか」
「そうだ。つい先程、ドクター・ワイルドから送られてきた」
「えっと、あの、三つ分の空きがありますけど」
「……ここの三人が身につけてしまってな。今は体の中だ」
「そ、それは、その、いくら何でも軽率だったのでは?」
クリアが申し訳なさそうに言う。全く以て正論だ。
「「うぐ」」
フォーティアとプルトナが息を詰まらせる。対照的にアイリスは素知らぬ顔だ。
年齢的に、元の世界で言えば高校生が小学生に窘められている構図。
正直、実に情けない光景だった。
「まあ、いいです」
そんな三人を呆れ気味に見ながら、クリアが視線を箱の中の腕輪に移す。
「先生。〈マテリアルアナライズ〉はもう?」
「いや、まだだ。そうこうする前にいきなり身につけた者がいてな」
少し恨みがましくアイリスを見るラディア。
【カッとなってやった。今は反省してる】
アイリスは彼女から目を背けながら、そんな文字を作り出した。
【けれど、後悔はしてない】
さらにそうつけ加えて雄也の腕を取った彼女の姿を見て、ラディアが小さく嘆息する。
もはや諦めの境地、という感じだ。
「あ、はは」
そんなやり取りを前に、反応に困った様子のメルがお茶を濁すように苦笑いした。
「えっと、じゃあ、先生。〈マテリアルアナライズ〉を使ってみて下さい」
それから彼女はそう言うと、手荷物から眼鏡ケースのようなものを取り出した。
「それは?」
「魔力の流れを見る魔動器です!」
雄也の問いに、メルは断崖のような胸を張りながら元気よく答えてくれた。
恐らく自作なのだろう。少々誇らしげな様子が可愛らしい。
そして彼女はケースから中身を取り出して、目一杯高く掲げる。
それは案の定眼鏡だった。魔動器とは言いながら意外とデザインがいい。
「えい!」
巨大ヒーローにでも変身しそうな勢いで眼鏡をかけるメル。
動きの一つ一つが微笑ましい。
「似合ってるね」
「ありがとうございます!」
メルは嬉しそうに笑い、それから促すようにラディアに視線を向けた。
それに対し、ラディアは一つ頷いて――。
「〈マテリアルアナライズ〉」
言われた通り、物体の構造や性質を分析する魔法を発動させた。
「どうです?」
クリアに問われ、ラディアは眉をひそめながら首を横に振る。
「何の変哲もない腕輪に過ぎないな。魔動器ですらないように感じる。……メル、どうだ?」
「特定の位置に魔力が浸透してません。うまく流れを迂回させて隠蔽してます」
メルは、恰好をつけるように眼鏡を中指でクイッと持ち上げながら箱に一歩近づいた。
「そこ以外は〈マテリアルアナライズ〉による分析通りだと思います。多分、この位置に触れなければ何も起きないはずです」
そして彼女は指で眼鏡を抑えつつ、もう一方の手で指輪の一点を指差した。
「ふむ」
その言葉を受け、ラディアは注意しながら白銀の腕輪を摘んで持ち上げた。そして、それを引っ繰り返したり、戻したりしながら観察する。
「どうやらメルの言う通りのようだな」
彼女は一通り眺めてから言うと、腕輪を元の位置に戻した。
「そこから先は詳しく調べてみないと分かりませんけど」
交代で、そう言いながらメルが白銀の腕輪を手に取ろうとする。
「あれ?」
しかし、どういう訳か彼女はその腕輪を持ち上げることができなかった。
「むむむ」
何度か試した後、顔を真っ赤にする程に力を込め始めたメルだったが、それでも尚ピクリとも動かない。その空間に縫いつけられているかのようだ。
「うー」
最終的にメルは唸りながら唇を尖らせ、諦めて手を離した。
「これは、どういうことだ?」
首を傾げながらラディアが再び白銀の腕輪に手を伸ばす。すると、重しが外れたように軽々と持ち上げることができる。
「先生、貸して下さい!」
意地になったようなメルの言葉にラディアは頷いて、彼女に腕輪を渡そうとした。
しかし、腕輪はラディアの手を離れた瞬間、その空間に再び固定され、メルがいくら力を込めても微塵も動かない。
「ううー」
再び呻き声を上げながら涙目になるメル。
ラディアはそんな彼女に困ったようにしながらも、腕輪を箱の中に戻した。
「……先生」
その光景をジッと見詰めていたクリアが口を開く。
「どうした? クリア」
「他の腕輪を取ることはできますか?」
「やってみよう」
ラディアはクリアの言葉に従い、群青の腕輪に手をかけた。
「む。動かないな」
「成程。……姉さん、今先生が触れた腕輪を取ってくれる?」
「うん。分かった」
メルは素直に首を縦に振ると、群青の腕輪に手を伸ばした。が――。
「やっぱり取れないよお」
年相応な感じで頬を膨らませながら、クリアに非難の目を向けるメル。妹の指示だから今度こそは手に取れると思っていたのだろう。
そんな彼女をクリアはサクッとスルーして、再びラディアに視線を向けた。
「先生。腕輪を身につけた皆さんの生命力と魔力のクラスはどの程度ですか?」
「全員ダブルSだな」
「先生は魔力だけSクラスでしたよね?」
ラディアが「ああ」と頷き、それを受けてクリアが顎に手を当てる。
「それらを前提として、姉さんはどの腕輪も持つことができず、先生は特定の腕輪だけを持つことができる事実から仮説を立てると――」
「あ、もしかして!」
頭の上で豆電球が光るエフェクトが出ていそうな弾んだ声と共に、メルが手を叩いた。
疑問が晴れたかのように、その表情から不満げな色も消え去る。
クリアはそんな姉の姿に頷き、再び口を開いた。
「腕輪を手に取ることができる条件は二つ。一つは色に対応した属性を持つこと」
「もう一つは魔力のクラスがSであること!」
続いてメルが元気よく言う。
それを見て、クリアは微笑ましげに表情を和らげた。
(……少し抜けてる姉としっかり者の妹、か。けど、二人共優秀なのは間違いなさそうだ)
印象だけで言うなら、メルは直観に優れ、クリアは論理性に優れている感じか。
やはりバランスの取れた好対照な双子だ。
「ってことは、二人は魔力のクラスがSじゃないんだ」
【さすがに十二歳にそれを求めるのは酷】
「
フォーティアの言葉にプルトナが同意するように頷く。
そう言えば、
「そもそも、そうじゃなくたってSクラスはそうそういるもんじゃないよ。ユウヤの周りにはSクラスばっかりがいるから錯覚してるかもしれないけどさ」
改めて数えてみると、この場にいるだけで雄也を含めてダブルSが四人。半数を超えてしまっている。それに加え、ラディアとて魔力はSクラスだ。
偶然と片づけていい偏りとは思えない。何か作為的なものを感じる。
(これもドクター・ワイルドの仕業なのか? ……いや、さすがに何でもかんでも関連づけるのもよくない、かな)
雄也はそう思いながら、内心で首を傾げた。
「何にせよ、腕輪が反応する条件の当たりはつけられたようだな」
「……どれどれ」
その条件を試そうとしてかフォーティアが腕輪を掴む。
「お、本当に動かないね。ユウヤもやってみなよ」
「ああ」
彼女に促され、雄也もまた群青の腕輪に手を伸ばした。
「うん、持てる。ってことは逆に――」
その腕輪を戻し、白銀の方に触れる。そちらは力を込めても微動だにしなかった。
仮説通り、Sクラスの属性なら持つことができそうだ。
「確かに正解っぽいね」
頷きながら、メルとクリアを見る。と、二人は驚いたようにこちらを見詰めていた。
「お兄さん、
「うん? あ、ああ、まあ、ね」
それどころか光属性以外は全てそうだ。
しかし、これこそ仇敵の作為を感じるので正直誇ることはできない。
「凄いです! 珍しいです!」
「一般的な
はしゃぐメルの隣でポツリとクリアが小さく呟く。内容がちょっと怖い。
(マッドサイエンティストの気がある、のかも)
引きつった笑みを浮かべながらクリアを見る。
すると、彼女は自分の小声が届いたことに気づいてか、少し頬を赤くして顔を背けた。
「後は構造と機能の調査だな」
コホンと一つ咳払いをしてラディアが話を戻す。
「でも先生。腕輪、動かせないのにどうするんです? 通わせるんですか?」
そんな彼女に対し、フォーティアがそう問うた。
「それはユウヤと私で運べば――」
「いえ、通います! 通わせて下さい」
と、ラディアの答えを遮って、メルが大きく手を上げながらハッキリとした声で言う。
「けど、お店があるんじゃないの?」
「それは大丈夫です。ほとんどお客さんは来ませんし」
雄也の問いに、メルはぺったんこな胸を張って答えた。
堂々と言うことではないだろうに。悲しくなる。
「や、でも、たまには来るんだろ? 客」
「店に通信機を置いてありますから問題ありません」
今度はクリアが落ち着いた声色で言葉を返してくる。口調のせいか妙に説得力がある。
「ふむ。お前達がそう言うならいいのだが……私からの依頼である以上、無駄な労力をかけさせるのは申し訳ないな。どうせなら昔のように泊まればいいのではないか?」
「え? い、いいんですか!?」
「ああ。折角だからな」
「やったあ! 久し振りに先生の家に泊まれる!」
「姉さん、はしゃがないの」
そうは言いながらもクリアも嬉しそうだ。
メルの言葉からも察することができるが、色々と思い入れがあるのかもしれない。
(ってか、どんどん男女比がおかしいことになっていってる気がするんだけど。もしかして、これも作為的な…………いや、まさかな)
一抹の不安が脳裏を過ぎ、心の中で否定する。
何にせよ、そんなあやふやな感覚で彼女達のお泊まりを強硬に拒絶するのは違うだろう。
今は成り行きに任せるのがいい。
「じゃあ、準備してきますね!」
「皆さん。しばらくの間、姉共々よろしくお願いします」
クリアの丁寧な言葉に合わせ、同時に礼をする二人。
それから彼女達は早速〈テレポート〉で転移していった。
こうして期間限定ではあるが、ラディア宅に新たな住人が増えたのだった。
(しばらくの間、か。……フラグかな?)
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