④自由を奪う者の末路は

「しかし、どうやら使用人の教育がなっていないようだな、ラディアよ。客の来訪に頭の一つも下げぬとは」

「あ、す、すみません」


 眼光鋭いルキアに、日本人的な条件反射で謝る。申し訳程度にアイリス達も礼をした。


「ルキア様、この者達は使用人ではありません。私の生徒達です」

「であれば、尚のこと。目上の者への礼儀ぐらい教えておけ」

「……申し訳ありません」


 普段の彼女とは大きく違い、過剰な程に丁寧に頭を下げるラディア。

 幼い見た目のせいで、意地の悪い姉に謝らせられている妹のようだ。

 ルキアの言っていること自体は間違っていないが、何だか癇に障る。

 隣のアイリスやフォーティアも気に入らないのか、半ばルキアを睨んでいる。


(気持ちは分かるけど少しは隠せよと)


 そうは思っても雄也自身、顔に出ていたようでルキアに鼻で笑われてしまった。

 いや、妖精人テオトロープが相手では特性によって内心は筒抜けだ。表情で隠せるものではないが。


「青いな。心の内でどう思っていようとも表には出さぬことだ。いつ何時、誰に利用されるか分かったものではない」

「ルキア様、お戯れはその辺りで――」

「ふん。この私に苦言とは、二十年会わぬ内に偉くなったものだな。ラディアよ。まあ、よい。積もる話もある。玄関で立ち話など間抜けが過ぎるからな」

「はい。では、一先ずこちらへ」


 ラディアが先頭に立って応接室へとルキアを連れていく。

 雄也達はその後に続いた。が、アイリスとフォーティアの不満顔が随分と酷い。

 ラディアを軽んじているようなルキアの態度だけでなく、自分達へのあからさまな侮りに対する苛立ちもあるのだろう。その辺は曲がりなりにも王族というところか。


(多分このルキアって人。世の中を減点方式でしか見られないんだろうな……)


 雄也もまた大分反感を抱いてはいたが、少しだけ彼女を憐れんでもいた。

 元の世界でこういう感じの人(教師)に腹を立てた時、他人や世界とそんな形でしか向き合えない憐れな人だと思えば腹も立たない、と親に諭されたからだ。

 とは言え、若さ故か怒りを無にできる程、感情を制御するのはさすがに不可能だ。

 正直に言えば、自室に逃げ込みたい。だが、しばらく滞在するとなれば避け続けるのも無理な話だ。我慢するしかない。

 そうして雄也達三人も応接室に入るラディア達に続いた。


「しかし、まさか貴様のような愚かな小娘が王立魔法学院の学院長とはな。全く、この国の教育が心配だ。私なら、己の子供をお前の下に置こうとは思わん」


 上座のソファーに座り、ふんぞり返りながら見下すように言うルキア。

 いきなり愚弄から入った彼女に対し、ラディアは反論もせずに俯くばかりだった。

 しかし、唇を一文字に固く結んでいるところを見る限り、何も感じていない訳ではないことが分かる。当たり前だ。

 だからこそ、ただ耐える彼女の代わりに雄也達が反感を強めるのも当然のこと。

 比較的表情の変化に乏しいアイリスでさえ、ハッキリと怒りを湛えてルキアを睨みつけていた。感情の出易いフォーティアなら尚のことだ。

 そんな雄也達を見てルキアは「ふん」と嘲るように一つ鼻を鳴らした。


「どうやら生徒には慕われているようだな。うまく本性を隠しているというところか」

「……あのねえ」


 ルキアの言動に我慢できなくなったのか、フォーティアが眉をひそめつつ口を開く。


「いくら光の巫女様だろうとさ――」

「ティア、やめろ」

「ですけど、先生」

「フォーティア」


 愛称ではなく名を呼ばれ、フォーティアは黙り込んだ。しかし、当たり前と言うべきか納得がいかないという感じのあからさまな不満顔を作っている。

 それでも、ラディアの言葉に従ったのは、彼女が今まで見たこともないような覇気のない表情をしていたからだろう。何と言うか、ルキアに対する怯えが見て取れる。


「ふん、下らん。無知故の尊敬、だな。ラディアの過去を、その罪を知って尚、お前達は同じような態度が取れるかな?」


 この場のほとんどから敵意を向けられて尚、ルキアはそう告げて冷笑を浮かべた。


「過去? 罪?」


 戸惑い気味にフォーティアが問うように呟く。雄也も小さく首を傾げた。

 もしラディアが法を犯していたのであれば、王立魔法学院の学院長などという立場に就けるはずがないと思うのだが……。そもそも――。


「それはもう十年以上前の話、なんですよね?」


 雄也の問いにルキアは高慢な視線を向けてきた。


「今現在も続く罪だ。……折角だ。教えてやろう」

「ル、ルキア様!」


 ルキアの言葉にラディアは焦ったように身を乗り出すが――。


「黙れ、ラディア」


 その一声と威圧的な視線で容易く彼女は抑え込まれてしまった。

 ルキアはそんなラディアの様子に鼻を鳴らし、そのまま冷たく言葉を続ける。


「こやつはな。両親を捨てたのだ」

「捨てた? どういう意味です?」


 雄也が問う中、視界の端でラディアが両手を固く握り、唇を噛み締めながら顔を背ける。

 その間にもルキアは淡々と返答を続けていた。


「二十年前のことだ。ラディアの両親は何者かが放った〈ブレインクラッシュ〉によって人格を破壊され、生ける屍の如く成り果てた」

「な――」


 驚愕に目を見開き、雄也は思わずラディアに視線を向けた。

 彼女は眉間に深くしわを刻み、皮膚を破らんばかりに拳を握る力を強めていた。

 ラディアは以前、〈ブレインクラッシュ〉を使用された超越人イヴォルヴァーを前にして、元凶たるドクター・ワイルドに憎悪に近い強い感情を向けていた。何もそれは、非人道的な魔法の効果そのものに怒りを覚えていたからだけではなかったらしい。


「両親がそのような状態になったのだ。娘たるラディアが世話をするのは当然のことだ。にもかかわらず、こやつはその責務を放棄し、妖星テアステリ王国を出奔したのだ」

「い、いや、二十年前ということはラディアさんも子供でしょう。子供一人に介護を押しつけるのはいくら何でも――」


 人格だけを破壊されたと言うのなら、色々と生理的な機能は残っているはずだ。

 食事。排泄。睡眠。その全てにおいて意思なき人間の世話をするのは子供には、いや、子供であろうとなかろうと辛いはずだ。


「ふん。子供一人に任せる訳があるまい。当然、近所の人間の助けはあった。否、むしろ世話のほとんどは彼らが行っていたようなものだ。だが、それはラディアが国を捨てて逃げていい理由にはならん」


 弾劾するようなルキアの視線に、ラディアは目を潤ませてしまっていた。

 その様子は普段の学院長としての姿とは程遠く、外見相応の幼さが感じられる。


「血縁者にもかかわらず、何故逃げた。ラディア」

「それは……私……見ていられなくて」


 口調もまた、どこか退行しているように聞こえる。

 怯んだように全身を縮こませた姿は酷く頼りない。


「自分の親であろうが!」


 ルキアの一括を受け、ラディアはビクリと体を震わせた。


「弁明があるのなら、言ってみろ! ラディア!」

「わ、私は…………親だから……親だからこそ、自分の手で何もできずに下の世話すら他人にして貰わなければならない両親の姿を、私は見ていられなかったんです」


 ラディアは涙を一筋零し、手で顔を覆い隠してしまった。

 あるいは、その件について糾弾されるのは今回が初めてだったのかもしれない。

 その故にか、外見に見合った弱々しさを見せるラディア。

 そんな彼女の姿が見ていられなくて、雄也は思わずルキアを睨んだ。

 確かに正しいのは彼女の言葉の方かもしれない。

 だが、現実では正しくあることが常に正しいとは限らない。


「……子供は己の人生を犠牲にしてでも親の面倒を見ろ、と?」


 敬語も忘れて強い口調で問いかける。

 自由を判断基準に据えるなら、それを強いることは正しいとは思えない。


(少なくとも、俺が親なら子供にそんなことを強要したくないけどな)


 もっとも、親になったことがないのだから偉そうには言えないかもしれないが。


「表現に悪意があるな。これは人生論の問題ではない。単純な道徳の問題だ。そもそも誰も他者の手を借りるなとは言っていない」

「その結果、子供の心が歪んでも見かけの道徳を優先させるのか?」

「正しさから逃げ出す方が心は歪になる」

「……誰もが正しさを真正面から受け止められる程、強い訳じゃない」


 子供にとっては己の世界の大部分を占めるのが親だ。その親が意思を失った生ける屍の如く成り果てた姿を見て、まともでいられるとは思えない。

 勿論、絶対にそうなるとは言えない。だが、感受性が余りに強過ぎる子供であれば、一先ず距離を取らせるのも選択肢の一つだろう。


「確かに反論を他人に任せ、泣きじゃくるだけのラディアは余りに惰弱だ。いつまで経っても成長がない。所詮は成人前の小娘に過ぎん」

「なっ!? 社会的に子供の人間をそこまで責め立てたのか!?」

「正しさに大人も子供もない。躾ならば早い内に施すべきだ」

「アンタは――!!」

「や、やめろ、ユウヤ。いいんだ。もうやめてくれ」


 雄也はルキアに詰め寄ろうとしたが、ラディアが腰に抱き着いてきて妨げられてしまった。弱々しい抑止に改めて彼女の小ささが感じられ、振り払う訳にもいかず立ち止まる。


「ですけど――」

「私が悪い。それは間違いないんだ」

「では、国に帰るか? ラディア」


 ルキアから鋭い視線を向けられ、僅かに体を震わせながらラディアは彼女を見た。


「私は……この国で、やらなければならないことが、あります。他ならぬ両親のために」


 そう告げる前にラディアは雄也から離れていたが、それでも尚その片手だけは雄也の制服の裾を握り締めていた。まだ本当は幼い精神の支えとするかのように。


「両親の傍にあること以外に、なすべきことなどあるまい! この愚かな小娘が!」


 声を荒げるルキアに、ラディアが身を竦ませているのが掴まれた服から微かに伝わってくる。

 だから、雄也は多少なり平静を装いながら、ラディアをルキアの視線から隠すように前に出た。


「何なんだ、アンタは。ラディアさんを連れ戻すために来たのか?」

「そんな訳があるまい。それはもののついでに過ぎん。今回のように、傀儡勇者召喚の儀を取り行うためでもなければ、光の巫女たる私は妖星テアステリ王国を出られんからな」

「か、傀儡勇者召喚だって!?」


 しばらく黙って様子を見ていたフォーティアが愕然としたように叫ぶ。隣のアイリスも驚きの色をハッキリと表情に浮かべている。

 先程までルキアを恐れていたラディアもまた、慌てたように雄也の前に飛び出した。


「ル、ルキア様、それは」

「別に機密ではあるまい」


 簡潔に反論するルキアに、こちらを見ながら「しかし」と言葉を濁すラディア。


「……ティア。傀儡勇者召喚って何だ?」


 そんな二人の様子を前にしながら、雄也はフォーティアを振り返って尋ねた。


「召喚した異世界人を魔力でドーピングしたり、人格を支配したりして自分達に都合のいい勇者を作り上げる術さ。千年前の大戦期に作られた魔法らしいけど……」

「人格を、支配、だって?」


 呆然と口の中で呟く。一瞬、聞き間違えかと思ったが、そうではないことはフォーティアの首肯で明らかだった。


(誰かの人格を道具のように……それは――)


 雄也には、ドクター・ワイルドの超越人イヴォルヴァーに対する所業と同等の悪辣さが感じられた。

 そこに思い至り、怒りの感情が一気に湧き上がってくる。

 だから、仇敵に相対したかのようにルキアを厳しく睨み、雄也は口を開いた。


「何故、そんな真似を!? そんなことをする必要がどこにある!?」

「ふん。超越人イヴォルヴァーなどという脅威が存在するこの国にあって、必要ないと言えるのか?」


 呆れを伴うルキアの返しが冷淡過ぎて、そして、気持ちが急に高ぶり過ぎたことも相まって、雄也は一瞬言葉に詰まってしまった。


「いや、けど、オルタネイトがいるじゃないか」


 そんな雄也に代わって横合いから発せられたフォーティアの言葉に対し、ルキアは、やれやれ、とでも言いたげに首を横に振りながら深く溜息をついた。


「そのオルタネイト自体も脅威と判断されたのだろうよ。六・二七広域襲撃事件の主犯たるアンタレスが変じた姿、真超越人ハイイヴォルヴァーに似た外見。ワイルド・エクステンドの関与が容易に想像できる。いつ何時、最大の脅威となるか分からん」

「それは……」


 反論できずフォーティアが口を噤む。

 オルタネイト本人である雄也自身、この力が脅威とならないと断じることができないのだから、彼女のその反応も仕方がない。

 実際、自分自身の感覚、勘以外にドクター・ワイルドの干渉がないだろうという根拠はないし、そうでなくとも強大な力は意図せず他者の脅威となることもあるのだから。


「…………目的を果たせば、人格の支配を解くのか?」

「さて、それは私がする判断ではないな。私の仕事は古の魔動器を起動させ、異世界より勇者となるべき存在を召喚するところまでだ」


 自分が召喚の中心的な役割を担うようなことを言いながら、どこか無責任なルキアの声色に眉をひそめる。そんな雄也の反応を余所に、彼女は淡々と言葉を続けた。


「だが、目的が果たされようと支配を解こうと、その者が身に宿した強大な力は消えはしない。であれば、支配したままか、あるいは処分が妥当なところであろうな」

「何で、そんな簡単に言える!?」


 予想できないことではなかった。だが、平坦に告げられたその内容に際限なく怒りは強まり、雄也は拳を握り締めながらルキアを見据えた。


「言っておくが、これは私の一存ではない。全ての国による決定だ」

「それでも、中心となって召喚を実行するのはアンタだろう! 散々正しさがどうとか言っていた癖に、そんな手法を容認するのか!?」

「一般の人間に求められる正しさと、統治者に求められる正しさは違う」

「屁理屈をっ!!」


 激しい憤りを吐き出すように言い捨てる。

 ルキアの主張は結論ありきだ。これでは、どこまで行っても平行線だろう。

 対話による交渉は望めないと見るべきだ。


(このまま行くと――)


 何に妨げられることもなく、傀儡勇者召喚とやらが実行されてしまいかねない。

 その結果、関わりのない誰かが異世界から強制的に連れてこられ、あまつさえ自由意思を奪われて道具の如く使われることになるのだ。


(誰かの自由が、奪われる。ルキアは他者の人格を手段として扱うことを是としている)


 それは即ち雄也の憧れたヒーローが滅ぼすべき対象。そして、彼らと同じ道を辿ると定めた雄也自身の敵そのものでもある。

 相手が何者かは関係ない。誰が相手であれ、許してはならない。許されてはならない。

 そして、話し合いで解決できないのなら方法は限られる。


(なら……いっそのことここで――)


「ユウヤ! 待て!」


 ラディアが血相を変えて腕を取ってくる。

 どうやら雄也が一瞬抱いた感情を読んだらしい。


「……この私に殺意を向けるとはな」


 ルキアが一段低い声で警戒を顕にする。

 彼女もまた妖精人テオトロープであるが故に、瞬間的に沸き起こった殺気を感じ取ったのだろう。


「何のつもりだ」

「俺は人の自由を蔑ろにする奴を許さない。傀儡勇者召喚は俺の信念に反する」

「まだ私は何もしていないぞ? それでも殺そうと言うのか?」

「……だから、行動に移していないんでしょう」


 わざとらしく丁寧語に戻しながら、視線を鋭くする。


「光の巫女たる私を害しようとするなど相応の罰を――」

「俺もまだ何もしていませんが。この国では考えただけで犯罪者になるんですか?」


 雄也の問いにルキアは小さく舌打ちをした。


妖星テアステリ王国であれば、即刻首をはねてやったものを」


 それから彼女は忌々しげにこちらを睨む。


「も、申し訳ありません、ルキア様」


 慌てた様子でラディアが雄也達の間に割り込む。それから彼女はこちらを振り返った。


「アイリス、フォーティア。ユウヤを連れていけ」

「分かりました」【分かった】


 即答する二人に促され、一緒に応接室を出る。


「ユウヤ。追い出されて助かったけど、さすがにさっきのは過剰だよ」

「……そう、かもな。ちょっと頭に血が上った」

【傀儡勇者召喚が気に入らないのは同意】

「それは、まあ、アタシもだけどね。……人の自由、か」


 深く考え込むようにフォーティアが呟いた。アイリスもその言葉を咀嚼するように目を閉じている。と、そこへ――。


『ユウヤ。早まってくれるなよ』


 ラディアの忠告が〈クローズテレパス〉によって届いた。


(……早まるな、か)


 雄也はそう心の中で彼女の言葉を繰り返しながら、しかし、その忠告には無言を以って答えたのだった。


    ***


 翌日の早朝。七星ヘプタステリ王国王都ガラクシアス中央にそびえる王城に隠された地下祭祀場。

 ルキアは国王及び相談役六名と共に、傀儡勇者召喚の儀を行わんとそこを訪れていた。

 その円形の部屋の中心には、千年以上前に作られた古の魔動器が鎮座している。

 外見は巨大な箱。その表面には半球形のガラスの出っ張りが複数あり、それらがアトランダムに淡い輝きを放っている。現代の魔動器とは趣を大きく異にしている物体だった。

 だが、そんな外見に反して、その機能は実は非常にシンプルなものだ。

 魔力を集め、蓄える。言ってみれば魔力吸石に近い。

 しかし、この魔動器を現代に残る技術で作ることはできない。

 規模が破格なのだ。

 蓄える際にあり得ない効率で極限まで魔力を圧縮することで、世界中の人間が持つことのできる総量を遥かに超えた魔力を蓄積することが可能となる。

 もっとも、それを以って通常な魔法を使用しようとしても、魔力過多による暴走で使用者諸共周辺の全てが木っ端微塵になるのがオチだが。

 故に、この魔動器を利用できる魔法は限られている。


「では、これより傀儡勇者召喚の儀を始める」


 ルキアはそう告げると巨大な箱の脇に備えられた光を放つ板に手を置いた。

 これもまた古代の魔動器であり、蓄えた魔力に指向性を与える制御装置だ。

 それに触れながら特定のキーワードを告げることで、対応した魔法が発動する。

 当然、今回使用するのはルキアの言葉通り、傀儡勇者召喚をなす特殊な召喚魔法だ。


「我らは求む。危難に直面せし世界を救い、万民を守り抜く勇者を」


 朗々とルキアは定められた文面を口にし、それに伴って装置は起動を始める。


「我らは求む。困窮せし世界の希望となり、苦難を滅す旗印となるべき勇者を」


 言葉を重ねる程に、祭祀場に響く魔動器の駆動音が大きくなっていく。それが放つ光の輝きが強まり、それと共に明滅が激しくなっていく。


「〈サモン――」


 しかし、ルキアが最後の一句を告げようとした正にその瞬間、突如として魔動器が停止してしまった。予想外の事態に一瞬、思考が停止してしまう。


「ル、ルキア殿」


 呆然とした国王の言葉が耳に届き、彼を振り返る。

 その見開かれた目が己の右手に向いていることに気づき、ルキアは視線を移動させた。


「な、何だこれは……」


 そして、視界に映ったのは肘から先が失われた己の右腕。制御用の魔動器に触れていたはずの手は床に落ち、小さな血溜まりを作っている。

 だが、ルキア自身に痛みは欠片もなかった。

 まるで最初から前腕などなかったと言わんばかりに、上腕に傷跡はない。

 長年欠損していたかのように関節部は綺麗なものだった。


「ぎ、儀式を――」


 状況を全く把握できない中でルキアが考えたのは、傀儡勇者召喚の儀の継続だった。

 光の巫女としての責任感故だ。

 だから、ルキアは右手の代わりに左手で魔動器に触れようとした。

 しかし、次の瞬間、耳に鈍い落下音が届く。

 ぎこちなく目をやると、左手もまた右手と同様に前腕が失われていた。


「へ、陛下!」


 直後、相談役の一人の言葉が場に大きく響き、無意識に国王へと視線を向ける。

 そうしてルキアが目の当たりにしたのは、噂に聞くオルタネイトの如く全身に鎧を纏った存在が、装甲に覆われた腕で七星ヘプタステリ王国国王の胸を貫く姿だった。


    ***

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