第196話根回し

1574年11月:マニラ城内:武田信春視点


「勝虎叔父上の武勇は、武田一門の中でも抜きん出ておられますな」

「そうか。まあ、我々は武田一門と言っても庶子だから、武勇を磨かねばならんからな」

「私も精進しているのですが、なかなか勝虎叔父上のようには行きません」

「信春殿も兄上の子供だから、いずれ勇猛な大将に成れるさ」

「それならいいのですが。まあ我々の事は兎も角、同じ庶子の義近殿達の事が心配です」

「何が心配なのだ」

「何時も安全な船上にいて、実際の戦場(いくさば)を知らないようでは、いい大将に成れないのではありませんか」

「そうか、そうかもしれぬが、諸王太子殿下が考えられることだから、何の心配もないだろう」

「しかし叔父上、庶子ならば、一手の大将として実力が必要なのではありませんか」

「まあ、それは、昔の武田家の考え方だからな」

「昔ですか」

「我らの父、信虎様が武田家の当主であった頃の、甲斐一国内で覇権を争っていた、弱小国主であった頃の武田家だ」

「今は違うと申されるのですか」

「まあ、そう言う事だ。諸王太子殿下が元服され、交易と小荷駄を重視して、銭を稼いで強くなった武田家は、生まれ変わったという事だ」

「しかし、それでは武家ではなく商人ではありませんか」

「信春殿は今の武田家が不満なのか」

「いえ、その、不満と言うわけではありませんが」

「以前の武田家のままなら、信春殿はとうの昔に殺されておるぞ」

「何を申されますか」

「御屋形様のやり方に不平を申す一門は、謀叛を起こす前に粛清するのが、武田家のやり方だ。いや、源氏のやり方と言うべきかな」

「そんな気はありませんよ」

「それならいいが、念の為言っておくが、昔の武田家なら、庶子の俺達は、精々五百石程度の国衆の養子に入れれば運のいい方で、大概は仏門に入れられるのだ」

「そうなのですね」

「それが今では、一万石の扶持を頂け、万余の軍勢を預けられている。マニラを落とし、ルソンを手に入れた今なら、五万石も夢ではない」

「そうでしょうね」

「欲を掻けば、戦場で後ろから撃たれるぞ」

「怖い事を言わないで下さいよ、叔父上」

「冗談ではないのだぞ、信春殿」

「叔父上・・・・・」

「俺達駿河生まれの者達は、亡き父上からくれぐれも注意されている事がある」

「何ですか」

「兄上と諸王太子殿下には、絶対に逆らうなという事だ」

「・・・・・」

「御二人とも、親兄弟への情はとても厚い。だから、扶持も役目の十分与えて頂ける。だがその分、裏切ったら時の報復は熾烈を極めるとな」

「そんな事は絶対ありませんよ」

「言っておくが、御前が裏切ろうとしたら、俺は御前を殺して身の潔白を証明するからな」

「・・・・・」

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