④魔物狩り(本番)と秘密結社の接触
腹部をこちらに突き出すようにしながら、爆音と共に滞空する魔獣モルキオラ達。
恐らく、光線を撃つが故のその飛び方なのだろうが、やはり気持ちが悪い。針を突き刺そうとしている蜂のようだ。
「光線の予兆! 来るよ!」
フォーティアの声にモルキオラを注視すると、その腹の先、発光器官と思しき半透明の部分が明滅していた。それと共に魔力の高まりを感じる。
「っ! 〈ハイデンシティミスト〉!」
雄也は咄嗟に魔法を発動させ、周囲に濃い霧を発生させた。
それとほぼ同時に、モルキオラ達は光線を解き放つ。だが――。
「うんうん。中々やるじゃないか」
フォーティアがニヤリと笑う。
モルキオラが放った光は雄也が作り出した霧に阻まれ、車のヘッドライト程度の眩しさしか雄也達に感じさせなかった。
大気中で光線に殺傷性を持たせるには、馬鹿みたいに巨大なエネルギーが必要だ。何故なら光は気体の中を通過する時でさえ大きく減衰するからだ。
しかし、この世界には魔力がある。それによって収束して威力を確保し、減衰を抑え、光線による攻撃を容易く実現させている訳だ。
裏を返せば、魔力さえ取り払えば大幅に弱体化できるということ。即ち――。
「霧に込めた魔力で相手の魔力を散らして単なる強い光に変え、さらに散乱させて完全に威力を失わせる。悪くないね」
フォーティアがそう評し、さらに言葉を続ける。
「ま、こいつの場合、アタシらなら他の属性でも魔力を集めて盾を作るだけで十分防げるけどね。でも、Sクラスが相手なら魔力を散らし切れないこともあるし、散らし切って尚、盾をぶち抜ける威力を出す奴がいるから光線を防ぐ術としては最善かな。けど――」
彼女が語る間に光は消え去り、羽ばたきの爆音が急激に近づいてくる。
「守ってばかりじゃ勝てないよ?」
そして、フォーティアが楽しげに告げた次の瞬間、霧の中からモルキオラの巨体が次々に現れて前足を蠢かせながら突っ込んできた。
「だから、キモいっての!」
《Sword Assault》
群青に輝く剣を手に、飛来する先頭の巨大な蛍に刃を合わせる。その一撃はモルキオラに吸い込まれ、小さな手応えと共に腹部を断ち、霧の中にその体液を撒き散らした。
「う、うわあ……」
その様子は魔獣それ自体の禍々しさと相まって余りにおぞましく、嫌悪感から及び腰になってしまう。召喚の副次効果によって恐怖は抑制されているが、気持ち悪さにまでは耐性をつけてくれないらしい。どうにも集中し切れない。
《Bullet Assault》
近接戦闘を忌避する気持ちを読み取ったのか、剣がハンドガンへと瞬時に変化した。
即座にバランスを崩して後方に墜落した先頭のモルキオラに向き直り、追撃を放つ。
撃ち出された群青の光球は敵を穿ち、絶命させた。
「ふう」
嫌悪と緊張からの僅かな緩和。それは雄也に油断を招いた。
あるいは、これまで一対一の戦いしかしてこなかった弊害かもしれない。
「って、うわっ!?」
ホッとしたのも束の間、背後から次々とモルキオラ達が殺到し、雄也は強烈な体当たりを食らって押し倒されてしまった。仲間を殺されたからか敵意は雄也一人に集中しているらしく、その全てが重なるようにのしかかってくる。身動きが取れない。
「ユウヤ、何を遊んでるんだい?」
どこか呑気な声色で発せられたフォーティアの言葉には、呆れが多分に滲み出ていた。
嫌悪感の余り、一体にのみ意識を囚われて判断ミス。
挙句、戦闘中に気を抜いて無防備を晒す。
格下相手にこれは酷いと自分でも思う。冷静になって戦えば、負ける要素などないのに。
事実、モルキオラの足が装甲を叩くが、何の痛みもダメージもない。
「手助けはいるかい?」
「だ、大丈夫だっ!!」
巨大な虫に纏わりつかれている不快感を振り切るように叫び――。
《Sword Assault》《Convergence》
「〈アクアスフィア〉!!」
雄也は電子音に重ねるように新たな魔法の使用を世界に宣言した。
瞬間、魔力が川を流れる水を引き寄せ、雄也とモルキオラ達を包み込む。大量の水はやがて、直径十数メートルの巨大な球となって空間に浮かび上がった。
「〈アクアストリーム〉!!」
その内部で急流を生み出し、モルキオラ達を引きはがす。蛍の如き巨大な魔獣達は流れに飲み込まれ、完全に身動きの自由を失っていた。
対照的に、雄也は急流の中にありながら
《Final Arts Assault》
「ネイビーアサルトフラッドッ!!」
魔法によって流れをさらに操り、全てのモルキオラへと続く研ぎ澄まされた急流を作り出す。雄也はそこに乗り、急激に敵の一体に近づいた。
「せいやあああああっ!!」
すれ違いざまに剣を振り抜き、次の一体へ。肘を叩き込み、次へ。蹴りで貫き、次へ。
それを繰り返し、さらに繰り返していく。標的がいなくなるまで。
やがて魔力で作られた水の塊は解け、川へと戻っていく。
そうして後に残ったのは魔獣モルキオラの残骸と、その中心に立つ雄也だけだった。
「うーん、まあ、最後の技の凄さに免じて及第点ってところかな? けど、もっとサクッと倒して欲しかったなあ……ま、初めての魔獣戦なら仕方ないか」
「いや、やっぱり初っ端からグロい虫は酷いって」
そうした忌避感や甘えを矯正するために態々この魔獣が選ばれたにしても、現代のもやしっ子に過ぎない身にはハードルが高過ぎた気がする。雄也は一つ深く息を吐いた。
「と言うか、今更のことだけど、Aクラスが相手でも普通はSクラス単独では挑まないんじゃなかったっけ? 安全マージンをしっかり取るためにも」
「そりゃあ、普通のSクラスならね。でも、アタシらはダブルSなんだからAクラス程度なら普通に単独撃破できるよ。いや、できなきゃ駄目さ」
「ダブルS?」
「生命力も魔力もSクラスってこと。
「魔力Sクラスで一段階だけなのか?」
そこに引っかかって首を傾げながら問いかける。
すると、フォーティアは「ああ」と笑って答えてくれた。
「魔力って奴は普通、ものに宿し続けるのは難しいのさ。ま、属性に対応したものだとマシになるけど。だから、固体に相性のいい土属性や生命力に近しい性質の光属性とか闇属性だと生命力向上に魔力を使った時の効率が若干高いんだけど……ま、これは余談だね」
「へえ……」
「ちなみに、その関係で治癒魔法は土、光、闇属性の魔力じゃないと効果が極薄なのさ」
そう言いながらフォーティアはモルキオラの死骸に近づき、薙刀で発光器官を切り落とした。続いて、彼女は火属性の魔法で外骨格以外を焼き尽くす。
「ほら、魔力吸石だよ」
焼け残った外骨格をよけ、白銀の輝きを持つ拳程の大きさの結晶を拾い上げたフォーティアは、それをこちらに投げて寄越した。少々お手玉しながらキャッチする。
「これが……」
呟きながら、それをそのままMPドライバーに近づける。
すると、白銀の魔力吸石は刹那の内に分解され、MPドライバー中央の、現在は群青に輝く光球が浮かぶ穴に吸い込まれていった。
《Now Absorbing……Complete. Current Value of Light 0.0002%》
珍しく長々と電子音声が鳴る。
どうやら魔力吸石が必要量の内どの程度溜まったかを通知するもののようだ。
「Aクラスの魔獣モルキオラだと、五十万体倒す必要があるってことか……」
やはりAクラスを相手にするのは非効率的過ぎる。一応、この場で倒した分を全て吸収して最終的に0.0019%(実は小数点第五位で四捨五入していたようだ)にはなったが、ゲームのように間を置かず無限に湧いてくるはずもないし。
「よし。〈トランスミット〉っと」
フォーティアの呟きに一旦思考を打ち切って、しゃがみ込んで何かをしている彼女に視線を向ける。と、その目の前に置かれていたモルキオラの外骨格や発光器官が次々と消え去っていった。倉庫に送ったのだろう。
彼女が使用した〈トランスミット〉は〈アトラクト〉の反対の効果を持つ魔法だ。触れた対象を任意の場所に転送してくれる。
これもまた便利そうなので覚えたい魔法の一つだ。
「さて、目ぼしい素材は確保できたね」
魔獣の場合は魔物とは違って死骸を残すため、有用な部位は
「さて、帰ろうか。ほら、ユウヤ」
この場から〈テレポート〉で飛ぶためだろう。フォーティアがこちらに手を差し出してきたので、雄也は頷いてその手を躊躇いなく取った。
「よし。〈テレポート〉」
屋久島を思わせる神秘的な森の風景は、瞬く間に白一色の光景に変わる。いつもの〈テレポート〉用ポータルルームだ。
「ユウヤ。いつまでもオルタネイトの姿でいないで戻りなよ」
「え? あ、そうか」
《Change Anthrope》《Armor Release》
電子音に続き、変身が解除される。
それを見て頷いたフォーティアは再び口を開いた。
「じゃあ、もう一回。〈テレポート〉」
一瞬視界がぶれる。が、眼前の白は見た感じ変わらない。
恐らく今いる場所は
「さて、一先ずじーちゃん……会長に報告しに行くからついてきて?」
こちらの顔を見てそう告げたフォーティアに頷き、白い部屋を出る彼女の後に続く。
相変わらず営業スマイルすらない受付とフォーティアが二、三言葉を交わし、再び先程の応接室に通される。今度は既にランドがソファーに座って待っていた。
「意外と早かったな。それでどうだった?」
挨拶をする間もなく、ランドが問いかけてくる。
「〈ビューライディング〉で見てたんじゃないの?」
対面のソファーに座りながら面倒臭そうに彼を睨むフォーティア。
彼女の言葉に出た〈ビューライディング〉は、自分の視界を他人の視界と同調させる魔法だ。便利そうだが、これも事前に直接触れてマーキングする必要があるとのことだ。
ともかく、どうやらランドは、あの少々情けない戦いの一部始終をフォーティアの目を通して見ていたらしい。微妙に気まずい思いをしながら、雄也は彼女の隣に座った。
「お前の評価が聞きたいのだ」
「……力は十二分。オルタネイトになれば完全にアタシより上だね。ただし――」
彼女は言葉の途中でチラッとこちらを見て、さらに続けた。
「圧倒的に経験が足りない。技量も足りない。ユウヤがいた異世界にゃ魔物やら魔獣やらなんていないらしいから、仕方がないと言えば仕方がないけどさ」
「フォローし切れないか?」
「まさか。アタシがいれば、そこらのSクラスなんて目じゃないね。だから――」
フォーティアの視線を受けて、ランドは深く頷いた。
それを見てフォーティアは体全体を雄也へと向けた。
「そう言う訳でユウヤ。明日からは本格的にSクラス狩りに入るよ?」
今のアイコンタクトはその許可を求めるものだったらしい。
何にせよ、二人共ある程度は認めてくれたようだ。
「……分かった。よろしく、ティア」
雄也から右手を差し出すと、フォーティアは気のいい笑顔を見せて、軽く勢いをつけて手を握ってきた。そして、機嫌よさげに握手したまま上下に振る。
「随分ユウヤのことが気に入ったみたいだな」
「うん。まあ。経験がなくて未熟は未熟だけど、逆に言えば相当伸び代があるってことでもあるからね。きっちり鍛えて、いずれはアタシの鍛錬につき合って貰うのさ」
「そうか。…………ふむ、これは期待できるかもしれないな」
楽しげに声を弾ませるフォーティアを前に、意味ありげな笑みを作って呟くランド。
(……何故だろう。何か下世話な意思を感じる)
その気配をフォーティアも感じ取ったのか、彼女は一転して不満げに唇を尖らせた。
「何がだよ、じーちゃん」
「いや、こちらの話だ。それより明日からのことだが――」
露骨に話を変えるランド。しかし、同時に声色や表情が極めて真剣なものに変わったのでフォーティア共々背筋を正す。
「実は少し気になる情報があってな。あるいは、闇属性の魔力吸石については後回しにした方がいいかもしれん」
「それって、どういうことさ」
「実はな。ここ数日土属性と闇属性の魔物、魔獣がクラス問わず大量に狩られる事件が相次いでいるのだ。しかも、魔力吸石も素材も
それはつまり、普通の
「そして、たまたま付近にいた
「ええっと、その、それって間違いなく……」
(高笑い……白衣……一体何ワイルドなんだって感じだな)
いや、既にランド達も何者か分かっているだろうが。
事実、雄也の呟きに二人共深く頷いている。
(分かり易過ぎて腹が立ってくるな)
「奴が何を企んでいるのかは知らないが、今のお前では、いや、儂達でさえも奴にはおいそれと手を出せん。力を蓄えることに専念するのが賢明だろう」
「………………確かに」
あの日ドクター・ワイルドに手も足も出ず、アイリスに呪いをかけられてしまったことを思い出し、苦々しく思う。悔しいが、今戦いを挑んでも同じ轍を踏むだけだ。
しかし、そう理解はできても納得することは難しい。敵が何かを目論んでいることが分かっているのに、手出しできないのは余りに歯痒い。
俯いて眉間にしわを寄せていると肩に手をポンと置かれ、顔を上げる。と、フォーティアが覗き込むようにこちらを見ながら口を開いた。
「敵わないと分かってるなら、もっと強くなればいい。生まれた時から限界が決まってるアタシ達と違って、異世界人であるユウヤには強さの限界がないんだからさ」
「……昨日の自分より強くなれ、か?」
「そうさ!」
元気づけようとするような朗らかなフォーティアの姿に、自然と力が抜けて表情が緩む。
優先するべきはアイリスの呪いを解くこと。そのために力を得ることだ。
ひいてはそれこそがこの無力感を打破する何よりの解決策であり、そもそも、それ以外に選択肢はない。当たり前だが、やれることを一つずつ積み重ねていくしかないのだ。
そう結論して一つ頷く。
「……うん。そうだな。ありがとう、ティア」
「いいってこと! 相棒に遠慮は無用だよ」
八重歯を見せて同性の親友のような気安い笑顔を見せるフォーティアに、心の中でもう一度感謝の言葉を重ねる。やはり彼女との会話はサッパリしていて心が楽だ。
「じゃあ、明日からは光属性のSクラスを狩ろっか」
「ん、了解」
今後の方針を決め、今日のところは一先ず解散となる。
こうして初めての魔物狩りは終わったのだった。
(……しかし、ドクター・ワイルドの狙いは一体何なんだろうか)
そんな一抹の不安を雄也の心に残しながら。
***
「いい加減こんな不毛なことはやめたらどうなんだ」
久しぶりに家に顔を出した兄に対し、青年は何度目か分からない言葉を投げかけた。
「兄さん……いや、秘密結社ストイケイオ代表アンタレス」
「不毛かどうかはお前が決めることではない。俺は何があろうと
兄アンタレスから返ってきた言葉もまた幾度目か分からない。
青年は失望と共に大きく息を吐いた。
「悲願。悲願か。そう言って一体何年、いや、始祖から数えれば何百年同じことを繰り返していると思っているんだ。僅かな進展すらないんだぞ?」
「だから何だ。それで諦めろとでも言うつもりか? 貴様はあらゆる人間の素たる
「……不当に、か」
アンタレスの問いに青年は呟いて目を閉じた。
確かに、
だが、それが不当かと問われれば、少し疑問だ。
何故なら
それに、かつて存在した奴隷のような酷い生活をしている訳でもない。裕福ではないにしろ、真っ当な生活は十二分に可能なのだ。不当と呼ぶには弱い。
しかし、騎士や魔法技師、
始点からして引き離されている上、到達点は低い。誰もが諦めろと諭すし、それでも尚分不相応な望みを抱く者は嘲りの対象となる。
結果、他の種族に反発し、世界の不条理に怒りを抱く者が出るのも無理からぬことだ。
そして、兄もまたその一人だった。ただし、青年とアンタレスの家系は一般的な
「……何より、始祖の願いを裏切るのか?」
「始祖の願い……
「そうだ。全種族中最強と謳われた
ストイケイオは、青年の先祖が思想を同じくする仲間と共に作り上げた秘密結社だ。
その目的はアンタレスが今語った通りのものであり、本来はそのために魔法を中心に研究を行うことが主な活動内容だった。しかし――。
「やっていることは犯罪ばかりじゃないか」
「研究には莫大な金が要る。だが、
「末端の人間が他の種族に危害を加えることもか?」
反論できないだろう青年の問いに、アンタレスは鬱陶しげに黙り込んでしまった。
言い訳にもならない自分勝手な話だが、それでも不法に金銭を得ることをストイケイオの目的とこじつけることは不可能ではない。
だが、他の種族を害することは、自尊心を満たすための単なる憂さ晴らしに過ぎない。
そうした部分も含め、ここ最近のストイケイオの綱紀の乱れ具合は目に余る。
おかげで
(掲げる理念こそ同じだが、もはやストイケイオはかつてのそれとは全く違う)
こうなってしまったのは代表の座をアンタレスが奪い取ってからだ。
長き停滞の中で単なる老人の寄り合い染みていた組織。その代表が、
慣れ合うばかりだったメンバーは一掃され(青年もその段階で脱退した)、ストイケイオは当初よりも過激な秘密結社に成り果てた。そうして拡大を続けた結果が今だ。
短絡的な者達が増え、統制が取れなくなってきている。
両親が亡くなってさえいなければ、と思うのは無意味な仮定だろう。
「ここまで組織を歪ませて、始祖が喜ぶと思っているのか?」
「……悲願成就のためであれば、その程度は瑣末なことだ」
「っ! これだけ言っても分かってくれないのか!?」
「組織を抜けた貴様の言など聞かん」
「兄さん!!」
「……それ程までに気に食わないと言うのなら、騎士共に我らの情報を流せばいい。何故そうしない?」
「それは……」
青年は兄の言葉に悲嘆と共に視線を下げた。本当にその理由が分からないのか、と。
「できないからだろう。そんなことをすれば、貴様も巻き添えになるだろうからな」
「違う! 俺は――」
青年は反論しようと声を荒げた。が――。
『ククク、フハハ、フゥウーハハハハハッ!!』
唐突に響いた高笑いによって遮られてしまった。
「貴様達の悩み、吾輩が解決して進ぜようではないか!!」
その声の主は国宝を盗み出した大罪人にして、先日広場で発生した残虐な事件の首謀者たるドクター・ワイルドだった。
警戒して身構えるが、自宅故に帯剣していない今、迂闊なことはできない。そも、手の届くところに武器があったところで遥かに格上である彼の相手などできる訳がないが。
「どういう……意味だ?」
故に、相手の意図を探るしか選択肢がない。
青年のその問いに、ドクター・ワイルドは口角を嫌らしく吊り上げた。
「聞く限り、全ての原因は進展がないことにある。無為な研究を重ね、それが故に研究費が嵩み、それを解決するために、そして遅々として進まぬ研究への苛立ちを解消するために犯罪行為に走る。そして、貴様はそれが気に入らない」
その内容には特段否定すべき部分はなく、青年は沈黙を以って肯定した。
「であれば、研究が進展すれば、もはや犯罪などに頼らずとも済み、万事解決となろう」
簡単に言い放ったドクター・ワイルドに対し、アンタレスの表情が怒りに染まる。
「それができれば――っ!!」
「
「な、何だと!?」
自身の叫びを遮って告げられた言葉に、アンタレスは大きく目を見開きながら身を乗り出した。その姿にドクター・ワイルドは狂気に彩られた笑みを深める。
「一つ仕事を頼まれてくれれば、秘密結社ストイケイオにその方法を提供しよう」
「……何をすればいい?」
「吾輩の宿敵オルタネイト、ユウヤ・ロクマを排除して欲しいのである」
「っ!! 無茶を言うな! あの
「吾輩は科学者である。一%でも敗北の可能性があるのなら、自ら戦おうとは思わん」
声を荒げたアンタレスに、ドクター・ワイルドは冷静に言葉を返し、さらに続ける。
「勝算はある。前払いである。これを使用すれば、オルタネイトとて敵ではない」
そう言いながら彼は懐から腕輪を二個取り出した。
琥珀色と黒銀。二つの魔力吸石が埋め込まれているところを見る限り、魔動器だろう。
青年とアンタレスの意識が十二分にそれに集まったところで、ドクター・ワイルドは口の端を吊り上げながら一つを腕に装着した。
そして、彼はその機能を青年達の目の前で実演して見せた。
「こ、これは……」
アンタレスが呆然と眼を見開く。青年もまた同じ反応しかできなかった。
示されたのは力だった。無力を嘆く
「さあ、どうする?」
そんなものを見せつけた上で放たれた質問に対するアンタレスの言葉は、決まり切っていた。
そう。たとえ問いかけるドクター・ワイルドの顔が、契約を迫る悪魔の如く歪んでいたとしても。
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