第二五話:俺最強! 超つぇぇ! マジか?

 灼熱の業火。

 遠巻きに見ているだけで眼球の水分が蒸発しそうな熱。


「もがぁぁぁあああ!!」

 断末魔の悲鳴を上げているモンスターだった。

 魔王の眷属と自称したガルガリオス。

 もはや勝負はついたんじゃないかと思った。

 

「なんだあれ?」

 エルフになった千葉次郎(仮称)がつぶやいた。


 倒れていたガルガリオスから一本の腕のような物が天井に向かって伸びた。

 ブワっとその腕が大きく広がった。腕の先に巨大な球体が出来上がった。

 それが爆ぜた。水だ。

 滝のように水が叩きつけられている。

 一瞬で、水は蒸発し、もうもうとした濃厚な水蒸気が発生。その水煙で一気に視界が悪くなる。

 息も苦しい。熱気を持った水蒸気で肺が焼けそうになる。


「水魔の腕―― 我が傷は回復する」

 ヌルヌルとなった空気の中を重い声が響く。ガルガリオスの声だった。

 水蒸気で悪くなった視界の中をゆっくりと巨体が立ち上がったのが見えた気がした。


「アホウなの! なんで、起きてくるのよぉ! 禁呪直撃なのよ!」

 エロリィが言った。


「ちぃぃ! 殺してやる! もっと殺してやる! 死んでも殺す! 殺す! ぶち殺してやる!」

 喜悦の混じった叫びをあげるライサだった。

 湯気のせいで場所がよくわからない。


 バシュ――

 「ガッ!」

 なにかが弾ける音、そして短い悲鳴のような叫び。

 なんだ?


 水蒸気の中から光の筋が走った。空間を切り裂き、俺の顔のすぐ脇を通過した。

「水?」

 ばしゃぁあぁ――

 壁に水が当たり、弾かれ、俺にかかった。

 壁が大きく削れていた。いや、完全に貫通して切断されている。通路からの光が部屋に差し込んでいた。

 

「これは、ウォータジェットですな」

 トカゲの首を2個、髪の毛にぶら下げているエルフの美少女が言った。元男子高校生の千葉。俺の友だった。今は婚約者の1人……。


「がぁぁぁあああ!!」

 悲鳴だった。肺の中の空気を一気に吐き出すような悲鳴。

 俺の視界の端にクルクルと棒のような物が宙を舞っているのが入ってきた。

 なんだ?

「ぽっと」っと俺の足もとにそれは落ちた。

 腕だった。誰の腕だか一目でわかった。小さく繊細な腕だった。

 細く精緻な芸術品のような指。白い皮膚の色。


「くそがぁぁ!! 天才の私の腕をぉぉ! 殺してやるわよぉ~」

 苦痛にゆがんだ憤怒の声。エロリィだった。

 左手を押さえ、よろよろと姿を現した。

 いつもは可愛らしい八重歯が牙のように光っている。

 右手を左手で押さえていた。

 押さえている箇所から、ぶっ壊れた水道管みたいに血が流れ出していた。

 腕が斬り飛ばされていた。


「殺してやるのよぉぉ」

 獰猛な笑みを浮かべながら、ゆらゆらと金髪ツインテールを揺らしながら歩いている。

 その目が、強い憎悪で燃えていた。腕が斬り飛ばされても、闘志が全然衰えていなかった。

 俺の前に歩み出て、斬り飛ばされた腕を拾った。

 金色の狂犬のような表情をしている。


「エロリィ! 今、俺が治す!」

 俺は、反射的に言ってしまった。

『サラーム! 頼む! 水の精霊を呼んでくれ! 回復を!』

『まあ、いいけど』

 サラームが下僕と呼んでいる水の精霊がやって来た。


 キッと刺すような眼差しで俺を見つめるエロリィ。

「ふざけんじゃないわよ! 自分で治せるのよぉぉ。手助けいらないのよ、殺してやる。絶対に殺してやるのよぉぉ~」

「だって、エロリィ」 

「私より、致命傷がいるのよぉ」

「え?」


 エロリィが視線を送った先を俺は見た。

 壁に背をあずけて肩で息をしているライサがいた。

 両手で腹を押さえている。

 指の間からは真っ赤な大蛇のような血がヌルヌルと流れ出していた。

「殺す…… 殺す…… 殺してやる…… ぶち殺して…… 死なす…… 殺す…… ド畜種がぁ……」

 怨念のこもった呪詛のような言葉。それを血の混じった呼気と共に吐いていた。

 口からも大量に血が流れている。


『内臓飛び出てるわ。あれ、死ぬわね。このままじゃ』

 サラームが言った。

 最初の短い叫びはライサのだ。

 腹をぶち抜かれたんだ。

 視界が……


 そうだ! シャラートが!


「シャラート! シャラート!」

 俺は叫んだ。


 キュン

 弧を描いて空を切り裂く2個のリング。

 シャラートのチャクラムだった。


 湯煙の中、黒い影に向かって飛んでいた。

 金属音とともに、それが弾かれたのが分かった。

 カーンと床に当たる音、そしてカラカラと転がる音が続いた。

 

 シャラートが投げたチャクラムだ。

 彼女の姿を見つけた。

 足だ。足で投げたんだ。

 だって、その手が……

 シャラートの両手はかろうじて皮膚と、数本の筋肉繊維でぶら下がっている状態だった。

 その手をぷらーんと前に垂らしながら、凄絶な笑みを浮かべていた。 

 俺に気づいた。

 口が動いた。

 「に・げ・な・さ・い」


「ここまでか? 所詮は小虫よ――」


 ゆらりと湯煙の中から黒く巨大な影が現れる。

 がルガルリオスだった。


「我が腕の6本の内、5本を使わせたのは者は500年ぶりか――」


「傷が…… 治ってる」

 ガルガリオスの両目も喉の傷も完全に治っていた。

 さっきの水か?


『サラーム! 治すんだ! 3人を治せ! 早く!』

『分かったわ』

 既に呼び出されていた水の精霊が動いた。

 巨大なシャボン玉みたいな水球に3人が包まれる。

 シャボン玉みたいに中は空気ではなくビッチリと水がつまっていた。


『回復の水で包み込んでおけば、敵の攻撃もしばらくは防げるわ』

 生命をクソとしか思っていないサラームにしては意外な対応だった。

 3人とも、水の中でここから出せと、主張しているのが分かった。

 バタバタと暴れている。

 声は聞こえない。声は出ないのだろう。


「千葉、先生と一緒に下がれ。いや、部屋から出ろ! 逃げろ。いいか、逃げろ!」

「正妻と候補としてそれはできないですな」

 クイッとありもしないメガネを持ち上げ、エルフとなった千葉が言った。

「ああん、私は先生なの、天成君の担任なのよ。教師として、ううん、私が大人の女として逃げるわけにはいかないの。分かって、うふ(ああ、なんで、男の子こんなにカッコいいのかしら。でもだめよ、私は教師なの、ああん。でも、本気になっちゃうわ。天成君、アナタが、悪いのよ)」


 いや、本当に足手まといだから。

 千葉は自分に酔うな。頼むから。

 先生はもう、どーすればいいんですか? アナタのような人がどうして教師なんですか?

 コミュ障どころの話じゃないんだけど。


 渦巻く疑問はは置いておいて、とにかく俺は敵を見た。

 俺の敵だ。こいつを倒さねばどうにもならん。

 絶対にだ。


『一撃でスパーンとできるか?』

 一瞬で決めてやる。戦いが長引けば、経験が無い俺は絶対に不利だ。

『魔力いっぱい使っていい?』

『ああ、使え、どうせ持っていてもしょうがねぇ』


 モンスターが俺の方に歩を進めた。

 俺を敵と認識している。


「ほう…… なにか? 混じっているのか?」

 溶岩がこねくり回されたときに出る音のような。

 重くねっとりとした声だった。


「我が最強の腕を使うか。闇穴の腕――」

 漆黒の腕がゆるゆると俺の方を向いた。

 

『閃風斬!』

 サラームの声がシナプス駆け巡った。

 全身の気根というか、なにかの力が全て外に向かって放出されていくような感じがした。

 衝撃波のような暴力的な空気の直撃を感じた。目も開けられない。

 自分の体がどこかに吹っ飛ぶような感じがした。


 バーーーン

 

 濡れた巨大なタオルを振りましたような音がした。

 俺はゆっくりと目を開けた。

 

 ガルガリオスはその場に立っていた。黒い腕を構えながら。

 なにごとも無かったかのように、立っていた。

 そして、俺の方をドーム状の眼球で見つめた。

 キュンと瞳孔が広がった。

 目玉があらぬ方向を向いた。まるで散眼のようにバラバラに動いた。


「強いな……」

 ガルガリオスはそう呟くと、「ガバァァ」と血を吐いた。

 墨汁みたいな血だ。

 

 肩口から袈裟懸けに斜めに血が噴き出した。

 亀裂の入った水道管みたいな感じだ。

 ずるっとそのまま、上半身がずれて落ちた。 

 袈裟懸けに斜めに、胴体が完全に切断されていた。

 そして、その後ろの壁。

 消失点の彼方まで、穴が開いていた。

 ダンジョンの範囲を超え、地中も穿っていたように思う。


『おいおい! なんだよこれ? いったい?』

『まあ、私がいれば、アインは最強ってことね』

『サラーム様!!』

『なーに?』

『これからも、よろしくお願いします!』

『考えておくわ』


 魔王の眷属は上半身と下半身を斜めに切断された。

 血まみれで地に伏していた。

 かし、まだ息絶えてなかった。

 荒い呼吸の中、言葉を吐いていた。


「強い…… だが…… 魔王は…… ラダログスの魔王はもっと、遥かに強い…… 地獄をみる…… さあ、その扉…… あれ?」

 ガルガリオス扉を見た。その扉は開いている。当然だ。

 俺たちは、そこから来たのだ。

 そして、眼球が動き俺をジッと見た。

「最下層のラダログスの魔王へ続く、扉が開いている――」

 魔王の眷属は上半身だけになった体をひねって、小部屋を見た。扉は閉じている。当然だ。俺たちはそっちへ行きたいのだ。

 しばしの沈黙の中、ガルガリオスは考えているようだった。


「まて…… お前ら、どこから来た?」

「いや、あっちだけど」

 俺は自分が出てきた、扉の方を指さした。開けっ放し。


「まさか…… お前ら? なんで?」

 死ぬ間際に、心の残りを作ってしまったようだが、俺はしらん。

 どうせ、俺たちを殺そうとしたモンスターだし、同情の余地はない。


「はははは!! さすがだな! アイン! 私の婿になる男だ!」

「あらあら、千葉君と仲良しさんなのね。先生少し妬けちゃうわ」


 お前らなに言ってんだよ。いい加減にしろよ。

 

 魔物の巨大な眼球が池内先生を捕えた。

 魔族と融合してしまった俺たちの担任の英語教師だ。


「ああああああ…… その、御姿…… あ、がッ…… ラダロ……」

 魔物は上半身に残った真っ黒な腕を伸ばした。

 

「あらあら、私に手を伸ばしてもダメなの…… 私が手を握ってあげたいのは、ああん。だめ、私は教師なの。クラスの皆を平等に扱うのよ。決して、天成君を特別視するわけじゃないの、うふ(でも、天成君の方から手を伸ばしてきたら…… 私の女の部分が我慢できないかもしれない…… ううん、いいの。真央、アナタは教師である前に女なんだから、うふ)」


 意味不明でダダ漏れの内面描写が、魔王の眷属の聞いた最後の音になったのだろうか。

 俺は、小部屋の前に進む。そして、扉を開けた。

目に突き刺さるような光。あった。外だ! 出口だ!

 そこには、階段があった。

 そして、異世界の陽光がその先にあった。

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