②訓練と隠された惨劇

「こりゃまた増えたねえ」


 放課後。賞金稼ぎバウンティハンター協会の訓練場。

 そこに集まった面々を見回し、フォーティアが呆れたように言った。


「しかも女の子ばっかりじゃないか」


 そんな言葉と共に彼女から嫌らしい笑みと視線を向けられ、雄也は曖昧に誤魔化し笑いをしながら微妙に目を逸らした。何か気まずい。


「まあ、いいや」


 フォーティアは雄也の反応に肩を竦めて苦笑いしながら、並んで立つイクティナとプルトナに目線を戻して再び口を開いた。


「とりあえず、自己紹介して貰える?」

「は、はい。えっと、王立魔法学院でユウヤさん達と同じクラスのイクティナ・ハプハザード・ハーレキンです。翼人プテラントロープです。呼びにくければイーナと呼んで下さい」


 緊張したように背筋を伸ばして自己紹介するイクティナ。


「同じくクラスメイトのプルトナ・オネイロン・サタナンですわ。見ての通り、魔人サタナントロープです。よろしくお願い致しますわ」


 プルトナは相変わらず挨拶だけは優雅だ。


【アイリス・エヴァレット・テリオン。ユウヤの正妻】


 その流れに乗っかって、今日は何故かついてきたアイリスが隣で文字を作る。


「いやいや、アイリスはいいって」


 プルトナ達とは少し離れた位置にいたが、フォーティアはそれをしっかり視界に捉えていたらしく呆れたように突っ込んだ。


(ってか、突っ込むのはそこだけなのか?)


 内心でそう思いながらも、確実に藪蛇になりそうだったので声には出さないでおく。


「っと、改めて。アタシはフォーティア・イクス・ドラコーン。賞金稼ぎバウンティハンター協会の長ランドの孫娘で、ダブルSの賞金稼ぎバウンティハンターさ。よろしくね。…………にしてもサタナンってことは――」


 問うような視線を向けるフォーティアにプルトナは頷いた。


「ええ。これでも魔星サタナステリ王国の第二王女です。そうおっしゃるフォーティアさんも、ドラコーンということは龍星ドラカステリ王国の王族ですわね」

「まあね。じーちゃんが元国王。おじさんが現国王様。アタシは傍流の末娘さ。けど、こうして賞金稼ぎバウンティハンターしてるのが性に合ってるし、別に肩肘張んなくていいよ。イーナも」

「ひゃ、ひゃい!」


 王族云々の話を聞いて緊張したのか、イクティナが体を強張らせて返事をした。

 無駄に力を込めて姿勢を正そうとしている。相変わらず微笑ましい反応だ。


「あー、駄目駄目。そんな硬くなっちゃ訓練に支障が出るでしょ?」


 フォーティアはニヤリと意地悪く笑うと、一瞬の内にイクティナとの距離を詰めた。

 当然、比較的生命力の低いイクティナは反応できず――。


「ふにゃあああああっ!!」


 近寄ったフォーティアに体をまさぐられ、彼女はあられもない悲鳴を上げてしまった。

 逃げ出そうと足掻いているが、ダブルSのフォーティアの拘束から逃げられる訳もない。


「ほれほれ」

「ふにゃ、ふにゃにゃにゃあああっ!」


(……憐れ、イーナ)


 そう思いながらも助けはしない。

 女の子同士のじゃれ合いを邪魔などできようはずがない。眼福眼福。


「ふう。こんなもんかね」


 満足したように実にいい笑顔を浮かべながら、フォーティアがイクティナから離れる。


「あうあう」


 対して、その場に残されたイクティナは色々と穢された感じで座り込んでいた。

 まあ、とりあえず硬さはなくなったようだ。強く生きて欲しい。


「あ、あのう。フォーティアさん? 少々やり過ぎなのではなくて?」

「んん? プルトナもやって欲しいって?」

「ワ、ワタクシはそんなことは一言も言っておりませんわ!!」

「冗談冗談。ま、それはともかくとして、二人共。アタシのことはティアでいいからね。正直、堅苦しいのは嫌いだからさ」


 パチリとウインクするフォーティア。

 そんな彼女をプルトナ達は胡散臭げに見ていた。

 本当に王族か? という心の声が聞こえてくるかのようだ。


「で、イーナの特訓だっけか。どうすんの?」

「ああ。一先ず前と逆のやり方を試してから、かな」

「えっと、逆、ですか?」


 雄也の案にイクティナが首を傾げる。


「そ。逆。……アサルトオン」

《Change Phtheranthrope》


 翼人プテラントロープ形態となってイクティナの傍に寄り、彼女の手を取る。


「は、はわわ」


 すると、イクティナは照れたように顔を真っ赤にして、慌てたように視線をあちこちに飛ばし始めた。


「……この女殺しめ」


 そんな彼女の様子を見て、フォーティアがこちらにジト目を向けてくる。


(失礼な。童貞オタクを捕まえて何てことを言うんだ)


 しかし、アイリスやプルトナの視線も似たようなもので、反論できる状況にはなかった。

 間違いなくイクティナがちょろいだけだと思うのだが……。


(数の暴力って奴か。解せぬ)


 まあ、とりあえず全部無視して話を進めることにする。

 一応イクティナも少し落ち着きを取り戻したようだし。


「朝の特訓で俺がイーナを通して魔法を使うのはやってる。だから、今度は逆にイーナが俺を通して魔法を使ってみてくれ。この状態ならイーナの魔力にも耐えられるはずだから」


 そうして彼女の魔力制御の癖を見て、それを基に特訓方法を考えようという腹だ。


「わ、分かりました。では……〈ウインド〉!」


 安全を見てか、イクティナは単に風を起こすだけの最も簡単な魔法を発動させようとした。この程度なら彼女でも割と成功率が高いと聞いている。しかし――。


「なっ!?」


 次の瞬間、体を貫いた強大な魔力に、雄也は思わず驚きの声を上げてしまった。

 最下級の魔法たる〈ウインド〉にもかかわらず、込められた魔力はSクラスの最低基準を遥かに上回っている。

 風属性特化の翼人プテラントロープ形態でなければ、本当に破裂していたかもしれない。

 出力的には、この形態の定常状態(魔力吸石による底上げなしの状態)で同等ぐらいだ。


「ヤ、ヤバい!」


 他人の体を通しての魔力制御は難易度が跳ね上がる。

 そのため、最下級の魔法にもかかわらず当然のように暴走の兆しを見せ始めていた。


「くっ」


 雄也は咄嗟にそれを自分の側から無理矢理抑え込み――。


「〈オーバーファネルアロフト!!〉」


 そのまま莫大な魔力を空の彼方へと巨大な竜巻の形で解き放った。

 天を駆け上っていく渦巻は、まばらにあった白雲を散らして直上の空に青色を一気に広げていく。

 予想外の威力に、その場の誰もがポカンと空を見上げてしまった。


【制御できればホントに戦力になりそう。制御できれば】


 逸早く冷静さを取り戻したアイリスが呆れたように文字を浮かべる。


「うん。制御できれば、ね」

「ですわ」


 フォーティアとプルトナも続き、軽く溜息をつく。


「と、とりあえず、イーナが魔法を制御できない理由は分かった。魔力の込め過ぎだ」

「込め過ぎ……」


 雄也の言葉をイクティナは神妙に繰り返した。


「そよ風を起こすのに、団扇じゃなく爆弾を使ってるみたいなもんだ」


 あるいは、豆電球を点けるのに高圧線から直接電気を引っ張ってくるようなものか。


「そりゃ制御できなくて当然だって」

【聞いた限りだと、普段は〈ウインド〉の成功率が高いことが不思議。それ以上の魔法を試して無事に済んでたことも】

「恐らく、実際は制御力も絶対値で見れば平均より遥かに高いのではないでしょうか。ですから、最小限の被害で済んでいたのでは?」

「だけど、イーナの魔力出力を基準に相対的に見ると不足してるって訳か。成程ねえ」


 プルトナの考察にフォーティアが納得したようにうんうんと頷く。

 確かに、あの魔力なら完全に暴発していたら死人が出てもおかしくはない。

 説得力のある推論だ。……しかし、それはそれとして――。


(今日事情を聞いたばかりだろうに、この馴染みよう。色々と流石だな、ティアは)


 まあ、何にせよ、これで原因が明らかになった訳だ。

 後は対策を立てればいい。


「そうなると、必要なのは出力を限界まで抑えて魔法を使う特訓、だな」

「……はい! 頑張ります!」


 多少なり方向性が見えたおかげか、表情を明るくしてグッと気合を入れるイクティナ。

 癒し系の彼女のそんな姿は実に和む。柔らかい空気が場に満ちた。


「じゃ、イーナはしばらくその訓練だね」


 フォーティアはイクティナが頷くのを確認してから言葉をさらに続ける。


「アイリスとプルトナは少しの間イーナをサポートしてあげて? 今の内にアタシとユウヤは今日のノルマをクリアしてきちゃうからさ」

【分かった】「承知致しましたわ」


 そういう訳で、指示された訓練をイクティナが実行している間、雄也は一先ずフォーティアと共に〈テレポート〉でいつもの場所を巡ってくることとなった。

 当然、今日は時短モードでサクッと魔力吸石を回収する予定だ。

 そうして訓練場を離れた訳だが、道中イクティナやプルトナのことでフォーティアから大いにからかわれたのは言うまでもないことだろう。





「で、少しは感覚掴めた?」


 訓練場に戻ってきて開口一番、フォーティアがそう問いかけた。

 それに対してイクティナは肩を落とし、ふるふると首を横に振って答える。

 十五年近く苦労してきたことだ。

 一時間やそこらでどうこうなるものでもないだろう。


(ダムの水を放水して零さずにコップを満たせ、って感じだしな……)


 またもや沈んだ表情を浮かべてしまっているイクティナを見て、雄也は心の中で溜息をついた。彼女に暗い顔は似合わない。


(うーん、別の部分で無理矢理魔力を消費させたりできないかな。無駄遣いだけど)


 腕を組みながら首を傾げる。今あるもので何とかできないものか、と。


「あ、そうだ。イーナ、ちょっといいか?」

「はい? あ、はい」


 呼びかけに答えて小走りで傍に来るイクティナ。


「じゃあ、アサルトオン」

《Change Phtheranthrope》


 もう一度翼人プテラントロープ形態となり、彼女の手を握る。


「今度は普通に魔法を撃ってみてくれ」

「ええと、ユウヤさんに魔力を通してではなく?」


 首肯するとイクティナは「分かりました」と言って右手を掲げた。


《Convergence》

「〈トルネード〉!」


 難易度的に〈ウインド〉より若干難しめの魔法。

 その名を彼女が口にする直前で、雄也は意識的にイクティナの中から魔力を吸い出すように収束を試みた。すると――。


「あ……」


 次の瞬間、訓練場の中心に旋風が生じた。

 大き過ぎず小さ過ぎず、綺麗な渦を巻いてその場に留まっている。

 暴走する気配はない。


「す、凄いです! いつもと違ってスッといきましたよ!!」


 魔法を消したイクティナが興奮気味に言う。余程普段と感覚が違ったのだろう。


「あんなに必死に制御しようとしてたのが嘘みたいです!」


 そして、眩しいばかりの笑顔で喜ぶイクティナ。いい表情だ。


「成程。外から魔力を奪ってやった訳ね。それで適正な魔力出力まで抑制した、と」


 そんな彼女を微笑ましげに見ながらフォーティアが呟く。


「……ですが、それでは根本的な解決になっておりませんわ。イーナの制御力が上がって成功した訳ではないのですから」

【けれど、選択肢が増えたのは事実。魔力を抑制する魔動器があればイーナも普通に魔法が使えるかもしれない。ユウヤの中の魔力吸石並に容量が必要かもしれないけれど】


 さすがにそれは現実的ではないだろう。しかし、僅かなりとも可能性が見えただけ進歩したと言えるはずだ。全くの無駄ではない。

 あるいは、一般的なレベルの魔力吸石でも専用の魔動器として調整したりすれば、一定の魔法が使えるようになるかもしれない。

 そうして使い続けていれば、慣れて素の状態でも制御できるようになる可能性もある。


「まあ、何にせよ、モチベーションは多少なり上がったたんじゃないか?」


 雄也がそう問うと、イクティナは曇りの晴れた表情で「はい!」と元気よく答えた。


「ほんじゃ、キリがいいところで今日はおしまいにしよっか」


 フォーティアがパンパンと手を叩いて言う。それから彼女はこちらに向き直った。


「あ、そうそう。ユウヤ、アイリス。先生が『急用が入ったから私の分の夕食はいらない』ってさ。折角だから今日は外食にしない?」

「いいんじゃないか」【ん。分かった】


 二人揃って頷く。が、アイリスは何故か残念そうに微妙に唇を尖らせていた。


「ユウヤに作ってあげられないからって落ち込まないの。たまにはいいじゃないか」


 呆れたようにフォーティアが言い、「これだから獣人テリオントロープは」と溜息をつく。


【相手に余り悟らせないだけで似たような龍人ドラクトロープには言われたくない】

「あー……え、えっと、イーナとプルトナもどう? 一緒に」


 アイリスからの反論にフォーティアは視線を逸らし、誤魔化すように二人に問うた。


「いいんですか?」

「アタシ達は問題ないよ」

「……えっと」


 イクティナが確認するようにこちらを見たので、フォーティアに同意するように頷く。

 これでさらに遠慮するようであれば、デコピンの刑だ。

 その気配を感じ取った訳ではないだろうが――。


「じゃあ、喜んで行きます!」


 イクティナはそれ以上遠慮することなく、嬉しそうに声を弾ませた。


「ワタクシもご一緒しますわ!」


 続いて、イクティナに呼応するようにプルトナが無駄に声を張った。

 そんな彼女の方には、アイリスから【うるさい】と無慈悲な突っ込みが入る。


「は、はわ……」

「こらこら、喧嘩するな。イーナが引いてるだろ」

【喧嘩じゃない。ただのじゃれ合い】

「仲いいねえ、二人共」

「幼馴染ですもの!」


 そんな感じで賑やかに、雄也達は訓練場を後にしたのだった。


    ***


「よく来てくれたな」


 七星ヘプタステリ王国国王の言葉に、ラディアは「いえ」と小さく首を横に振った。

 場所は以前の会議室ではなく謁見の間だ。

 今回集まったのは、ラディアを除けば基人アントロープたる王と他種族の相談役六名のみ。主要組織の長達はいない。


「早速だが、これを見て貰いたい」


 王がそう言うと相談役の一人が魔動器を起動させた。

 どうやら遠隔地の映像を映し出すものらしい。

 目の前の空間にどこかの街並みを俯瞰したような光景が映し出される。


(この薄暗さ。魔星サタナステリ王国か?)


 最初ラディアの目には何の変哲もない街の映像のように映った。

 人影が少ないような気はするが……。


「っ!?」


 しかし、画面がズームされて一人を大きく映し出した瞬間、ラディアは息を呑んだ。

 瞳は虚ろ。口はだらしなく開き、足取りは不確か。

 まるで己の意思を全てなくしてしまったかのような姿。


「これはっ!?」

魔星サタナステリ王国の現状だ。今、かの国は自我を失った民衆で溢れている」

「一体、何が――」

「詳細は分からん。が、間一髪で避難できた第一王女夫婦と大臣によれば、魔人王殿が乱心されたらしい。突然、城の人間を襲撃し、首に噛みついて回ったそうだ。すると、相手は蝙蝠の如き化物に変じ、その存在に噛まれた者は映像の状態になったと聞いている」

「……化物、ですか」


 第一に思い浮かぶのは当然超越人イヴォルヴァーだが、何やらこれまでとは趣が違う。

 その情報だけでは何とも判断できない。


「偵察に出した賞金稼ぎバウンティハンターの報告では、化物の数は少なくとも百体以上。その内の一体と交戦した者の話によると、その強さはSクラスの魔物並だったとのことだ。現時点では恐らくもっと増えているだろう」


 その内容に思わず目を見開く。未曾有の事態だ。


「数百のSクラスを相手取るのは、一般的な騎士や賞金稼ぎバウンティハンターではとても……」

「分かっておる。真正面から対抗できる者は限られよう」


 オルタネイトたるユウヤ。真超越人ハイイヴォルヴァーの力を持つアレス。

 この二人を軸にSクラスの騎士や賞金稼ぎバウンティハンターにサポートをさせるしか対処のしようは――。


「だが、あの者達の力はドクター・ワイルドに与えられたもの。無条件で信じ、頼みにすることはできぬ。いざという時に寝返られては敵わん」

「そ、それは……そうですが」


 理屈は分かる。国家としては正式な戦力には数えにくいだろう。

 あの悪辣な男のことだ。どのような罠を用意しているか分かったものではない。

 ユウヤ達の人となりとは別の問題故に、ラディアでさえ時折不安が脳裏をよぎる時があるのだ。

 直接会ったことがなく、人格への信頼も薄い彼らであれば尚のことだろう。


「しかし、それでは、どうするのですか!?」


 魔星サタナステリ王国を放置することなどできない。

 一国の被害に留まると楽観することはできない。

 悠長な真似をしていては、間違いなく世界規模の問題になるだろう。


「……我々七名と、魔星サタナステリ王国を除く五ヶ国の王との評議の結果、妖星テアステリ王国より光の巫女ルキア殿を呼び寄せることに決まった」


 一瞬、思考に空白ができる。少々回りくどいその言葉の理解を無意識に拒絶して。

 光の巫女。それは六大英雄の一人を封印する楔たる大樹アルブマテルを守護する妖星テアステリ王国最強の存在にして、とある魔法の鍵となる魔動器の起動方法を知る数少ない者の一人だ。

 当代の巫女たるルキアとは両親を通じての知り合いでもある。

 妖精人テオトロープにとっては敬うべき相手だが、ラディアとしては正直苦手な人物だ。


(そのルキア様が七星ヘプタステリ王国に? それは、つまり……)


「っ!? まさかっ!?」

「そうだ。傀儡勇者召喚を行う」


 そして告げられた言葉に絶句する。

 傀儡勇者召喚。

 潜在能力が無限大たる異世界人を呼び寄せ、国全体から吸い上げた魔力を注入して身体を強制的に強化し、その上で自意識を塗り潰して戦うためだけの生物兵器とする禁断の術。

 千年前の大戦期に編み出された、〈ブレインクラッシュ〉に勝るとも劣らない恐ろしい魔法だ。戦争終結後も、世界の危難に際しては何度か使用されたと聞く。

 確かに極めて冷徹に考えれば、この世界の被害を最小限に抑える有効な手かもしれない。

 しかし、正直いい印象はない。

 感情で考えれば、唾棄すべき暴挙としか思えない。

 それこそユウヤに知られれば敵対されかねない程の。


「お、お待ち下さい!! 傀儡勇者召喚は――」

「これは決定事項だ。今回の事案への対処、及びオルタネイトに対する今後の保険として戦力を確保しておかねばならない」


 相談役の一人から強い口調で告げられ、ラディアは反論を封じられてしまった。

 そもそも単なる一教育機関の長に過ぎないラディアに、王の決定を覆す権限などないのだ。

 では、何故呼び出されたかと言えば――。


「ついては同郷たる貴公にルキア殿の饗応を任せたい」


 そのためだったらしい。簡単に言う王に思わず眉をひそめそうになるが必死に耐える。

 二十年会っていない相手だ。正直ルキアとは顔を合わせたくないのだが……。


「……私如きでは見合わないかと思いますが」

「ルキア殿からの指名だ。数日の間、貴公の家に滞在することを望まれておられる」


 申し訳程度の抵抗は、やはり無意味だった。

 分かっていたことだが、これもまた決定事項に過ぎなかった訳だ。


「以上だ。本件については他言無用だ。よいな?」

「……はい」

「ルキア殿が来られたら連絡する。下がってよい」


 王の言葉に従い、頭を下げてから謁見の間を退く。

 一度その扉を振り返り、ラディアは一つ深く嘆息した。


(傀儡勇者召喚……まさか、この時代に行われることになろうとはな。全く以てふざけた話だ。……しかし――)


 またもユウヤ達に押しつけることも躊躇われ、強く眉間にしわを寄せる。

 結局、力なきラディアには心の中で不平を呟くことしかできなかったのだった。


    ***

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