第九四話:復興大臣エルフの千葉
「さて、問題はだ――」
バラのような鮮やさと、瑞々しさを見せるその唇がスッと開いた。
エメラルドグリーンの光を放つ長い髪。
同系の神秘的な色を湛えた瞳は、その場に居並ぶパンゲア王国の重臣たちを見据えていた。
パンゲア城、大会議室。
そこに呼び出されている者の多くは、パンゲア城が包囲されていたときに、この城にいなかった重臣たちであった。
多くは、大陸に巨大な領地を持つ地方貴族と言う存在だった。
エルフの千葉――
精霊マスターとして第二次ノンケ狩り戦争を勝利に導いたアインザム・ダートリンクの盟友にして許嫁。
更には、パンゲア王国の国王であるガルダフ3世により、戦災&天災復興大臣に任命された存在である。
パンゲア城内の大会議室は、その荘厳なエルフの美少女の声だけが響いていた。
いや、正確には美少女と呼ぶのは間違っている。
エルフの千葉は、男であり女でもある。その可能性が重なり合った量子力学的不確定性原理の中で揺らいでいる存在だからだ。
その性別は、観測によりどちらかに収束することになっている。
波動関数が収束しなければ、男女の可能性が重なり合っている存在だ。
「この戦争において、貴君らがなんら王国に貢献をしていないという事実―― これは、重い」
「しかし、それはガチホモどもの、薄汚い奇襲攻撃で――」
重臣の1人が立ち上がり弁明した。
「だまれぇぇぇ!! キサマぁぁぁ、そもそもだ。王国における重臣とし、日々その地位に安寧し、贅沢を享受できるのは、非常時に命をなげうち、王国のために死ぬという契約を履行するためなのだぁぁ!! その契約を破り、おめおめと王の前に出てくること自体が、万死に値するッ!!」
バーンとテーブルを叩き、エルフの千葉が叫んだ。
刃のような舌鋒の前に、重臣は呆然とするしかなかった。
「このエルフの千葉が、戦災&天災復興大臣に任命されたからには、怠惰で無能な味方は許さん。粛清だ。断罪だ! いいか、この私の言葉は、王の言葉である! 王の言葉は神の言葉だ! 王は神より統治すべき正当性を与えられた唯一無二の存在なのである! 神は絶対なり! 王は絶対なり! よって、この不肖エルフの千葉も絶対なのであーるッ!!」
エメラルドグリーンの髪の毛を振り乱し、テーブルの上に立ち上がったエルフの千葉。
すらりと細く白磁のような色を見せる脚が重臣たちの前に晒される。
しかし、糾弾され中の重臣たちにとっては、その美しさも意味の無いものであった。
溢れでる洪水のような言葉が奔流となって、会議室を支配していく。
彼(彼女)の声が響き、会議室の空気がビリビリと震えだす。
「人民裁判だぁぁ!! 無能な統治者は人民によって裁かれねばならない。死ね! ブルジョア権力! 資本主義搾取階級よ! 立ち上がれ万国の人民諸君! この第二次ノンケ狩り戦争における最大の戦犯は誰か? それは、敵ではない。無能で怠惰な味方、キサマたちのような存在であーる!! 処刑だぁぁぁぁ! 火あぶりだぁぁ!! 蓑踊りだぁぁ! 一族郎党根切りにするのだぁぁぁ!!」
拳を握りしめ絶叫するエルフの千葉。
あまりの迫力と、予想だにしなかった展開に、パンゲア王国の重臣たちが顔が真っ青になる。
事実、彼らが「第二次ノンケ狩り戦争」で無能を露呈したのは確かなのだ。
重臣の多くは早々に王都を脱出し、自分たちの領地に逃げ帰った。
そして、中には、ガチ※ホモ王国に若い男の肉奴隷を捧げ、延命を図ろうとした領主さえいた。
全ての重臣たちが不忠義であったわけではない。
しかし、特に大きな領土を抱えた領主は、パンゲア王国の中枢が攻撃されると、早々に逃げてしまったのだった。
確かに、ガチ※ホモ王国の快進撃は、ガチホモ兵の精強さもあった。
バディシステムによる、愛の結束で結ばれたガチホモ兵は、恐るべき存在であった。
そして、魔法のリングの存在。
貫かれれば、ガチホモ転生してしまうという恐怖。
それは、死をも超越した恐怖を彼らに与えていた。
しかし、序盤におけるパンゲア王国の敗走はそれだけでは説明がつかなかったのだ。
エルフの千葉は、調べ上げた。
そして、付きとめた。
この王国のシステムが、腐りかけていると――
あまりに巨大化し、安定した権力は、その組織を腐らせる。
無能を排除する機会がなくなり、合理的な人材の淘汰が行われなくなるからだ。
高校生にしてヲタでロリ、おまけに被虐趣味の末期症状を発症。
女体化TSをあっさり受け入れる適応力。しかもエルフ化も無問題。
日々異世界転生、転移を想定し準備を行ってきた男子高校生。
そして、その頭脳は学業においても千葉県下でもトップクラスの成績を残す。
アインの婚約者であり、心の友であるエルフの千葉とはそのような存在であった。
戦犯の炙りだしによる体制の変革――
エルフの千葉の狙いはそこであった。
「クッ!! このエルフ風情がぁぁ!」
エルフの千葉の言葉に剣を抜き、立ち上がった重臣。
しかし、その動きは一瞬で止められた。
喉元に、槍の穂先がつきつけられていたのだ。
「ガ…… ガチホモ傭兵団か……」
その重臣は、喉に槍の切っ先を突きつけられ、絞り出すように言葉を吐いた。
「大人しく、お座りください」
口をVの字型に釣り上げ、エルフの千葉が言った。
エメラルドグリーンの瞳が冷たく光っている。
重臣は静かに剣を捨て、力なく席に座った。
ガチホモ傭兵団は、エルフの千葉に一礼をするとスッと下がる。
エルフの千葉は、旧ガチ※ホモ王国の残党を利用していた。
「ガチホモ共和国臨時政府」を立ち上げ、共和国大統領にエロリィの奴隷となったガチホモを擁立。
同じ神(エロリィ)を崇める者として協調体制を造り上げていた。
ガチホモの聖地である「ハッテンバー」に自治領を置き、そこから傭兵団を編成。
形としては、パンゲア王国がガチホモ傭兵を雇っていることになる。
しかし、実態はエルフの千葉の私兵のような物になりつつあるのだった。
「跳ね返って損をするのは、アナタ達であることを忘れぬことですな」
エルフの千葉は言った。
「パンゲア王国は変わらねばならない。それは、神に選ばれし、高貴なる身の責務である。そのためには、この戦争における責任の所在、そして、徹底的な断罪を行うべきであると、私は考えるわけだが――」
相変わらず、テーブルの上を歩きまわりながら、演説を続けるエルフの千葉。
「しかしだ――」
ふっと言葉の調子を変えた。
そして大きなテーブルの上をツカツカと歩いて行く。
クイッとエアメガネを持ち上げるポーズを決める。
「我らとて、鬼ではない―― 流血の連鎖は決して王の望むところではない」
「では、我々は?」
重臣の1人が声を上げた。
「領地は没収だ―― キサマらの土地は全て、パンゲア王国の直轄地とする。王国より派遣する行政官の指示、監督の元、領地に留まることを許す」
ざわつく会議室。
ここで、反論を行えば、後ろに控えているガチホモ傭兵団が即座に動く。
しかし、領地を奪われるということは、彼らにとっては重大な問題だ。
「分かりました。私はその領地をパンゲア王国に捧げます。これを持って、王国への忠誠の証とします」
重臣の1人が立ち上がった。
「私もです。もはや、領主としての責務を果たせず。本来であれば、火あぶりもあり得たところ、国王陛下と、大臣閣下の温情に、報いたいと思います」
もう一人の重臣が立ち上がり、絞り出すような声で言った。
これで会議の大勢は決まった。
全ての重臣が、領地をパンゲア王国直轄にすることを了解したのであった。
◇◇◇◇◇◇
「見事でございますな。復興大臣エルフの千葉様」
読み上げソフトのような平坦な言葉。
侍従長のセバスチャンだった。
「まあ、国王陛下には、銀シャリのおかゆライス、お代わりし放題の夢に一歩近づいたと説明しておいてくれればいい」
エルフの千葉は、与えらられた執務室で、ノートPCを開いていた。
バッテリーで起動するノートPCが青白い光を放っている。
「重臣たちの中に、あらかじめサクラを仕込み、会議の大勢を支配する―― さすが、アイン様の盟友であり、ご婚約者でありますな」
セバスチャンの言うとおりだった。
領地の明け渡しを宣言したのは、こちらが仕込んだ領主なのだ。
ガチホモ兵に攻め込まれ、自治能力を喪失した領主を混ぜ込み、サクラに仕立て上げたのである。
「んなものは、謀略ともいわん――」
書類を見ながら、言い放つエルフの千葉。
無駄にIQの高い彼(彼女)は、セバスチャンの指導により、異世界の文字をある程度読めるまでになっていた。
そこで、報告されている各種の数字を、表計算ソフトに打ちこんでいるのだ。
更に、計画値が設定され、ある種の予算計画表のようなものがそのモニターには映されていた。
「徴税の問題と、米の確保はなんとかなるだろう。奴らため込んでやがるはずだ」
「徹底的に搾り取りますか?」
血も通わぬ平坦な声でセバスチャンが言った。
「いや、その必要もあるまい。地方領主という中間統治がなくなり、統治形態が単純化されたことにより、無用な簒奪をする必要は無くなる」
「ほう、興味深いお話ですな」
全く興味なさげな棒読みな感じでセバスチャンが言った。
「国民の消費増大による経済成長。まずは、天変地異により破壊された流通インフラの整備への公共投資か…… 王都の建設もその文脈で語らねばならんな。あわせて海路の開拓―― 国家経済とは、どのようなものであるのか、このエルフの千葉が見せてやらねばなるまい」
椅子にもたれかかり、天井を見上げ、薄ら笑いを浮かべるエルフの千葉。
「問題はだ――」
エルフの千葉は、再びモニターを見つめながら小さくつぶやいた。
公共投資による経済の拡大。その着火点となるべき原資をどこから得るかだ――
領主から奪い取った直轄地は、まだ経営的には投資されるべき対象だ。
投資する側。つまり、金だ。金が必要なのだ。
なんどシミュレーションしても、原資の不足は明らかであった。
ただ、これ以上の簒奪は、治安の悪化を招き、それは国庫を圧迫するという悪循環を招きかねない。
「どこかに、金を溜めこんでいるところはないものか? たやすく搾り取れそうな……」
「ございますな」
「は? あるのか?」
「はい」
別に期待して言ったわけではない。
だが、あっさりとセバスチャンから情報が得られそうだった。
「どこだ! どこに?」
「大陸一の温泉街、自由自治の村、フィナーバッシュヘルズセンタ村にございます」
抑揚のない声で侍従長は言った。
「フィナーバッシュヘルズセンタ村? 温泉街?」
エルフの千葉は緑の瞳を細めて考える。なにか、記憶の底にその名前があったような気がしたのである。
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