④中央広場の戦い

「ここ王都ガラクシアスは、七星ヘプタステリ王国の首都でこの世界アリュシーダ最大の都市なんですよ」


 観光案内のガイド状態だったイクティナは、中央広場でそう締め括った。

 丁度そのタイミングで広場の中心にある時計塔が鐘を鳴らし、午後五時を告げる。この時計塔も世界最大のものらしい。

 軽く見て回った限り、街の外観はヨーロッパの旧市街という感じだった。道路の石畳や赤レンガ造りの建物がいかにもそれっぽい。旅行に来た気分だ。

 ただ、歩行者の中に厳めしい鎧を着込んだ人がいたり、市場で皮をはぎ取られた謎の生物が吊るされて食用肉として売られていたりする辺りは実にファンタジー的だった。


「あ、そうだ。ちょっとカフェに行きませんか? とっても美味しいガムムスの実のパイを出すお店が近くにあるんです」

「ガムムスの実? それって、どんなのなんだ?」

「……あそこの店の青くて楕円形の実。一番大きい奴」


 アイリスが指差す先にはパイプテントのようなものがあり、その下には色取り取りの果物が陳列されていた。果物の露店販売のようだ。

 その中で一番大きくて青い楕円形の実と言うと――。


(うわ、真っ青。皮だけだとしても食欲なくなるなあ)


「それで、どうですか? できれば、お二人とゆっくり話をしてみたいんですけど」

「俺はいいけど……」


 チラッとアイリスを見ると、彼女は「……ん。構わない」と答えた。


「ホントですか? じゃあ、早速行きましょう!」


 イクティナは嬉しそうに胸の前で両手を合わせると、先頭に立って歩き始めた。

 その向かう先、広場の端の一角にはオープンテラスが広がっており、王立魔法学院の生徒だろう制服姿の男女もちらほらと見受けられる。

 女のみのテーブルはあるが、男のみのテーブルはない。

 男女の組み合わせは、まず間違いなくカップルだろう。


(リア充爆ぜろ……と言いたいところだけど、今の俺に言う資格はないな)


 そう思いながら、アイリスとイクティナと共に席に着く。男女比一対二というのは他におらず、微妙に視線を感じて若干居心地が悪い。


「私、ここのパイが大好物なんですよ~」


 イクティナはそんな周囲の様子など全く気にしていないようで、子供のように蕩けた笑みを浮かべている。注文中も終始笑顔だった。


「イーナは甘いものが好きなんだな」

「甘いものが嫌いな女の子なんてそういないですよ!」

「……同感」


 ボソッと呟かれた言葉に、イクティナがビックリしたようにアイリスを見る。


「イーナ、その反応はいくら何でも失礼じゃないか? アイリスだって女の子じゃないか」


 それも相当な美少女だ。無表情だが。


「はわ、そ、そうですね。すみません、アイリスさん」

「……別にいい。慣れてるから」

「慣れてるって……それもどうかと思うけどなあ」


 そう苦笑しながら、雄也は学院での二人の立ち位置を思い出していた。それを前提とすると、イクティナのアイリスに対する及び腰の態度も理解できなくもないか。


「そう言えば、狂戦士とか呼ばれてるみたいだけど、実際のところどうなんだ?」

「ぶっ、ユ、ユウヤしゃん? ストレート過ぎやしないですか!?」

「いや、変に気を回すのもどうかと思って」


 軽く頭をかきながら言い、アイリスに顔を向けて言葉を続ける。


「何か、先輩を半殺しにしたとか聞いたけど」

「……確かにした」

「原因は?」

「…………求愛されたから」

「「……………………はい?」」


 予想外の返答にイクティナとハモって、首を傾げる動きがシンクロする。


「どういうこと?」

「……私は獣星テリアステリ王国の出身。獣星テリアステリ王国では女は求愛されたら相手の腕を試す。女性の場合、自分より弱い相手からの求愛を受けることは掟で許されてないから」

「えっと、それは獣星テリアステリ王国での決まりごとですよね? その、普通にお断りする訳にはいかなかったんでしょうか」

「……断っても引かなかったから」


 余程しつこかったのだろう。アイリスの無表情がいつもより不機嫌そうだ。


「それにしたって、さすがに半殺しはやり過ぎだったじゃないか? いや、まあ、相手の自業自得な部分もあるとは思うけどさ」


 そう言うと、彼女はどこかばつが悪そうに視線を逸らした。


「…………まさか一撃で死にかけるとは思わなかった」

「あー……」


 再びの予想外の言葉に、反応に困ってイクティナを見る。


「えっと、アイリスさん。まさか本気で攻撃を?」

「……本気じゃないと失礼」

「ええと、その、さすがに生命力Aクラスの人の本気を受け止められる人は、学院の外でもそういないと思うんですけど……」


 生徒だったら言わずもがな、というところか。


「……お父様はビクともしなかったけれど」

「な、何者ですか、お父さん……」


 頬をヒクつかせながら問うイクティナに、軽く首を傾げるアイリス。

 どうやら誤魔化しにかかっているようだ。

 ちょっと気になる話題だが、余り深く追及しない方がいいかもしれない。


「し、しかし、よく死ななかったですね、その人」


 まあ、可愛い女の子にちょっかいをかけようとか調子に乗って思う程度には、半端に実力があったのだろう。相手が悪過ぎたようだが。


「それにしても、それがどうして無愛想を理由に先輩から絡まれてキレた挙句、相手を半殺しにしたことになってるんだ?」

「それは……告白して返り討ちは余りに情けないからでは?」

「いや、どっちにしても情けないだろ、それ。……と言うか、アイリスはそれでよかったのか? ちゃんと弁明すれば、もうちょっと周りの見方もマシだっただろうに」

「……一週間寮で謹慎してる間にそういう話が広まってた。一度定着したイメージを覆すのは難しい。当事者が言っても自己弁護扱いになる。……そもそも面倒臭い」


 最後につけ加えた言葉がアイリスの本音のようだ。名誉挽回の労力と秤にかけて見合わないと判断したのだろう。少なくとも彼女の価値観では。

 そんなアイリスに、イクティナ共々苦笑していると――。


「お待たせ致しました。ガムムスの実のパイと紅茶のセットです」


 ウエイターが注文の品を運んできた。それを前にしてイクティナの表情がパッと輝く。


(この匂い……アップルパイか?)


 テーブルの中央に置かれたそれは、食欲減退の青さは見る影もなく、色、匂い、形どれを取っても雄也の知るアップルパイそのものだった。一ホール丸々で結構大きい。


「取り分けますね!」


 イクティナは手慣れた様子で切り分けると、一先ず一切れずつ各自の皿に取り分けた。


「いっただっきま~す!」


 そして、早速自分の分をナイフとフォークで一口サイズにして口に運ぶイクティナ。瞬間、彼女は幸せそうに頬に手を当てて蕩けたような満面の笑みを見せる。

 こっちまで嬉しくなるようなイクティナの表情を微笑ましく眺めていると、視界の中をアイリスの手が通った。直後、パイサーバーで一切れのパイが運ばれていく。

 見ると、彼女の皿は既に空。二つ目のパイも短時間で彼女の胃に収められてしまった。


(お、おう。さすがアイリス)


 一週間一緒に過ごした中で知ったことだが、アイリスは意外と健啖家だ。無表情で淡々とペースを落とさず機械的に食べる様は、テレビで見た大食いチャンピオンのようだ。

 もっともガムムスの実のパイは彼女も好物のようで、今は同じ無表情でも、どこか機嫌がよさそうだ。ふと視線を彼女の腰の辺りに向けると、スカートの尻尾穴から出ているフサフサの尻尾が左右に揺れていた。自然と口元が緩む。


「それじゃあ、俺も」


 二人の様子に食欲がそそられ、目の前の一切れを口に運ぶ。


(あ、やっぱりアップルパイだ)


 ガムムスの実は外見こそ似ても似つかないが、この世界のリンゴと認識してよさそうだ。


(しかし、甘いな。ひたすらに甘い)


 なのに、次が欲しくなるのは隠された酸味のおかげか。

 そう思いつつ、アイリスに倣って二つ目に手を伸ばそうとしたところで――。


「…………何だ?」


 何やら広場が急に騒がしくなった。そうかと思った刹那、何か重量物が落下したような音が突然響き渡る。


「っ!? 一体、何が――」


 思わず立ち上がって音の方向を見る。と、少し離れた位置の石畳が赤く染まり、その付近に何かが散らばっていた。それが何なのか理解を拒みたくなるような物体が。


「な、何ですか? あれ」


 呆然と呟くように問うたイクティナは、よろよろと後退りする。


「……ユウヤ、あそこっ!!」


 珍しく強い声を出し、アイリスが指を差す。その指先は空に向いている。

 そこには遠目に見ても人間とは思えない異形、超越人イヴォルヴァーが女性を抱え込みながら落下してくる姿があった。既に高さはほとんどない。

 結果どうなるか思い至った時には既に手遅れ。その女性は超越人イヴォルヴァーに突き放され、石畳に叩きつけられていた。最初に見たものと同じ光景がもう一つ作られてしまう。


「な、あ、え?」


 その余りに無残な光景を前に、雄也は「そう言えば、全身を強く打って死亡って表現は遺体が原形を留めてないことを表す隠語とか聞いたっけ」と全く場違いなことを思った。

 それぐらい突然の出来事を前に混乱していた。

 あるいは、それで済んだと言うべきか。これも召喚の影響かもしれない。

 しかし、イクティナはそうもいかなかったようだ。


「あ、ああ……」


 雄也と同じように精神的ブラクラも真っ青のグロテスクな光景を目の当たりにしてしまったイクティナは、目を限界まで見開きながら体を震わせていた。


「嘘、こんな、こんな……」


 やがてフッと体の力が抜け、彼女はその場に倒れ込んでしまう。


「イーナ!?」


 慌てて駆け寄って抱き起こす。


「イーナ! しっかりしろっ! イーナ!」


 反応がない。どうやら気を失ってしまったようだ。


「ユウヤ!」


 アイリスの叫びに顔を上げて超越人イヴォルヴァーを見る。

 それは今正に次の獲物を捕らえようとしていた。このまま放置すれば、さらなる犠牲者が出てしまうだろう。力ある身として、このまま見過ごす訳にはいかない。


「アイリス! イーナを連れて遠くへ逃げろ!」


 彼女が頷くのを確認し、イクティナを託して駆け出す。

 しかし、その時には既に超越人イヴォルヴァーは近くの男性を捕まえ、羽交い絞めにしていた。


(くっ、駄目だ。生身じゃ間に合わない。ラディアさん、すみません!)


「アサルトオン!」

《Change Therionthrope》

《Sword Assault》


 瞬時に体が変質し、その上から装甲が全身を覆う。と同時に右手に剣が生成される。


「〈フルアクセラレート〉!」


 変身したことで向上した身体能力に、瞬発力を高める上位の身体強化魔法をさらに重ねる。その効果によって弾丸のように加速した雄也は、ことここに至ってようやく逃げ惑い始めた人々の間を縫うように駆け抜けて超越人イヴォルヴァーの背後に回った。


「せいやああああっ!!」


 そして、跳躍の体勢に入りつつあった超越人イヴォルヴァーの背中を琥珀色に輝く刃で斬りつける。


「グギガッ!?」


 その衝撃に超越人イヴォルヴァーは怯み、男性の拘束が緩んだ。

 超越人イヴォルヴァーの魔の手から逃れた彼は、転がるように走り去っていく。

 それを横目で確認しながら、雄也は超越人イヴォルヴァーと対峙した。今回の相手は飛蝗の特徴が色濃く、その昆虫のような複眼をこちらに向けている。


『おおっと、早かったであるな。我が宿敵オルタネイトよ!!』


 油断なく剣を構えて超越人イヴォルヴァーを見据えていると、どこからともなくドクター・ワイルドの楽しげな声が響いてきた。呼称については諦めた。


『魔動機馬アサルトレイダーの姿がないところを見ると、偶然居合わせたようであるな』

「ふん。白々しい真似はよせ。どうせ、これも俺を狙ってのことだろう?」

『いやいや、今回は間違いなく偶然である。だが、こうなっては貴様にもこの闘争ゲームに参加して貰わねばならんな』


 そして、彼は仕切り直すように言葉を切り、再び声を上げた。


『では、今日の相手を紹介しよう! 我が実験体超越人イヴォルヴァーが第四号、飛蝗人ローカストロープである!!』

「ギガアアアアァッ!!」


 飛蝗人ローカストロープと呼ばれた超越人イヴォルヴァーが叫びを上げる。

 しかし、多分に漏れず、その目は虚ろだ。


「毎度毎度〈ブレインクラッシュ〉か」

『貴様も殺し易くて助かるであろう?』

「黙れ!! 人の心さえ残ってれば……貴様が操ってさえいなければ、そもそも殺す必要なんてないんだ!」


 剣を構え、意思なき超越人イヴォルヴァーと成り果てた男性を見据える。


『ク、ククク、フゥウーハハハハハッ!! お優しいことだ。だが、そのスタンスはいずれ貴様の心を切り刻むことになるであろうよ』


 高笑いの後、ドクター・ワイルドは嘲るように言ってさらに続ける。


『さあて、闘争ゲームを再開するとしようではないか!!』


 その言葉を合図に飛蝗人ローカストロープは動き出した。


「〈フルアクセラレート〉」


 雄也はそれに先んじて魔法を発動させ、強化された瞬発力で一気に相手との距離を詰めた。そのまま琥珀色の剣を薙ぎ払う。しかし――。


「何っ!?」


 その一撃は空を切ってしまった。

刃を受ける直前、飛蝗人ローカストロープの動きもまた急激に機敏になり、彼は雄也を飛び越すように跳躍したのだ。

 素早く振り返り、間髪容れずに背後から繰り出された攻撃を横に飛んで避ける。


「これは……〈フルアクセラレート〉か!?」

『その通おおおりっ!! より完成度の高い飛蝗人ローカストロープは魔法の使用も不可能ではない。この程度ならば容易いことよ』


 飛蝗人ローカストロープは瞬間的な速さならば、雄也を上回っていた。平均では雄也に軍配が上がるだろうが、戦闘における厄介さで言えば緩急のある飛蝗人ローカストロープの方が上だろう。

 さらに、前後左右に加えて正に飛蝗のように上下の動きを含めた三次元的な機動に翻弄され、攻撃をするタイミングが中々掴めない。


(さすがは飛蝗か。蜘蛛や蝙蝠とは段違いだ)


 アイリスに稽古をつけて貰い始めたとは言え、一週間程度の俄か剣術でまともな戦いになる訳がない。やはり、まだハンドガンの方が戦い易そうだ。


《Bullet Assault》


 速やかに武器を切り替え、銃口を上げる。


「ふぅうう……」


 獣人テリオントロープの感覚を十全に発揮するために一つ息を吐いて集中力を高めていく。そして、五感をフルに活用して狙いを定め、琥珀色の光球を連続で解き放った。


「ギギャッ!?」


 攻撃は全て命中し、一瞬飛蝗人ローカストロープは動きを鈍らせる。

しかし、言葉通り一瞬だけのことで、敵は大きなダメージを受けた様子もなく死角から襲いかかってきた。


(効いてない!?)


 獣人テリオントロープの感覚で攻撃の方向を察知し、素早く身を躱す。


(なら、全力で――)


《Convergence》


 体勢を立て直しつつ、魔力をハンドガンに収束させる。

 銃身が琥珀色の輝きを持ち始め、魔力が充填されるにつれ光が強まっていく。


《Final Bullet Assault》

「アンバーアサルトシュートッ!!」


 再び飛蝗人ローカストロープの位置を予測し、その方向に銃口を向けて極限まで高まった魔力を撃ち出す。蝙蝠人バットロープを一撃で屠った一撃が、敵を直撃する。


「ギャ、ギャアアアアアッ!!」


 一際高い悲鳴を上げる飛蝗人ローカストロープ。しかし、爆散や崩壊の兆候は見られない。

 ある程度のダメージは入ったようだが、致命傷には至らなかったようだ。


(強さの桁が違う? いや、あるいは――)


 何にせよ、何度か同じ攻撃を重ねれば、倒すことは可能だろう。


《Convergence》


 そして、再び魔力の収束を行う。しかし、連続では負担が大きいのか、先程よりも収束が遅い。その間に飛蝗人ローカストロープは態勢を立て直し、再度飛びかかってきた。

 劣勢にあるにもかかわらず、その動きに躊躇はない。


(ちっ、危機感ってものがないのか!?)


 あるいは、ドクター・ワイルドによってそう強制されているのか。

 それではプログラムに従うロボットも同然だ。


(人の尊厳、どこまで傷つければ気が済むんだ、ドクター・ワイルド!!)


 怒りと共にハンドガンを握る手の力を込めると同時に、ようやく魔力の収束が完了する。


(……今、解放して上げます)


《Final Bullet Assault》

「アンバーアサルト――」


 琥珀色の極光を繰り出そうと銃を構えた正にその瞬間、獣人テリオントロープの感覚が全方位からの脅威を感知し、技の発動を強制的に止める。


「〈ストーンウォール〉!!」


 そして、雄也は防御の魔法を発動し、自身の周囲に石の壁を展開した。

 直後、その壁に何かがぶち当たる音が雄也を取り囲むように響き渡った。と同時に壁が軋んで僅かにヒビが入り、パラパラと欠片を地に落とす。

 そうなりながらも、石の壁は衝撃を全て受け切ったようだった。


(な、何だ!?)


 やがて感覚が訴える脅威が一時的に小さくなったため、壁を取り払って周囲を見回す。

 そこには全身鎧で身を包んだ騎士らしき者達の姿があり、広場を取り囲んでいた。


「第二射、放て!!」

「「「「〈ウインドカッター〉ッ!」」」」


 指揮官らしき者の声に合わせて風の魔力が渦巻き始め、騎士達の叫びを合図に新緑色の衝撃波が発生する。それは雄也と飛蝗人ローカストロープを目がけ、全周から飛来した。


(一つ一つは大したことなさそうだ。けど、さすがにこれだけ集中されるとそこそこ威力が出るみたいだな)


「〈ストーンウォール〉!」


 再び生成した石の壁の内側に、再度衝撃音が鳴り響く。


「ギャギャアッ!?」


 うるさい程に反響する音の中、僅かに飛蝗人ローカストロープの苦しげな声が聞こえてきた。


(どういうことだ? 多分、彼らの攻撃全て合わせても、精々ハンドガン一発分の威力しかなさそうなのに。それに〈ストーンウォール〉も込めた魔力に比べて脆いような――)


「ギャギャギャアアアアアアアアッ!!」


 思考を切り裂くような大音声が広場を満たし、一瞬魔法が止まる。

 雄也は〈ストーンウォール〉を解除し、声の主たる飛蝗人ローカストロープに視線を向けた。すると彼は今正に天高く飛び上がらんと体を深く沈み込ませていた。


『マナーのなっていない観客の前で踊らせる気はないのでな。場所を変えるとしよう』

「っ! 待――」


 制止の声など届くはずもない。

 飛蝗人ローカストロープは軽々と赤レンガ造りの建物群を飛び越え、広場を離脱してしまった。


『さあああっ! オルタネイトよ!! 早く追いかけねば、飛蝗人ローカストロープの行く先で再び血の花が咲くぞ!! フゥウーハハハハハッ!!』

「貴様――」

「くっ、化物め。……残った奴に魔法を集中させろ!」


 ドクター・ワイルドの言葉を無視するように指揮官が叫ぶ。

 恐らく特定の対象にのみ意思を伝える無属性魔法〈クローズテレパス〉による発言だったのだろう。故に、雄也にしか聞こえていなかったようだ。


「第三射、放て!!」

「「「「〈ウインドカッター〉ッ!」」」」


 そして、三度風の刃を模した魔力の衝撃波が迫る。


「〈チェインスツール〉!!」


 あわや命中するかというところで雄也は跳躍し、同時に魔法で足場を作って空を駆け上がった。そうしながら街全体を見渡す。


(くそっ!! 見失った!!)


 そう思う間に下から脅威を感じ、その場から速やかに離れる。と、一瞬前まで雄也がいた場所を多重に連なった風の刃が通過していった。


(余計な真似を!!)


 苛立ちと共に広場の騎士を睥睨するように見下ろし、しかし「今は彼らに構っている暇はない」とそのまま広場上空から一気に移動する。


(一体どこに――)


 早く飛蝗人ローカストロープを見つけ出さなければ、ドクター・ワイルドの言葉通り広場の惨劇が繰り返されかねない。焦りに思わず拳を握り締める。

 力を得てしまった者として、これ以上何の罪もない人が害されることも、意思を失った者に罪を犯させることも見過ごす訳にはいかない。なのに、行くべき先が分からない。

 今の雄也には、無作為に空を駆けて飛蝗人ローカストロープの行方を探すしか術がなかった。

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