第80話倭寇商人

11月美濃揖斐城外:義信視点


「ズダーン」


「若殿!」


「大事ない、犬狼隊が伏兵を探し当ててくれたのであろう」


 信長は勇み足をした。


 本気で俺を殺したいなら、遠山領への攻撃はするべきではなかった。信長が動いた時点で、最低500丁の鉄砲隊が敵に回った事は確実だ。普段からあらゆる危機管理をしているが、敵がはっきりした以上、重点項目が変わってくる。


 史実で信長が、光秀を助けるために鉄砲で撃たれたことと、雑賀か根来の鉄砲名人に狙撃されたのを知っていた。


 まだ信長は狙撃されていないが、信長ほどの智者なら、俺とこれだけの兵力差があれば、鉄砲狙撃で大将の俺を狙うだろうと推測できる。


 だが俺は、狙撃対策をしないような馬鹿じゃない。


 対策として、鉄砲名人を側に置いて、狙撃ポイントを予測させた。そしてその場所に、犬狼隊を加えた大物見を派遣し、狙撃ポイントに潜む敵を探させて、安全確保してから移動した。今回はその場所に敵が潜んでいて、大物見と戦闘になったのだろう。


 しかし今回の狙撃犯に関しては、雑賀や根来から雇われた鉄砲名人とは思わなかった。恐らくある程度の腕を持つ鉄砲撃ちを、大量に雇ったのだろう。


 信長の狙いは、直属兵力を温存したまま、俺の行動を阻害することだ。これだけ頻繁に狙撃を受ければ、安全確保のために行動が遅くなる。銭で道三の安全を買っているともいえるし、俺を恐れているともいえる。


 問題なのは、信長と一向宗が手を組んだ可能性がある事だ。俺は史実で信長の1番の敵だったのは、一向宗だと思っていたが、この世界では同盟するかもしれない。


 だがそうなると、伊勢一向一揆で信長の敵だった10万の一向宗が、この世界では俺の敵に回る可能性がある。


 尾張へ侵攻を開始する場合は、長嶋周辺は侵攻路として除外しなければ、背後に回られたり側撃を受ける可能性がある。


 まあとにかく、揖斐川と根尾川上流の城砦群を確保して、山越えで越前への侵攻路も確保しないといけない。


 今直ぐ朝倉宗滴と争うほど馬鹿ではないが、油断して朝倉家から攻められる愚を犯す心算はない。


 俺への降伏は城地召し上げ扶持化されると言う条件だから、それを嫌った美濃の国衆と地侍が、朝倉に支援を仰ぎ美濃に引き入れる可能性がある。


「鷹司卿、御屋形様を御助け頂き感謝いたします、土岐一族の1人として心から御礼申し上げます」


「丁寧な御挨拶痛み入る、頼芸殿には叔父上を嗣養子に迎えて頂いている。弟の光親殿も、義理とは申せ大叔父に当たられる。公儀の事はともかく、私事では一門でござる。これからは末永くお付き合いいただきたい」


「過分な御言葉痛み入る、こちらこそ末永く土岐家を助けて頂きたい」


「長きの籠城を護り抜いた一門家臣衆を慰労したしたく、酒食を御持ちいたした、城外の警備は我らが致す故、今日は目一杯楽しまれよ」


「重ね重ねのご厚情痛み入ります」






12月加賀内灘で王直と武田信繁の会談:王直視点


 本来なら日本の三津七湊(さんしんしちそう)の1つ、本吉湊か輪島湊で交易したかった。だが真珠を持っている武田信繁殿が内灘を指定した以上、内灘に入るのは仕方あるまい。


 新造の戦闘ジャンク36船と、それに積んだ玄米5万4000トン。いったい幾らで売りつけてやろうか?


「信繁殿、今回は大変な旅だった! 若狭の武田は税を高くするし、加賀沖では坊主が襲ってきた。今まで信繁殿の味方であった者が、今では敵になっているのではないか?」


「王直殿の言う通りだ、日本の帝を蔑(ないがし)ろにする賊共を討伐する事にしたのだ。今までは大目に見ていたのだが、許せぬと判断しての合戦じゃ」


「我ら明の商人にとっては、何方が正しいかはわからぬ。ただ危険な所に商品を持ち込むには、何かと費用が掛かる。だから当初の約束の値では売れないと言いたいのだ」


「では幾らで売りたいのだ?」


「船と米を合わせて1船で真珠1万5000個だ、36船で54万個はもらわんと割に合わん」


「王直殿、残念だがそれ程の真珠は持っておらん、今回の取引はなかったことにしてくれ」


「おいおいおい、それはないだろう。命懸けで約束を守ってやって来た俺たちに、手ぶらで帰れと言うのかい?」


「そうか? 俺たちも約束を守るために命懸けで、いや多くの家臣領民の命を失いながら(大嘘)真珠を集めたのだ。その約束を違(たが)えて、3倍の値に釣り上げているのは王直殿であろう。儂が明や南蛮で、どれほど高値で真珠が売れるか知らないとでも思っているのか?」


「いやいや、今では真珠が多く出回り、値が下がっているのだよ」


「そうかな? 我らが売る真珠は、今までの単色の真珠じゃないから、色取り取りの真珠に値が高まっていると聞いておるぞ」


「とんでもない、色によって値が変わり損が出ておるのだよ」


「嘘を言うものではないな、それでは今後の取引の信用がなくなるぞ。それに我が武田家には、南蛮人が直接商いしたいと言ってきておる。堺と博多の商人どもも、ジャンク船を用意するから真珠が欲しいと言ってきている。我が甲斐武田家は信義を守り、全ての話を蹴って王直殿を待っていたのだが、我らに人を見る目がなかったようだな」


「博多や堺の商人に、本物のジャンク船は用意できんよ。どれほど多くのジャンク船を用意し、ジャンク船の値を下げようとも、我らが新造したジャンク船には及ばない」


「さてな、それは試してみなければ分かるまい。今回用意してあった真珠で、堺、博多、南蛮などの色々な商人と、新たな商(あきな)いしてみようと思っている。まあそうなれば、今までのように王直殿の独占ではなくなるから、本当に競争となって値崩れ起こすかもしれないな」


「ふぅ~、こちらの負けだな。だが危険が増したことには変わりない、約束は約束として少しは色を付けて欲しいものだな」


「そうだな、約束のジャンク船代価の真珠9万個に加えて、本来は俵物で取引するはずだった玄米の代価に、小さかったり傷のある真珠を9万個渡そう」


「おいおいおい、俵物の代わりに傷物だって? 俵物に足して9万個の間違いじゃないのかい?」


「もう駆け引きはやめようじゃないか、王直殿、俺は今まで通り俵物で取引しても構わないのだよ。ただ我が武田の若殿は、生薬にも通じておってな、真珠が高価な薬になる事を知っているのだよ。儂が約束外の質の悪い真珠を、他の商人に売っても、信義を破ったことにはならんよな?」


「信繁殿は武士を止めて商人となっても成功するな! 結構だ、今回は玄米を規格外の真珠で売ろう。だが次の商いは、もう少し高値を約束して欲しいな」


「う~ん、こちらもそうしたいのは山々なのだが、来年までに9万個を超える大量の真珠を集められるか、やってみなければ分からんのだよ」


「もっと人を増やせばよかろう? 何なら明から奴隷を売ってやろうか?」


「そうだな、だが来年奴隷を売ってくれたとしても、新たに真珠が採れるのは再来年からだぞ?」


「構わんよ、長い付き合いに成るだろうからな。で、奴隷の値段だが幾らで買ってくれるんだ?」


「おいおいおい、奴隷は生物(なまもの)だぞ、健康男女年齢で値幅が大きい、競りにかけるしかあるまいが」


「おいおいおい、それじゃ損をするかもしれねいじゃないか!」


「それは仕方あるまい、他の確実に値の付く玄米と一緒に持ち込めばいいだろう? 新造ジャンクは造船に日にちがかかるから、ここまで運んでこれるのは1年1回だが、他の商品なら1年に後2回は来れるだろう?」


「なら玄米を持って来れば、約束通り俵物を代価に支払うのだな?」


「ああ、今回の玄米代価に用意した俵物もあるし、急ぎ新たな俵物を用意させておこう」


「これで今回の商いは成立だな? そして次の商いの約束も成立したな?」






12月加賀内灘で王直と武田信繁の会談:武田信繁視点


 よかった!


 今まで通りの値でジャンク船を確保できたし、玄米の代金を規格外真珠で手に入れられた。これで兵糧に余裕ができる。


 今回手に入れた玄米の半数と、王直に渡さずに済んだ俵物を兵糧に回し、美濃で戦っておられる若殿にお送りする。


 残りの半数の玄米は、当初の予定い通り、船に乗せたまま蝦夷の交易に送れば、新たな俵物が手に入る。


 冬季の厳しい航路だから、安全第一で日数はかかるが、これで当初の予定より1回多く、交易船を送り出せる。

 

三津七湊:安濃津・博多津・堺津

    :三国湊・本吉湊・輪島湊・岩瀬湊・今町湊・土崎湊・十三湊


王直:徽王を自称する倭寇の大頭目

  :配下に許棟・李光頭・王汝賢






12月信濃諏訪城:第3者視点


「まあ! 桔梗ちゃんも楓ちゃんも月のものが来ないの?」


「茜ちゃんもでしょ?」


「ええ、九条簾中も来ないそうだから、4人揃って懐妊したのね」


「でも私たち皆(みんな)その心算だったでしょ?」


「まあ九条簾中が御二人の男子を御産みになられたから、私たちも女の子なら産んでも大丈夫と若様が言われたし」


「正室だから仕方ないけど、九条様だけ御子がいて羨ましかったもの。私たちの方が、ずっと早くから若様と一緒だったんだから」


「こればかりは仕方がないわ、御家騒動で兄弟親子が争うなんて嫌だもの。確実の男と女を産み分け出来ればいいけど、若様でもそれは無理だと言われていたし」


「ねぇねぇ、それより子供たちのために栄養つけない?」


「駄目よ桔梗ちゃん! 蛇は食べちゃ駄目なの!」


「え~、若様も蛇は精がつくって言ってたじゃない」


「「強すぎるのも駄目なの!」」


「ぶぅ~」


「それでね、九条簾中にはまだ内緒ね」


「どうして? どうせ御腹が出て来たら知られる事じゃない、早い方がいいんじゃないの?」


「九条簾中も御懐妊されているし、驚かれて御子が流れたら大変だから、できるだけ後の方がいいわ」


「仕方ないわね、桔梗ちゃんもそれでいいの?」


「いいわよ、それより鰻なら食べてもいいの?」


「はいはいはい、鰻を焼かせましょう、だから隠れて蛇を食べちゃ駄目よ!」






12月美濃相羽城外:義信視点


 相羽城主の長屋景興殿は、2万石程度あった領地を、次々と道三に切り取られていた。だがその攻撃と調略に屈することなく、頼芸殿に忠誠を尽して、相羽城を守り抜いていた。


 長屋景興殿を慰労した上で、周辺の城砦を攻略し、彼が奪われた領地を取り返してやった。


 さすがに長屋景興殿の城地を召し上げて、鷹司家の家臣に組み込み、扶持化するわけにはいかない。それこそ俺の信義が疑われ、今後の調略が成功しなくなる。


 そこで俺は相羽城で休息しながら、先遣隊を組織して、織田信長や斎藤道三が狙撃に使いそうな場所を確保し、稲葉山城へ侵攻する道の安全を確保した。


 長良川上流の城砦群を攻略すべく、別動隊を率いて行った狗賓善狼と僧兵8000が戻って来た。


 狗賓善狼は巧みに僧兵を指揮し、大雪で遡(さかのぼ)れない地域以外の城砦を、遺漏(いろう)なく全て攻略していた。


 狗賓善狼が率いる僧兵8000が戻って来たことで、兵数に余裕が出て来たので、相羽城を出て根尾川を渡り、安藤守就の北方城主を囲む事にした。


 安藤守就は、野戦を挑むことも籠城することもなく、一族家臣を引き連れて稲葉山城に逃げて行った。


 いや逃げたと言うよりは、稲葉山城で俺たちを迎え撃つ心算だろう。これは少し意外だった、守就なら臣従して来ると思ったのだが、意外と忠誠心があるのかもしれない。


 兵の一部を北方城に入れて接収し、揖斐川と根尾川を渡って、西美濃衆が攻めてくる事に備えさせた。


 その上で長良川の浅瀬を渡って、稲葉山城を包囲する心算だったが、俺が想定していた以上の大軍が、長良川の対岸に結集していた。

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