第二話 闘争

①長き戦いの始まり告げる嘶き

    ***


 その日、アイリスは運命に出会った。


真獣人ハイテリオントロープ……!?)


 蝙蝠人バットロープの蹴りを受けて痛む腹部を手で押さえながら、彼の背中を見詰め続ける。

 異世界人ユウヤ・ロクマ。

 イクティナの召喚事故に巻き込まれ、この世界アリュシーダに連れてこられた憐れな基人アントロープの青年。

 学院長ラディアの〈アナライズ〉によれば一般人以下の戦闘力しか持たない弱者。

 しかし彼は今、クラスメイトのほとんどが気を失う中、一人蝙蝠人バットロープと対峙していた。


(一体、何者?)


 呆然と内心で自問する。少なくとも単なる基人アントロープではないことは確かだが……。


『ユウヤ……お前、一体……』


 この音の嵐の中にあって、さらにアイリスは聴覚を遮断しているにもかかわらず、隣からラディアの問うような声がクリアに聞こえてくる。

 彼女は周囲に思念を伝える無属性魔法〈オープンテレパス〉を使用しているようだ。

 恐らく、国家反逆者ドクター・ワイルドもまた同様のことをしているのだろう。

 彼女の言葉は当然ユウヤにも伝わり、彼は首だけを動かして僅かに振り向く。

 今その顔は、純白を基調に琥珀色のラインが入った鉄仮面で覆われている。しかし、それを纏う直前、人狼の如き姿に変化していたのをアイリスは見逃さなかった。


(千年前に滅びたとされる、獣人テリオントロープの上位種。……真獣人ハイテリオントロープ。それは狼の耳と尾を持つだけの獣人テリオントロープとは異なり、全身に狼の特徴を持つという話だったけれど……)


 基人アントロープから変化する、とは聞いたことがなかった。

 そんな風にアイリスが思考を巡らしている間に、彼と蝙蝠人バットロープとの戦いは始まった。


(っ、危ない!)


 ユウヤの動きは酷いものだった。正直、近接戦闘は素人同然で見るに堪えない。

 隙だらけの構え。大振り。過剰な予備動作。これで、あのクラスの相手に攻撃を命中させることができたなら奇跡としか言いようがない。

 果たして彼は剣を手にしてさえも蝙蝠人バットロープに一撃も加えることができなかった。

 かと思えば、ユウヤは琥珀色の片手剣を銃のような武器へと変化させ、それを以って敵に明確なダメージを与えることに成功した。戦況は彼に大きく傾いた。

 やがてユウヤはその銃にSクラス級の魔法を凌駕する魔力を銃に束ね、解き放った。その強大な攻撃は確かに蝙蝠人バットロープに直撃し、そうして異形の存在は討伐されたのだった。


(とても、ちぐはぐ)


 その様をアイリスはそう心の中で評した。

 明らかな戦闘初心者にもかかわらず、持っている力は一級品以上。

 それも、昨日の段階では間違いなく一般人以下の力しか持っていなかったはずなのに。


(あの学院長が〈アナライズ〉を失敗する訳がない。つまり、昨日の今日で急激に力を得た、ということ。……とても、興味深い)


 異世界人という事実だけでもそれなりに関心を持っていたが、その上あの真獣人ハイテリオントロープを思わせる姿とその力を見ては、さらに興味が増してもおかしくはないだろう。


(……要観察)


 だからアイリスは、確かめるように己の手を開いたり閉じたりしているユウヤへと鋭い視線を送り続けたのだった。


    ***


「ユウヤ……大丈夫、なのか?」


 爆発の余韻消えやらぬ中、ラディアが問いながら近づいてくる。

 未だに音の嵐の影響が残っているらしく、その足取りは重い。視界の端には、アイリスがよろよろと立ち上がろうとしているのも見えた。


「問題ありません。……ラディアさんとアイリスは――」

『フゥウーハハハハハッ!!』


 雄也の言葉を遮って、狂ったような哄笑がグラウンドに響き渡る。そして――。


『よくやった、と言いたいところだが、まだまだMPドライバーの力を十全に引き出すことはできていないようであるな』


 そんな勝手なことを言いながらドクター・ワイルドが姿を現した。しかし、それはホログラムのように薄らと背景が透けていて、明らかに実体ではないことが分かる。


「これは……〈イリュージョンフィギュア〉か」


 呟くようにラディアが言う。どうやら魔法の効果らしい。


『嘆かわしい。実に嘆かわしい!! 吾輩の敵として、まだまだ不十分である』


 馬鹿にするように肩を竦めるドクター・ワイルドに苛立ちを覚え、舌打ちする。


(……そんなに使いこなして欲しいのなら、説明書でもつけておけよ)


 内心で文句を垂れながら彼の映像を睨みつける。


『次はもう少しマシな戦いを見せて欲しいものだな』

「次、だと? 貴様、まだ――!!」


 激昂したラディアをドクター・ワイルドは笑い、その表情に狂気を滲ませる。


『当然である。闘争ゲームは始まったばかりなのだからな』

「ふざけているのか!? 人の尊厳を踏みにじって何がゲームだ!!」

『進化を忘れた存在など、もはや人にあらず。否、命ですらない。尊厳も糞もあるまい』


 明確な怒りを言葉に表すラディアに対し、火に油を注ぐように返したドクター・ワイルドは、逆にその瞳に憤怒を湛えながら続ける。


『世界は今も尚腐り続けている。それに誰も気づかない。気づこうともしない。安穏とした日々に満足し、勝手に限界を作り、他者を平凡の枠に押し込め、停滞し、生きるために生きるだけの生ける屍に成り果てている。そのようなところに進化の兆しはない!』


 彼は演劇のように大袈裟に両手を大きく広げた。


『進化は過酷にして鮮烈なる生の中にこそある! そのための闘争ゲーム。そのための超越人イヴォルヴァーである!! そして、ユウヤ・ロクマ。貴様の存在もまたそのためにある!!』

「俺も、だと? …………そうか。そういう、ことか」


 何故、態々敵となる存在を作り出したのか。その疑問が少し解消される。

 ドクター・ワイルドは意図的に争いを生み出し、進化の呼び水とするつもりなのだ。正に戦争を発明の母とするが如く。

 超越人イヴォルヴァー、そして雄也という存在は、それをなすための異なる役割を持つ駒の一つなのだろう。そして、この襲撃は一種の試験運用に違いない。


『だからとて、己を特別とは思わないことだ。吾輩の望むスペックに到達していないとなれば、即座に貴様の腹を切り開き、進化の因子とMPドライバーを新たなモルモットに与えるだけのことであるからな』


 その言葉に一瞬抱いた情けない楽観を打ち消す。

 異世界人であることに加え、国宝級の魔力吸石とやらを用いた魔動器を与えられた特殊さ故に、その役割とやらを果たすまでは命を取られない。

 そう僅かばかりとも想定したことを恥じる。

 そも、自分の命が保証されていたとしても、周りの人々を傷つけられては意味がない。


『さあ、連戦と行こうではないか!!』


 その声を合図に、少し先の空間に歪んだ気配が漂い始める。


「っ! 五メートル先〈テレポート〉の兆候!! 警戒しろ!!」


 焦ったようにラディアが叫び、右手を掲げた。


『おっと、そこらに転がる有象無象達の命が惜しければ、攻撃など考えないことだ』


 ドクター・ワイルドの言葉に、魔法を行使しようとしていたらしいラディアの動きが止まる。次の瞬間、先程感じた歪みの位置に再び異形の存在が現れた。

 それは蜘蛛の特徴を持ち、元は女性と分かる起伏のある体をしていた。


『紹介しよう!! 我が実験体超越人イヴォルヴァーが第三号、蜘蛛人スパイドロープである!!』


 蜘蛛人スパイドロープと呼ばれたその存在は、横開きの口を開くと何かを吐き出した。それはアイリスの隣、倒れ込んだイクティナの頭の真横に着弾し、地面を穿つ。


『ラディア・フォン・アルトヴァルト。そして、そこの獣人テリオントロープの娘。貴様らは黙って見ているがいい。さもなくば……』


 今度は逆側の地面が抉れる。どうやら硬化した糸の塊を撃ち出しているようだ。

 それを見たラディアは苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら右手を下ろし、拳を固く握り締めた。


『さあ、戦え!! 吾輩の敵、進化の礎。ユウヤ・ロクマよ!!』

「グギガガガアアアァ!!」


 その言葉を合図に蜘蛛人スパイドロープは歪んだ叫びを上げ、こちらを見据えた。しかし、そこに敵意のようなものは感じられない。その目に感情らしい感情は宿っていなかった。


「ラディアさん。あの人も〈ブレインクラッシュ〉を?」

「……ああ。人格を失っている。手遅れだ」


 その事実に奥歯を噛み締めつつ、ハンドガンを構える。


「ラディアさんはクラスの皆を守って下さい。あの人は俺が」

「…………分かった。無茶はするなよ」


 頷くラディアに頷き返し、雄也は琥珀色に輝く光弾を蜘蛛人スパイドロープへと解き放った。


「〈ホーリーヴェール〉!」


 同時に彼女は最初に使用した防御の魔法を用い、雄也以外の全員を包み込む光の膜を生み出した。その力を信じて蜘蛛人スパイドロープにのみ意識を集中し、引き金を連続して引く。

 しかし、蜘蛛人スパイドロープも再び口から白色の弾丸を射出し、琥珀色の光球を全て防いでしまった。


『第三号の性能は第二号の比ではない。その程度で倒せると思わぬことだ』


 嘲笑うようなドクター・ワイルドの声が響く。

 それでも続けて攻撃を仕かけるが、手数は明らかに相手が上回っていた。

 案の定と言うべきか、やがて押され気味になり、後手に回り始めてしまう。

 逆に雄也が蜘蛛人スパイドロープの攻撃を撃ち落とす形になる。


(このままじゃ、駄目だ。いずれ撃ち漏らす)


 だから、雄也は前に駆けた。まだ猶予がある内に相手の間合いへと入るために。

 直後、一歩間違えれば撃ち落とし損ないかねないタイミングで放たれた白色の弾丸をギリギリで防ぎ、間一髪で近接攻撃が可能な位置に辿り着く。


《Sword Assault》

「せいやあああああっ!!」


 そして、雄也は再度剣へと変化した己の武器を力任せに薙いだ。


「グ、ガアアアアァッ!?」

 それは次弾を放とうとしていた蜘蛛人スパイドロープに何に阻まれることなく吸い込まれ、初めて雄也に確かな手応えを与えた。その衝撃を真正面から受け止めた蜘蛛人スパイドロープは人形のように弾き飛ばされ、数メートル先の地面を転がっていく。


『フゥウーハハハハハッ!! その調子である!!』

「貴様……!!」


 まるで剣奴を戦わせて楽しむ興行主のように声を飛ばすドクター・ワイルドに、雄也は不快感を募らせて虚像を厳しく睨みつけた。

 しかし、彼は意に介さず狂気の笑みを浮かべるばかりだ。


『では、少しばかり難易度を上げるとしようか』


 そして、ドクター・ワイルドはそう告げると共に蜘蛛人スパイドロープに人差し指を向ける。と、彼女は人形の如く歪な動きで立ち上がり、ガクガクと不気味に震え出した。


「なっ、一体何を――!?」

過剰進化オーバーイヴォルヴ。その命の限界を超えた進化の力、刮目して見るがいいっ!! フゥウーハハハハハッ!!』



 蜘蛛人スパイドロープの体は、脈動と呼ぶには過剰な程に表面をボコボコとさせながら膨れ上がっていく。やがて彼女は、巨大な蜘蛛のような何かへと変態してしまった。

 その大きさたるや足一本が人間程もあるが、特筆すべきはそれではない。

 頭部に、美しい基人アントロープの女性が生えていた。まるで元の世界のファンタジー作品に登場するモンスター、アラクネーのように。

 腰から下は大蜘蛛に融合してしまっているが、先程までのような蜘蛛の特徴を持った姿ではない。恐らく、これが蜘蛛人スパイドロープの素体となった人物の本来の姿なのだろう。


「キ、アアアアアアァァーーッ!!」


 過剰進化オーバーイヴォルヴの完了を告げるように、女性の悲鳴の如き甲高い絶叫が響き渡った。


「う……」


 まるで断末魔の叫びのような悲痛な声とその外見に、思わず戦意が削がれてしまう。


「ドクター・ワイルド、この人を元に戻せ!!」

『言ったはずである。このタイプの超越人イヴォルヴァーは二度と基人アントロープには戻れん、と』

「ぐっ」

『それに、一度過剰進化オーバーイヴォルヴすれば、もはや通常の超越人イヴォルヴァーにすら戻ることはできなくなる。過剰進化オーバーイヴォルヴ基人アントロープの進化の許容範囲を超えているが故にな。後は体が徐々に崩壊を始め、滅び去るまで暴れ続けるのみである』

「何、だと?」


 さらなる残酷な事実を楽しげに告げるドクター・ワイルドに、一瞬呆然とする。


「アアアアアアッ!!」


 しかし、耳に届いた絶え間ない女性の声に雄也は我に返った。

 その叫びの中に、既に人格が壊されている以上あるはずのない感情を思ってしまい、心の内に強い怒りが湧き上がってくる。


「ドクター・ワイルド貴様っ!! 人を使い捨ての道具のように――!!」

『余所見をしていていいのであるか?』

「何!? くっ」


 感情の揺れの隙を突くように、女性の体の真下にある蜘蛛の口から糸が吐き出され、雄也の全身に巻きついた。

 それは先程までの完全に硬質化された塊ではなく、粘着性を持つ糸だった。


「このっ!!」


 力任せに引き千切ろうとしても、程よく持たされた弾力に力を逃がされてしまう。その粘着性のためなのか剣も用をなさない。


『まさか、この程度で終わりではあるまいな。それでは吾輩の敵として不適格としか言いようがないのである』


 つまらなそうにドクター・ワイルドが告げると共に、過剰進化オーバーイヴォルヴした蜘蛛人スパイドロープは緩やかに近づいてくる。身動きのできない雄也に止めを刺そうとするかのように。


『死にたくなければ、切り抜けて見せることだ』


 そして、蜘蛛人スパイドロープはその鋭い鉤爪を持った八本の足の内、最前列の二本を振り上げた。


「ア、ア、アアアァ」


 それと共に聞こえてくる、先程までとどこか調子の違う女性の声。

 実際は過剰進化オーバーイヴォルヴによる身体崩壊に伴う生理的な反射に過ぎないはずだ。そこに何らかの感情を見出すのは感情移入のし過ぎだろう。

 しかし、雄也にはそれが、まるで他者を殺めることを拒絶しているかのように聞こえていた。だから……いや、そうでなくとも――。


「……アルターアサルトッ!!」


 彼女にそんな真似をさせないために、声高に叫ぶ。


《Change Drakthrope》


 そんな雄也の意思に応えて電子音が鳴り響き、雄也の全身が炎に包み込まれた。


「ア、アアアアッ!!」


 今にも攻撃を仕かけようとしていた蜘蛛人スパイドロープは、吹き荒れる火の粉を忌避するように悲鳴を上げながら後退りする。

 その炎の中で雄也の体は再び変質し、龍の如き特徴を持った姿へと変じていく。それに伴って装甲の色もまた変化し、琥珀色だった部分が全て鮮やかな紅に彩られた。

 そして、その身に帯びた熱によって硬化して脆くなった糸を破壊し、装甲と同様に真紅に染まった両刃の片手剣を構える。


「これ以上……その人の尊厳を傷つけさせはしない」

《Convergence》


 電子音を合図に、剣が紅蓮の炎を纏った。それを確認しながら、大蜘蛛と化した蜘蛛人スパイドロープの頭部に生えた女性、その顔その瞳を見据える。


「今、解放して上げます。……どうか、安らかに眠って下さい」


 そう静かに告げ、火の粉が収まったことで再び鉤爪を振り上げながら襲いかかってくる蜘蛛人スパイドロープを前に、片手剣を両手で握って大上段に構える。そして――。


《Final Sword Assault》

「クリムゾンアサルトスラッシュ!!」


 そう叫びながら振り下ろした剣は、真紅に染まった可視の衝撃波を生み出した。それは真っ直ぐに空間を翔け、蜘蛛人スパイドロープを突き抜ける。

 一瞬の静寂。蜘蛛人スパイドロープは鉤爪を振り上げた状態で、雄也は剣を振り下ろした状態で、それぞれ静止していた。それを破るように僅かな異音が響く。

 刹那の後、その巨大な蜘蛛の体は袈裟懸けに真っ二つに分かたれた。


「ア、アア、アァァ…………」


 悲鳴の如き叫びは小さくかき消え、地面に崩れ落ちた大蜘蛛は瞬間的に風化したかのように崩れ去っていく。

 やがて全ては塵となり、グラウンドに異なる色の砂で蜘蛛の形を残すのみとなった。


『フゥウーハハハッ!! そうだ!! それでいい!! やればできるではないか!!』


 上機嫌そうに笑うドクター・ワイルド。その声に雄也は無意味と知りながらも剣の切っ先を彼の映像に突きつけ、射殺さんばかりに睨みつけた。


『合格である。これより貴様はこの世界のブレイブアサルトとして生きるのだ!!』

「……何を馬鹿なことを。俺はブレイブアサルトじゃない。俺は偉大な彼らの足元にも及ばない。彼らの真似事をしただけの単なる大学生だ」

『だとしても、その役はして貰わねばならん。ふむ。そうだな……。であれば、ブレイブアサルトの代役、代理人。オルタネイトとでも呼ぶとしよう。それならば異存あるまい?』


 肯定も否定もせず、剣の柄を握る力を強めながら口を開く。


「……役割なんて知ったことじゃない。お前の目的なんて知ったことじゃない。けど、俺はこんな真似をするお前を許さない。俺に力を与えたことを、後悔させてやる」

『ククク、クハハ、フゥウーハハハハハッ!! その調子である。では、吾輩の好敵手となる貴様に餞別をやろう。有効活用し、精々吾輩の邪魔をして見せることだ』


 ドクター・ワイルドが言葉を終えると同時に、前方の空間に再び歪みを感じる。

 直後、突如としてそこに全身を純白の装甲で覆われた馬を模した何かが現れた。馬蹄の大地を叩く音が天にも轟きそうな巨躯に圧倒され、思わず一歩後退りする。


『魔動機馬アサルトレイダー。馬型の魔動器である。貴様の足とするがいい』

「何故、こんなものを――」

闘争ゲームは公正でなければ面白くあるまい。吾輩は貴様だけを狙う訳ではないのだからな』


 ニヤリと狂気に彩られた笑みを浮かべるドクター・ワイルド。その歪み切った表情には言い知れぬ威圧感があった。さらに後退しそうになるのを必死に耐える。


『では、また会おう。さらばだ。フゥウーハハハハハッ!!』


 そうしている間に彼の映像は高笑いと共に消え去ってしまった。

 グラウンドに静けさが戻ってくる。


「ユウヤ……」


 少しして恐る恐るという感じで呼びかけられ、雄也は振り返った。

 その声の主は、困惑したようにこちらを見るラディアだった。その隣にはアイリスもいて、彼女もまた無表情のようでどこか興味深げな瞳をこちらに向けている。


「事情を……説明してくれるな?」

「…………はい」


 硬い口調で問うラディアに小さく頷きながら、雄也は変身解除を試みた。恐らく変身時と同じく、そう望むだけでいいはずだ。


《Change Anthrope》《Armor Release》


 その推測が正しかったことを電子音が裏づける。

 一瞬の後、雄也は元の姿に戻ったのを確認するように己の手を見詰めた。それから一度色の変わった地面を一瞥し、再び視線を掌に戻す。


(……この感触、気分のいいものじゃないな)


 眼前にかざした手を固く握り締めながら下ろし、雄也はドクター・ワイルドに与えられた魔動機馬アサルトレイダーに目を向けた。

 その視線を受け、それは全ての始まりを告げるかのように一つ嘶いた。

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