④次なる騒動は宅配便でやってくる

    ***


「三人共、無事だったか!?」


 大きな声と共に駆け寄ってきたラディアだったが、周りの視線が集まると一瞬怯み、少し気まずげに勢いを緩めて近づいてきた。

 場所は賞金稼ぎバウンティハンター協会のエントランス。

 あの後、プルトナが彼女と通信用の魔動器で連絡を取ったところ、ここで待つように言われたのだ。


「危地から帰還したばかりで申し訳ないが、まだ超越人イヴォルヴァーが残っているのだ。アレスが踏ん張ってくれているが、他の賞金稼ぎバウンティハンター達には荷が重い。ユウヤ、すまないが、助けてくれ」


 ラディアは申し訳なさそうに彼に言い、頭を下げた。

 薄汚れた服装を見る限り、彼女も現地で戦っていたのだろう。


【ユウヤも消耗してる。無茶】

「……いや、大丈夫だ。確かに十全とは言えないけど、それ以上に強くなってる感じがあるから。体力も大分戻ってる。自然治癒力も向上してるのかもしれない」

【闇属性の力?】


 ユウヤの言葉を受けて尚、心配の色濃い表情で文字を作って問うアイリス。

 そんな彼女にユウヤは「多分」と小さく頷いた。

 彼はそれからラディアを振り返り、彼女に真っ直ぐな視線を向ける。


「……すまない」


 ユウヤの態度から了承の意思をくみ取ってか、ラディアはもう一度頭を下げた。


「構いません。俺にやれることなら」


 彼は躊躇なく告げると、こちらを見て口を開いた。


「じゃあ、行ってくる」

【行ってらっしゃい】


 そんなユウヤに対し、アイリスが一瞬逡巡するように視線を下げてから文字を作る。

 恐らく本音では、彼と一緒に行きたかったのだろう。

 しかし、自身の消耗具合から足手纏いになると判断して呑み込んだのだ。


「アイリス、プルトナ。お前達は家で休んでおけ。不測の事態がないとも限らん」


 ラディアはそうとだけ言うと、ユウヤに手を差し出す。


「では、ユウヤ」

「はい」


 そして、ユウヤはその手を取って――。


「〈テレポート〉」


 ラディアの魔法により、再び戦地へと転移したのだった。


「…………ユウヤはまるで物語のヒーローのようですわね」


 今日一日のことを振り返っただけでもそう思う。


【そうあることがユウヤの夢だったって聞いてる。子供の頃から憧れ続けて、そういう心で成長してきた結果の信念。それが力を得たことで表に出てきたんだと思う】


 アイリスは小さな字で【それがいいことか悪いことか分からないけれど】とつけ加えた。

 そのせいで渦中に飛び込まざるを得ないことを複雑に思ってのことだろう。

 しかし、そうしない自分はもはや自分ではない。信念とはそういうものだ。


「夢……憧れ……」


 噛み締めるように呟く。


【一先ず学院長の家に】


 それからプルトナは、アイリスの文字を受けて曖昧に頷いた。

 ラディアは不測の事態に備えてと言っていた。が、ユウヤが出向いた上で起きる不測の事態にプルトナ達で対処できるとは思えない。

 完全に気遣いの方便だろう。

 アイリスは肉体的に、プルトナは精神的に戦闘できる状態にないし、それ以前に実力が圧倒的に足りない。アイリスとの間にすら大きな隔たりがあるのだ。

 正直情けなさ過ぎると思うが、足を引っ張りかねない以上、大人しく従わざるを得ない。

 そう考えても尚、少し躊躇ってしまう。

 そうしていると、アイリスが周囲を見回しながら新たに文字を作った。


【ここにいると邪魔】


 ハッとして意識を周りに向けると、賞金稼ぎバウンティハンター達がエントランスを忙しくなく行き交っていた。立ち止まっているプルトナ達を若干迷惑そうに避けて。

 確かに邪魔になってしまっている。


「……そうですわね」


 複雑に絡まった感情を整理するように再度頷いて、プルトナはアイリスの手を取った。


「〈テレポート〉」


 同時に魔法を発動させ、学院長宅へと転移する。

 こうして、プルトナの人生において最も大きな事件は一つの区切りを迎えたのだった。


    ***


 七・一九事変と名づけられたあの事件から一週間。

 超越人イヴォルヴァー吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープの残党を全滅させてから、瞬く間に時間が過ぎた。

 二つの国でほぼ同時に国王が死亡するという大事を前に、しかし、既にその混乱は終息しつつある。

 その辺りは敵対国が存在しないこの世界アリュシーダ故のことに違いない。

 かなり早い段階で吸血ヴァンパイア鬼人ントロープを倒すことに成功し、吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープ以外の被害が最小限で留まったおかげでもあるだろう。


 七星ヘプタステリ王国では既に新たな王が即位していた。

 相談役については主に他国から選ばれている。

 だからと言って、突然国政の方針が大幅に変わる訳もなく、目立った問題は発生していない。

 勿論、ドクター・ワイルドが結成を宣言した悪の組織、エクセリクシスという脅威への対処は新たにする必要はあるだろう。

 だが、この一週間、目立った活動は見られない。超越人イヴォルヴァーの襲撃もなかった。


「で、じーちゃんも相談役になった訳よ」

【そして、おじさんが賞金稼ぎバウンティハンター協会の協会長】


 場所はラディア宅の談話室。

 魔法学院が夏休み(三年コースのみ長期休暇がある)に突入したため、昼前にもかかわらず雄也はアイリスやフォーティアと三人で話をしていた。

 二人の話によると、元龍星ドラカステリ王国国王という経歴を買われてランドが相談役の一人になり、それによって空いた賞金稼ぎバウンティハンター協会の長の席にオヤングレンがついたらしい。


(あのオヤッさんが、ねえ)


 長というより現場の人間というイメージが強くて少し引っかかる。

 しかし、彼もダブルSという話だから能力的には問題ないだろう。

 つき合いの長いランドの判断だろうし、そもそも雄也が口出しする問題でもない。


「そう言えば、プルトナはどうしたんかな?」


 彼女とは賞金稼ぎバウンティハンター協会のエントランスで別れて以来、会っていない。

 なので、少し心配になって自問気味に呟く。

 あの事件の日の時点で出会ってから一週間程度に過ぎなかったと思うが、彼女がいると色々な意味で賑やかだっただけに少々もの寂しく感じる。


「最後に会ったのって、アイリスだっけ?」


 フォーティアの問いにアイリスが頷いて文字を作り始める。


【あの後、魔星サタナステリ王国の人が迎えに来て、それっきり】

「まあ、あの国も王様が亡くなった訳だからねえ」


 それだけでなく、側近までもが吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープと化していたのだ。

 事件の混乱は七星ヘプタステリ王国の比ではないに違いない。

 さすがにそんな状況で、王女を他国に留学させたままとはいかないか。


「確かお姉さんの旦那さんが王位を継ぐって話ではあったけど……っと、先生が帰ってきたみたいだ。こんな時間に珍しいね」


 玄関の方の物音に耳を澄ませながら、フォーティアが軽く首を傾げる。


「お客さんかな?」


 同じように音に意識を集中すると二人分の足音。

 客と聞くとルキアのこともあって微妙に不安になるが、そこは抑えて一先ず三人でエントランスに向かう。


「って、プルトナ?」


 噂をすれば影。

 帰ってきたラディアの隣にいたのは、丁度話題に上っていたプルトナだった。

 魔法学院の制服姿ではなく、本物のお姫様のようなドレス姿だ。

 珍しい、と言うか、そもそも初めて見る。

 さすがは王女だけあって似合っているが、似合い過ぎて逆に戸惑う。


「お久し振りですわ」


 彼女はそう言うと、はにかむように微笑んだ。

 いつもの騒がしい感じではないお姫様モードの上に、その態度に見合った美麗な服装は正直男にとっては心臓に悪い。高根の花という印象だ。


「今日からこの家で暮らすことになった。よろしくしてやってくれ」

「え?」


 だから、ラディアが何を言っているのか咄嗟には分からなかった。


「……っ! ええええええ!?」


 一瞬遅れて理解して、驚愕を思い切り声に出してしまう。


【どういうこと?】


 アイリス達も初耳だったようで、三人の視線が一斉にプルトナに集まる。


「ワタクシが七星ヘプタステリ王国に来た目的は言ったはずですわ」


 微妙に迂遠な答え方をしながら、プルトナは雄也一人を真っ直ぐに見詰めた。

 そんな彼女の目線を辿るように、アイリスとフォーティアの目もまたこちらに動く。


「オルタネイトを婿とし、強者の子をなすこと」

「いや、けど、それは……」


 あくまでも王族の掟に従ってのこと。

 特に魔星サタナステリ王国ならば、魔人王が代々受け継いできた真魔人ハイサタナントロープスケレトス封印の楔を破壊されないためのものだった。

 言っては何だが、既にスケレトスは解放されてしまったのだから、今更固執すべきものでもないはずだが……。


【もう掟に縛られる必要はない。魔人王もそう言ってた】


 アイリスも同じことを考えたようで、そう文字を作って彼女に見せる。

 しかし、微妙に面倒そうな顔をしながら、いつの間にか雄也のすぐ隣に来ている辺り別の意図もありそうではあるが。


「……ええ。分かっていますわ」


 アイリスの様子に呆れ気味に微苦笑しながらも、プルトナは神妙な声と共に頷いた。


「ワタクシの手でなしたことですもの。重々承知しています」

【だったら】

「いいえ。たとえ掟の意義が失われても、ワタクシが魔星サタナステリ王国の掟を己の信条としてきた時間がなくなる訳ではありません」


 プルトナは自身の胸元に手を当てながら自分に言い聞かせるように告げ、さらに続ける。


「ワタクシにとって王族としてある理想は、どうあってもそれなのですわ。子供の頃から王としてあるべき姿を守っていたお父様に憧れていたのですから」


 彼女は、そう言いながら耐えるように固く目を瞑った。


「何より、今後今回のようなことが起きないとも限りません。その時、自らを、そして何よりも民を守るために必要なのは力です。より強い血を取り入れなければなりません」


 その口調、そして目を開いて見せた表情からは強い決意が感じ取れる。

 彼女の初めて見るような真剣な顔は、しかし――。


「だから、ユウヤ。改めて結婚を前提に交際を申し込みますわ」


 一瞬で崩れて悪戯っぽい顔に代わり、そう言って掌を差し出してくる。


「やっぱりそうくるのか」


 真面目な空気が一気に薄れる。


(いい話っぽかったのになあ)


 雄也は困り気味に頬をかいた。

 すると、プルトナは一つ楽しげな笑顔を重ね、開いていた掌を閉じた。


「とは言え、今のワタクシではユウヤに釣り合いません。ですから、返事するのは待って下さいまし。ワタクシ自身が貴方に相応しいと思える時まで」

【随分都合のいい告白】

「片方が弱者では強い血を取り入れたところで意味がありませんからね」


 アイリスの指摘にプルトナが少し気まずげに苦笑する。


「ですから、ユウヤ。どうかワタクシのことも見ていて下さいまし。その時まで」


 それから彼女は、緩んだ空気にそぐわない真っ直ぐな視線を再び向けてきた。その瞳の奥には不安の影が見え隠れしており、彼女の本気が窺い知れる。

 そんな相手を前にしては、ふざけた応対などできようはずがない。


「……分かった」


 だから、雄也はプルトナの目を見て真摯に頷いた。


(とは言っても、結局のところ結論の先延ばしみたいなものだけどな)


 それでも彼女は雄也の返答を受け、一世一代の告白を終えたように安堵の表情を作った。


「一歩前進、ですわ」


 そして、そう言いながら微笑みと共に胸を撫で下ろすプルトナ。

 服装と相まってのことか所作が非常に美しく見え、少し見惚れてしまう。


「むむ。これは中々の強敵だねえ」


 その様子を黙って見守っていたフォーティアがアイリスに嫌らしい視線を送る。


【正妻の座は譲らない】


 対するアイリスは、平たい胸を張りつつ文字を作った。


「ま、まあ、余り羽目を外すなよ? お前達」


 呆れ気味に、しかし、何故か微妙に頬を赤らめながら言うラディア。隠しているつもりなのかもしれないが、妖精人テオトロープは肌が白いだけに僅かな変化も分かってしまう。

 プルトナの真っ直ぐ過ぎる感情の吐露に当てられたのかもしれない。


「少々不安だが、私は一旦学院に戻――」


 心なしか速く感じる口調での言葉の途中、ラディアは何かに気づいたように玄関を振り返った。釣られるように他の全員の目も彼女の視線を辿る。


「宅配か。珍しいな」


 彼女は僅かに首を傾げながら外に出ていった。

 それから少しして木箱を手に戻ってくる。


「ラ、ラディアさん、どうかしたんですか?」


 その顔を見て雄也は思わず戸惑い、問いかけた。

 ラディアの表情は、今正に戦闘の只中にあるように厳しいものになっていた。

 彼女は雄也の問いに答えず、談話室へと向かう。

 雄也はアイリス達と顔を見合わせてから、その後に続いた。


「差出人を見てみろ」


 テーブルの上に箱を置いたラディアに促され、送り状を確認する。


「なっ!?」


 そこに書かれていた名は――。


「ドクター・ワイルドッ!?」


 フォーティアが真っ先に驚愕を顕にする。彼女の言う通り、彼の名が記されている。

 その事実に誰もが罠を警戒し、少しの間それに視線を縫いつけられたまま時間が過ぎる。

 すると、そうなった場合を予期していたかのように、箱の蓋が勝手に開いた。


「これは……」


 必然、中身が視界に飛び込んできて、雄也は目を見開いた。


【見覚えがある】

「お父様がつけていた……」


 アイリスとプルトナが表情を強張らせる。

 真超越人ハイイヴォルヴァーとなるための魔動器と思われる腕輪。MPリング。

 それが六つ、箱の中に綺麗に並べられている。

 それぞれ真紅、群青、新緑、琥珀、白銀、漆黒の輝きを放っていた。


『オルタネイトと共に戦わんと欲するならば、これを手に取るのである』


 そして一言簡潔に、箱の底の方からドクター・ワイルドのくぐもった声が響く。

 しかし、余りに突然の展開を前に誰もが戸惑い、その言葉に反応できない。

 次なる闘争ゲームの始まりを予感する。

 それでも尚、何も行動できずにいる雄也達を嘲る彼の高笑いが聞こえてくるかのようだった。

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