第二六話:冒険者たちのキャンプ

 シャラート、ライサ、エロリィは回復の水玉の中で、傷をいやした。

 シャラートは、両腕が千切れかけていた。

 ライサは、腹をぶち抜かれ内臓が飛び出していた。

 エロリィは片腕が斬りおとされていた。

 

 それが全快している。重症患者が10分くらいで全快した。

 もう全員が回復の水玉から出ていた。

 

「これは、ブラック・ジャックも嫉妬でよろしくしてくれないレベルですな」

 サラームに代わって、エルフの千葉次郎(仮称)が言った。


『魔法で、生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね――』

 負けずにサラームが俺の頭にささやく。


『サラームは奪うのは好きだろ?』

『うん、救うのはあまり好きじゃない。面白くないわ』

 命を奪う方が大好きな精霊様がキッパリと言った。清々しい。

 本当にコイツは精霊という存在にカテゴライズしていいのか?

 まあ、今回全員が助かったのは、サラームのおかげではあるが。


 俺の前に3人の許嫁たちが立った。

 そういえば、この3人も殺伐としている。


「アイン、やはりあなたは無敵ですね。信じていました」

 俺に「逃げろ」といっていたお姉様は俺をべた褒めだった。

 シャラートは、赤ちゃんのときから、俺にガチ惚れだし。

 今回の件で、さらに俺に夢中になったのかもしれない。

 まあ、それはいい。このおっぱいを自由にできる未来。もしくは現在は非常に魅力的だ。

 俺は、そのおっぱいを見た。「俺専用・予約済」と書いておきたいくらいだ。


「本当に強いんだな…… 私より強い…… そんな男がいるんだな」

 緋色の髪をした美少女が、俺に熱こもった視線を送ってきた。

 ルビーの色をした赤い瞳だ。

 傷はキレイに治っている。細いウェストから腰、胸と体のラインがもはや芸術。

 この芸術が傷物にならないでよかったと思う。

 まあ、傷があっても、それはそれで萌えるかもしれないが。難しいことろだ。

 

「もうね、余計なのよ! 助けてなんて頼んでないのよ! でも…… 強いのは好きかも」

 プンスカという感じで俺を睨むエロリィ。しかし、その頬はピンクに染まっている。

 金色のまつ毛が沈み込み、優しげな影を作る。碧い瞳には俺が映っている。

 金色の長いツインテールがまだ水にぬれて乾いていない。だが、それもいい。

 ギュッと抱きしめたくなる可愛さだ。可憐と言ってもいい。


 エルフの千葉次郎(仮称)がエロリィの前に立った。エメラルドグリーンの瞳。同系色の長い髪。

 このツーショットは、まさに幻想世界だった。エルフの中の人は男子高校生だったけど。


「エロリィちゃん。聞きたいことがある――」

 真剣な眼差しでエロリィを見つめるエルフの千葉(仮称)だった。

「ん? なによ?」

 エロリィが千葉(仮称)を見上げる。

「重要な質問なんだ。正直に答えてほしい」

「だから、なによ?」

「生えてる? 生えてない?」

「生えてないわよ!」

 バーンと誇らしげに胸を張って答えるエロリィ。

「そうですか……」

「ふん! そうなのよ!」

「来てますか? 来てませんか?」

「来てないのよぉぉ! まだなのよ!」

 金髪ツインテールを揺らし、エロリィは断言した。

「なるほど……」

 額に人差し指を当て、エルフとなった千葉(仮称)は言った。


「生えてない―― そして来ていない―― 素晴らしいことです」

 美しい旋律のような言葉が空中に溶けて流れ出した。


「なあ、アイン」

 ふわりと緑の髪を揺らし、俺の方を向いた千葉(仮称)のエルフ。


「ん、なんだ千葉(仮称)」

「私は正妻でなくてもいいかもしれない――」

「なんだと?」

 つーか、正妻以前に、許嫁とかも嫌だから。

 いくら外見が美しいエルフでも中身が千葉君だよ。2年B組、出席番号18番の男子高校生だから。

「エロリィを正妻にしてくれ」

「あ、アンタ! いいエルフね!」

「ああ、私は良いエルフだ。エロリィちゃんと仲良くなりたい――」

「いいのよ! アンタとなら、仲よくしてやってもいいのよ」

 二人の間でなんか同盟みたいなのが出来た。

 

 シャラートとライサが苦い顔で見つめている。


「なんだ? 急に?」

 俺は言った。

 つーか、側室も嫌なんだけど。

「3人で仲良くするのがいい。俺はエロリィちゃんの敵になりたくない。仲良しになりたい。ああ、やはりエロリィちゃんはいい――」

 美しいエルフがとてつもなく、下品なことを考えているのが分かった。

 下心丸見えだよ。隠そうともしてないけど。

 俺だって、中身が千葉君じゃなきゃ3人で仲良くして、色々するのは大歓迎だよ。

 金髪北欧美少女とエルフとさぁ、ベッドでもお風呂でもこの地上のありとあらゆるところで、仲よくしたいよ。

 でも、でもダメだよ。中身が千葉君だもん。

 却下。


「アイン。とにかく下に戻ります」

 ムッとした顔でシャラートが言った。

「ああ、そうだな。ここから出れることを教えてあげなくちゃな」

 俺は言った。

 とにかく、このダンジョンから出られるというのは朗報だ。

 早く、伝えてやるべきだろう。 

 俺たちは、下の階層へ向かった。拠点となっている部屋だ。

 クラスの連中が待っている。一応、これでお天道様を拝めるわけだ。


        ◇◇◇◇◇◇ 


 夕刻になるのを待って、俺たちはダンジョンを出ることにした。

 夜は危険だし、昼間では光に慣れていない目を傷める可能性がある。

 

「ここは、先生が引率するの。いい、天成君、教師として、いいえ、大人の女として、皆を導いてあげるの、うふ(ああん、こんな明るいとこで、いきなりなんて…… どうしましょ。ううん、いやじゃないのよ、天成君。でも、はずかしいわ。だって、若い女の子と明るいところで比べられたら…… いいのかしら? こんな先生で)」

 善悪を超越した教師が引率して、俺たちはダンジョンを出た。

 魔族と融合してしまった俺たちの担任で英語教師の池内真央先生だ。


 ダンジョンは草原の中にある石造りの遺跡のようなものが入り口になっていた。

 結構立派な構造物だった。ただ、相当な年数が経過していると思われた。


 夕刻で、陽は大きく西に傾いていた。これなら、目もさほど痛くない。

 クラスの連中も感動していた。「やった!!外だ!」とか「空が見える!」とか「空気が…… 風が……」とか声が上がる。しかし、まだ日本に帰れたわけではない。というか、日本に帰れるかどうか、分からん。先行きはかなり厳しい。まあ、俺は転生したから、こっちの世界の人間だしどーでもいいんだけど。


 俺は池内先生を見た。つーか、この姿でいいのか?

 大丈夫なのだろうか?


 プルンプルンと巨大なおっぱいを揺らしながら歩く池内真央先生。

 ボンテージの衣装は必要最小限のところしか隠していない。

 背中に羽が生えてパタパタしているし。

 金髪をかき分け螺旋を描く角が生えている。

 どーみても人間じゃないし。

 まあ、このまま日本に帰ったら、完全にアウトだとは思う。お巡りさんが飛んでくる。

 異世界で、アウトかどうかは分からない。

 シャラートとかは、元々人間だと知っていての対応だし。

 魔族の姿ってどーなのか……


「おい、煙だ」

 俺のオヤジのシュバインが言った。

 早くコイツの魔力回路がガタガタに錆びていなければ、とっとと王国に転移できたが、文句を言っても仕方ない。

 確かに、オヤジの言うとおり森の方から煙が上がっていた。何本も。

 なんだ?


「ああ、確かに煙だ」

「うむ、煙だな。ここは、あそこに、行かずばなるまい」

 エルフの千葉君が言った。

 ビシッと断言する。

 おっぱいの下で腕を組んで仁王立ちする。


 エルフの美少女の皮をかぶった男子高校生だ。

 肩から大きなカバンを下げている。

 夢と希望の詰まったカバンだ。

 コイツを許嫁から排除したいが、それができない理由でもある。

 ノーパソ、ソーラ充電器、ハードディスクに情報満載なのだ。

 そのハードディスクにはありとあらゆる情報が叩きこまれているらしい。

 アニメも専用ハードディスクで10テラバイトだ。

 サラームもしばらく我慢できるだろう。


 千葉は、平素から異世界転生、異世界転移の機会を待って準備していた傑物だ。

 まあ、今はエルフになっちゃったけど。

 

「あらあら、じゃあ先生が引率します、うふ(ああん、先に行ってしまうなんて、はしたない女と思われないかしら)」


 俺たちは、池内先生を先頭にぞろぞろと歩いて行った。

 あー、なんか魔王とその手下とかに見えたりするんじゃないかとか思ったりした。

 

 しばらく行くと煙の原因が分かった。炊き出しをしていた。

 でかい鍋でなにかを煮込んでいる。良い匂いがした。でかい鍋から、湯気が立っている。

 バケツで煮こんだクソまずいモンスターのクズ肉ばかり食っていたので、口の中によだれがでてくる。

 なんという良い匂いだ……


「ああ、冒険者のキャンプかぁ……」

 シュバインが言った。


 冒険者たちが、ドンブリみたいな食器をもって、列を作って並んでいた。

 全員、どんよりとした目をして順番を待っていた。


「あ〇りん地区みたいだな。アイン」

「確かに、なんというか、冒険者という感じゃないな。千葉(仮称)」


「おーい、まだかよ! 腹がペコペコだよ」

「はーい、大丈夫ですから、まだまだたっぷりありますから」

「くそぉ、早く食いたい」


 時々列から声が上がる。


「オヤジ、ちょっといいか?」

「ん? なんだ?」

「これ、冒険者なのか」

「冒険者たちだろ。おそらく、あのダンジョン攻略を目指していたんじゃないか?」

「なんで、ダンジョンにいないで、こんなとこで炊き出しの飯食ってんだ?」

「さあなぁ…… ああ、教会の炊き出しかぁ」

 炊き出しの鍋のところに、この世界で最大の信徒数を持っている教会の旗が立っていた。

 あまり宗教には興味がないので、よく知らんのだが。


「教会のボランティアだな。冒険者への炊き出しは」

 まんまホームレスだな。

 つーか、この世界の冒険者の社会的地位ってどーなってんだろ?


「よー、お兄ちゃんたち、早くならばねェとなくなっちまうぜ」

 冒険者の1人が話しかけてきた。 

 俺たちは、列に並んだ。炊き出しの飯を食うためだ。


 俺は、列に並んでいるときに、冒険者の人に、色々訊いた。

「すいません、なんで、こんなに冒険者いるんですか?」

「あー、ちょっとなぁ、お前さんは新参か?」

「ええ、さっき着いたばかりで。皆さん、あっちのダンジョンが目的なんですよね?」

「ああ、そうだな」

「なんで、みんなダンジョン入らないんですか?」

「ヤバいからな。人数を集めて一気にいくんだよ。まだ人数が足らねェ」

 俺は周囲をみた、ホームレスみたいな冒険者が数千人いるような気がした。

 まさしくあいり〇地区だ。

「ヤバいんですか?」

「ああ、ヤバいぞ。ここのダンジョンは、すげぇのがいる」

「あらあら、怖いお話ですね、うふ」

 俺の後ろに並んでいた池内先生が話題に食いこんできた。

「ああ、おっかないぜ」

 髭面の、いかつい男が、震えるように言った。

「1か月くらい前だがな、第一陣として突っ込んだ500人が入り口付近で瞬殺された。全滅だ」

「ほう……」

「あらあら、怖いわ――」

「いや、しかし全滅なのに、どうしてそれが分かったのですか?」

 エルフの千葉君も話題に参戦してきた。

 こいつまだ、トカゲの頭持ってんだけど。

「3人ほど、半死半生で戻ってきた。その話して死んじまったがな」

「へぇ……」

「つーか、そいつがダンジョンの主じゃねえんだ。もっと恐ろしいのが奥にいるんだよ」

「あらあら、そんな怖い物がいるなんて、天成君、先生、怖くなってしまうの、どうしたらいいのかしら?」

 先生がすっと俺に身を寄せてくる。

 巨大なおっぱいに自然に視線がいく。


 冷たい殺気を感じた。

 食器を持って、別の列に並んでいたシャラート、ライサ、エロリィが刺すような視線でこっちを見ていた。

 俺は、スッと先生から離れる。危険だ。この先生は危険だ。色々と。


「なんかよ、噂じゃ、時の始まりから、神々と戦い、封印された魔王がいるらしいんだよな――」

「ああん、そんな怖いのが…… 私たち、そんなのに出会わなくてよかったわ。うふ、天成君」

「うーん、そんな恐ろしい魔王がいたのかぁ…… 早々に脱出して正解だったか」


 俺は釈然としないものを感じながら、炊き出しの列に並ぶのだった。


「でよ、今回は人数をいっぱい集めて、飽和攻撃でいくんだ。ダンジョンを人で埋め尽くす――」

「人民解放軍の人海戦術か……」

『あれね! カ〇ジの「沼」攻略みたいなものね』

「なんだ、キレーなねーちゃん、その『じんみんかいほうぐん』って?」


 しかし、なんという雑なダンジョン攻略なのか。

 冒険者の矜持もくそもあったもんじゃない。


「おい、ところで、お前、臭いが凄いな。風呂入ってるのか?」

「ああ、最近は事情があって、体をふくだけだったかなぁ」

「なら、この先の村行けよ、いい温泉が出てるぞ」


「温泉だと!」

「温泉ですと!」


 俺と千葉が叫んだ。千葉の声はエルフの声。キレイな空気を清浄にするような声だった。

 温泉だ。

 よし、行くか!

 クラスの皆も賛成だろう。

 俺たちの次の行き先が決まった。

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