②指切りと賞金稼ぎ

「〈ヘキサカース〉。その呪いの大本は闇属性の魔力のみだが、それを包み込む六属性の魔力が防壁の役割を担い、解呪を妨げているようだ。その防壁を突破するのにSクラスの六属性の魔力が必要となる訳だな」


 王立魔法学院の保健室。そのベッドの上で上半身を起こしているアイリスと共に、雄也はラディアの言葉に耳を傾けていた。ベッド脇の椅子に腰かけながら。


「しかも〈スペルアナライズ〉によると複数人で解呪を試みた場合、即死の呪いが発動するトラップがかけられていることも分かった。奴の言葉通り、ユウヤが〈ヘキサディスペル〉をマスターするしか解呪する術はない」

「そう、ですか……」


 雄也は落胆気味に呟きながら視線を下げた。

 あの後。殊更事情を知る者を増やす必要もなし、ドクター・ワイルドを追うていで一旦アイリス達から離れた雄也は、変身を解除してから二人と合流した。

 イクティナには「心配になって追ってきた」と伝え、多少落ち着いたアイリスを抱えて共に学院に向かい、寮のところでイクティナを一先ず帰している。未だ混乱していたのか彼女は虚ろな様子で大人しく寮に入っていった。

 それから保健室に行き、アイリスをベッドに寝かせたところでラディアが慌てた様子で駆け込んできて、そうして今の状況に至る。

 どうやら彼女は、超越人イヴォルヴァーに関する話し合いの場に乱入してきたドクター・ワイルドによって王城の会議室に閉じ込められていたらしい。

 そこで一連の出来事を魔法で見せつけられ、大まかな状況を把握しているそうだ。ちなみに、オルタネイトの正体に関する部分は映らなかったとのことだ。

 何にせよ、一々説明せずに済んだのは助かる。


「……結局ユウヤに変身させてしまったことと言い、アイリスのことと言い、この件に関しては尽く無力だな、私は。学院長が聞いて呆れる」


 ラディアはそう言いながら、その絹のような白銀の髪をかきむしった。幼げながらも端正なその顔は悔いるように歪んでおり、責任を強く感じているようだ。

 一見すると小学生な彼女にそんな表情をされると正直心苦しい。

 フォローしつつ話を進めよう。


「少なくとも、アイリスの件は俺の力不足が原因ですし、いずれにしてもドクター・ワイルド以上に責められるべき人はいないはずです。それより今は……」

「…………ああ」


 気持ちを切り替えるように少しの間目を瞑ってから、ラディアは頷いた。それでも尚、苦みを隠し切れていない辺り、意外と彼女の本質は外見通りなのかもしれない。

 それはともかく――。


「まずはこれからどうするか、だな」

「はい。ドクター・ワイルドの思うがままになるのは癪ですけど、アイリスにかけられた呪いを解くためにも魔力吸石を手に入れる必要があります。……恐らく大量に」


 MPドライバーに魔力吸石を取り込ませ、さらなる力を得ること。

 それが〈ヘキサディスペル〉習得の前提条件。

 あの男の言葉を信用し過ぎるのもどうかとは思うが、MPドライバーを得た日を境に属性が増えたことを鑑みる限り、嘘ではないと判断していいはずだ。


「ただ、魔力吸石って確か……」

「うむ。学院で学んだと思うが、魔力吸石は魔動器に使用されるため、需要が常に供給を上回っているのが現状だ。困ったことに、加工してしまうと転用できんからな……」


 ラディアは「それは余談だな」とつけ加えてから改めて続ける。


「そもそも、国宝級と同等の魔力を蓄積、放出させられるだけの魔力吸石となると生半可な量や質ではない。金銭で集めるにも限界がある。となれば――」

「自分で手に入れるしかない、ですね」

「その通りだ。だが、魔力吸石は魔力Bクラス以上の存在の体内にしか存在しない。そして、Bクラスの魔物から得られるのは屑だけだ。何億個集めても国宝級には届かん。期間を考えると、最低でもSクラスの魔物を相手にせねばならん」


 言わば魔力のコンデンサである魔力吸石は本来、魔力クラスが高い存在の体内に後天的に作られ、魔法の使用を補助してくれる器官なのだそうだ。

 無論、条件さえ満たしていれば、人間の体内にも生成される。

 魔法を使用した際に不可避に生じる魔力損失分が肉体を変質させ、結晶化するのだとか。

 ただし、例外的に魔物の場合は魔力Bクラス以上であれば、発生した瞬間から既に一定の魔力吸石を持つらしい。この理由は魔物の生じ方にあるが、説明は次の機会にする。

 蛇足だが、魔力の電池とでも言うべき魔力結石の方は、外界から魔力を取り込む際の損失分が結晶化したものとのことだ。が、これも今は関係ないので話を戻そう。


「最低でもSクラス……ですか」

「ああ。長く討伐されずにいればAクラスの魔物でもある程度の魔力吸石を持つようになるが、数十年生き長らえても発生し立てのSクラスと同等という程度だ。しかも別に特別倒し易い訳でもない。魔力吸石の品質に見合った強さになっていくからな」


 聞いた限り、確かに雑魚を狙うメリットはなさそうだ。

 そこまで悠長に待っていられる話でもなし、やはりSクラスを討伐するしかない。


「いっそ国宝級の魔力吸石を持つ魔物がいれば話は早いんですが」

「残念だが、そのレベルの魔力吸石を宿すには、Sクラスの魔物が百年以上の時を経て魔王とでも呼ぶべき逸脱した強さを持つ存在に成り果てなければ不可能だ。その力は通常のSクラスの実に数千倍とされる。今のお前では逆立ちしても勝てん」

「……そんなの、どうやって倒したんですか」

「討伐したのは異世界から来た勇者だな」

「い、異世界から来た勇者、ですか」

「そうだ」


 一体どういう召喚のされ方をしたのか少し気になるが、今は意識の外に放っておこう。


「その力は凄まじく、魔王レベルの魔物すら容易く屠ったと聞く。異世界人としての特性で潜在能力が無限である以上、お前もいずれはその強さに至れる可能性を持つが、少なくとも五年では無理な話だ。そもそも――」


 ラディアはそこで一呼吸置き、さらに続けた。


「かつて相当の被害が出たことを教訓に、Sクラスの魔物は力を点ける前に倒すのが通例となっているからな。今現在、魔王レベルの魔物は存在しない。結局、一般的なSクラスを狩っていくしかない」


 世の中そう簡単にいく訳がないか。仕方がない。

 しかし、今までの話を統合すると十分な魔力吸石を確保するには数百、あるいは数千とSクラスの魔物を討伐する必要がありそうだ。そうなるとまず気にかかるのは――。


「Sクラスって、どの程度の強さなんですか?」

「一概には言えん。一定以上は全てSクラスだからな」

「その一定ってどのラインなんです?」

「基準が作られた当時、最強と思われていた魔物だな」


 見たこともない魔物を引き合いに出されても、正直よく分からない。そんな感想が表情に出ていたのか、ラディアは少し考え込むように沈黙してから再び口を開いた。


「お前が今日戦った飛蝗人ローカストロープはSクラスに分類されるはずだ。蝙蝠人バットロープ蜘蛛人スパイドロープはAクラス後半というところだな。だが、普通はAクラスが相手でもSクラス単独では対処しないものだ。Sクラスと戦うなら言わずもがなだ」


 飛蝗人ローカストロープと同程度と聞くと何となく対処できそうに思う。が、それはあくまでもMPドライバーの力を使ってのことだ。生身の実力ではないことを弁えておくべきだろう。


「ってことは、変身して戦わないことには効率よく集められなさそうですね」

「……そうだな。Sクラスの魔物が巣食う地へと〈テレポート〉できるガイドを専属でつけて貰い、サポートを受けながら雄也が倒す。これが最も効率的だ。私としては、やはりあの力を使わせたくはないし、もっと安全を見て欲しいところだがな」


 しかし、リミットが決まっている以上、人を集めて準備をして、と呑気にことを構えてはいられない。確かにそれが最短最高効率だろう。

 集団を作ると分配などで揉めかねないし。


「まあ、一先ず俺のことはいいです。確実に命の危険があるアイリスを優先して下さい。ラディアさんの案で行きましょう」

「………………分かった。だが、お前には魔物との戦闘経験がない。同じSクラスでも人型である超越人イヴォルヴァーと完全に人外の魔物では戦い方が全く異なる。最低限のことは学んで貰わなければならん。その辺りのことを含め、必ずガイドの指示に従うとここで誓ってくれ」

「……分かりました。誓います」

「それと、これだけは胸に刻み込んでおいてくれ。お前が死ねば、アイリスの命も助からん。まず己の命を第一に考えて戦え。いいな?」


 強い視線を向けてくるラディアに頷く。解呪の魔法を使用できる可能性を持ち、かつ使用する意思を持つのが自分だけである以上、まかり間違っても死ぬ訳にはいかない。


「訓練も続けろ。地力をつけておいた方が後々効率がよくなるだろうし、想定外の事態にも対処し易くなる。魔物との戦いは予想外の連続だからな」

「……はい」

「よし。では、私は色々と準備を整えてくるとしよう。……アイリスが落ち着いたら、今日のところは家に帰ってゆっくり休め」


 そこまで言うとラディアは保健室を出ていった。そんな彼女のどこか力のない背中を見送っていると、制服の袖をクイクイと軽く引っ張られて雄也は視線を移した。

 発声も〈テレパス〉も呪いで封じられてしまったアイリスと目が合う。

 いつもの無表情ではあるが、どことなく心配の色が含まれている気がする。

 彼女は雄也の袖を右手で掴んだまま左手の掌を上に向けた。自然とそこに目が向く。すると、その掌の上に塵のようなものが集まり、文字が作り出された。


(成程、魔法で筆談か。これなら意思疎通ができそうだ)


 一文字一文字を見ると異世界の文字故に意味が分からないが、単語、文になると召喚の副次効果によって理解できるようになる。そこには、こう書かれていた。


【無茶はしないで】

「……分かってる。死なない程度に頑張るさ。それよりも――」


 雄也が僅かに言い淀むとアイリスは小首を傾げた。


「……俺に関わったばかりに、ごめん」


 その言葉にアイリスは首を横に振った。それから掌の上に作った文字を一旦消し、彼女は再び自身の思いを文字に起こす。


【私が勝手に関わっただけ。ユウヤが気にする必要はない。それにユウヤがさっき言った通り、悪いのは全部ドクター・ワイルド】

「けど、こんな――」

【それに、ユウヤが助けてくれるから何の問題もない】


 雄也の言葉を遮って新たに作られた文の内容と、いつもよりも幾分か柔らかい彼女の視線。その中に、自分に対する信頼のようなものを感じ取り、雄也は戸惑いを覚えた。


「……どうして、そこまで信じてくれるんだ? まだ一週間程度のつき合いなのに」

【逆に聞くけれど、どうしてユウヤは私を助けようとしてくれるの?】

「そんなのは当たり前じゃないか。友達が命の危機にあるのに何もしないなんてあり得ない。まして俺にできることがあるなら、やらないと」

【うん。そう言えるユウヤだから信じられる。それにユウヤは一週間と言ったけれど、単なる一週間じゃない。一緒に暮らした一週間。密度が全然違う。ずっと見てたし】

「観察、か?」


 若干苦笑気味に問うとアイリスはコクリと頷いた。


【最初は興味本位に過ぎなかった。けれど、今では私もユウヤのことを大切な友達だと思ってる。友達を信じるのも当たり前のこと】


 目を合わせて真っ直ぐにこちらを見るアイリスの姿から彼女の真摯な気持ちが伝わってきて、何故だか胸の奥が暖かくなる。羞恥か何かで体が熱くなっている訳ではない。

 まるで不安や孤独感から解放された時のような心の動き。心当たりがなくて首を捻る。

 胸の内にあったのは彼女への申し訳なさだけで、少なくとも今この場では別段そんな感情を抱いてはいないはずなのだが……。


【ユウヤ、大丈夫?】


 その文字が読み取りづらくて、視界が滲んでいることに気づく。慌てて目元を拭う。

 全く原因も意味も分からないが、二十歳にもなって年下の女の子に泣き顔を見られるのは余りに恥ずかし過ぎる。


「大丈夫大丈夫。何でもない。それよりアイリス、ちょっと右手を出してくれないか?」


 今度こそ羞恥で顔を熱くしながら誤魔化すように言う。と、彼女は首を小さく傾げながらも素直に右手を差し出してきた。

 雄也もまた右手を出してアイリスと小指同士を絡め、彼女の目を真っ直ぐに見詰める。


「約束する。俺が必ずアイリスの呪いを解くから」


 少しビックリしたように自身の小指と雄也を見比べたアイリスは、その言葉にさらに驚いたように僅かに目を開いて、それから恥ずかしげに視線を逸らした。しかし、小指にはアイリスの方からも力がかかり、その頬はいつもよりも仄かに血色がいい。


【ありがとう、ユウヤ】


 そう文字を作り、再び視線を合わせたアイリスの表情に今度は雄也が驚かされた。

 普段の無表情とは全く違う、温かな微笑み。それはほんの一瞬のことで、すぐに元に戻ってしまったが、しっかりと雄也の心に焼きついた。


【それにしても、約束の儀式。ユウヤが知ってるとは思わなかった】


 アイリスの言葉に「何故指切りがこの世界アリュシーダに?」と考え、異世界から来た勇者の話を思い出す。その勇者自身がそうかは分からないが、昔召喚された日本人がいて、彼だか彼女だかが伝えたのだろう。


「俺の世界にもあった奴なんだけど……こっちだと約束を破るとどうなるんだ?」

【指切りは、最強と謳われる勇者ユスティアが行った最上級の約束の仕方。だから、指切りをして約束を破るのは重罪。訴えられれば魔法で真偽を確かめられた後で死刑になる】

「そ、それはまた。勿論アイリスとの約束を破るつもりは毛頭ないけど、軽々しく指切りしちゃ駄目だな……」

【そうした方がいい】


 うん。肝に銘じておこう。


「さて、と。アイリス、体調はどうだ?」

【問題ない】

「じゃあ…………一度イーナの顔を見てから帰ろうか」


 コクリと頷いてベッドから下りようとするアイリス。


「って、ちょっ、アイリス。はしたないぞ!」


 ズリズリと動いたせいでスカートが捲れて丸見えだった。スパッツが。


【ユウヤがえっちだからいやらしく見える。スパッツはいやらしくない】


 そう反論しながらも、アイリスは微妙に恥ずかしげにスカートを直す。ちょっとその姿は精神衛生上よろしくない。


(……ってか、よくよく考えたら何故異世界にスパッツがあるんだ? これも昔召喚された地球人の仕業か? まあ、これについてはグッジョブと言っておこう)


 最後の最後で馬鹿なノリになりながら、アイリスと一緒に保健室を出て女子寮を目指す。

 以前アイリスと来た時は寮の入口で待っていたが、一応エントランスホールまでは男でも入れるらしいので今回は中へ。寮の受付でイクティナを呼んで貰い、少し待つ。

 しばらくして奥からイクティナが小走りでやってきた。


「アイリスさん! 大丈夫なんですか!?」


 彼女は心配そうにアイリスに駆け寄って、確かめるようにペタペタとその体に触れた。

 対するアイリスは微妙に鬱陶しそうにしながらも、文字を作るために左手を掲げた。


「はわ、すみ、すみません、すみません!」


 それをどう勘違いしたのか、ペコペコと謝り出すイクティナ。


【大丈夫。ありがとう、イーナ】

「え? これ、え?」


 アイリスが掌に作り出した文字を見て、イクティナが困惑したように雄也達の顔と文字を見比べる。それから、おずおずと問いを口にする。


「まさか、呪いのせいで?」

「そうらしい。最初は沈黙。イーナもその場で聞いてたんだろ?」

「そんな……」


 ショックを受けたように、呆然とアイリスに視線を向けるイクティナ。


【気にしなくていい。イーナのせいじゃない】

「で、ですけど! 私、あの時何もできなくて!」

超越人イヴォルヴァーから庇おうとしてくれた。それで十分。後のことは私が弱かったせい】


 アイリスの言葉に口を噤んで俯くイクティナ。

 恐らくアイリスにとっては特別な意図のないフォローだったに違いない。だが、イクティナにはそれが無期待、一種の拒絶に聞こえてしまったのかもしれない。


【イーナ?】


 やや心配そうに覗き込むアイリスに、イクティナはガバッと顔を上げた。その目には強い決意が見て取れるが、勢い込み過ぎてアイリスにぶつかりそうだった。


「あ、す、すみません。……じゃなくて、あの、その、あ、明日から、お二人がやってる朝の訓練に私も参加させて貰えないでしょうか!?」

【何故?】


 無表情のまま文字を出しながら首を軽く傾けるアイリスに一瞬怯んだイクティナだったが、彼女は尚のこと表情に力を込めて口を開いた。


「友達が危ない時に、何もできないなんて嫌なんです!!」


 そう叫んでから、ここが寮のエントランスだったことを思い出したのか顔を真っ赤にして視線を下げるイクティナ。今度は声量を落として、しかし、確固たる意思が込められたハッキリした声色で彼女は続ける。


「今まで強くなりたいなんて思いませんでした。だから、どこかで別に落ちこぼれのままでもいいって甘えた気持ちを持ってたのかもしれません。でも、もう、今のままの自分に耐えられません。友達に頼って貰えない自分なんて!」


 イクティナの強い言葉に、アイリスは苦笑気味に息を吐いた。


【評判の悪い私を友達と言ってくれる奇特な人が二人もいるとは思わなかった】


 二人、という単語に反応してイクティナがこちらを向く。何となく微笑を返しておく。

 すると、何故か彼女も嬉しそうな笑顔を見せた。一種の仲間意識だろうか。


【訓練の件、私は構わない。ユウヤは?】

「いいんじゃないか? できることも増えそうだし」


 雄也がそう答えると、アイリスは一つ頷いてからイクティナに視線を移した。


【私達の訓練がイーナに役立つかは分からないけれど】

「元々普通の授業じゃ全然だったので問題ありません!」

「いやいや、それ、色々と駄目だろう」

「と、とにかく、がむしゃらに頑張ります!!」


 どこか誤魔化すようにグッと両手を握って意気込むイクティナに呆れ気味に笑う。何となく、空気が和んだ気がする。さすがはクラスのマスコット的存在と言うべきか。

 何にせよ、一応イクティナは単純な魔力のクラスならラディアにも匹敵するという話だし、彼女が魔法をまともに扱えない理由を解明できれば逆に魔法を効率的に使用する方法を知ることができるかもしれない。

 イクティナの訓練の参加はありだろう。


(………………と思っていた時期が俺にもありました)


 そんな甘い考えは翌朝の訓練で吹っ飛ぶことになる。

 破壊魔の名に相応しく乱れ飛ぶ暴走した魔法。抉れていくグラウンド。イクティナが魔法を使おうとする度に、ランダムに飛び交う魔法を回避する訓練に切り替わる。

 ある意味、アイリスとの訓練よりハードだった。図らずもラディアの言う想定外の事態に対する予行練習になってしまった。


【まずイーナの魔法制御をどうにかしないと、訓練なのに真面目に命が危険】


 ボコボコのグラウンドを整地しながら、疲れたような表情と共にアイリスの掌に作られたどことなく弱々しい文字が印象的だった。


(教訓。魔法は使い方を間違えると本当に、本っっ当に恐ろしいことになる)


 それを学べたのが一番の収穫かもしれない。






 広場の大惨事の翌日も授業は通常通りだった。「街に侵入し、惨状を作り出した魔物は既に騎士達によって討伐された」ということになっているからだ。教室の空気も多少張り詰めている感じがしたが、特に大きな混乱は見られない。

 街も同様とのことだ。情報操作万歳……と言っていいのか正直複雑だ。

 ともかく、今は授業も終わって放課後。担任であるファリスからラディアが学院長室で待つ旨を聞かされた雄也は、アイリスと共に彼女のもとへと向かった。


「そう言う訳で、話をつけてきた。ユウヤ、これを受け取れ。それと、これから賞金稼ぎバウンティハンター協会に行くぞ」


 学院長室に入った途端、待ち構えていたようにそう言ったラディアが、幼い体格に不釣り合いな机の奥からカードのようなものを差し出してくる。

 流れで一応受け取りながら雄也は首を捻った。何が「そう言う訳」なのか。


「えーっと……あ、魔力吸石の件ですか?」

「そうだと言っているだろう?」

「いや、言ってませんけど」


 手に取ったカードを表、裏と眺める。表側(恐らく)には賞金稼ぎバウンティハンターライセンスとあり、その下に雄也の名前とCクラスという文字が書かれていた。


「一般人はSクラスの魔物が蔓延る地へ向かうためのガイドなどつけて貰えんからな。だが、賞金稼ぎバウンティハンターならば不可能ではない。もっとも軽く試験することを条件につけられたがな」


 まあ、常識的に考えて(生命力や魔力と同じノリならば)Cクラスでは半端だし、Sクラスの魔物に立ち向かうには不十分と判断されて然るべきだ。

 軽く試験で済む辺りはコネのパワーか。


(どんな世界だろうと、世の中結局コネだな。うん)


 身も蓋もない考えを脳裏に浮かべながら、カードを懐にしまい込む。


「協会に着いたら受付に行ってライセンスを提示すればいい。後は指示に従え」

「分かりました」

「それで……だな。あー、アイリス、お前は――」


 微妙に言葉を濁しながらアイリスに顔を向けるラディア。その視線を受けて、アイリスは左の掌に塵を集め出した。


【分かってる。無理についてくつもりはない】

「そうか。なら、いいのだが……」

【発声ができなくて規定魔法が使えない今、私の戦力は激減してる。それでも素のユウヤにはまだ負けないだろうけれど、Sクラスの魔物相手では足手纏いになる】


 そこで一旦作り出した文字を消し、アイリスは新たに自身の意思を字に起こした。


【一先ず自由魔法の訓練をしながら、それとなくユウヤのサポートをする】

「……いらぬ心配だったな」


 自嘲気味にフッと小さな笑みを浮かべると、ラディアは立ち上がった。そして、机を迂回してこちらに歩み寄ってくる。


「では、早速協会に行くとしよう。アイリスはここで待っていてくれ。すぐに戻る」


 アイリスが頷くのを確認してから、ラディアは雄也の手に触れた。

 一瞬何をするのかと首を傾げ、すぐに思い至る。


「あ、〈テレポート〉ですか」

「うむ。行くぞ、〈テレポート〉」


 瞬時に視界が移り変わり、ポータルルームらしき白い部屋に出る。見た感じは以前訪れたどの場所とも違いがない。どうやら、全て似た造りになっているようだ。


「相変わらず便利な魔法ですけど、セキュリティとか大丈夫なんですか?」

「問題ない。ライセンスのない者や犯罪者として登録された者が〈テレポート〉してこようとしても、魔動器によって魔力を散らされて失敗するからな」

「成程」


 さすがにその程度の対策は取っているか。


「さて、すまないが、私は仕事があるのでついていくことができん。だが、話は通してあるから、受付に行けばガイドに引き合わせてくれるはずだ。この部屋を出て真っ直ぐ行けば受付だ。……ちゃんとガイドの指示に従うのだぞ?」


 ラディアはそんな言葉を残し、再び〈テレポート〉を使用して姿を消した。


(意外と心配性だなあ)


 苦笑しつつも、ありがたく思う。

 色々とよくしてくれる彼女には、なるべく心配をかけないように善処したい。


(さて、まずは受付か)


 白い部屋から出ると、小さな広間に出る。壁には似たような扉が結構な数あった。どうやら、そのどれもが〈テレポート〉用のポータルルームのようだ。

 広間の出口は一方向しかなかったので、そこを通って真っ直ぐ歩いていく。少しして開けた場所に出た雄也の視界に映ったものは――。


(役所じゃん)


 勿論ヨーロッパ風に赤レンガ造りの建物だが、実に整然としていて、ファンタジーのいわゆる冒険者ギルドのような喧しい感じではない。酒場とかが併設されてもいない。


「ユウヤか。どうしたんだ? こんなところで」


 ちょっとガッカリしながら立ち尽くしていると、聞き覚えのある声をかけられる。振り返ると、同い年のクラスメイトであるアレスの姿があった。


「そっちこそ何やってるんだ?」

「俺は放課後と休日は賞金稼ぎバウンティハンターとして活動しているんだ。今日は魔物の情報収集に来た」


 王立魔法学院から直行したのだろう。アレスは制服姿のままだった。そんな彼と一旦学院長室に寄った雄也が鉢合わせする辺り、〈テレポート〉の反則具合が分かる。


「それでユウヤはどうした? 見学か?」

「え? あ、ああ、いや……まあ、そんなところだ」


 一瞬答えに迷って、思わず挙動不審になってしまった。正直に言おうにも説明しにくい部分や、そもそも話せない部分が多過ぎて。


「何か訳ありみたいだな。…………アイリスか?」

「うえ!?」


 いきなり言い当てられて変な声が出てしまった。少し恥ずかしい。

 この反応でアレスは確信を得たようだった。分かり易過ぎたせいか、彼は苦笑気味だ。


「ど、どうして――」

「彼女が急に呪いとやらで話ができなくなったその日に、お前のこの行動だ。関連づけて考えて然るべきだろう」


 実にもっともだ。冷静に省みれば、最初に狼狽えた時点でここまでは芋づる式だろう。


「細かな事情は分からないが、まあ、彼女に関係する話なら実家のこともあるし、おいそれと口にできないのも仕方がない。だが、何か俺にできることがあれば言ってくれ」

「あ、ああ、ありがとう? アレス」


 内心で「実家?」と首を傾げながら、アレスに感謝の言葉を口にする。

 どうやら彼は、他言できない特殊な事情があると勘違いしてしまったようだ。いや、完全に勘違いという訳でもないが。


(これは察しがよ過ぎて逆に自己完結しちゃったパターンか……)


 とりあえず今はそういうことにしておこう。

 善意をヒシヒシと感じるので少々申し訳ないが。


「礼はいらない。友人を助けるのは当然のことだ」


 雄也の良心に追い打ちをかけてから、アレスは背を向けて魔物の情報が掲載されていると思しき掲示板の方へと歩いていく。相変わらず、無駄にイケメンだ。


「…………さて、と」


 いつまでも彼の背中を見ていても仕方がないので、視線を切って受付に向かう。

 営業スマイルも何もない無味乾燥な応対をする女性職員にライセンスを提示すると、奥の部屋に通されて少し待つように言われた。

 応接室らしきその部屋で、とりあえず高級そうなソファーを堪能する。と、然程間を置かずに扉が開いた。そして、厳つい初老の大男が入ってくる。

 ヨーロッパ風のこの七星ヘプタステリ王国で、何故か彼は着流しを身に纏っていた。西洋っぽい顔立ちとやや白みがかった赤髪なのに何とも似合っている。任侠的な方向で。

 頭部にある自己主張の激しい大きな角を見るに、恐らく龍人ドラクトロープだろう。


「ユウヤ・ロクマだな?」

「は、はい。えっと、貴方は?」


 立ち上がりながら問う。


「おお、そうか。お前は異世界人だったな。ならば儂のことを知らぬのも無理もない。だが、この反応は少し新鮮だな。かはははっ」


 彼は豪快に笑うと、懐から賞金稼ぎバウンティハンターライセンスを取り出した。


「儂の名はランド・イクス・ドラコーン。Sクラスの現役賞金稼ぎバウンティハンターにして賞金稼ぎバウンティハンター協会の会長を務めている者だ」

「か、会長!? えっと、まさか、貴方がガイドを?」

「いや、儂も会長として忙しい身でな。さすがにガイドはできん。そこで……」


 ランドは部屋の扉の方へと顔を向けた。


「フォーティア! 入ってこい!」


 その声は爆音のように響き、雄也は思わず耳を塞いだ。


「もー、うっさいなあ。じーちゃん、地声が大きいんだから、ちょっと抑えなよ」


 と、鬱陶しげに眉をひそめながら一人の龍人ドラクトロープの少女が部屋に入ってくる。

 パッと見、感じたのは背の高さ。女性にしては高身長で、大体雄也と同じぐらいだ。頭部の角を含めると彼女の方が上か。


「馬鹿者! ここでは会長と呼べ!」

「はいはい、会長」


 面倒臭そうに適当に答えながら、少女はこちらに視線を向けた。その若々しく鮮やかな紅の長い髪は一ヶ所で束ねられている。つまりポニーテールっ娘だ。

 雄也と視線が合うと、彼女は悪戯っぽく笑った。口元に覗く八重歯が印象的だ。顔立ちは整っているが、表情のおかげで親近感が湧く。

 外見で最も特徴的なのは、やはり和風な服装。袴のようなものを着ており、ポニーテールと相まって剣道少女という感じの出で立ちになっている。

 ちなみに体の起伏は和服に似合う感じとだけ言っておく。


「アンタが噂のオルタネイト、ユウヤ・ロクマかい?」


 そんな彼女の口から放たれたその単語に、一瞬警戒して雄也は身構えた。

 しかし、即座に「ああ、成程」と色々と理解して緊張を解く。

 つまり、この展開は――。


「アタシの名前はフォーティア・イクス・ドラコーン。アンタと同い年にしてSクラスの賞金稼ぎバウンティハンター。そして、アンタの専属ガイドさ」


 やはり、そういうことらしい。

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