第7話 イタくなってた
ヘレナは翌日から普通に通学を始めた。あげはとはまだ話していない。ヘレナから話しかけようと思っても、唯が言った通り、あげはは一種近寄りがたい雰囲気を身につけていた。まるで背中に『Don't disturb』の札でも貼ってあるようだ。あげは自身もヘレナに無関心を装っていた。ヘレナはそれを良いことに、内心ドキドキしながらも、あげはとの会話は避けていた。しかしあげはに無関心という訳ではない。あげはが何か発言したり行動したりする度にチラ見してしまう。本当に、あげはは時々痛々しかった。
5月の初旬、県内の中学校の総合体育大会が実施される。水樹中学でも数少ない運動部が出場するため、その壮行会が開かれた。4時間目をつぶし、昼休みの後に行われるのだが、場所は講堂だ。4時間目の始まりに丹波先生が教室にやって来ると声を張り上げた。
「はい壮行会やりますからねー、みんな講堂へ集合して下さーい。前に出る人は各部ごとに集まって!」
生徒たちはぞろぞろと教室を出て講堂へ向かう。階段を下りて渡り廊下を通って行くのだが、あげははみんなほど速足で歩けないので遅れ気味になる。講堂に全学年が集合してザワザワしている中、あげははまだ渡り廊下を歩いていた。
先生も揃い、出場する各部は壇上に上がっている。校長先生が壇上の脇で腕時計をちらっと見た。学級委員の唯は慌てて集合状態を確認する。
「あれ、小山さんまだだね。沢井さんに付き合ってるのかなあ」
生徒たちが後ろを振り返って互いを確認していると、講堂の後に二人が現れた。唯が手を振る。
「おーい、ここだよー、早くー」
夏芽とあげはは急いで駈けて来るのだが、あげはは頭が揺れて遅れ気味になる。あげはが3年生と1年生の注目をも集めながらようやく辿り着いた時、江田と村上が周囲にも聞こえるように言った。
「おっせーなぁー、判ってんだから教室早く出ろよ」
「あげはなんだから飛べばいいだろよ」
流石にこれには唯もカチンと来て
「ちょっと。飛べるわけないでしょ!いい加減なこと言わないで」
「名前負けだなー、沢井、親に文句言えやぁ、イモムシの方がいいってな」
あげはも黙っていない。
「うっさい、しゃあないやろ!名前は選ばれへんねん!」
「村上君!酷いこと言わないで。沢井さんも静かにして、もう始まるんだから」
唯が割って入った。ヘレナがちらっと振り返ると、あげははブスっとしている。壇上では体育教師がマイクを取った。
「ええー、それでは中総体の壮行会を始めまーす。初めに校長先生からお話がありまーす」
壇上では校長先生の話に続いて各部主将が抱負を語っている。しかし、あげはが気になるヘレナは話の隙間を狙って、後ろを振り返った。あげは、目に涙が溜まってる…。悔しいんや。そらあんな言われ方したら悔しいわ。聞いてるあたしかて悔しい。せやけど、それもあたしのせいや。ほんまやったらあたしはあげはの味方やのに、でも何もできへん。ヘレナは暗く重い気持ちを力ずくで折り畳んだ。
教室に戻ってからもあげはは黙り込んでいた。イモムシ…、ぎこちなく地面を這うその姿に村上の言葉が重なる。
その日は、その後終礼で終わりだった。丹波先生が教壇に立つ。
「えーっと、さっきの通りですけど、試合に出る人は頑張ってね。それから応援に行く時も、ちゃんと水樹中生らしくテキパキと行動するようにね」
「せんせー」
「はい、江田君」
「テキパキ行動できない人はどうしたらいいんですかぁ?」
「みんなやればできるでしょ。自覚持ってね」
村上がふざけて声を上げた。
「イモムシにはできまっせーん!」
「こら、何言ってんの」
周囲からクスクス笑いが起こる。唯が手を上げた。
「はい、藤村さん」
「村上君も江田君も、それ苛めだよ。自分が言われたらどう感じるか考えてよ!」
一連のやりとりをあげはは湿った炭のように重く
「誰のこと言ってるのか先生には判らないけど、自分が言われて嫌なことは人にも言っちゃいけません。中学生なんだからそれ位判るでしょ」
「ふぁーい」
江田が手を上げた。
「村上君は?」
「いやー、イモムシってのんびり癒し系でいいと思うので、別に嫌じゃないですぅ」
村上は座ったまま、にやけて答える
あげはが立ち上がった。
「沢井さん?」
「ウチは何とも思うてへんから勝手に言うとけ。しょーもない奴やな」
村上を睨みつけ、吐き捨てるように言うとあげはは座り、机に顔を伏せた。クラスはしらけている。ただ一人、ヘレナだけはそっと胸を手で押さえた。
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