第四話 恐怖

①ピクニック

 本日の獲物は光魔竜ディノスプレンドル。妖星テアステリ王国南方に広がる光の大森林中央にぽっかりと開いた広場に発生する光属性Sクラスのだ。

 かつてこの世界アリュシーダにも存在したという恐竜を光の魔力で模っており、見た目は白銀に輝くティラノサウルスだ。

 魔獣モルキオラなどとは比べものにならない威力の光線を口から放ち、その巨体の耐久力も半端ではないと言う。しかし――。


「ば~か、こっちだよ!」


 フォーティアが薙刀を振るい、側面からディノスプレンドルを斬りつけた。すると、そこから白銀の粒子が飛び散り、小さくないダメージが入ったことが視覚的に分かる。

 対するディノスプレンドルは攻撃の方向へと向き直り、頭から突っ込んでいった。


「残念。そこには、もう誰もいないよ!」


 その時には既にフォーティアは背後に回り込んでいて、さらに攻撃を加える。

 Sクラスを誇るはずの魔物が翻弄されていた。しかし、別にディノスプレンドルが弱過ぎる訳でも、フォーティアが強過ぎる訳でもない。


「しっかし、ちょっと簡単過ぎるね。この方法はさ」

「楽で悪いことはないだろ?」

「ま、そうだけどね」


 追撃を入れながら苦笑するフォーティア。

 全く危なげがなくて、安心して見ていられる。

 雄也の視線の先には、頭部を丸ごと濃霧に覆われたディノスプレンドルの姿があった。

 そして、その巨躯の向く先には、赤い陽炎のようなものが人の形を作っている。


「まさか〈ヒートヘイズフィギュア〉がここまで役立つとはね」


 この世界において敵の位置を把握する方法は視認と魔力感知が主だ。魔物の場合は、特に魔力感知への依存度が大きい。

 故に人型の魔力の塊を生み出し、かつ視界を遮れば、己の位置を欺瞞できるのだ。

 とは言え、本体と同等の魔力を放つ分身を生み出すのは極めて難しい。

 熟練した魔力制御とSクラスの魔力を兼ね備えていなければ不可能だろう。


「ま、それもユウヤの〈ハイデンシティミスト〉のおかげだけどさ」


 余裕を見せるように言葉を重ねながら、フォーティアは徐々にディノスプレンドルを構成する魔力を削り取っていく。

 彼女の言葉通り、〈ヒートヘイズフィギュア〉だけではここまでの効果は出ない。

 Sクラスの魔物ともなれば、複数の敵に対する攻撃方法の一つや二つ持っていて当然だからだ。気配が一つ増えたところで、両方を撃ち抜かれてしまっては意味がない。

 ちなみにディノスプレンドルの場合は光線による薙ぎ払いか、拡散レーザーだ。

 しかし、範囲を絞ることで減衰効果を極限まで高めた濃霧によって視界を奪うと同時に光線を封じているが故に、一方的な蹂躙が可能となっているのだ。


「……そろそろ弱ってきたね。よし。ユウヤ、止めだ!」

「ああ、了解!」

《Convergence》


 フォーティアの言葉に応じて、雄也は魔法によって発生させた濃霧を維持しながらMPドライバーに魔力の収束を開始させた。同時にフォーティアの援護に使用していたハンドガンを握る力を強め、照準を定める。

 やがてMPドライバーに蓄えられた魔力は臨界を迎え――。


《Final Bullet Assault》

「ネイビーアサルトシュートッ!!」


 解き放たれた群青の光弾がディノスプレンドルの巨躯を穿った。

 その一撃は致命の威力を伴い、魔物を構成する魔力を根こそぎ奪い取る。

 やがてディノスプレンドルは白銀の粒子と化して消え去った。

 同じ白銀色に輝く魔力吸石を残して。

 魔獣モルキオラとのクラスの差を示すように大きさは人間の頭程。輝きも強い。

 雄也はそれを拾い上げると、MPドライバーに吸収させた。


《Now Absorbing……Complete. Current Value of Light 1.7271%》


 魔物狩りを始めてから六日。これでディノスプレンドルは五体目。

 この魔物は討伐から十八時間程で復活するため、毎日放課後に倒しに来ているのだ。

 アイリスの顔を見ながら起床し、早朝の学校で彼女とイクティナと共に訓練。

 授業を受けて放課後に賞金稼ぎバウンティハンター協会に向かい、フォーティアと狩り。

 これが雄也の日課になりつつあった。

 ただ、今日は一週間に一度の学院の休日のため、ディノスプレンドルが復活する頃に合わせてここを訪れていた。そのため、現在太陽は一番高くで輝いている。


「さあて、と。帰ろっか。あんまり魔力淀みにいると体に悪いしね」


 フォーティアが軽く伸びをしながら言う。

 何でも、Sクラスの魔物が生じる程に魔力が濃い魔力淀みにいると、魔力酔いという状態に陥ることがあるらしい。

 魔力クラスが低い者は酩酊状態となり、意識を失うとか。


「ま、アタシ達レベルなら大丈夫だろうけど……おっと」


 静けさに包まれた森の中の広場で、フォーティアのお腹の虫が非常に残念な感じで盛大に鳴る。具体的には「きゅー」とか可愛らしい感じじゃなく「ぐうう」という感じだ。


「ひ、一汗かいて、お腹が減ったみたいだ。いい時間だしね」


 彼女は頬を人差し指でかきながら視線を逸らした。はにかんで八重歯を見せる姿は意外と可愛らしいが、もう一度お腹が鳴って台なしだった。


「ほ、ほら、帰るよ!」


 顔を背けながら手を差し出してくるフォーティアに苦笑しつつ、雄也はその手を取った。


「〈テレポート〉」


 一旦狩り場近くのポータルルームに入り、そこで一先ず変身解除する。


「そんで、もう一度〈テレポート〉っと」


 そうして賞金稼ぎバウンティハンター協会に帰還し、手を離す。それから彼女と共に受付に向かい、いつもの無愛想な受付嬢に討伐の報告をしてから協会の出入口へと向かう。

 ディノスプレンドルの討伐報酬は、ない。この魔物は特に移動しない上に頻繁に復活するため、一ヶ月以上放置されない限りは賞金がかけられないのだ。

 その上、魔力吸石も吸収してしまえば、もはや一銭にもなりはしない。


(モルキオラは賞金+素材買い取りでウマーだったんだけどなあ。……何てな)


 雄也もフォーティアも金銭目当てではないので割とどうでもいい話だ。

 一応、魔獣モルキオラ討伐で得た収入はフォーティアと折半したのだが、正直使い道がない。いや、今は分からないと言った方が適切か。

 もう少し余裕を持って異世界アリュシーダを見ることができた時、お金の使いどころもまた自ずと見えてくるに違いない。それまでは貯金だ。貯金。


「ユウヤ」


 出入口のドアの前で、フォーティアのものではない聞き覚えのある声に呼ばれて振り返る。と、待合室の方から見知った二人が歩いてくるのが見えた。


「ラディアさん……アイリスも。どうしたんです?」

「いや、折角の休日だから、ピクニックでもどうかと思ってな。根を詰めても、かえって効率が落ちるだろうし、そもそも今日の討伐は終わったのだろう?」

「ええ、まあ」


 魔力においてSクラス。光属性。頻繁に復活する。かつ余り人気がない。

 これらの条件を全て満たした魔物はディノスプレンドルだけだった。

 今の時期、他に目ぼしい光属性の魔物、魔獣もいない。

 闇属性の方はドクター・ワイルドのせいで手が出せない。

 なので、今日のところはこれ以上魔物や魔獣を討伐する予定はない。

 とは言え、午後からは訓練の予定だったが――。


【たまには息抜きも必要】


 アイリスが掌の上に作った文字を見て、雄也は表情を和らげて「そうだな」と頷いた。


「うむ。……ティアもどうだ?」

「へ? あ、えーっと、アタシもいいんですか?」


 フォーティアの丁寧語は半端なく違和感があって、思わず吹き出しそうになった。

 それだけは何とか耐えたが、その気配を感じ取ったらしい彼女に睨まれてしまった。

 とりあえず曖昧に笑って誤魔化しておく。


「遠慮などお前らしくもない」

「ですけど、アタシ、相当食べますよ?」

「長いつき合いだ。それぐらい知っているさ。ちゃんと多めに作ってあるから問題ない」


 そこでタイミングよくフォーティアのお腹が再び鳴った。

 彼女は頬を少し赤く染め、ばつが悪そうに視線を逸らした。


「で、どうする?」


 どこか意地の悪い口調で問うラディアに対して、フォーティアは微妙に唇を尖らせた。それから若干不満げに口を開く。


「……行きます。ええ、行きますとも」

「よし、決まりだな。では、アネモイ平原公園まで飛ぶぞ。ティアはユウヤを頼む」


 フォーティアの様子を微笑ましげに見ながら、ラディアはアイリスに触れて〈テレポート〉を使用した。瞬間、二人の姿がその場から消え去る。


「アネモイ平原公園って?」

「王都ガラクシアス東の平原の名前だよ。魔力淀みを散らす古代の魔動器の効果範囲内だから公園扱いなのさ。実際、魔物は出ないし、魔獣もGクラスの雑魚しか発生しないしね」


 今更体面を取り繕うように表情を引き締めて説明してくれたフォーティアだったが、再びお腹から昼食の催促が来て彼女は「うぐ」と呻いた。もうどうしようもない。


「あー……じゃあ、アタシ達も行こっか」


 諦めたように力なく手を差し出すフォーティアの手を取る。

 そうしてラディア達に続いて〈テレポート〉で移動し、見慣れてはいるが初めて訪れたポータルルームを出て――。


「おおっ」


 視界に飛び込んできた光景に、雄也は自然と感嘆の声を上げていた。

 真っ直ぐに伸びる街道に真っ二つにされた緑の絨毯。イメージ通りの完璧な草原は、狭い日本では余り見る機会のないものだ。

 草に軌跡を描く風が時折頬を撫でて心地よく、解放感が素晴らしい。


「こっちだ、ユウヤ」


 そんな自然溢れる世界の中で、不自然なのに妙にシックリくる光景が一つ。

 街道脇に純白のテーブルと四つの椅子が並び、その内の一つに座るラディアが手招きをしている。彼女の幼い外見のおかげで妖精からお茶会に誘われている気分だ。


「テーブルとか椅子とか、元からここに?」


 招かれるままにフォーティアと共に近づきながら尋ねる。


「そんな訳ないだろう。家から〈アトラクト〉で転移させたのだ。それより、早く座れ」


 ラディアに促され、彼女の正面の席に着く。

 右隣にフォーティアが座り、左隣がアイリス。そんな配置になった。


「アイリスとティアは初対面だったな」


 ラディアの確認に頷いたアイリスが右手の掌を上に向ける。


【アイリス・エヴァレット・テリオン。よろしく】

「アタシはフォーティア・イクス・ドラコーンだよ。よろしく、アイリス」

【ん。ユウヤの手伝いをしてくれて、ありがとう。フォーティアさん】

「気にしなくていいよ。アイリスからすれば不謹慎かもだけど、結構楽しんでやってるからさ。ああ、それと、アタシのことはティアでいいよ」

【分かった。ティア】


 相変わらず気安い笑みを浮かべるフォーティアの姿に気を許したのか、アイリスの表情も幾分か柔らかく見える。琥珀色の尻尾がパタパタと揺れていた。


「よし。自己紹介も済んだことだし、昼食にするか。〈アトラクト〉」


 ラディアの言葉を合図に魔法が発動し、目の前のテーブルに大きなバスケットと陶器製のピッチャー、そして、人数分のガラスのコップが出現した。


「アイリス」


 名前を呼ばれたアイリスはラディアに頷いて、バスケットの中から木の皮を編み込んで作られた箱を取り出して雄也の前に置いた。どうやら弁当箱のようだが……。


「えっと、これは?」

【ユウヤの分。私が作った】

「え? アイリスが!?」


 驚きと共にまじまじとアイリスを見ると、彼女は恥ずかしそうに視線を僅かに逸らしながら小さく頷いた。


(こ、これは、伝説の青春イベント。女の子の手作り弁当、なのか?)


 何ともこそばゆい気持ちが胸に渦巻く。青春ポイントは間違いなく一緒に登校した時よりも遥かに高いに違いない。

 だが、それは恐らくイベントの種類だけの問題ではない。

 アイリスの自発的な行動によるものであるが故。この一言に尽きる。


(独りじゃ甘酸っぱい青春なんてできないんだよなあ。……やばい、何かまた泣きそうだ)


 ラディアやフォーティアの手前、そこはグッと堪える。


「あ、ありがとう。アイリス」


 雄也の感謝の言葉に、アイリスは首を横に振って再び掌の上に文字を作り出した。


【私のために頑張ってくれてるユウヤに、私ができることはこれぐらいだから】


 そんな彼女の思いが嬉しくて、勝手に頬が緩んでしまう。自覚していても抑えられないので、雄也は誤魔化すように弁当箱を開けて中身を見た。


「お、ピクニックの定番。サンドイッチか」

【ちゃんとドレッシングは調味料から作った。メルティナに教わって】


 アイリスの作った文字を目で追う。

 メルティナは、アイリスがラディア宅に居候し始めた日に応対に出てきてくれたメイドだ。世話を焼くのが好きな性格らしく、メイドと言うよりも姉のような感じの人だ。

 どうやらアイリスは彼女から料理を学んでいるらしい。そのおかげか、少し前に見かけた感じだと何だか姉妹のように仲よくなっていた。


(それはそれとして――)


 料理教室の成果はどうだろうかと再び視線を弁当箱に向ける。

 パンの切り方はやや歪だし、具の量が微妙に整っていなかったりする。が、それはむしろ家庭的な雰囲気を出している気もするし、色合いも匂いもいい。

 正直美味しそうだ。


「じゃあ、いただきます」


 早速一切れを手で掴み取り、口に運ぶ。しっかりと咀嚼して味わう。味的には黒胡椒とマヨネーズがよくきいたハムサンドという感じだ。味は濃い目だが若い舌には丁度いい。


【どう?】

「……うん。うまい!」


 アイリスの問いに飲み込んでから答えて、すぐに二口目へ。

 やはりマヨネーズっぽいドレッシングがいい感じだ。食が進む。


【よかった】


 アイリスはなだらかな胸に手を当てて、ホッとしたように深く息を吐いた。

 それから顔を上げた彼女と目が合って、自然と少しの間見詰め合う。

 心なしか、その表情は嬉しげだ。


「練習した甲斐があったな。アイリス」


 ラディアの意地悪げな声に二人の存在を思い出し、顔から火が出そうになる。

 それはどうやらアイリスも同じようで、彼女は珍しくハッキリと頬を紅潮させていた。


「うんうん。さすがはユウヤの麗しのお姫様だけのことはあるね。やるじゃないか」


 そこへからかうようにフォーティアが続き、追い打ちをかけてくる。


「う、麗しのお姫様って、どうしてそうなった」

「女の子にかけられた呪いを解く。御伽噺の王子様みたいじゃないか」


 ニヤニヤするフォーティアに対し、尚のこと恥ずかしげに視線を下げていくアイリス。

 お互いを無駄に意識させるような言葉に、そろそろ顔の熱さが洒落にならない。


「そ、それより、ティアもお腹が減ってたんじゃなかったのか?」


 このままでは昼食どころではなくなりかねないので、話を逸らそうと試みる。


「あ、そうだった! 忘れてたよ!」


(……あれだけ腹の虫を鳴らしておいて、からかい優先かい)


 呆れながら半眼を向けると、フォーティアは「たはは」と誤魔化し笑いをしながら軽く頭をかいた。それを見て、ラディアが苦笑しつつ別の箱をバスケットから取り出す。


「では、私達も食べるとしようか」


 新しく出てきた弁当箱も中身は同じだったが、どうやらこちらはメルティナ達メイドが作ったもののようで、サンドイッチの形は綺麗に整っていた。


(まあ、どうせだから俺はアイリスのを選ぶけど)


 微妙な不格好さはむしろいいアクセントだ。精神的な。

 雄也が優先的にアイリス作の方を選んでいることに気づいてか、アイリスは表面的には落ち着きを取り戻しつつも尻尾を元気に動かしていた。


(しっかし、こんなにゆったりと過ごすのは、この世界に来てから初めてだなあ)


 初日から拉致られたり、翌日には超越人イヴォルヴァーと戦ったり。

 その後は空いた時間があれば訓練だった。折角、ゆったり過ごせそうだったイクティナとの放課後お茶会も超越人イヴォルヴァーに邪魔されたし。


(……あれ? これってフラグ?)


 そんな嫌な考えはとりあえず思考から意識的に排除して、アイリスのサンドイッチに舌鼓を打つ。そうしながら雄也は周囲に視線を向けた。

 街道を目で辿っていくと、どちらの端にも城壁があった。

 一方には、城壁の奥にミニチュアのような王都ガラクシアスの街並みが見える。

 反対側は高低差で壁しか見えなかったが、二十メートル程ある王都側のそれよりも五倍程高く、左右に果てが見えない程に連なっていた。


「ラディアさん、あっちの壁は何なんです?」

「ん? ああ、旧城壁か。今となっては、王都ガラクシアスの元々の大きさを示すものだな。後は魔動器が作る結界の境界の線引きか」

「元々の大きさ、ですか?」

「うむ。千年前に起きた戦争で人口が激減してな。治安、管理、その他諸々を鑑みて街を小さくすることにしたのだ。だが、旧城壁は魔動器によって維持されているが故に破壊できず、また態々破壊する必要もないと残されている訳だ」

「成程。いつか戦争が再び起こるかもしれませんしね」

「いや、それはないだろう。千年前の戦争を最後に目立った争いは起きていないしな」

「え? 一度もですか?」


 その問いに首肯するラディアの答えが信じられず、アイリスに視線を向ける。


【本当。女神アリュシーダの加護と言われてる。だから、これからも戦争は起きないはず】

「加護、ねえ。人類が成長したからじゃなくてか……何か嫌な理由だなあ」


 何にせよ、現在の城壁が千年前のそれよりも遥かに低い理由は外憂の有無の差、ということか。しかし、百メートルもの壁が必要とは翼人プテラントロープ辺りが敵だったのだろうか、と首を傾げる。あるいは、飛蝗人ローカストロープのような身体能力を持つ者がざらにいたのか。


「そう言えばラディアさん。超越人イヴォルヴァー対策班ってどうなったんです?」


 ふと思い出して尋ねると、ラディアは眉間にしわを寄せた。


「形は整えた。形はな。だが、騎士団長の息のかかった騎士が多過ぎて連携が怪しいな」


 そうとだけ告げると、それ以上聞いてくれるな、とばかりに乱暴にサンドイッチを口に放り込んでいくラディア。変身せずに済むように尽力してくれている彼女には申し訳ないが、余り当てにはならないようだ。


「あ、先生。飲み物を貰いたいんですけど」


 苛立ちを思い出したように仏頂面になってしまったラディアに、フォーティアがわざとらしく言う。露骨な話題転換だが、ここは便乗しておこう。


「先生?」

「……ティアが幼い頃、家庭教師をしていたことがあってな」

「へえ、そういう関係が」


 自由奔放な感じの彼女が、ラディアに対しては丁寧語を使う理由はそれか。もっとも、二人の雰囲気は師弟というよりも姉妹という感じがするが。


「と言うか、ティア。飲み物ぐらい勝手に飲め」


 呆れたように言いながらも、ピッチャーに手を伸ばすラディア。不満そうではあるが、どうやら不機嫌さは忘れてくれたようだ。


「ほら」

「お、リバンの実のジュースじゃないですか。アタシ、これ大好きなんですよ。ありがとうございます、先生」


 薄らと緑がかった液体が注がれたコップをラディアから受け取ったフォーティアは、嬉しそうに八重歯を見せた。

 早速一口二口と飲んで笑みを深める彼女の姿に、雄也はそのジュースの味に興味が湧いた。と、横からスッとコップが差し出され、目線を移動させる。


【ユウヤの分】


 どうやらアイリスが注いでくれたようだ。


「ありがとう。アイリスの分は――」

【大丈夫】


 既にジュースで満たされた自分のコップを軽く持ち上げながら、ほとんど分からないぐらいの微かな笑みを浮かべるアイリス。そんな彼女に一つ笑みを返してから、雄也は目の前のコップを手に取ってリバンの実のジュースとやらを試した。


(……あ、これ、オレンジジュースだ)


 色は違うが、匂いや味は間違いなくオレンジの果汁そのものだった。当然と言うべきか生ジュースっぽく、自然な酸っぱさがいい感じだ。


「ティア、サンドイッチもまだまだあるぞ? もういいのか?」


 ジュースに夢中になっているフォーティアに、世話焼きの姉のように言うラディア。

 彼女は空になったバスケットと弁当箱を〈トランスミット〉で家に送りながら、新たなバスケットを〈アトラクト〉で転移させる。

 しかし、既に雄也は二人前ぐらい(当然、全てアイリスの手作りだ)、健啖家のアイリスは四人前、フォーティアに至っては驚くことに五人前ぐらい食べているのだが……。


「あ、貰います」


 軽く言って新しいサンドイッチを口に放り込むフォーティア。

 その表情を見る限り、無理をしている様子は全くない。


「そ、そんなに食べて大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。だってアタシ、生命力Sクラスだからね」


 その理屈がよく分からず、アイリスに視線で問いかける。


【食欲は生命力に依存するから】

「あー、そういう……」


 返ってきた答えに一応納得する。

 強大な力を生み出すには、当然ながら相応に大きいエネルギーが必要だ。己の身体から生じる生命力に関して言えば、消費カロリーに無関係とは思えない。

 むしろ相当食べないと体を維持できなさそうだ。

 アイリスがよく食べるのも生命力が理由のようだ。彼女以外に生命力が高い人と食事を共にしたことがなかったので、単なる腹ペコ属性としか思っていなかったが。


(ごめんよ、アイリス)


 その間にもフォーティアはサンドイッチを食べ続け、アイリスも途中から加わって新たなバスケットを三つ程空にしたところで、ようやく手が止まった。


「ふ~、お腹いっぱい。ごちそう様です、先生」

「相変わらず食事に関しては遠慮しない奴だな」

「当然ですよ。食べるのを遠慮してたら、痩せ細って死んじゃいますからね。……あ、先生。ジュースもう一杯下さい」

「全く仕方のない奴だ」


 苦笑しつつ、ラディアは再びジューサーに手を伸ばし――。


「先生?」


 それに触れるか触れないかというところで手を止めた。かと思えば、彼女は勢いよく立ち上がり、南に広がる草原へと視線を向ける。


「ど、どうしたんですか?」

「何かが、近づいてくる」

「何かって……雑魚の魔獣ですか?」

「いや、これは……っ!!」


 次の瞬間、強大な魔力の気配がその場に巻き起こる。

 その圧迫感を叩きつけられ、アイリスとフォーティアが武器を取り出しながら、椅子を弾き飛ばすように立ち上がった。


(ちっ、嫌なフラグはしっかり回収されるもんだな!! ……って――)


「こいつは!?」


 現れたのは黒銀と琥珀の装甲に覆われ、鬼を模ったような仮面を被った騎士。

 MPドライバーのないオルタネイトとでも言うべき存在だった。

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