第112話編成替え・蝦夷和議

2月尾張の狗賓善狼と滝川一益:滝川一益視点


「久し振りだな善狼! 変わりないか?」


「おう元気でやっておるよ一益、お前こそ連戦続きで疲れておらんか?」


「なんのなんの、あれくらいの戦は疲れた内に入らんわ。儂らは騎馬鉄砲だから、遠距離攻撃で済むから損害が少ないが、善狼は叩き合いだろう、損害も酷くなるのではないか?」


「そうだな、最初8000いた僧が7000に成っておるよ。随分補充の人も入れたのだがな、追いつかぬよ」


 善狼は少し辛そうだ。


「だが皆随分扶持が上がったそうではないか?」


 ここは軽く話した方がいいだろう。


「おおよ! 古参僧は皆馬乗りになったが、肝心の馬が足らぬ。奥州より送って貰ったり、主を失った野良馬を集めておるが、なかなか全員には行き渡らぬ」


 嬉しそうに、同時に悔しそうに善狼は話す。


「儂の方も同じよ。扶持は上がったが騎馬隊ゆえ家族を出仕させたくとも、肝心の馬が足らぬ。仕方なく若い者は、馬の手配が出来るまで、黒鍬輜重で訓練よ」


 俺もこの状況は心底悔しい。


「黒鍬輜重は疎かに出来んからな、1つ間違えば干殺しにされてしまう」


 善狼は自分が兵糧攻めにあった場合の事を、想像しているのであろう。


「そうだな、俺達は餓えた事はないが、難民出の仲間の話では、飢えとは辛いものだそうだからな」


 難民から取り立てられた配下の話を聞くと、昔は悲惨だったようだな。


「そうだな、兵糧切れの辛さを体験する為の飢餓訓練は、何度やっても苦しいからな」


 善狼は、あの食いしん坊の若殿が、自ら率先して行って来た飢餓状態での武術訓練を、思い出しているのだろう。確かに飢えが進むと、日頃鍛えた身体が全く思うように使えなかった。


「だがあれでも極限まで行っておらぬそうだからな、本当に行くとこまで行けば、人の肉さえ喰う奴もいるそうだからな」


 若様が兵糧攻めをされた後で、助かった敵の兵から話を聞いたが、信じられないような地獄絵図のようだった。


「そうだな、俺達がしっかり子弟に黒鍬輜重の大切さを伝えねばならん。そうでなければ、近習を最初に黒鍬輜重で御鍛えに成る、若殿の思いに応えておらぬ事に成る」


 善狼が顔を引き締めて答える。


「そうだな、段々豊かに育った者が、将として指揮を取る様になってきた。これでは兵の心が分からず、銭の調略で滅んだ者どもと同じ道を、我らも歩んでしまう事に成る。まあ若殿の様に、銭が沸いてくる敵などおらぬがな」


 あまりに重い話になったから、少し冗談めかして話した方がいいだろう。


「それもそうだな。それよりも今度の訓練なのだが、宜しく頼むよ。僧達に馬術を仕込むのは当然だが、馬も鉄砲に慣れさせねば戦にならん」


 善狼は少し不安そうだ。


「ああ任せておけ、馬を鉄砲に慣れさすのは、我らの常の鍛錬よ。若殿の構想は、騎馬鉄砲と騎馬弓を機動的に使い、直線の攻撃と上からの攻撃で敵を挟み撃ちにする事にあられる。善狼の騎馬弓には、早く一人前に成って貰わねばならぬ」


「そう言うな。僧達も徒歩として無双の者共だ、ただ馬に慣れぬだけだ!」


 善狼は配下の僧達を大切に思っているのだな、少しで怒っているようだ。


「分かっているよ、だが今度から扶持に見合った騎乗士としての責が有るからな」


 ちょっと御機嫌を取りつつ、大切なことは伝えておこう。


 久し振りに合ったんだから、酒を酌み交わしながら、今までの事やこれからの事を話し合おう。






3月尾張末森城:鷹司義信視点


 次に侵攻制圧すべき敵を圧倒出来る戦力整える為に、全部隊の編成替えと訓練を行った。


 俺の直轄部隊は1万1000騎と1万7000兵となったが、それだけの将兵のが消費する兵糧を集積するのは、普通なら大仕事だ。


 だが今回は、ジャンク船団が明国より持ち込んだ膨大な物資がある。


 だが問題は馬糧だった。


 有り余る銭で買い集めることもやったが、本来騎馬隊は分散配備すべき部隊だ。


 だから今回は、上平寺・須川城・小谷山城に籠る浅井勢へ、圧力を掛ける間だけ全軍集合させた。


 浅井勢は、美濃と近江の鷹司軍で、挟撃圧迫した。


 須川城などに籠った浅井勢は、雑兵の逃亡が止まらず、もはや防戦出来るような状態ではなかった。


 六角は、観音寺城内で内部分裂を起こさせたいから、城地引き渡しを条件に、小谷山城の浅井勢と併せて無事に逃げる事を許した。


 これによって、北国街道を使って美濃と近江を結ぶ事が出来た。


 今までは一旦揖斐川を遡って山道を使い、大きく迂回しなければいけなかった補給路が、随分と短くなった。


 だがこの揖斐川道も、決して無駄になる訳ではない。


 補給路が多いにこした事はないし、山の民の集落を新たに築くにも役立つ。


 何より朝倉を攻めねばならぬような窮地に立った場合は、揖斐川道を奇襲路に使える。


 今の所は朝倉と戦う気は毛頭ないが、だからと言って、何の注意も払わず対策も取らないような馬鹿ではない。


 何時如何なる時にどのような状態であろうとも、即時に対応出来るのが理想だ。


 まあ理想通りに行く事ないどないだろうが。


 1万1000騎の騎馬隊は、美濃・尾張・三河・遠江に分散配備して、補給の負担を減らしつつ徹底的に訓練させた。


 新しい馬には、鉄砲の一斉射撃に慣れさせないと、怖くて合戦に連れて行けないし、新兵には馬上での弾薬装填を慣れさせないといけない。


 元の得意分野に合わせて、徒鉄砲は騎馬鉄砲に、徒弓は騎馬弓に、徒槍は騎馬武士団に配置換えしたが、春の農繁期までに戦力化出来れば助かる。


 同時に次の侵攻に備える為に、海軍を使って物資の集積を行った。


 兵糧・馬糧・武具弾薬・軍資金を、侵攻準備拠点に輸送させた。


 この事前準備で降伏してくれたら、手間が無くていいのだが、そう上手くはいかないだろう。


 三河と尾張に侵攻する間に、次の侵攻地点の選択を大きく左右する事が幾つかあった。


 1つは籠城していた安東家の滅亡だ。


 厳しい出羽の冬を乗り越えるだけの、兵糧や燃料が残されていなかったのだろう。


 女子供だけでも生き延びさせようと、城下に降伏に降りて行かせた。


 男達は女達を降りて行かせた後で、切腹して果てた。


 女達も、禄に食べていなかったのだろう、監視の砦や集落に辿り着けずに、遭難して死んでしまった。


 もう少し早く決断してくれれば、女子供だけは助けてやれたんだが、少し寝醒めが悪い。


 だがこれで、領内で表立って反乱している者を一掃出来た。


 2つ目は、調略を掛けていた大浦為則主従が完全に落ちた。


 病弱で家臣に政務を任せていた為則が、更に病状が悪化して弱気になったのか、独立して鷹司家の直臣になる事を望んだ家臣団に、為則が押し切られたのか分からない。


 だが事情はともかく、大浦家が降伏臣従してきたことで、一気に情勢が動いた。


 これで南部家の勢力が大きく減退したが、急いで攻めずにもう少し調略を進めれば、損害無しで南部を下せるかもしれない。


 次にアイヌ族の住む蝦夷地なのだが、蝦夷管領の安東家を滅ぼした事で、蝦夷地の支配権を完全に手に入れた事に成る。


 今までも安東家の松前と上国守護を務めていた蠣崎季広と、下国守護の下国師季とは、友好的な交易を続けていた。


 だが彼らのアイヌ族に対する不当の扱いは、今後の俺の計画を破綻させてしまうかもしれない。


 アイヌ族を不当に扱った事で、蝦夷地では度々戦が起こっている。


 そこで2度とコシャマインの乱、ショヤ・コウシの反乱、タナカサシ(タナイヌ)親子の反乱などの様な事が起こらないように、道南十二館と言われた和人勢力を排除して、直接アイヌとの交易を行う事にした。


 中間搾取を行っている商人や、和人の国衆や地侍を排斥すれば、今までより多くの玄米を、アイヌ族へ渡すことが出来る。


 蝦夷にいる国衆と地侍は、鷹司家の扶持直臣にする心算だが、安東家の末裔である下国師季や蠣崎季広は、素直に従わないかもしれない。


 その場合は友好的な国衆や地侍と、玄米で傭兵にしたアイヌ族を連合させて、反乱分子を攻め滅ぼさねばならないかもしれない。


 全ては春になってからだが、蝦夷地の産物を明や東南アジアの穀物と中間貿易出来れば、領地の開墾が頭打ちになった後でも、自己生産力以上の食料確保が出来る。


 だが明国や東南アジアとの交易が難しくなる場合も、ある程度考慮しておく必要がある。


 アイヌとの友好関係を結び、美味しい食材を確保する為には、アイヌが一番欲している、米の確保は絶対条件だ。


 農地の開墾、特に稲作用の水田と乾田の開墾は、急がなければいけない。






3月山城御所内の覚院宮邸:第3者視点


「御尊顔を拝し奉り、恐悦至極でございます。主人鷹司の、関白左大臣就任の儀、御礼申し上げます」


「よく来てくれたな虎繁、関白も左大臣も直ぐに辞して貰わねばならなかった事、寧ろ申し訳なく思っておる。ところで返事を急かして悪いのだが、鷹司卿の返事は如何じゃ?」


「御受けするとの事でございます」


「おおそうか、それは帝もお喜びになるであろう、で何時になるのだ?」


「は、主人鷹司が申しますには、どうせ行うのでしたら、古式ゆかしい行事は全て復活させられてはどうかと申しております」


「それはどう言う事だ?」


「方仁親王殿下に、立皇太子儀を行って頂いては如何でしょうか?」


「なに! 立太子の礼を行ってくれるのか?」


「今上帝におかれましては、後土御門帝、後柏原帝と2代行えなかった譲位の儀を、何としても行いたいと言う想いを持たれておられる事、主人鷹司は常々御聞きしておりましたから、仙洞御所を若宮御殿、姫宮御殿、皇后御常御殿と言う名目で、密かに建造しております」


「帝もそれを御聞きになり、鷹司卿との行き来も可能になった事でもあり、早く譲位の儀を行いたいと漏らされたのだ。ここだけの話だが、帝も御不興の日が増えておられる。立太子の礼を行ってくれるなら、出来るだけ早く始めねばならん」


「そのこと、主人鷹司に申し伝えます。関東東国での戦が絶えず、酒色に耽る破戒僧の乱暴狼藉も止まず、主人鷹司も仕方なく戦の日々を続けておりますが、本心では1日も早く御所に参内したいと考えております。ただ中々思い通りに行かず、関東東国の戦乱を治める軍の準備を進めております。ですが皇室の慶事が行われるとなれば、戦の予定を繰り延べしなければなりません。立太子の礼が何時頃になりそうか、御知らせいただければ助かるのですが」


「分かった、帝と方仁親王に御相談の上で、早急に返事いたそう。鷹司卿にも戦支度の段取りが有ろうが、ここは曲げて抑えて貰いたい」


「承りました」


 朝廷と公家衆の配慮で、鷹司義信は関白左大臣に就任し、直ぐに辞した事に成った。


 同時に今上帝の強い要望で、譲位の儀を行う事に成った。


 だがどうせなら、鷹司の力と尊王気持ちを全国の諸大名に見せつける為に、立太子の礼・譲位の儀・御大礼(ごたいれい)(即位の礼・大嘗祭)と、一連の皇室行事を成功させなければならない。


 皇室行事が早々に動き出せば、11月の大嘗祭から逆算すると、年内の合戦は不可能になる。

 

コシャマインの乱当時における蝦夷諸館主

「道南十二館」

館  :館主     館 :館主     館  館主

志濃里:小林良景   箱 :河野政通   茂別:下国家政

中野 :佐藤季則   脇本:南条季継   隠内:将土季直

覃部 :今泉季友   大 :下国定季     :相原政胤

祢保田:近藤季常   原口:岡部季澄   比谷:厚谷重政

花沢 :蠣崎季繁

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