第九七話:密林での出会い

「なあ、やっぱり一度戻った方がいいんじゃねーか?」

 

 俺はエロリィを説得する。

 周囲は密林。なんか、得体の知れない鳴き声まで聞こえてくる。


「嫌なのよぉ! 転移に失敗したと思われるのよ! もうね、沽券にかかわるのよ!」


 パンパンと足を踏み鳴らし首をブンブン振るエロリィ。

 金色のツインテールが遠心力で地面と水平になった。

 身にまとった「聖装衣・エローエ」もはためく。

 

 とにかく、ダダッ子のように全身で拒否を露わにするエロリィだった。


「あはッ! 現実に失敗しているじゃねーか! 殺すぞ。死ぬか? クソロリ姫よ、死にたいのか?」

 

 ライサの殺意の濃度が上昇。既に両手にメリケンサックを装備済みだ。


「なによ! もうね、赤色ゴリラ女の故郷が田舎過ぎるのよ! ド僻地なのよぉ! 限界集落なのよぉ! 座標の特定すらできない人外魔境なのよ!」


「あはッ、殺すしかねーか…… ぶち殺すか? 死ぬか? 殺す。ぶち殺す――」


 緋色の非対称の長い髪がゆるゆると濃厚な大気の中を舞う。凶悪な意志を持ったかのようにだ。

 そのルビー色の瞳が、殺意と歓喜に彩られていく。

 牙のような犬歯を見せつける様に笑みを浮かべた。

 超絶美少女殺戮兵器、ライサが起動する。


「キャハハハハハハハ!! ヤル気なら、上等なのよぉ! こっちこそ、殺してやるのよ!」


 濃厚な密林の大気の中に金色(こんじき)の光を拡散させるツインテール。精神のタガが外れた哄笑とともにだ。

 神秘の色合いを持った碧い瞳が「キッ」と強気な視線を送る。

 チョコンとした八重歯を見せピンクの唇を笑みの形にした。

 禁呪の天才プリンセス、エロリィが本気になっている。


「おい、止め――」


 シギャァァャァァァァァァァァァァァァァァ――――!!


 止めに入った俺の言葉が、密林を震わせる絶叫に遮られた。


「なんだ一体?」

「もうね、なによこれ?」

「あはッ、なにこれ?」

『カオス・ドラゴンかしら?』


 戸惑う3人。

 俺の中に引きこもる精霊のサラームがどうやら正解のようだった。

 

 俺は上空を見た。

 樹木の葉で遮られた視界。辛うじて開いたその視界の中にいた。


「混沌竜(カオス・ドラゴン)か…… って……」


「なによ? 何頭いるのよ?」


 1頭でも1個師団。完全武装の兵力2万人に匹敵するといわれるドランゴン。

 それが、混沌竜(カオス・ドラゴン)だった。

 しかも1頭だけじゃない。数十頭の群れが空を飛んでいた。

 金色をした古代魚のような鱗を持った巨大な竜だ。


「あはッ、何か逃げてるみたいだね」


 ライサの言う通りの感じだ。俺もそう思った。

 なにかから、必死に逃げているような感じだ。

 

 ヒュルルルルルゥゥゥ~


 風を切る音が聞こえる。

 上空に黒い点のような物が見えた。

 スルスルと黒い点のようなものが飛んでいくのが見えた。辛うじてだ。

 その黒い点が、混沌竜(カオス・ドラゴン)の1頭と重なった――

 その瞬間。


「ガギャァァァァ、ァ、ァ、ァ――ッ…・・・」


 長い首をうねらせ、カオス・ドラゴンが吼えた。

その声が途切れる。


「おい、なんか落ちてくるんじゃね」

「もうね、こっちに向かって落ちてくるのよ」

「あはッ、もう死んでるのか?」


 巨大で金色の物体が落下してきた。

 直上だった。


        ◇◇◇◇◇◇


「はぁぁぁん、らめなのぉ、らめぇ~ 強すぎなのぉ、魔力回路が突き上げられて変になっちゃうのよぉ~

 ああああ、魔素がぁ、濃いのよぉ、ドロドロになっちゃうのぉぉ、魔力回路から溢れちゃうのよぉ~

 あん、あん、ああああああぁぁぁぁ~ 魔力が、凄い魔力が来ちゃいそうなのぉぉ、もっと、もっとなのぉ~

 もっと欲しいのよぉ。この小さな体の中の魔力回路をパンパンにするまで、いっぱい欲しいのぉぉ~

 奥に、奥まで届いて、ガンガンくるのぉ、そんなにいっぱい出したら、凄いことになるのぉぉ~」


 エロリィの禁呪が密林に木霊する。魂を揺さぶるような荘厳で清浄な調べだった。

 聖装衣・エローエから発する魔力光が彼女の全身を包み込んでいた。


「あはッ! ぶち殺してやる!!」


 ライサが叫んだ。釘バットを振り回す唸りが大気を切り刻む。

 巨大な樹木を垂直に駆け上がり、そこから跳躍する。

 一瞬でその身を空中に舞わせていた。緋色の弾丸(ブリッツ)の射出だった。


『アイン、こっちはいいの?』

『まあ、大きいのが降ってきたら、切り刻もうか』

『分かったわ』


 上空からこちらに向けて落ちてきた混沌竜(カオスドラゴン)。

 まずは、エロリィの禁呪が炸裂した。

 眩い閃光が、密林を貫き、上空に伸びる。


 ボゴォォォォ!!

 落下してきた混沌竜(カオスドラゴン)の身体にどでかい穴が開いた。


「もうね、脆すぎるのよ! 突き抜けちゃったのよぉぉ」


 エロリィが叫ぶ。普段は禁呪を発動させるとWピース、アヘ顔になってしまうエロリィ。

 しかし、「聖装衣・エローエ」の効果だろうか。そのような様子はなかった。


 エロ漫画にしか見えない紋様の書かれた服が「聖装衣・エローエ」だった。

 それも、タオルに穴をあけ、首を突っ込んだだけの作りだ。

 魔力の圧力でパタパタとはためき、エロリィの白い肌。そのキワドイとこまで見えそうになる。


「あはッ! 殺す! ぶち殺す!! 肉片にしてやるぅぅ!!」


 絶叫の尾を引きながら、ライサが跳んでいた。

 振り回した釘バットが直撃した。

 空中で巨大なカオスドラゴンをボコボコにぶん殴っていた。


「あ~、落下場所がずれたかな……」


 エロリィの禁呪の閃光直撃と、ライサの釘バット連打。

 それで、混沌竜(カオスドラゴン)の落下場所がずれた。

 直撃は無さそうだった。


『私もなにかぶち込みたいわ』

『別にいいだろ。もう、死んでるみたいだし、直撃コースじゃねーし』

『じゃあ、生きてるのを狙って撃ちたいわ。皆殺しも出来るわ』

『それ、無益だから』


 なにかから逃げて遠ざかっていく混沌竜(カオスドラゴン)たちが小さくなっていく。

 本当は凄くでかい。1頭の存在感が、超高層ビルのような感じだ。


「アイン、落ちてくるのよ!」


「ここなら、大丈夫じゃね?」


 地響きを立てて、引きちぎれた首が地面に激突。

 そして、ベキベキと密林の樹木をへし折りながら、巨大な肉塊が降ってくる。

 やはり、直撃コースからは外れていた。しかし、それなりに近くに落下してくる。


 ドガァァッァアアアーン!!

 

 轟音を響かせ、一番でかかった肉の塊が落ちてきた。

 気が付くつと、周囲の緑の木々に、血がまとわりつき、赤黒くなっている。

 密林のよどむような空気の中に血の匂いが充満してきた。


「あはッ! アイン、大丈夫?」


「ああ、別に大丈夫だが……」


 巨大な肉塊の上に乗っかっていたライサだ。

 ふわりとジャンプして、地に降り立った。

 身体能力だけで言ったら、俺が全力出しても彼女に勝てる気がしない。


 緋色の長い髪を揺らしこっちやってくるライサ。

 きめの細かい小麦色の肌に、のびやかな四肢を持った美少女。

 細くしまった腰に、目が釘付けになるようなボディライン。

 どこに、このようなパワーがあるのか。


「ねぇ、お腹すいたし、この混沌竜(カオス・ドラゴン)を食べよう」


 ライサは、ルビー色の瞳で俺を見つめてそう言った。


        ◇◇◇◇◇◇


「ん~ 美味いなこれ……」


 落ちてきた混沌竜(カオス・ドラゴン)の肉を適当な大きさに切って、木の枝を刺す。

 それを突き立て、たき火を起こし焼いた。

 味付けは、持っていた荒塩だけ。香辛料もなにもない。

 

 それはいかにも「肉」という感じの味のする「肉」だった。

 神聖ロリコーン王国では、何かに漬けた「にんじん」とか「キュウリ」しか食べていなかった。

 肉を食べるのが久しぶりな感じだった。


「なんか、肉だな――」


 当たり前の言葉しか出ない。

 俺は肉を頬張りながら、その言葉を口の中でつぶやく。


 ライサもエロリィも食べていた。

 ライサの食べる量が半端ない。

 しかも、ドラゴンの骨まで砕いで食べている。

 どういう咬合力なんだ……


 この許嫁が嫁になって、アレやコレやするときに、この咬合力は怖いなと一瞬だけ思った。

 いや、もうやっているのか?

 どうなんだ?

 俺の記憶は途切れ途切れなのだ。


 この許嫁たちとエッチなことをするのは気持ちよすぎた。

 人の限界を超えている。

 途中で脳細胞が溶けてしまうような感じで意識が保てない。

 俺は「シュレンディンガーのDT」だけでなく、他のこともやっているのかやってないのか分からない。

  

 俺は肉を頬張る、ライサとエロリィを見つめて考えていた。

 そして、本当であれば、ここにもう一人いなければいけないことを思った。


「なに、熱い眼差しで、私を見ているのよぉぉ? アインは肉の次に私の『肉』が欲しくなってるのよぉ」


 エロリィの碧い瞳が淫靡な光に満ちてきた。

 北欧ビッチ。ナチュラルボーンビッチの眼差しで俺を見つめる。

 そして、棒に突き刺した肉に舌を這わせた。

 下から上に向けて、ねっとりとピンク色の舌が這っていく。


「いや、そうじゃなくてな……」


 前かがみになって俺は言った。


「あはッ! 食欲が満たされたら、次は……ってことか? いいよ! 外でってのも悪くないよね」


 なにを外でやる気なのか?

 緋色の髪をした超絶美少女もガチになっているようだった。

 指についた肉汁を妖しい舌の動きでなめとっていく。

 ヌラヌラとその指が光を反射する。


「そうじゃないから! いや、肉食ったから、野菜が欲しいなって! 野菜ないかなと思ってたんだよ!」


 俺は話を逸らした。

 ここで、おっぱじめるのも悪いとは言わない。

 むしろ歓迎だ。以前の俺なら大歓迎。

 もし3人そろってたら絶対にNOとは言わない。言えない。

 しかし、今は急いでいるのだ。


 目先の欲望に流されてはいかん。

 俺も成長しているのである。


「持ってるのよ!」


「え?」


 エロリィの素早い手の動き。

 目で追えなかった。

 ただ、その動きが巻き越した風で、エローエが持ち上がり、白い肌が見えた。


 その手にはいつの間にか緑で太く長い物が握られていた。

 白い指が愛おしそうにその太い物を握っていた。


「なにそれ?」


「もうね、ズッキーニなのよ! 私も漬けておいたのよ! ずっと漬けっぱなしだったのよッ」


 それはキュウリとヘチマの間くらいの大きさのズッキーニだった。

 なんか、ヌラヌラと表面が濡れている。

 神聖ロリコーン王国の伝統料理か? 


 ズッキーニを片手に握ったエロリィが立ち上がった。

 俺の方に歩みを進める。

 

「私が食べさせてあげるのよぉ」


 金色のまつ毛が沈み込み、妖しげな色を持った影が瞳にできる。

 

「よう―― 人の獲物を勝手に食ったらダメだぜ」


 密林から野太い声が響いた。

 エロリィの動きが一瞬止まる。

 ライサが立ち上がった。

 

 俺はその声の方向を見た。

 密林の陰、生い茂る木々の合間から現れた。


 でかい――

 俺の爺さんであるガルダフ3世と同じか、それよりデカイか……

 筋肉の塊のような男がそこに出現していた。

 上半身は裸だった。柔道着か空手着のような物を履いていた。

 今までなぜ、気がつかなかったのか?

 

 その男の身体から、凄まじい熱量のこもった気のようなものが溢れだしていた。

 俺は警戒した。 

 呼吸を整え、ゆっくりと間合いを空ける。

 

「お…… お父さん――」


 ルビー色の瞳を見開き、ライサがそう呟いた。

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